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姉妹のお喋り
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ここのところ貴族の話題といえば、ジョナサン男爵が広大な敷地に造り上げた生垣迷路だ。
生垣迷路とはその名の通り、生垣を垂直の壁や仕切りにして、入り口から出口で何通りもの通路や行き止まりを作って、庭園一帯を迷路に見たてる、貴族の娯楽の一つである。
ジョナサン男爵は、元々あった迷路を増築し、さらに複雑なものに造り替えたとか。一度迷えば二度と出口に辿り着けないなんて、真しやかに語られている。
「男爵様からご招待を受けたわ」
イメルダはカミツレの紋章が刻印された白封筒を差し出す。
大人しい見た目に反して社交的な姉は、またもや新たな友人関係を築いたらしい。
「迷路は苦手だわ」
マチルダはツンとそっぽ向いた。
「マチルダは方向音痴ですものね」
「悪かったわね」
幼い頃に家族で訪れたどこかの庭園迷路で迷子になり、以来、この手の娯楽は苦手だ。
「アンサー様とご一緒すれば? 」
「駄目よ。アンサーは偏頭痛で寝込んでいるの」
「では、どなたかご友人を誘えば? 」
「友人とはもう行き尽くしたわ」
「まあ。今日で何度目になるの? 」
「ちょうど五回目よ」
とことん、正反対の姉妹。
イメルダの言うところの「友人」が異性であることは知っていたが、マチルダは口を噤んだ。
それに関してアンサーが不平を漏らさないのだから。当人同士しかわかりえないこともある。
しかし、四回も婚約者を差し置き、異性とデートに励むとは。姉が悪評をどうやって揉み潰しているのか気になって仕方ない。
「飽きないのね」
「ええ。楽しいわ。あなたもこの楽しさを味わうべきよ」
「結構です」
「駄目よ。ジョナサン卿が、妹君も是非にと仰っているのよ」
「どうしてジョナサン卿が? あの方と私は面識なんてないのに」
「先日の夜会であなたに興味を持たれたのよ。あのブライス伯爵家のご子息の恋人だと話したら、是非、お会いしたいと」
マチルダの脳天を雷が貫く。
その段になって、ブライス伯爵とやらが実在することを知った。
てっきりロイの出任せだとばかり。
この国の貴族は、王族公爵を始め、侯爵・伯爵・子爵・男爵、それに一代男爵や騎士、併せて七百以上が存在する。
アニストン家のような身分の低い貧乏子爵家が、おいそれと話出来ない貴族はわんさかといる。顔すら、名前すら知らない貴族も。
ブライス伯爵なんて、社交の場で出会うことが今後あるかどうか。確率はかなり低そうだ。
だからこそ父は、権力のある伯爵家と縁続きになる可能性が高いことに有頂天になった。
「よ、余計なこと言わないでちょうだい! 」
万が一、無断で名を語ったことがブライス伯爵の耳にでも入れば、ロイはおろかマチルダも詐欺罪でしょっ引かれてしまう。
「あら。私なら言いふらすけど」
事情を知らないイメルダは首を傾げた。
「だって、あのような素晴らしい方とお付き合いしているのよ」
「誰にも知られたくないわ」
知られたら最後。断頭台で飛ぶ己の首を想像し、嫌な汗が毛穴から一気に吹く。
「誰にも知らせるつもりがないなら、私が奪っても、誰にも批判されないわね」
「何ですって? 」
「ふふ。冗談よ」
姉の口から何やら引っ掛かる台詞が飛び出した。
イメルダは可愛らしく小首を傾げると、くすくすと鈴を振るような笑い声を続けた。
生垣迷路とはその名の通り、生垣を垂直の壁や仕切りにして、入り口から出口で何通りもの通路や行き止まりを作って、庭園一帯を迷路に見たてる、貴族の娯楽の一つである。
ジョナサン男爵は、元々あった迷路を増築し、さらに複雑なものに造り替えたとか。一度迷えば二度と出口に辿り着けないなんて、真しやかに語られている。
「男爵様からご招待を受けたわ」
イメルダはカミツレの紋章が刻印された白封筒を差し出す。
大人しい見た目に反して社交的な姉は、またもや新たな友人関係を築いたらしい。
「迷路は苦手だわ」
マチルダはツンとそっぽ向いた。
「マチルダは方向音痴ですものね」
「悪かったわね」
幼い頃に家族で訪れたどこかの庭園迷路で迷子になり、以来、この手の娯楽は苦手だ。
「アンサー様とご一緒すれば? 」
「駄目よ。アンサーは偏頭痛で寝込んでいるの」
「では、どなたかご友人を誘えば? 」
「友人とはもう行き尽くしたわ」
「まあ。今日で何度目になるの? 」
「ちょうど五回目よ」
とことん、正反対の姉妹。
イメルダの言うところの「友人」が異性であることは知っていたが、マチルダは口を噤んだ。
それに関してアンサーが不平を漏らさないのだから。当人同士しかわかりえないこともある。
しかし、四回も婚約者を差し置き、異性とデートに励むとは。姉が悪評をどうやって揉み潰しているのか気になって仕方ない。
「飽きないのね」
「ええ。楽しいわ。あなたもこの楽しさを味わうべきよ」
「結構です」
「駄目よ。ジョナサン卿が、妹君も是非にと仰っているのよ」
「どうしてジョナサン卿が? あの方と私は面識なんてないのに」
「先日の夜会であなたに興味を持たれたのよ。あのブライス伯爵家のご子息の恋人だと話したら、是非、お会いしたいと」
マチルダの脳天を雷が貫く。
その段になって、ブライス伯爵とやらが実在することを知った。
てっきりロイの出任せだとばかり。
この国の貴族は、王族公爵を始め、侯爵・伯爵・子爵・男爵、それに一代男爵や騎士、併せて七百以上が存在する。
アニストン家のような身分の低い貧乏子爵家が、おいそれと話出来ない貴族はわんさかといる。顔すら、名前すら知らない貴族も。
ブライス伯爵なんて、社交の場で出会うことが今後あるかどうか。確率はかなり低そうだ。
だからこそ父は、権力のある伯爵家と縁続きになる可能性が高いことに有頂天になった。
「よ、余計なこと言わないでちょうだい! 」
万が一、無断で名を語ったことがブライス伯爵の耳にでも入れば、ロイはおろかマチルダも詐欺罪でしょっ引かれてしまう。
「あら。私なら言いふらすけど」
事情を知らないイメルダは首を傾げた。
「だって、あのような素晴らしい方とお付き合いしているのよ」
「誰にも知られたくないわ」
知られたら最後。断頭台で飛ぶ己の首を想像し、嫌な汗が毛穴から一気に吹く。
「誰にも知らせるつもりがないなら、私が奪っても、誰にも批判されないわね」
「何ですって? 」
「ふふ。冗談よ」
姉の口から何やら引っ掛かる台詞が飛び出した。
イメルダは可愛らしく小首を傾げると、くすくすと鈴を振るような笑い声を続けた。
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