【完結】婚約破棄された悪役令嬢は童貞公爵様の恋愛指南役となる

氷 豹人

文字の大きさ
34 / 112

令嬢の誤算

しおりを挟む
 誤算だった。
 シェカール公爵サーフェス・ディアミッド・マクラバーという男を侮っていたといっても良い。


「マーレイ! マーレイ! マーレイ! 」
 またしても朝っぱらから賑々しく父に名前を連呼されて、マーレイは寝不足によるこめかみの疼きが余計に酷くなり呻いた。
「どうなさったの、お父様? まだ朝食には早いのではなくて? 」
 やっとベッドから起きて、朝の召替えをしたばかりだ。
 昨夜、ケアランがあんまり勧めるものだから、渋々と「或る愛の軌跡」に挟んだ栞のページから読み進めたのだ。


 冒頭の赤面するようなキスシーンから中盤までは、怒涛の展開で、恋愛要素まるでなし。
 主人公が、しつこい求愛者の公爵を振った腹いせに無実の罪で投獄されるまでは、固唾を飲んで必死にページを捲った。
 主人公の悲壮に自身を投影し、涙まで流した。
 が、中盤から赴きが変わって、いっぺんに涙が引っ込んでしまった。
 恋愛小説要素が薄まって、官能が露骨だ。
 序盤のキスなんて、子供のお遊びだと思えるくらいに。
「じょ、女性の胸の谷間に性器を挟むことを強要するなんて。何て卑猥な。しかも、牢から出すことを条件にするなんて。ジャックという男は、何て卑怯なの」
 マーレイは怒り心頭で、思わずページを拳で叩いてしまった。
「リシュエルもどうかしてるわ。幾ら亡き夫とは形ばかりの夫婦だったとしても。未亡人になったばかりのくせに、年下の男の甘言にのぼせるなんて」
 葡萄色の襟ぐりの詰まったドレスに袖を通しながら憤慨するマーレイに、ケアランは心底呆れたような溜め息をついた。
「そのような感想をお持ちになるのは、お嬢様くらいなものですよ」
「まあ! では他の方はどう思っているの? 」
「めくるめく愛のシーンに釘付けですよ」
「あの、いかがわしいまぐわいが? 」
「二人の距離がぐっと近づく重要なシーンですよ」
「無理やり男性器を舐めさせられる、あれが? 」
 身も蓋もない言い方に、ケアランは話にならないと首を横に振った。
 経験のないマーレイにとって、嫌悪感でしかない。
 貴族社会がまだまだ男性上位だとしても、現在国を統治しているのは女王であり、数年前より幾らかは女性の地位が向上してきたと言うのに。
 男性に組み敷かれて悦んでいるなんて。
 時代を逆行しているとしか思えない。
「お嬢様も経験を積まれたら、リシュエルの気持ちがわかりますよ」
「わかりたくないわ」
 フンとマーレイは鼻を鳴らす。
 小説は監獄の卑猥なシーンで早々に閉じてしまった。寝不足は、怒りで腹の虫が治らなかったからだ。


「マーレイ! 」
 どんどんとドアを連打する父。
「どうなさったの? お父様? 」
 うんざりとマーレイは尋ねた。
 鼻息を荒くさせ、ズカズカと入ってきた父は、興奮して目が血走っている。
 以前も同じことがあった。
 あのときは、シェカール公爵からの文が届いた。
 二度も同じことはない。 
 きっと公爵は自分を避けるはずだから。
 だが、マーレイのその考えは誤算だった。
「公爵だ! 」
「え? 」
 父が声を張り上げる。
「シェカール公爵、直々にお前を迎えに来られた! 」
「え? え? 」
「早く支度をしろ! 」
 意味がわからず、マーレイはケアランに助けを乞う視線を送る。
 ケアランは選択肢から外れたドレスをクローゼットに仕舞っているところだったが、何やら言いたそうにマーレイに対してニンマリした。
「公爵が今、我が家の応接室でお待ちなんだ! 」
「こ、公爵が? 遣いでなくて? 」
 観劇の際は父は所用で留守にしており、迎えは遣いの者だったから、このような大騒ぎにはならなかった。
 そもそも呼びつけた主人あるじ自らが迎えに来るなんて、余程のことだ。
「な、何故? 」
 混乱を来すマーレイに焦れた父は、いらいらと床を踏んだ。
「お前を公爵家の朝食に招待したいとのことだ! 」
「な、何故? 」
「知らん! 」
 たった一言でマーレイの疑問は片付けられてしまった。
 シェカール公爵という男は、マーレイの常識をことごとく覆す。侮れない。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

家出を決行した結果

恋愛
フィービーの婚約者ミゲルには大切な幼馴染がいる。病弱な幼馴染をいつも優先するミゲルや母が亡くなって以降溝が出来てしまった父と兄との関係にフィービーは疲れていた。 デートの約束をしてもいつも直前になって幼馴染を理由にキャンセルされ、幼馴染にしか感情を見せないミゲルを、フィービーを見ようとしない父や兄を捨てる決心をしたフィービーは侍女や執事の手を借りて家出を決行した。 自分を誰も知らない遠い場所へ行ったフィービーは、新しい人生の幕開けに期待に胸を躍らせた。 ※なろうさんにも公開しています。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ

ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」 ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。 「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」 何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。 都合のいい女は本日で卒業。 今後は、余暇を楽しむとしましょう。 吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...