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縺れる糸※

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 ひとしきり怒鳴り散らした後、ルミナスはハアハアと肩で息つき、額の汗を拭う。丁寧に整えられていた前髪は、興奮したため、眉毛の上に垂れて乱れていた。
 イザベラはしくしくと泣くことしか出来ない。
 とにかく叫びたかった。
 今しがた父に命令されたことを、ルミナスに大声で伝えたかった。
 たけど、出来ない。
 彼が大切だから。彼を巻き込むことは、出来ない。
 雁字搦めの糸がもつれて、イザベラの手枷足枷となる。


 どのくらいの時間が流れただろう。
 階下のざわめきが急に大きくなった。
 舞踏会がお開きになったのだ。
 宮殿の前にずらりと豪奢な二頭立てや三頭立ての馬車が、格式ある家を先頭に整然と並んでいる。貴族の頂点である王族公爵から順番に乗り込んで行くから、ルミナスのような子爵位までは、まだまだ時間がかかる。おそらく夜が明けても自分の家の馬車が宮殿前にには辿り着かない可能性が高い。
「私のことを夫として見ていると言ったな」
 怒りで真っ赤になったルミナスの顔色は、いつの間にか元に戻っていた。
 だが、その双眸はぞくりとするほど冷たい。
 淡々と尋ねる声もいつもよりニオクターブは低い。怒鳴り散らしたため、喉が枯れてしまっていた。
「では、今すぐ子作りしよう」
 事務的な言い方に、イザベラは弾かれたように顔を上げた。
 視線がぶつかる。
 ルミナスの目は驚くほど怜悧だ。
「なっ! ここは王宮ですよ! 」
「帰れない事情のある者のために、泊まれる部屋が幾つかある」
「わ、私達は帰れる距離です」
「なら、帰れなくするまでだ」
 いきなり抱えたと思えば、ベッドへ放り投げられた。
 スプリングのよくきいたマットレスは、その小さい体を軽々と跳ねさせる。
 羽毛の詰まったクッションに沈んだとき、ルミナスが覆い被さってきた。
 彼の大きな手のひらが、スカートの裾から侵入する。太腿を弄り、内側へと這っていく。熟れたイザベラの裂け目まで、あっという間だった。
「だ、駄目! 」
「何故だ。ここは夫のためのものだろう」
「や、やだ! 怖い! 」
「散々、私を受け入れてきたではないか。薄い膜があるかないかの違いだけだ」
「ルミナス様、冷静になって」
 彼の性急さに、イザベラは震える。
「君が私の子種を受け入れないのなら、熱いスープを流しこんで、スプーンで掬って、皿代わりにしてやる」
「野蛮なこと言わないで」
「それとも、ゼリーを盛ってデザートにするか」
「やめて! 」
 燃える炎はルミナスの目を血走らせ、いつもの余裕さはどこにもなかった。
 まるで別人。
 彼は悪魔に乗っ取られてしまったのか。
 いつものルミナスでなくなっていたから、イザベラもいつものイザベラではいられなくなった。
「私だって、あなたの子供が欲しいわ」
 それは決して口に出してはいけないと、心の奥深くに仕舞い込んだ言葉。
 ふとルミナスの力が緩む。
「でも、怖いの」
 イザベラの眦から涙が溢れる。
「あなたに捨てられることが」
 涙は滑り落ち、シーツを濡らす。
 ルミナスの爵位がイザベラに重く圧しかかっていた。
 いつルミナスの気が変わって、屋敷を追い出されてしまうかわからない。
 そうなれば、子供を抱えたイザベラには行く当てがない。
 自分の境遇を、子供にまで強いてしまう。
 不幸な子を生み出す恐怖。
 彼を信用するには、イザベラの傷は深過ぎた。
「……愚かなことを」
 ルミナスはようやく声を絞り出したかのように、弱々しく呟いた。
 イザベラの露呈した本心に、明らかにショックを受けている。
 険しい表情で、真っ青になりながらも、ルミナスは告げた。
「私はずっと君だけだ」
 それは、イザベラがどうしても欲しかった言葉。
 しかし信用するには、イザベラの辿った道は厳しいものであったし、そもそも彼の行状は疑わしかった。
「嘘ばっかり。散々、浮き名を流して来たじゃない」
「それは、まだ準備の出来ていない君を、滅茶苦茶にしてしまいかねなかったから」
「だから、火遊びを繰り返したって言うの? 」
「私だって男だ。どこかで発散させないと」
 開き直っている。
 イザベラは尚も疑り深い目を向ける。
「……悪かった。君を傷つけて」
 ルミナスは指先でイザベラの涙を拭った。
「愛してる。イザベラ」
 たとえ今夜だけ、いや、今だけでも良い。
 彼にとっては他愛ない言葉遊び、ベッドの中の睦言だとしても。
 万人の女性がその言葉を聞いてきただろうとしても。
 今、この瞬間、それは確かに自分に向けられている。
 もうそれで充分。
 イザベラは目を閉じた。
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