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肉屋の番犬※

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 イザベラ・シュウェーターは品行方正を重んじ、いつも淑女として何が正しいかを考えながら生活している。彼女は本で得た知識と、寄宿学校から学んだ教えを忠実に再現して、折り目正しく振る舞う。
 それが、『イザベラ・シュウェーター』として生きる目的であるからだ。
 だから現在の状況は、彼女にはあり得ない。
「『所詮は人間、いかに優れた者でも時には我を忘れます』シェイクスピアの言葉だ」
 ふかふかのマットレスに背中を沈めながら後悔し始めたイザベラに、ルミナスは優しく目を細める。
「『自然でない行いは自然でない混乱を呼ぶ』違って? 」
 博識ぶりに対抗しようと、イザベラも脳味噌に仕舞われた本のページを繰った。
「『何もしなかったら何も起こらない』」
 ニヤリと口の端を吊ると、ルミナスはイザベラの薄いシュミーズの脇腹の線を辿っていく。
 地味で野暮ったい灰色の木綿ドレスや、ガチガチのコルセットは、とっくにベッドの下に追いやられている。
 ルミナスはベッドに残ったイザベラのパンプスの片方を右足で蹴飛ばして床へ落とすと、器用に片手で己のシャツのボタンを異常な速さで外していった。
 あっと言う間にルミナスは上半身裸になる。
 イザベラは釘づけだ。
 勇敢な神話の英雄が現れたのではあるまいかとさえ錯覚した。
 鍛え抜かれた体は引き締まり、筋肉の盛り上がりは見事としか言いようがない。戦争とは無縁の世となり、だらしない体型の男が増えたようだが、ルミナスはそれらとは一線を画している。
 執務室の真隣がルミナスの寝室だ。彼は執務室から扉一枚隔てた自室にイザベラを引き摺り込むや、性急にイザベラをベッドに押し倒した。
 絨毯やカーテンに至るまで、青を基調とした落ち着きある色で統一され、それがイザベラのふらふらする頭を冷静にさせる一因でもあった。
 そんなことはお構いなしで、むしろイザベラが抵抗する余地さえ与えないくらい、素早い動きでルミナスは先を急ぎ、ドレスを剥いだ。
「あ、あの。アークライト卿。お待ちください」
「何だ」
 あくまで笑顔ではあるが、彼の口調はぞんざいだ。
「あ、あの。本当に、その……なさるの? 」
「今更か? 」
 ルミナスの眉間に縦皺が入る。
「私は肉屋の番犬ではないぞ」
「ど、どういう意味ですか? それは? 」
 唐突に肉屋の犬などという単語が飛び出して、イザベラはキョトンと目を丸くする。
 元よりイザベラに理解させようとはしていないらしい。ルミナスは己に言い聞かせるように、淡々と続けた。
「決して手に入らないと思っていたんだ。それが、目の前に、自分から皿に乗ってソースを垂らして突き出してきた。食わないわけにはいくまい」
「仰っている意味が? 」
「極上の肉なのに、皆んな、食わず嫌いで素通りしていく。そいつらに気づかれないまま、どうやって手に入れることが出来るか。ずっと頭を捻らせていた」
「子爵はそれほど肉がお好きだったのですか? 」
 どちらかといえば、魚の方が好物だと口にしていたが。
 ルミナスは笑いを堪えるように肩を震わせ、頷く。
「ああ。これでもかと腹一杯食うのが」
「加減をしないと、胃もたれしますよ」
「無理そうだな」
 しかめっ面になり、首を横に振った。
 その仕草があんまりおかしくて、イザベラはふふふと小さく笑う。
 たちまちルミナスから笑みが消えた。
「申し訳ないが、前戯は飛ばさせてもらう」
 言いながら、熱を帯びた手が脇腹から下の方へと滑っていく。
「じっくり味わっている暇はない」
「い、今、食事なさるの? 」
 幾ら腹が減っているといっても、今、この場に料理を運ばせるつもりだろうか? このような場を誰かに見られでもしたら。一気に皮膚が冷え、イザベラは戸惑い、肌が透けるシュミーズの胸を抱く。
「邪魔が入って取り上げられたら困るからな」
「肉ならいつでも召し上がられるでしょう? 」
「確かに」
 ルミナスは真剣な顔で頷く。
 だから間違っても呼び鈴は鳴らさないで。お願い。イザベラは必死に口中で唱えた。
「だが私は、ご馳走を前に涎を垂らす男ではない。好物なら尚更」
 ルミナスは表情の硬いまま、白い歯を覗かせた。
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