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隠し部屋

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 ゆっくりと左から右へ書棚に添わせながら、アリアは注意深く匂いを辿る。
 だんだん強く香る彼の葉巻。
「ここからだわ」
 一際、匂いたつ場所まで来て、アリアはぴたりと止まる。
 埋め込み式の書棚が途切れ、深緑のダマスク柄の壁紙が広がるばかり。隣室に続く扉などない。
「ケイム! ケイム! 」
 どんどんとアリアは壁を叩く。
 返事はない。
 だが、壁から彼特有の香りが鼻先まで届いた。
「この壁の向こうだわ! 」
 アリアは確信を持つ。
 ケイムはこの壁の向こうにいる。
 もしかしたら扉が壁と同化しているだけで、取手を見落としているだけかも知れない。
 アリアは何度も何度も壁の前で左右に行ったり来たりを繰り返し、扉の境目がないかと目を凝らした。意図的に取手が外されたかも知れない。古びてささくれたのも構わず、アリアは手を添わせた。
「駄目だわ」
 十五回ほど繰り返した後、途方に暮れて足を止める。
「入り口がないわ」
 どれほど探しても、それらしき入り口は見当たらない。
「どうして? 」
 ケイムは絶対にこの奥にいるはずなのに。
 アリアが血相を変えて壁の前でうろうろしている間中、父はひたすら書棚と睨めっこしていた。
「隠し部屋だよ」
 腕を組んだ父が無表情にぽつりと呟く。
「たまにあるんだ。愛人との密会や、拷問部屋、所得隠し。用途は様々だがな」
「まさか、アークライト邸にも? 」
「さあな」
 適当に流したが、否定はしなかった。
 つまりは、そういうことだ。
 十六年をあの屋敷で過ごしたが、アリアはそのような仕掛け、見たことも聞いたこともない。
 アークライト邸にはどのような秘密が隠されているのだろう。
「大概は似た造りだ。壁に継ぎ目がないか確かめろ」
 ルミナスはアリアが目を凝らした壁をもう一度探る。
 アリアも彼の後に続いた。
「ないわ」
「やはり本棚が怪しいな」
 あらかた目星をつけていたのか。
 父はアリアが一心不乱に壁を触っている間中、書棚に向いて何やら考え込んでいた。
「滅茶苦茶に詰め込んであるくせに、一冊だけ綺麗に立ててある」
 父は書棚の細工を解いていたのだ。
 書棚の三段目、左側から三冊目。綺麗に立ててある一冊を抜く。
「やはりな。取手が出て来た」
 壁は空洞になっており、 書帙しょちつのように、その場所は中身のくり抜かれた本で隠されていた。
 隠し扉だ。
「引き戸になっているのだな」
 迷うことなくルミナスは取手を引っ掴む。
 カモフラージュに使われた書物は本物だ。
 ルミナスが取手を掴んだ拍子に振動で幾つか床に落ちた。
 隠し扉を動かせば、もっと雪崩れてくるはずだ。
 中には辞典やら分厚い類いもある。
 バサバサと頭から落ちてきたら、下手すれば瘤が出来たり、分厚い本が足先に当たって怪我しかねない。
「アリア。後ろに下がっていなさい」
 ルミナスは表情を強張らせたまま、アリアに命じた。
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