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狩人の話
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宿屋を営むには、国からの許可がいる。
しかし、稀に無許可の店もある。
ただの宿泊所ではない。
いかがわしいサービスを非合法で行う店。三番街にあるその宿屋はまさにそれだ。アデリーも、噂くらいは耳にしたことがある。
一見すると普通の民家であるため見分けがつかない。
「三番街の宿は、確かオリヴィエの店だ」
しかしランハートは、すぐに言い当てた。しかも、名前まで。
「何だ、その目は」
ジロリ、と睨みつけるアデリーに、ランハートは眉根を寄せる。
「別に」
アデリーは、ぷいとそっぽ向いた。
その態度にピンときて、ランハートは今度は困ったように眦を下げる。
「誤解するんじゃない。昔、言い寄られた女だ」
「そうですか」
「言い寄られただけで、まともに相手したわけではない」
「まともではなくとも、相手になさったということでしょう? 」
ぐっ、とランハートは唇を引き結んだ。
若い頃の彼の噂くらい、アデリーはとっくに知っている。知ってはいるが、聞き流すかといえば別の話だ。妻として、無視は出来ない。
「オリヴィエ様は、それは艶然とした方だと専らの評判で。客が後を絶たないとか。まさか、ランハート様もそのうちの一人とは」
「む、昔の話だ。彼女とは一度きりで、以降は一切連絡を取っていない。誓う」
「……そこまで仰るなら」
「信じていないのか? 」
「別に」
ごほん、とわざとらしい咳払いが会話を遮った。ロベルトが冷ややかに横目している。
ロベルトの存在をすっかり忘れてしまっていた。
ハッと二人同時に口を噤む。
「痴話喧嘩は屋敷に戻ってからになさいませ」
ロベルトはランハートの護衛として、ずっと傍に控えていたのだ。存在を誇示するかのように、手にしていた鞭でぴしりと地面を叩いた。
「わかっている。急かすな」
ランハートはいらいらとこめかみに筋を浮かせた。
「逃げられるようなヘマはしない」
言うなり、ある民家の扉を片足で蹴り上げる。
扉は勢いよく開き、錠前が弾け飛んだ。鍵をかけてあったようだが、開錠するよりも破壊した方が早いと踏んだのだ。
いつにないランハートの荒々しさに、毒りんごは息を呑む。
状況はそれほど切迫しているということだ。
「な、何だ!お前達は!」
中にいたのは、はしばみ色の服を身につけた男一人。鼻から顎下にかけて、茶色い髭で覆われて、鹿皮のハンチング帽を目深に被っているせいで、顔は判別しない。弓矢を背負い、獣の毛で作られたベストを着ている。見たところ、狩人だ。ヒューゴ神父の話していた狩人だ。
「白雪姫をどこに隠した! 」
腰の剣を引き抜くなり、毒りんごは刃先を狩人に向けた。
「な、何の話だ? 」
表情は見えなくとも話し方で狩人が狼狽えていることがわかる。
「誤魔化すな!姫はどこだ! 」
容赦なく毒りんごはさらに刃先を前に出す。
ごくり、と狩人の喉元の髭が動いた。
「答えによっては、その首が飛ぶぞ」
毒りんごは幾らか声のトーンを落とす。
狩人の帽子の中から頬へ、一筋の汗が伝う。
「答えろ」
毒りんごが再度尋ねた。
「し、知らないんだ」
かろうじて狩人が声を絞り出した。喉が焼けたように、その声はガラガラに掠れている。
「本当に知らないんだ」
狩人はキッパリ答えた。
「勝手に姫がここに居座っていたんだ!俺はたった今、ここに戻って来たんだ!」
必死の訴えは、どうも口から出まかせとは思えない。
チラリと毒りんごはランハートを見て、溜め息をつくなり剣を鞘に収めた。
ホッと狩人は深く息を吐き出す。
毒りんごは問い詰める。
「ここはオリヴィエの店だろう?彼女は? 」
「逃げたと思う。すでにも抜けのカラだった」
「お前は何者だ? 」
「彼女の情夫だ」
「何故、この店に戻って来た? 」
「オリヴィエを連れて逃げようと。彼女はすでに逃げ出した後だったんだ」
「お前が白雪姫を匿っているという話だが」
「ご、誤解だ! 」
毒りんごの矢継ぎ早の問いに、狩人はつかえることなく答える。
黙って聞いていたロベルトは、訝しげに眉をひそめていた。
しかし、狩人が嘘をついている証拠がない以上、拘束出来ない。
毒りんごもランハートも同じ意見を持っている。
狩人が慌てて店を飛び出したことを、黙って見過ごすしかなかった。
しかし、稀に無許可の店もある。
ただの宿泊所ではない。
いかがわしいサービスを非合法で行う店。三番街にあるその宿屋はまさにそれだ。アデリーも、噂くらいは耳にしたことがある。
一見すると普通の民家であるため見分けがつかない。
「三番街の宿は、確かオリヴィエの店だ」
しかしランハートは、すぐに言い当てた。しかも、名前まで。
「何だ、その目は」
ジロリ、と睨みつけるアデリーに、ランハートは眉根を寄せる。
「別に」
アデリーは、ぷいとそっぽ向いた。
その態度にピンときて、ランハートは今度は困ったように眦を下げる。
「誤解するんじゃない。昔、言い寄られた女だ」
「そうですか」
「言い寄られただけで、まともに相手したわけではない」
「まともではなくとも、相手になさったということでしょう? 」
ぐっ、とランハートは唇を引き結んだ。
若い頃の彼の噂くらい、アデリーはとっくに知っている。知ってはいるが、聞き流すかといえば別の話だ。妻として、無視は出来ない。
「オリヴィエ様は、それは艶然とした方だと専らの評判で。客が後を絶たないとか。まさか、ランハート様もそのうちの一人とは」
「む、昔の話だ。彼女とは一度きりで、以降は一切連絡を取っていない。誓う」
「……そこまで仰るなら」
「信じていないのか? 」
「別に」
ごほん、とわざとらしい咳払いが会話を遮った。ロベルトが冷ややかに横目している。
ロベルトの存在をすっかり忘れてしまっていた。
ハッと二人同時に口を噤む。
「痴話喧嘩は屋敷に戻ってからになさいませ」
ロベルトはランハートの護衛として、ずっと傍に控えていたのだ。存在を誇示するかのように、手にしていた鞭でぴしりと地面を叩いた。
「わかっている。急かすな」
ランハートはいらいらとこめかみに筋を浮かせた。
「逃げられるようなヘマはしない」
言うなり、ある民家の扉を片足で蹴り上げる。
扉は勢いよく開き、錠前が弾け飛んだ。鍵をかけてあったようだが、開錠するよりも破壊した方が早いと踏んだのだ。
いつにないランハートの荒々しさに、毒りんごは息を呑む。
状況はそれほど切迫しているということだ。
「な、何だ!お前達は!」
中にいたのは、はしばみ色の服を身につけた男一人。鼻から顎下にかけて、茶色い髭で覆われて、鹿皮のハンチング帽を目深に被っているせいで、顔は判別しない。弓矢を背負い、獣の毛で作られたベストを着ている。見たところ、狩人だ。ヒューゴ神父の話していた狩人だ。
「白雪姫をどこに隠した! 」
腰の剣を引き抜くなり、毒りんごは刃先を狩人に向けた。
「な、何の話だ? 」
表情は見えなくとも話し方で狩人が狼狽えていることがわかる。
「誤魔化すな!姫はどこだ! 」
容赦なく毒りんごはさらに刃先を前に出す。
ごくり、と狩人の喉元の髭が動いた。
「答えによっては、その首が飛ぶぞ」
毒りんごは幾らか声のトーンを落とす。
狩人の帽子の中から頬へ、一筋の汗が伝う。
「答えろ」
毒りんごが再度尋ねた。
「し、知らないんだ」
かろうじて狩人が声を絞り出した。喉が焼けたように、その声はガラガラに掠れている。
「本当に知らないんだ」
狩人はキッパリ答えた。
「勝手に姫がここに居座っていたんだ!俺はたった今、ここに戻って来たんだ!」
必死の訴えは、どうも口から出まかせとは思えない。
チラリと毒りんごはランハートを見て、溜め息をつくなり剣を鞘に収めた。
ホッと狩人は深く息を吐き出す。
毒りんごは問い詰める。
「ここはオリヴィエの店だろう?彼女は? 」
「逃げたと思う。すでにも抜けのカラだった」
「お前は何者だ? 」
「彼女の情夫だ」
「何故、この店に戻って来た? 」
「オリヴィエを連れて逃げようと。彼女はすでに逃げ出した後だったんだ」
「お前が白雪姫を匿っているという話だが」
「ご、誤解だ! 」
毒りんごの矢継ぎ早の問いに、狩人はつかえることなく答える。
黙って聞いていたロベルトは、訝しげに眉をひそめていた。
しかし、狩人が嘘をついている証拠がない以上、拘束出来ない。
毒りんごもランハートも同じ意見を持っている。
狩人が慌てて店を飛び出したことを、黙って見過ごすしかなかった。
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