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悪魔の囁き
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「今くらい、誘惑に負けてみたらどうだ? 」
ルミナスの言葉通り、一時の感情に任せて耽ることが出来れば、どんなに楽だろう。
だが、イザベラは子爵から給金をいただく使用人の立場だった。
アリアの手本となる教育者だ。
ぎりぎりの理性がイザベラの本能を抑え込む。
「私がミレディを愛している? 君はそう思っているのか? 」
ルミナスはイザベラを撫で回していた手をスカートから引き抜くと、ガシガシと闇雲にその燃えるような髪を掻き乱した。
「私だけじゃないわ! 皆んなもよ! 」
ルミナスによる束縛が緩んだものの、イザベラは膝が戦慄きその場から動けない。
「あなたは亡くなった奥様が忘れられなくて、今でも独身を貫いてらっしゃるじゃない。寂しさを紛らわせるため、毎晩出歩いて」
事実を述べたまでだが、何故かルミナスは失望したように肩を竦めた。
「世間一般のやつらは、お涙頂戴の作り話が余程好きなんだな」
「違うの? 」
つい、砕けた言い方になってしまった。
「当たってはいる。ただし、君が思っているような理由ではないが」
イザベラの言葉遣いには何ら関心を持たず、ルミナスは昏い面持ちで呟いた。
「ど、どういう意味? 」
そうだとも違うとも言えない中途半端な返し方はずるい。
「知りたいかい? 」
ルミナスは挑発気味にイザベラに流し目を呉れた。
「なら、今からたっぷり教えてやるよ」
言うなり、イザベラの髪からピンを引き抜くと、纏めた髪を解いてしまった。
「だ、駄目よ! 」
ルミナスの流し目にうっかり見惚れてしまい、抵抗が遅れた。
すでにイザベラの髪は腰まで波打っていた。光に反射した髪は純度の高い黄金そのもののようで、イザベラの透き通る肌をひきたてている。
「まるで地上に生まれた美の化身」
ルミナスは息を呑む。
「なんて美しい髪だ。混じり気のない黄金の色」
いつもはギチギチに固く縛って纏めらていたため、彼女の魅力は誰も知り得なかった。
「何故、素顔を隠す必要があるんだ? 」
その金の糸を一筋指で掬うと、至極当然のように口付ける。
「答えられないのか? 」
分厚いレンズの眼鏡と、ギチギチのお団子髪。素顔を隠すそれは、謂わばイザベラが纏う鎧だ。
その鎧を剥がされた今や、彼女はいつもの戦闘態勢には入れない。
「ますますミステリアスな君が欲しくなったよ」
「わ、私は物ではありません」
「言葉の絢だ。いちいち揚げ足を取るのはやめたまえ」
きつく睨まれ、イザベラは唇を引き結ぶ。
「返事は? イザベラ? 」
「……私は」
「君の全てを知りたい」
歯の浮く台詞を平然と宣うものの、子爵の顔と身なりがこれっぽっちも違和感を与えない。むしろ自然だ。これだから顔の良い男はずるい、とイザベラは奥歯を噛んだ。
「なら、こうしよう。今、君は夢を見ているんだ」
「馬鹿なこと仰らないで」
からからに乾いた唇を舐め、力なくイザベラは笑う。
「まあ、聞きたまえ。これは、あくまで夢だ。明日になれば、何てことない日常に戻る。今日のことは、キレイさっぱり忘れてね」
「随分、おめでたい夢ですこと」
「ああ。私にとって最高の夢だ。君にとっても」
「悪夢よ」
「手厳しいな」
前髪を掻き上げる仕草の、何て色っぽいけと。下手すれば寒気がするくらいに気障になるのに。これを難なくやってのけるのが、モテる所以だ。
「君だって、官能小説の中だけではなく、本物を知りたいとは思わないか? 」
「えっ」
「男のシャツとズボンの下がどうなっているのか」
「そ、それは」
「こんな機会、今後、あるかないか」
「失敬な方ね」
「どうだい? イザベラ? 」
ルミナスはあの手この手を使って、イザベラの好奇心をくすぐってくる。
おそらくこの先、男性との触れ合いはない。一生を仕事に捧げる覚悟で家庭教師の職を選択した。そもそも、イザベラの生い立ちが結婚を許さない。不幸な娘は自分だけで充分。
それなら、一度くらい……一度だけでも……。
イザベラの胸がせつなく疼いた。
「交渉成立だな」
イザベラの表情を的確に読み取ったルミナスは、ニタリと唇を歪ませた。
ルミナスの言葉通り、一時の感情に任せて耽ることが出来れば、どんなに楽だろう。
だが、イザベラは子爵から給金をいただく使用人の立場だった。
アリアの手本となる教育者だ。
ぎりぎりの理性がイザベラの本能を抑え込む。
「私がミレディを愛している? 君はそう思っているのか? 」
ルミナスはイザベラを撫で回していた手をスカートから引き抜くと、ガシガシと闇雲にその燃えるような髪を掻き乱した。
「私だけじゃないわ! 皆んなもよ! 」
ルミナスによる束縛が緩んだものの、イザベラは膝が戦慄きその場から動けない。
「あなたは亡くなった奥様が忘れられなくて、今でも独身を貫いてらっしゃるじゃない。寂しさを紛らわせるため、毎晩出歩いて」
事実を述べたまでだが、何故かルミナスは失望したように肩を竦めた。
「世間一般のやつらは、お涙頂戴の作り話が余程好きなんだな」
「違うの? 」
つい、砕けた言い方になってしまった。
「当たってはいる。ただし、君が思っているような理由ではないが」
イザベラの言葉遣いには何ら関心を持たず、ルミナスは昏い面持ちで呟いた。
「ど、どういう意味? 」
そうだとも違うとも言えない中途半端な返し方はずるい。
「知りたいかい? 」
ルミナスは挑発気味にイザベラに流し目を呉れた。
「なら、今からたっぷり教えてやるよ」
言うなり、イザベラの髪からピンを引き抜くと、纏めた髪を解いてしまった。
「だ、駄目よ! 」
ルミナスの流し目にうっかり見惚れてしまい、抵抗が遅れた。
すでにイザベラの髪は腰まで波打っていた。光に反射した髪は純度の高い黄金そのもののようで、イザベラの透き通る肌をひきたてている。
「まるで地上に生まれた美の化身」
ルミナスは息を呑む。
「なんて美しい髪だ。混じり気のない黄金の色」
いつもはギチギチに固く縛って纏めらていたため、彼女の魅力は誰も知り得なかった。
「何故、素顔を隠す必要があるんだ? 」
その金の糸を一筋指で掬うと、至極当然のように口付ける。
「答えられないのか? 」
分厚いレンズの眼鏡と、ギチギチのお団子髪。素顔を隠すそれは、謂わばイザベラが纏う鎧だ。
その鎧を剥がされた今や、彼女はいつもの戦闘態勢には入れない。
「ますますミステリアスな君が欲しくなったよ」
「わ、私は物ではありません」
「言葉の絢だ。いちいち揚げ足を取るのはやめたまえ」
きつく睨まれ、イザベラは唇を引き結ぶ。
「返事は? イザベラ? 」
「……私は」
「君の全てを知りたい」
歯の浮く台詞を平然と宣うものの、子爵の顔と身なりがこれっぽっちも違和感を与えない。むしろ自然だ。これだから顔の良い男はずるい、とイザベラは奥歯を噛んだ。
「なら、こうしよう。今、君は夢を見ているんだ」
「馬鹿なこと仰らないで」
からからに乾いた唇を舐め、力なくイザベラは笑う。
「まあ、聞きたまえ。これは、あくまで夢だ。明日になれば、何てことない日常に戻る。今日のことは、キレイさっぱり忘れてね」
「随分、おめでたい夢ですこと」
「ああ。私にとって最高の夢だ。君にとっても」
「悪夢よ」
「手厳しいな」
前髪を掻き上げる仕草の、何て色っぽいけと。下手すれば寒気がするくらいに気障になるのに。これを難なくやってのけるのが、モテる所以だ。
「君だって、官能小説の中だけではなく、本物を知りたいとは思わないか? 」
「えっ」
「男のシャツとズボンの下がどうなっているのか」
「そ、それは」
「こんな機会、今後、あるかないか」
「失敬な方ね」
「どうだい? イザベラ? 」
ルミナスはあの手この手を使って、イザベラの好奇心をくすぐってくる。
おそらくこの先、男性との触れ合いはない。一生を仕事に捧げる覚悟で家庭教師の職を選択した。そもそも、イザベラの生い立ちが結婚を許さない。不幸な娘は自分だけで充分。
それなら、一度くらい……一度だけでも……。
イザベラの胸がせつなく疼いた。
「交渉成立だな」
イザベラの表情を的確に読み取ったルミナスは、ニタリと唇を歪ませた。
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