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偽物の恋人
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サーフェスはマーレイを常に「ヴィンセント伯爵令嬢」などと敬称で呼んでいたのに。
今、確かに「マーレイ」と呼び捨てにした。
空耳ではない。
「マーレイ? どうしたんだい? 」
再度、彼は呼び捨てにする。
彼女の耳に唇を寄せて。
その上、マーレイに差し出していた腕をやんわり解くと、あろうことか彼女の腰に手を回したのだ。
手慣れたその仕草に、マーレイは微かに痙攣した。
甘言をつらつら並べ立てて金を貸すときだけ気前良さげな、いかにも悪徳金貸しがする、極上の人懐こさ。
かなり整った顔立ちのため、威力は計り知れない。
「こ、公爵だって? 」
バルモアは、明らかに動揺している。
フローレンスも。
「こ、公爵がこんな女の相手? 」
フローレンスは落ち着きなく体をソワソワさせ、マーレイを凝視した。失礼極まりないが、あんまり動揺して、つい失言した。
いや、元よりフローレンスはマーレイを見下していた。
「こんな女とは口が過ぎますよ、レディ? 」
サーフェスは、やんわりと嗜める。
「彼女ほど私の理想に叶う女性はいない」
またもや、マーレイの鼓膜が揺れた。
「彼女が婚約破棄したと聞いて、やっと私にも好機が巡ってきたと。ようやく口説き落としたのだよ」
まるでお芝居にありそうな台詞だが、彼は演技派らしく、何ら違和感がない。
「なあ。私の女神」
臭い台詞も、彼の容姿が魅力に変える。
「そ、それほどまでに彼女を? 」
バルモアはすっかり信じ込み、明らかに平常心を失くして、いらいらと靴底を小刻みに鳴らした。
「逃した魚は大きいのだよ、元婚約者殿。いつか、そう思うときがくる」
まるで予言者のようだ。
すんなりと彼の声は、その場にいる者の胸に染み込んだ。
取り分けバルモアの心をぐらつかせている。
何かを察したフローレンスは、苛立たしげにバルモアの燕尾服の袖をぐいと引いた。
「マーレイ。我々はジミーが用意してくれた特別席がある。行こうか」
マーレイの鼓膜に入り込む低音。
まさに、チェロの奏でる音色のように馴染む。
「ジミー? もしかして、ジミー・シュバイツァーなの? 」
ハッとフローレンスは気づいて、素っ頓狂な声を上げた。
「マーレイ。君のための席だよ」
サーフェスはフローレンスの反応を無視して、マーレイに囁いた。
マーレイの目の端に、バルモアとフローレンスの悔しさを滲ませた真っ赤な顔が過る。
サーフェスはそんな二人を横目に、マーレイをエスコートしながら、人混みでごった返す入り口ではなく、警備が一人しかついていない、明らかに特別仕様の豪奢な方へと進んだ。
「余計な真似をしてすまない」
特別仕様のドアにいる警備に軽く手を挙げたサーフェスは、警備が恭しく一礼して重厚な鍵を捻り、中へと促され。
一連の動きの後で、彼は詫びた。
「だが、やつらがあまりにも君を冒涜しているから。つい、腹立たしくなって」
「助かりましたわ。何とお礼を言えば良いか」
バルモアに再会し、フローレンスと睦まじくしている姿に、惨めな気分だったのは確かだ。
そんな展開をひっくり返してくれたサーフェスに、マーレイはふわりと顔の強張りを解いて頭を下げた。
「君はもっと笑っていたまえ」
入り口から続く通路は、並んでも余裕のある幅となっている。
壁には一定の幅でランプが灯り、足元の暗さは全くない。
床には深紅の絨毯が敷かれ、高貴な方のために用意された通路であることがわかる。
改めてサーフェスが、王家に近い者であると知らしめられた。
悪徳な金貸しの面ばかりが目立っていたから、すっかり失念していたが。
本来なら、このように馴れ馴れしく体に触れ合える相手ではない。
「伯爵令嬢としての振る舞いがあるだろうが。ツンツンしていたら、せっかくの美貌が台無しだぞ」
しかしサーフェスの物言いは、マーレイに彼の身分を失念させた。
「観劇のチケットを見たときの、君の笑顔は可愛らしかった」
彼は率直な感想を述べているだけ。
そこには、何の下心もない。
わかってはいたが、男性からの褒め言葉に不慣れなマーレイは、心臓の音を速め、血の巡りが異常となる。
思い切り耳朶がその影響を受けた。
「ぜ、善処しますわ」
耳の先まで真っ赤に染めながら、マーレイはやっとそれだけ口に出来た。
今、確かに「マーレイ」と呼び捨てにした。
空耳ではない。
「マーレイ? どうしたんだい? 」
再度、彼は呼び捨てにする。
彼女の耳に唇を寄せて。
その上、マーレイに差し出していた腕をやんわり解くと、あろうことか彼女の腰に手を回したのだ。
手慣れたその仕草に、マーレイは微かに痙攣した。
甘言をつらつら並べ立てて金を貸すときだけ気前良さげな、いかにも悪徳金貸しがする、極上の人懐こさ。
かなり整った顔立ちのため、威力は計り知れない。
「こ、公爵だって? 」
バルモアは、明らかに動揺している。
フローレンスも。
「こ、公爵がこんな女の相手? 」
フローレンスは落ち着きなく体をソワソワさせ、マーレイを凝視した。失礼極まりないが、あんまり動揺して、つい失言した。
いや、元よりフローレンスはマーレイを見下していた。
「こんな女とは口が過ぎますよ、レディ? 」
サーフェスは、やんわりと嗜める。
「彼女ほど私の理想に叶う女性はいない」
またもや、マーレイの鼓膜が揺れた。
「彼女が婚約破棄したと聞いて、やっと私にも好機が巡ってきたと。ようやく口説き落としたのだよ」
まるでお芝居にありそうな台詞だが、彼は演技派らしく、何ら違和感がない。
「なあ。私の女神」
臭い台詞も、彼の容姿が魅力に変える。
「そ、それほどまでに彼女を? 」
バルモアはすっかり信じ込み、明らかに平常心を失くして、いらいらと靴底を小刻みに鳴らした。
「逃した魚は大きいのだよ、元婚約者殿。いつか、そう思うときがくる」
まるで予言者のようだ。
すんなりと彼の声は、その場にいる者の胸に染み込んだ。
取り分けバルモアの心をぐらつかせている。
何かを察したフローレンスは、苛立たしげにバルモアの燕尾服の袖をぐいと引いた。
「マーレイ。我々はジミーが用意してくれた特別席がある。行こうか」
マーレイの鼓膜に入り込む低音。
まさに、チェロの奏でる音色のように馴染む。
「ジミー? もしかして、ジミー・シュバイツァーなの? 」
ハッとフローレンスは気づいて、素っ頓狂な声を上げた。
「マーレイ。君のための席だよ」
サーフェスはフローレンスの反応を無視して、マーレイに囁いた。
マーレイの目の端に、バルモアとフローレンスの悔しさを滲ませた真っ赤な顔が過る。
サーフェスはそんな二人を横目に、マーレイをエスコートしながら、人混みでごった返す入り口ではなく、警備が一人しかついていない、明らかに特別仕様の豪奢な方へと進んだ。
「余計な真似をしてすまない」
特別仕様のドアにいる警備に軽く手を挙げたサーフェスは、警備が恭しく一礼して重厚な鍵を捻り、中へと促され。
一連の動きの後で、彼は詫びた。
「だが、やつらがあまりにも君を冒涜しているから。つい、腹立たしくなって」
「助かりましたわ。何とお礼を言えば良いか」
バルモアに再会し、フローレンスと睦まじくしている姿に、惨めな気分だったのは確かだ。
そんな展開をひっくり返してくれたサーフェスに、マーレイはふわりと顔の強張りを解いて頭を下げた。
「君はもっと笑っていたまえ」
入り口から続く通路は、並んでも余裕のある幅となっている。
壁には一定の幅でランプが灯り、足元の暗さは全くない。
床には深紅の絨毯が敷かれ、高貴な方のために用意された通路であることがわかる。
改めてサーフェスが、王家に近い者であると知らしめられた。
悪徳な金貸しの面ばかりが目立っていたから、すっかり失念していたが。
本来なら、このように馴れ馴れしく体に触れ合える相手ではない。
「伯爵令嬢としての振る舞いがあるだろうが。ツンツンしていたら、せっかくの美貌が台無しだぞ」
しかしサーフェスの物言いは、マーレイに彼の身分を失念させた。
「観劇のチケットを見たときの、君の笑顔は可愛らしかった」
彼は率直な感想を述べているだけ。
そこには、何の下心もない。
わかってはいたが、男性からの褒め言葉に不慣れなマーレイは、心臓の音を速め、血の巡りが異常となる。
思い切り耳朶がその影響を受けた。
「ぜ、善処しますわ」
耳の先まで真っ赤に染めながら、マーレイはやっとそれだけ口に出来た。
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