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面倒臭い話

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「お父様にお見合い話が来ているそうよ」
 貴族の公用語の勉強中、単語を復唱していたアリアは一旦言葉を区切ると、勉強には全く関係ないことを口にした。
「お相手はローズ男爵家のご令嬢ですって」
 イザベラの反応をチラチラ伺っている。
 とうとうか……イザベラの胸に冷たい風が吹き抜けた。
 まだ若く財産持ちの独身を放っておく愚か者など、この世の中にはいない。お節介な貴族が話を持ち込んで来ることは多々あった。
 しかし、そのどれをもルミナスはやんわりと断っていた。イザベラが雇われたここ一年で知る限りでも、十三回は確実にある。
 ルミナスが見合い話を拒否するのは、まだ亡くなった奥方が心に残っているから。また、幼い娘を労っているから。
 誰しもがそう噂し、そのたびに見合い話が立ち消える。
 果たして子爵の心に入り込む令嬢は現れるのだろうか。
 下世話な話が、ついに途切れる日が来たのだ。
 イザベラは泣き出したい気持ちを堪えて、にっこり笑ってみせた。
「素晴らしいお話ね」
「本当に? 」
「え? 」
「イザベラは本当にそう思っているの? 」
 濁りないアリアの瞳に心が折れそうになる。イザベラは戦慄く唇を舐めて、必死に動かした。
「え、ええ。勿論。これで子爵の夜遊びがなくなれば、あなたの生活環境は改善するでしょう」
「本心? 」
 さらに畳みかけてくるアリアに、イザベラはわあっと声を上げて泣きたくなった。奥歯を噛んで、涙が溢れないよう堪える。
「あのね、イザベラ。これはお父様から口止めされていたんだけど」
 勿体ぶって、言葉を止めるアリア。
 その隙にこっそりと涙を拭い、鼻を啜る。
「イザベラの部屋の家具、あれは特注品なのよ」
「ええ。鈴蘭の彫り物が見事ね」
「そうじゃなくて。イザベラの身長に合わせて、お父様が職人に造らせたの」
 彼女の言葉を一笑に付すには、自室の家具はイザベラにあまりにも適合し過ぎていた。イザベラは成長期の栄養失調が原因で、一般的な女性の平均身長よりも低めだ。大人の女性が使う家具は、甚だ使いにくい。だが、イザベラの自室の家具はどれもピッタリで、ちっとも不便さを感じない。
 イザベラは首を捻る。
「どうして、そんな無駄なことを? 私は近くに家具付きの部屋を借りる手筈だったでしょう? 」
 元々、部屋を借りるつもりだったから、前もってわざわざ特注する必要などなかったはずなのに。
「さあ? 何故かしらね」
 理由は知っていると言いたそうに口元をうずうずさせながら、わざとらしくアリアは小首を傾げた。
「子爵も部屋を借りる手続きを進めてらっしゃったじゃない」
「そうね。私が我儘を言わなければ、せっかくの家具が無駄になるところだったわ」
「尚更、わからないわ」
 アリアが屋敷に住んで欲しいと訴えなければ、家具は永久にイザベラが使うことはなかった。即ち、無駄。他の者が使うには低過ぎて不便極まりない。
 子爵の意図が全く読めない。
 だが、娘は父親の思惑をちゃんと理解しているようだ。
「……本当に大人って回りくどくて面倒臭いことするのね」
 大きく伸びをしてから、イザベラの反応を確かめるように覗き込んできた。
 しかし、相変わらず首を捻ってばかりで、全くと言って良いほど答えを見出せないイザベラに、ガッカリと肩を落とす。可愛らしい顔が膨れっ面になった。
「お父様に直接お聞きしたら? 」
 面倒臭そうに言うなり、再び公共語の復唱を始めたアリア。
 イザベラは結局、その答えはわからなかった。





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