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20.陛下のデートのための残業

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     ***

 陛下の命令は、いつも突然で唐突だ。

「ラファエル、今夜王都へ行って、暗殺者狩りをしてくれ。不穏分子を掃討しろ」
「は?」

 朝呼び出されたかと思えば、今夜のうちに妃殿下の暗殺を目論む家門の手下や彼らが雇った暗殺者を粛清せよと言い渡される。

 明日には陛下と妃殿下が初めてのデートで王都に行くから、安全を確保したいらしい。

 大切な人を守りたいという気持ちはわかるが、あまりにも急すぎる。

「お気持ちはわかりますが、今から掃討となると時間が足りません。それに当日の警備体制は整えていますし、安全な区域を選定してデートの予定を立てられましたよね?」
「そうだが、やはり不安の芽は早く摘んだ方がいいだろうと、たった今思いついた」
「夕食のメニューを決めるような感覚で決めないでください」
「当日の朝食前に言わなかっただけましだろう」
「それはそうですけど、そういうことではなくてですね」
 
 思いつくのは一瞬であったとしても、作戦を実行するには何かと準備しなければならないことを、そろそろ覚えてほしい。
 敵の情報収集や武器の調達、それに、作戦の計画を立てる時間が必要になるのだから。

「わかりました。俺の部下の中で腕の立つ者を見繕います」
「騎士団を使わなくていい。お前とロミルダの二人で動け」
「はい?」
「お前たち二人の実力ならすぐに片付けられるだろう。それに、ついでにデートできていいではないか」
「血生臭いデートの提案は結構です」
 
 咄嗟に断ったものの、ロミルダと二人きりでいられることに、少しばかり心が躍る自分がいた。
 
     ***

 日中の仕事を終え、王宮にある隠密の任務ように用意された部屋で変装する。
 
 目立たないように魔法で赤い髪を鳶色に変え、服は平民用のシャツに落ち着いた茶色のトラウザーズを合わせ、王都の酒場で偶然見つけた男から買った使い古しの焦げ茶色の帽子を被る。

 部屋の隅に置かれている姿見の前に立つと、どこからどう見ても下町に住む平民の男になった自分が立っている。
 今から俺は、王都に来たばかりの傭兵のフランツだ。

(ロミルダは、変装した俺にすぐに気づいてくれるのかな?)

 変装後の容姿を事前に伝えているから気づいてくれるだろうが、今の自分は王都ではあまりにもありきたりな風貌だから、気づいてもらえないような気がして不安だ。

(もともと俺に興味がないから、たとえ変装していなくても、髪を切ったとしても気づいてくれないだろうな)
 
 ほろ苦さを噛み締めたまま、隠密になった時に陛下から教えてもらった秘密の通路を通って王都に出る。
 
 一方的に想うことは、なんと切なくて寂しいことなのだろうか。
 それでも一度ロミルダへの想いに気づいてしまうと、なかなか自分の気持ちを制することができない。
 
「八方塞がりだよな。お義父さんには反対されているし、ロミルダには俺以外に好いた人ができたようだし……はぁ……」

 任務の詳細をロミルダに伝えに行った時、彼女は確かに、『本当に、これが恋なのかしら』と呟いていた。
 その時の、愛おしい人を想っているロミルダの横顔が忘れられない。

「相手は誰なんだ? もしかして……陛下?」

 陛下のような精悍な顔立ちが好みだと言っていたが、もしかして、俺にそのことを話したから陛下を意識し始めてしまったのだろうか。

「ううっ……これ以上考えたらダメだ」

 悪い予感ばかりが頭の中に浮かんでくるせいで泣きたくなる。

 待ち合わせ場所であるグリフォンの石像に縋りついて溜息をついていると、肩を誰かに突かれた。

「フランツ、『再会の夜』に何をしているんです?」
 
 次いで聞こえてきたのは、ロミルダの声だ。
 視線を動かすと、栗色の髪をハーフアップにして白のブラウスに若草色のワンピースを合わせたロミルダの変装後の姿――イルザが、きょとんとした表情で俺を見ている。

 化粧でいつもより柔らかな雰囲気を出しているし偽のそばかすを施しているけれど、紫色がかかった灰色の瞳の凛とした様子は紛れもなくロミルダのものだ。

(俺の後姿だけでも気づいてくれたんだ……!)

 顔を見なくても見抜いてくれたことが嬉しくて、飛び跳ねたくなるほど浮かれてしまった。
 
「あ、ああ……『再会の夜』だから、緊張していたんだ」
「ふふっ、緊張するなんて大袈裟ね」

 そう言い、ロミルダは人懐っこく笑った。
 
 イルザを演じているから、いつもとは異なる表情で笑っているのだろう。
 そうわかっていても、普段はなかなかお目にかかれないロミルダの笑顔に、目が釘付けになる。

(どうしよう……すごく可愛い)

 少し前までは徹夜の残業をねじ込んできた陛下を恨んでいたけれど。
 ロミルダの可愛い表情を見れたから、もはや感謝したくなってきた。
 
「こ、恋人に久しぶりに会うんだから、緊張して当然だろう?」
「あら、私は楽しみでしかたがなかったわ」 
「――っ、それじゃあ、散策するついでに腹ごしらえもしよう!」
「腹ごしらえ? レストランに入るのはちょっと……」
「安心して。屋台で買って食べ歩きするだけだから」
「屋台で……」

 ロミルダは目をぱちぱちと大きく瞬かせて、固まってしまった。
 もしかすると、屋台で買うのは苦手なのかもしれない。

 礼儀作法が完璧で淑女の鑑とも称されているロミルダにとって、食べ歩きは行儀が悪い食べ方だろう。
 
「屋台の料理に抵抗があるのなら、無理しなくていいよ。その代わり、どこかの店で食べ歩きできそうなものを買おう。さすがに空腹のままは辛いだろう?」
「ううん……屋台でご飯を買うのが初めてだから、少し戸惑ったの。挑戦してみるわ」
「そうだったのか。もし良かったら、俺のオススメを食べてもらっていい? 色々買って、二人で分けて食べてみよう。イルゼが好きな食べ物を、もっと知りたいからさ」
「……いいの?」
「もちろん。イルゼと美味しいものを分け合いたいからね。だって、いいものは好きな人と共有したいだろう?」
「……!」

 ロミルダは両手を口元に当て、黙り込んでしまった。
 
「イルゼ? どうかしたの?」
「嬉しいの。私、誰かと一緒に外に出て食事を分け合った事がないから、すごく楽しみ」

 そう言い、ロミルダは花が咲くように笑って。
 
 なぜか、その表情と気持ちは演技ではないような気がして、切なさに胸が締めつけられた。
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