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経験値ゼロ
「嘘でしょう? 」
何とか出てきた言葉は気の利かない、相手を激怒しかねないもの。
マーレイは薄く笑うしかない。
「何故、嘘などつくか」
案の定、サーフェスは機嫌を損ねた。
猛禽類の双眸が険しくなる。
ビクリ、とマーレイは痙攣した。
「わ、私にそのようなことを暴露されましても……」
脈略ない暴露に、声が上擦る。
肉食動物を前に竦む小動物のごとく、マーレイの筋肉は固くなり、身動きすらとれない。
目の前にいる男は極上のハンサムであり、何より声が良い。まるでバイオリンを奏でるように滑らかに鼓膜に浸透して、響きのあるバリトンで愛を囁かれたなら十中八九腰砕けになる可能性を否定出来ない。
地位も名誉も容姿も申し分ない。それなのに、女性遍歴が一切ないなど信じられない。
「私の公爵位はあくまで弟が成長するまでの繋ぎだったため、子作りなど関係なかったのだが、このたび事情が変わった」
「な、何が仰りたいのですか? 」
噛み砕けば、彼は急遽、世継ぎが必要になったということだ。
顔すら合わせたことのない男に呼び出された理由が、今、彼の台詞と繋がる。
「わ、私に体を差し出せと? 」
マーレイの肩書きは伯爵家令嬢。
彼は手当たり次第に、それなりの家柄の女性に声を掛けているのだろうか。
「そこまでは言っていない」
自分が見境ない種馬のように思われているのがわかったのか、サーフェスは不機嫌に鼻から息を吐く。
「それに私には好意を寄せる女性がいる」
彼は語気を強めた。
恋愛経験がないといえど、意中の相手がいないとは言っていない。
「そ、そうなのですね」
マーレイは僅かにガッカリしたものの、気を取り直して相槌を打った。
「その女性にいづれは求婚したいのだが、私は恋愛経験が全くないから、どうすれば良いのかわからない」
サーフェスは太腿の上で作った拳に青筋を浮かべる。
どうやら、本当のことらしい。
確かに身分が高ければ高いほど、それ相応の女性でなければならない。中にはメイドと駆け落ち覚悟で添い遂げる者もいるにはいるが、貴族の面倒臭いしきたりや、周囲の悪意のある揶揄、罵りを受けて、それを跳ね返す強い者に限られている。大概は、重圧により潰れてしまうのがオチだ。相手選びには苦労する。
公爵が気を寄せる相手がどのような方かは存じないが、わざわざ赤の他人に縋るくらいだ。簡単には進まない話であるのは確かだ。
「そ、それより。何故、私なのですか? 」
マーレイは最大の疑問を口にした。
「君の社交界での評判は、私の耳にまで届いている」
「え? 」
伯爵といえど、王家に関わる者とは夜会ではおいそれと近づけない。話どころか、顔すら合わせられない。それなのに、サーフェスはマーレイのことを知っていた。
「数多の男と浮き名を流す、男好きの悪女。確か『悪役令嬢』、『腹黒令嬢』だったか」
たちまちマーレイが憤怒する。
「ま、まあ! 失敬な! 」
思わず立ち上がってしまった。
よもや、根も葉もない噂が王族まで届いているとは。
七十五日我慢すれば良いなどと強がっていたものの、これでは誤解を解くのに一年は要しそうだ。
こめかみがズキズキ痛む。
「貶しているのではない」
座れと手で示され、マーレイは渋々とソファに座り直したものの、靴先が小さく床を叩いた。
沸々する怒りはまだ収まりはつかない。
「そのように恋愛経験に長けた君だ。特に閨でのことは私はからきしだから、君の指南が欲しい」
「わ、私は」
つまらない噂が真実であるとは限らない。
否定しようとする前に、声を被せられた。
「ちなみに断ろうとしても無駄だからな。私は公爵。君は伯爵家。どちらが格上かは歴然」
ただでさえ険しい琥珀の双眸が、さらに尖った。
今しがた執務室で見た、借金返済を迫っていたものと同じ類いだ。
獰猛な獣そのもの。
「万が一、断った場合。私は君の家を持てる限りの力を使って叩き潰す」
ぞくり、とマーレイの背筋を悪寒が抜けた。
脅しではない。
目が本気だ。
「そう易々と伯爵ほどの家が潰れるものかと思うのは間違いだ。私は高利貸しでもある。裏の世界にも精通しているからな」
彼への怒りは消し飛び、あるのは恐怖のみ。
ここで首を縦に振らなければ、代々受け継いできた爵位が一瞬にして粉々に砕けてしまう。
それほどまでに、男の眼光は鋭く、残酷な色にと変化していた。
「わかっているが、他言無用だ。もし、私の秘密を誰かに漏らせば」
「わ、わかっております! 」
マーレイは悲鳴にも似た声を張り上げる。
ここで否定すればどうなるかは、馬鹿でも簡単に想像がつく。路頭に迷うなど、まっぴらだ。
「わかればよろしい」
サーフェスは満足そうに口端を吊り上げた。
悔しいが、見惚れるくらいの満面の笑みだ。
何とか出てきた言葉は気の利かない、相手を激怒しかねないもの。
マーレイは薄く笑うしかない。
「何故、嘘などつくか」
案の定、サーフェスは機嫌を損ねた。
猛禽類の双眸が険しくなる。
ビクリ、とマーレイは痙攣した。
「わ、私にそのようなことを暴露されましても……」
脈略ない暴露に、声が上擦る。
肉食動物を前に竦む小動物のごとく、マーレイの筋肉は固くなり、身動きすらとれない。
目の前にいる男は極上のハンサムであり、何より声が良い。まるでバイオリンを奏でるように滑らかに鼓膜に浸透して、響きのあるバリトンで愛を囁かれたなら十中八九腰砕けになる可能性を否定出来ない。
地位も名誉も容姿も申し分ない。それなのに、女性遍歴が一切ないなど信じられない。
「私の公爵位はあくまで弟が成長するまでの繋ぎだったため、子作りなど関係なかったのだが、このたび事情が変わった」
「な、何が仰りたいのですか? 」
噛み砕けば、彼は急遽、世継ぎが必要になったということだ。
顔すら合わせたことのない男に呼び出された理由が、今、彼の台詞と繋がる。
「わ、私に体を差し出せと? 」
マーレイの肩書きは伯爵家令嬢。
彼は手当たり次第に、それなりの家柄の女性に声を掛けているのだろうか。
「そこまでは言っていない」
自分が見境ない種馬のように思われているのがわかったのか、サーフェスは不機嫌に鼻から息を吐く。
「それに私には好意を寄せる女性がいる」
彼は語気を強めた。
恋愛経験がないといえど、意中の相手がいないとは言っていない。
「そ、そうなのですね」
マーレイは僅かにガッカリしたものの、気を取り直して相槌を打った。
「その女性にいづれは求婚したいのだが、私は恋愛経験が全くないから、どうすれば良いのかわからない」
サーフェスは太腿の上で作った拳に青筋を浮かべる。
どうやら、本当のことらしい。
確かに身分が高ければ高いほど、それ相応の女性でなければならない。中にはメイドと駆け落ち覚悟で添い遂げる者もいるにはいるが、貴族の面倒臭いしきたりや、周囲の悪意のある揶揄、罵りを受けて、それを跳ね返す強い者に限られている。大概は、重圧により潰れてしまうのがオチだ。相手選びには苦労する。
公爵が気を寄せる相手がどのような方かは存じないが、わざわざ赤の他人に縋るくらいだ。簡単には進まない話であるのは確かだ。
「そ、それより。何故、私なのですか? 」
マーレイは最大の疑問を口にした。
「君の社交界での評判は、私の耳にまで届いている」
「え? 」
伯爵といえど、王家に関わる者とは夜会ではおいそれと近づけない。話どころか、顔すら合わせられない。それなのに、サーフェスはマーレイのことを知っていた。
「数多の男と浮き名を流す、男好きの悪女。確か『悪役令嬢』、『腹黒令嬢』だったか」
たちまちマーレイが憤怒する。
「ま、まあ! 失敬な! 」
思わず立ち上がってしまった。
よもや、根も葉もない噂が王族まで届いているとは。
七十五日我慢すれば良いなどと強がっていたものの、これでは誤解を解くのに一年は要しそうだ。
こめかみがズキズキ痛む。
「貶しているのではない」
座れと手で示され、マーレイは渋々とソファに座り直したものの、靴先が小さく床を叩いた。
沸々する怒りはまだ収まりはつかない。
「そのように恋愛経験に長けた君だ。特に閨でのことは私はからきしだから、君の指南が欲しい」
「わ、私は」
つまらない噂が真実であるとは限らない。
否定しようとする前に、声を被せられた。
「ちなみに断ろうとしても無駄だからな。私は公爵。君は伯爵家。どちらが格上かは歴然」
ただでさえ険しい琥珀の双眸が、さらに尖った。
今しがた執務室で見た、借金返済を迫っていたものと同じ類いだ。
獰猛な獣そのもの。
「万が一、断った場合。私は君の家を持てる限りの力を使って叩き潰す」
ぞくり、とマーレイの背筋を悪寒が抜けた。
脅しではない。
目が本気だ。
「そう易々と伯爵ほどの家が潰れるものかと思うのは間違いだ。私は高利貸しでもある。裏の世界にも精通しているからな」
彼への怒りは消し飛び、あるのは恐怖のみ。
ここで首を縦に振らなければ、代々受け継いできた爵位が一瞬にして粉々に砕けてしまう。
それほどまでに、男の眼光は鋭く、残酷な色にと変化していた。
「わかっているが、他言無用だ。もし、私の秘密を誰かに漏らせば」
「わ、わかっております! 」
マーレイは悲鳴にも似た声を張り上げる。
ここで否定すればどうなるかは、馬鹿でも簡単に想像がつく。路頭に迷うなど、まっぴらだ。
「わかればよろしい」
サーフェスは満足そうに口端を吊り上げた。
悔しいが、見惚れるくらいの満面の笑みだ。
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