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処刑台の神父

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 チョコレート一粒につき、キス一回。
 六回目のキスを終えたときだった。
「旦那様! 旦那様! 」
 扉をどんどんと激しく叩き、ロベルトが声を張り上げた。
「奥様に、リオと名乗る少年が会いたいと来ております! 火急の用とか! 」
 尚も、どんどんと叩く。
「どうした? 」
 淫靡な雰囲気に持ち込もうと、アデリーの背中のファスナーを下ろしかけていたランハートは、不機嫌に鼻に皺を寄せる。
 アデリーは赤面する頬をぺちぺち叩き、息を大きく吐いた。
 背筋を正し、たちまち毅然とする。
「わかりました。すぐに行きます」
 最早、雰囲気は一変している。
 ランハートは渋々とファスナーを上げた。


「た、大変です! 」
 リオが半泣きになって、胸に飛び込んで来た。
「ヒューゴ神父が! 」
 リオが鼻を啜る。
 只事ではない。
 アデリーの顔が強張る。
「ヒューゴ神父が連行されました! 」
 リオの叫びに、アデリーの胸がドクンと鳴る。
「何故! 」
 脳裏を過る、神父の悲壮な横顔。両脇を憲兵隊に抱えられ、ずるずると引きずられていく姿。
 駄目駄目。アデリーは首を振って、想像を散らす。
「スノウ・ホワイト様の機嫌を損ねた娘を匿ったとかの罪で! 」
 神父は城から逃れた娘を受け入れ、評判を聞いた者達により、教会は駆け込み寺となっていた。
 信仰心を裏切る行為は、さすがにあの国王でもするまい。そんな油断は見事に裏切られた結果だ。
「娘達は? 」
 リオは力なく首を横に振る。
「マリアーヌは? 」
 リオが大切に想う少女。リオは小さく頷く。
「マリアーヌは無事です。昔、鉱山労働者が掘った穴に逃げ込んでいます」
「そこは見つからないの? 」
「おそらく」
「なら、リオ。一刻も早くマリアーヌのそばにいてあげて」
 リオは間を置き、またもや首を振る。
「神父様を見殺しには出来ません」
 目が左右に動く。彼の中で、神父とマリアーヌとの比重が揺れていた。
「私が助けるから。大丈夫よ」
「アデリー様が? 」
 きょとん、とリオが目をまん丸にする。
 リオはアデリーの正体を知らない。アデリーはあくまで神父と懇意のある人物。何かあれば、まずアデリーに知らせろと、神父は普段からリオに言い聞かせていたようだ。それは金策の類いだろうとしか、リオは考えていない。
 毒りんごは正義を貫く好青年。誰しもが新聞記事を鵜呑みにしている。
 まさか正体が公爵の奥方であり、こんなひらひらドレスにヒールの高い靴を身につけた女だとは、思いもすまい。
 同じく公爵も。
 アデリーが助けると言った台詞に、傍らで聞いていたランハートは、眉間に皺を寄せ、厳しい顔つきになっている。
「アデリー。本気で行くつもりかい? 」
 いてもらっていられず、自室のクローゼットでしようとしていたアデリー。
 それをランハートにより引き留められる。
 悠長に会話している場合ではない。
 こうしている間にも、神父の命が危ない。あの国王は短気だから、神父の言動一つで首を刎ねかねない。
「冷静になりたまえ。アデライン」
 ランハートの低音は、アデリーの腹に直に響いて、幾らかの興奮を抑える。まさに、鎮静剤だ。
「でも、でも。神父様が」
「落ち着きなさい」
 ランハートはアデリーを抱きしめて、背骨を上下に撫でた。あくまで冷静を呼び起こすため。部屋での卑猥な手つきはどこにもない。
 そういうランハートの心音もいつも以上に速い。なのに、わざと落ち着いた態度をとる。そのズレが、却ってアデリーの興奮を抑えさせた。
「神父は今どこに? 」
 ランハートはリオに尋ねる。
「教会の前に設営された処刑台に」
「何てこと! 」
 アデリーは目眩を起こす。
 国王は王宮まで待ちきれず、わざわざこのボーデン村に処刑台を作らせたのだ。
「この私の領地で、何てことしてくれるんだ」
 小さくランハートが舌打ちする。
 貴族なら、はしたないと敬遠する行為。ましてや、貴族の頂点に立つ者なら、尚更あり得ない行為。
 余程、ランハートは己の領地を侵されたことが忌々しいようだ。
「ロベルト。すぐに馬車の用意を。いや、馬丁に、馬を用意しろと」
 真後ろで気配を消していた家令に命じる。
「私が兄上に掛け合う」
 ランハートの胸に顔を埋めたまま、アデリーはいやいやと首を横に振る。
「私も行きます」
「駄目だ」
 速攻で拒否される。
「君はここに残りたまえ」
「嫌です」
「足のくじきが治りきっていないだろう」
 ランハートの指摘に、ハッとアデリーは息を呑む。知られないよう、極力平静を保ち、ヒールの高さに苦労しつつ、何食わぬ顔を装っていた。完璧だったはず。どうしてわかった?
「気づいていないと思ったか? まだ右足を少々庇っているだろう」
 よく観察しないとわからない、微妙なもの。
 ランハートの目は侮れない。
 
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