FIGHT AGAINST FATE !

薄荷雨

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Find a Way

15・何の前の戯れか2(※性的描写あり)

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 眩しいから、と言って戯れの最中に照明の灯りを消してしまった榊。
 窓の外の月光や街灯の明かりも届かない。一級遮光カーテンで守られた寝室は真っ暗だ。

 まだまだ榊の身体を視覚で味わいたかった良太は無論、物足りるものではない。
「まだ見たいんですけど」
 もっとじっくり彼の表情や艶かしい喉、胸、愛らしい乳首、下腹部の灰色の茂み。やや赤みの強い男性のしるし、太腿の肉感、すらりと伸びた脚、それらの形や色彩や動作を観察したかったのに。
「さっき見ただろ」
「足りません」
 暗闇で聞く良太の声色には頑として譲らない気迫がこもっていた。
 まったくこんな面白味のない男の身体なんか見て何が楽しいんだか、と榊は呆れる。そういえば先ほども「きれいですね」とか言っていたような気がする。やはりこいつは美醜の基準がおかしいのではないかと疑わざるを得ない。
 このつまらない肉体を目の当たりにすればいくら執着心の強いαでも冷めるかもな、と覚悟していたのだが今のところ良太にそうした気配は見られない。女性のものとも思えぬ貧相な胸を吸ったり撫でたり、その最中にも良太のものは萎えもせずに起立していたのだ。流石に心配になる。
「……良太、くんはさあ」
「はい」
「自分の感覚がちょっとおかしいと思ったことないの」
「おかしいって何すか」
「普通こんな身体見て綺麗だと思わないよ。誰も。まあそれなりに健康的ではあるんだろうけど」
「好きな人の裸って感動するものじゃないですか。しません?」
「するよ。でもやっぱり、それが原因なんだろうなあ」
「原因?」
「よく言うだろ、あばたもえくぼだとか惚れた欲目って。あのなあ、一般的に私の外見なんて綺麗でも何でもないんだぞ、客観的に見てみろよ」
「電気消されたから見えませんけど。ていうか前も言いましたけど、榊さんて自分の魅力に気付いてないっすよね」
「無いもんに気付けるかよ」
「俺は榊さんの外見だけが好きなわけじゃないけど、でも、榊さんは綺麗ですよ。格好いいし……」
 それに可愛いし、と良太は褒める。褒めながら、静々と手を這わせて榊の臍のあたりを撫でる。そうしてそのまま男根の付け根の下生えまで行き着く。ここの色かたちも、もっと見たかったなと残念でならない。
「触りますよ?」
 と一応断りを入れてから茂みを越えて、男根の付け根から先端へと向かいなぞってゆく。
 自分のものはまだいきり立ったままだが、彼のものは平生へいぜいの落ち着きを取り戻してしまったようだ。それでも先の敏感なところへ到達してから丹念に刺激し続けると、ひくり、と竿が跳ねてふたたび力を取り戻しつつある。口唇で性器を愛撫するかどうか迷っていたが、この闇の中で彼のものを口に含んだら歯が当たって傷つけてしまうかもしれない。ならば控えるべきだろう、と良太はあきらめた。
 それならそれで、したいことなど沢山あるのだから何も困ることはない。
 榊のものに血液が満ち興奮の高まりを手触りで確かめた良太は、自らの茎と一緒に右手で握り込んで上下に扱く。互いの陰茎の峰からは透明な液体が溢れ、わずかな隙間を満たしてゆく。
 追い立てられるようにして榊もまた二人の重なった部分に手を添える。さらなる性感を求めて自ら腰を動かし、一回り大きく固い良太の男根に擦り付けて快楽を貪る。
 真っ暗な空間にどちらの発するものとも判別できない荒い吐息や微かな呻き、肉体と粘液の合わさる淫靡な音が絶え間なく発生し続ける。
 視覚が効かないせいか、良太は自分と榊と闇との境界が曖昧になって、実体が分からなくなってしまいそうな錯覚に襲われる。これだと榊さんが薄まって勿体無いじゃないか、と不安になる。好きな人と一つに溶けて混ざり合いたいなんて言う者もあるけれど、愛おしい相手ははっきり存在していた方がいいに決まってる。
 良太は相手の存在をもっと感じたくて、左手を榊の脇腹から胸、喉元と辿って顔の輪郭を捉えた。耳、頬、顎、ときて唇の位置を確かめ、キスを落とす。だがしかし、榊の唇はきつく閉じられて舌の侵入を拒む意思があるとみえる。それどころか少し顔を背けているような気がしないでもない。

 あれ?
 榊さん、なんか嫌がってる?
 ひょっとして痛いかな、強く握りすぎかも。
 いや、でも腰動いてるし、気持ちよくなってくれてはいるっぽいけど。
 
 良太は榊の唇を舐めたりんでみたりして侵入の可否を問うが、なぜだか拒まれる。それでも男の器官は依然として萎えておらず、むしろ積極的に快楽を享受しようとしているように感じられる。そこで気づいた、頬の内側の力の入り様。彼は歯を噛み締めて喘ぎ声を出さないように耐えているのではないだろうか。
「もしかして声、出さないように我慢してる?」
 この暗い寝室の中で知覚できる榊のものなら何だって感知したいというのに、声を我慢するなんてとんでもない。聞きたいのに。
 せっかくの声を堰き止めているのはこの喉か?と少し意地悪して、左手で探り当てた彼の喉元に軽く噛み付く。そういえば以前、彼が酔った時にここを舐めたり噛んだりしてみたいと思ったんだよな、とふと想起する。
 今まさに念願叶って良太は執拗に榊の喉を舐め、あるいは噛み、上下する喉仏の動きを堪能する。苦しくないように注意深く。
 筒のように形づくられた互いの右手の中、自らのもので榊の裏筋を剃り上げるようにして責め立てる。
 ところが良太のそれはなかなかの上反りで、きつく押さえなければ上手く筋に沿わないのが難点ではあったが、それでも榊を快楽の頂点へと追い詰めるには十分のようだ。その証拠に、喘ぎ声を封じる声帯からはだんだんと切なげな音が漏れ出している。
 あと少しで決壊する、という所まできている手ごたえはあるのだが、如何せん榊龍時はそう易々と崩れてくれるような男ではない。
 良太が思うに、なぜか自己評価の低いらしい榊は自分の声で喘げば相手が幻滅するとでも考えているのだろう。良太に限ってそんなことは全然ない。むしろ榊の低くて艶のある、男らしい声色が好きだ。その声で快感に抗わず鳴いて欲しい。
「聞かせてよ」
 お願い、と耳に唇を当てて囁く。同時に右手の人差し指をカウパーまみれの亀頭へと滑らせ、先端の割れ目を少し強めにえぐる。
 流石の榊もこれに参ったのか、歯を食いしばりながらくぐもった呻きを発する。
「……ッん゙、んぅ……」
 おおよそ色気のある喘ぎとは程遠いが、それでも良太を興奮させる材料には違いない。二人ほぼ同じ瞬間に熱い白濁液を吐き出しだ。互いの指の隙間から、榊の下腹部にぼたぼたと精がこぼれた。随分と量が多いが、これは男性型αの良太のものがほとんどだ。
 良太は射精後の放心と脱力で緩んだ榊の唇の隙間へ舌を差し入れる。そうして彼の弱点である上顎の窪みをくすぐり、舐めあげる。舌を絡ませあい、あるいは軽く唇を噛んで弾力を確かめる。拒絶される心配がないと分かって、良太はキスをしながらまた雄の証を擦り付け始めた。
 榊は現在、俗にいう賢者タイムというやつだが、そこは良太への慈愛というか親切心というか要するに惚れた弱みで、拒みもせずにされるがままになっていた。
 まだまだ臨戦体制の良太のものの刺激を受け、榊も兆しはじめる。先ほど溢れた粘液でぬめる感触が悦びの局地へとうながす。すっかり充血し勃ち上がったそれを自ら良太の雄にこすり付け、腰を上下、前後に動かして快楽を求める。
「あ、ああ、んっ……あぅ、はぁ、あっ……」
 榊の喉の奥からは控えめだが、確実に性的な陶酔を伝える音色が奏でられている。今度は口内に良太の侵入を許してしまっているので、きつく歯を食いしばることができない。また、良太のキスを振り切ってしまうことも今の榊にはできないほどに、この行為に溺れていた。
 二度目はなかなかイきづらいもので、甘やかな痺れはあるものの容易に絶頂に到達することのできないもどかしさが榊を苛んでいる。
「っく、う……あぁもっ……と、良太ぁ、もっと……」
 早く精を吐き出して楽になりたい焦燥感からか、榊はもっともっとと煽るように懇願して悶えた。

 もっと、って言った!
 俺にもっとして欲しいって!

 それだけで良太のものがぐっと膨らんでますます固くなった。性感の急所へより一層の圧迫を受けた榊は掠れた声をあげる。良太は互いの右手で握り込まれた男のしるしを、体内への抜き差しのように律動させて彼を二度目の絶頂へと導いてゆく。
「ああ、は……あ、きもちいいっ……ああー……」
 いよいよ榊の吐精も近い。
 良太に口内をまさぐられながらも喘ぎ、悦びの声をあげて榊は極致に至る。その脈動を感じ取って良太も二度目の精を吐き出した。

 またもや、榊の腹になみなみと精液が注がれた。
 性欲の残滓は左右の脇腹を通ってシーツに流れ落ちる。陰毛と睾丸もまた性の蜜液にまみれ、股の間からも白濁が溢れている。暗闇では窺い知ることはできないが、ライトグレーのシーツには白い体液が染みとなり、吸い込まれては濃い灰色となっていることだろう。
 二度目を終えてもなお良太のものは力を蓄えていた。榊は射精の余韻で思考が覚束ない、それでいて性器は神経が剥き出しになったかのように鋭敏な状態だ。良太はそこをさらに責め続け、三度目の果てへ追い込もうとする。
「お、いっ、ちょっと待てって」
 容赦ない、ともいえる良太の責めに榊は堪らず拒絶の意志をあらわした。
 互いの幹を包んでいた右手を離すと、通常状態の自分のものと、いまだ元気な年下の男のものの間に隙間ができる。離れないで、と縋るように良太が右手に力を込めて二人のものを密着させる。
「疲れました?今夜はもうやめましょうか?」
 と良太は優しい声色で訊くが、俺はまだやる気です!とバキバキに主張する下半身の一部分のせいで気遣いも無に帰していた。建前に対して本音が分かりやすすぎる。
 顔貌よろしく体格の逞しいことから、ものの大きさ持続力、何からなにまで雄として羨ましいというかなんというか、αの彼と比較すればささやかな劣等感や嫉妬心も湧いて出ようというものだ。
 性欲旺盛な若い男性型αと、凡庸な、どちらかというと性欲が薄いと自認するβの自分とでは生まれ持った精力に差がありすぎる。
 とはいえこのまま良太を放置するのも気の毒に思う。ならばこの間のようにひとまず落ち着くまで手で抜いてやるしかなさそうだ。
「いったん離せ。私はもう今夜はいいって。満足したから」
 今までの経験からいってそう続けざまにイけはしない。自分は淡白な男だからこればかりは仕方がない。三回目に応じるとしても回復期間が必要だ。
「貸してやるから、手」
 とふたたび良太のものに手を伸ばし、しごいてやろうとしたのだが、良太が次に要求してきたことは意外なこと、というか部位だった。
「あの、ここ、いいですか?」
 良太が指を這わせて許可を乞うたのは、睾丸と裏門の間、会陰といわれる場所だ。女性であればそこに膣口があるが、榊は男性なので当然そこは塞がっている。
「後ろには触らないので、ここで……」
 つまり素股?の要領で快感を得たいということだろうか。榊はこのよくわからない要望を飲んだ。ただし──
「間違っても中には入れんな」
 との戒めを守るならば、という条件付き。
 会陰の数センチ後ろには慣らしていない菊座があるのだから、うっかりだとかちゃっかりでそこに捩じ込まれては負傷すること間違いなし。なにしろ相手のものはご立派だ。
 榊にとって良太は愛おしい特別な人間なのだが、それでもそこに牡の杭を受け入れる恐怖心を払拭できるものではなかった。

 良太はもちろん、自らの陰茎で榊の身体の感触を味わいたいという欲がおおいにある。だが本当の目的は、会陰の内側にある男性特有の臓器、前立腺への刺激だ。
 色々調べたところによると、その前立腺という器官は男に極上の快楽をもたらす場所なのだという。
 曰く、射精の十倍も気持ちいいとか、ドライオーガズムで女性のように何度もイキ狂うとか、のサイトには体験談が数多く記載されている。是非とも榊にそれを体感してもらいたい。もちろん彼にそのための奉仕をするのは自分だ。
 ただしそこで快感を得るられるようになるまでは根気強い開発が必要とのこと、であれば、外側からでも少しずつそこを意識してもらえるように今のうちから布石を打っておきたい。
 短い経路だが、腰を沈めるようにして陰嚢の奥の狭間を進む。そこは吐き出された精が流れ込んでいて滑りがいい。視覚で確認できないため勢い余って強く当たらないよう、慎重に。
 すぐに温かで柔らかい壁にうち当たる。その薄い皮膚一枚隔てた奥には、周囲を骨盤に守られた臓器と筋肉と血のぬくもりがあって、絶え間なく生命活動しているのだと思うと妙に崇高な気分になったりもするのだが、そんなことはお構いなしに劣情を表す良太の茎は硬度を維持していた。
 このまま自分勝手に強く突き上げ、肉壁の弾力を感じながら欲望の赴くままに動きたいところだが、そんなことをしようものならこの「前戯」に完全に失望されてしまうだろう。第一、あわよくば前立腺を意識してもらおうというのが目的なのだから、ここは我慢だ。
 数回ゆっくりと押し込むようにしてみる。今のところ榊に嫌がるそぶりは無いようだが、なにしろ真っ暗なため表情などで察することができない。
 脚を閉じようとしているのか、榊の太腿に力が込められたのが分かる。しかし股の間には良太の腰が嵌まっているのでそうはできない。
「嫌な感じとかありますか?」
「いやべつに……これ、お前に何か得があるのか?」
「ありますよ。ここの裏側に前立腺っていうところがあるの知ってますか」
「そりゃ知ってるけどさ」
 普通に考えれば理科教師の榊には愚問だろうとわかってはいた。だが今、何の目的があって会陰と呼ばれるそこを標的にしているのか、知らせておいた方がいいかもしれない。
「開発するとなれるらしいです。なので、どうかなと思って」
 それを聞いた榊は、微かにため息を吐いた。
「前立腺マッサージは快感を得られると共に、前立腺炎に効く場合があるそうだ」
「へえ、そうなんすか」
「ただしそのやり方は肛門に指を突っ込んでやる」
「えっ指入れていんすか!?」
「よくない。そもそも私は至って健康だからそんなとこは弄らなくていい」
「医療行為じゃなくてエロ目的なんすけど」
 気持ちよくなって欲しいからやってます、と良太はえらくはっきり言い切った。
 
 どうやら良太はただ単に中に突っ込みたいだけではなく、相手の具合も気にしているらしい。
 αの男が、性行為においてΩでも女性でもない男性型βに対してそんなことを考えているのかと、榊にとっては驚きだった。
 さきほど脚を閉じ、股で良太のものを挟み込む形をとって協力してやろうかとしたのだが、それに応じなかったのはなるほど、そのような理由があったのかと得心がいった。
 この若いαの男は暴力的な「奴」と違って相手のことを思いやり、ネットやら何やらで一通り知識を得てはいるのだろう。そうした善意のあるところが彼らしいといえば彼らしく、実に好ましい。いっそのこと男性型βに欲情する男性型αの認識を大幅に改めたくなるくらいには。
 とはいえ榊は、抱かれる側になるつもりは無い。その意思は変わらない──変わらないがしかし、良太の希望に応えたい気持ちも大きくなりつつあるのが悩ましい。

 良太なら一回ぐらい──
 いやいや何考えてるんだ。
 その一度を許容したら大変なことになる。
 分かっててする馬鹿はいないだろ。
 
 ともかく今はこの行為に対処しなければならない。肉の突き当たりを強く押されて痛い、などということになったら興醒めだ。何より良太に対して痛覚による恐怖心を持ちたくはなかった。
 そこで榊は膝を立てて脚を開き、良太のものを握って股の間に導いた。当たりを調整して、
「いいよ、これで動くんだったら」
 と良太を誘う。
 良太は曲げられた榊の両膝に軽く左右の手を乗せて、緩々と腰を前後させ始めた。手筒を通ったその先で、つるりとした行き止まりの会陰に良太の陰茎の先端が押し当てられる。何度も何度も繰り返される。
 俗にいうM字開脚で股の間に男を受け入れている榊は、暗闇でもなければこんな体勢になることはなかっただろう。しかも良太に強制されたのでもなく、自らこうした姿勢を取ったのだ。
 
 まるで擬似セックスだな。

 現在の自分と良太の姿を第三者視点で想像してみた。女性でもΩでもない、かといって後ろを使わせてやれるでもない、臆病で庸劣な男の無様な性交。良太のような優れた男の相手としては、まず失格だろう。その事実に劣等感と羞恥心が掻き立てられる。頼むからもうやめてくれ、と振り払って逃げてしまいそうだ。
 でもこの行為で、やっぱり駄目だな、と呆れてくれたらいい加減に現実を分かってくれるんじゃないかとも思う。良太はやけにΩを嫌悪しているようだが、自分に失望したらきっとαの身に相応しいΩという人種に興味が湧くのではないだろうか。とすればこの不格好な擬似性交も、それなりに無意味ではないのかもしれない。
 とはいえ、このままマグロになっているのもなんだか居心地が悪くなってきた。

 良太には悪いけど、正直なんも感じない。
 開発すればどうとか言うが、それはあくまでも成功例が目につきやすいだけなんじゃないか。
 この調子だと無理そう、というか、たぶん無理。

 自分にはの才能がないと榊は早々に諦めたが、せめて良太が果てるまでは付き合うことにした。
 扱いて吐精に導いてやる。
「ああちょっと待っ……榊さん俺もうイきそ……」
 はいはいどうぞ、というように手の動きを早めると、それにつられた良太は忙しなく腰を振ってあっけなく達した。
 放出された精が会陰の谷間を流れ、さらに奥の窄まりまで伝う感触がある。あまり気分の良いものではない。一回目、二回目と下腹部を濡らした体液も冷たくなって不快感が増す。
 そろそろこの「前戯」も終わりにしてシャワーを浴びて眠りたい。
 今はいったい何時だろうか。確かめたかったが、ナイトテーブルの上にある時計がわりのスマホを精液まみれの手で取ることはためらわれた。
 あとで蓄光タイプの時計でも買っておくかな、と榊は思った。

 榊が少し白け始めていることにも気付かず、良太は彼を愛おしげに抱きしめて唇を重ねた。
 自分の身体はまだ熱を持って彼を欲していたが、榊の肌の表面はひんやりとしている。暮春の時期とはいえ夜は肌寒い。温めるように掻き抱いた。
 大人しくキスを受け入れている榊の股の間に指を潜り込ませ、またもやそこを探り始める。
 すると榊は、まだそこやるのか?とこれを回避したそうな声をあげた。
「ここ、嫌ですか」
「嫌っていうか……私には才能なさそうなんだけど」
「んん、もうすこし探らせて」
 と言いながら、何度か人差し指で円を描くようにまさぐる。次に陰嚢を包み込むようにして揉みながら、中指と薬指の先端で軽く会陰を刺激する。押して、緩めて、と一定の律動を続ける。たまに少し位置をずらしながらそれを繰り返していると、ある一点で榊が身をよじる。
 あれ?と思って、そのポイントにやや重点を置いて続行する。
 やっぱり何かしらの感覚はあるようで、
「なんか、ちょっと……」
 と異変を訴えてきた。
「痛いですか?」
 と良太が訊くのに対して
「わかんない」
 と妙に舌足らずな口調で答える。
 この初めての感覚に戸惑い、まだ明確な快感として認識するまでには至っていないらしい。
 根気強く会陰への刺激を続けていると、榊はとうとう自らの根に手を伸ばし、男として馴染みのある快楽を得ようと自慰を始めた。暗闇だがその動きはよくわかる。
 良太はつくづく、せめて照明を薄明かりにしてくれたっていいじゃないか!と不満に思わずにはいられない。普段は禁欲的な雰囲気を纏ってさえいる榊が、自らのものを扱いている官能的な姿をしっかりと見てみたかった。しかも会陰を通して、おそらく前立腺への感性に目覚めはじめたであろう瞬間でもある。
 先ほど一度は静謐になった自分の逸物が、またしてもぐっと固く反り返る。
「あ、んっ……良太、一緒に……」
 どうやら一人だけで扱くよりも、一度目と二度目で覚えた兜合わせをお気に召したようだ。彼がお望みとあらば、その要望には応えたい。
 会陰部の開発は惜しいが、はなから最後までやりきるつもりはない。そもそも前立腺を少しでも意識してもらうのが目的だ。おそらく、結果は上々なのではなかろうか。
 右手で二人のものを合わせて握り込む。暗い部屋に体液の粘着質な音と、どちらのものともつかぬ荒い吐息が満ちる。
 色濃い精のにおいに慣れきった中で、良太は榊のこめかみ辺りに鼻先を埋めて皮膚を嗅いだ。爽やかなシャンプーの残り香とほのかな体臭。それから首筋、鎖骨、胸、なめらかな肌からは微かに石鹸と、彼本来の香り。
 さらに脇の辺りと、その奥まで嗅ぎ取ろうとしたが、榊がぴたりと上腕と胴を密着させたので阻まれてしまった。脇のにおいを嗅がれるのはどうも恥ずかしいらしい。
 それでもしつこく、嗅ぐのがダメなら舐めてみよう、と脇の下に通ずる隙間に舌を差し込んだら髪の毛を引っ張られた。結構な力で。
「いだだだハゲる!やめて!」
「アホ!やめてほしいのはこっちだ、舐めるやつがあるか!」
「匂い嗅ぐのもダメ?」
「そういう変態じみたことをするなよ」
 前戯と称して腹や股の間を精液でどろどろにしておきながら、脇を嗅いだり舐めたりするのは変態的な行為だから止めろという。基準がわからん。
「榊さん、いい匂いなのに……」
 良太にとって榊の体臭はかぐわしいものなのだから、恥ずかしがらずにもっと堪能させてほしいのだ。
 なんだか俺、散歩中の犬みたいだな。と良太は、飼い主にリードをめい一杯引っ張られてなお道端の隅っこに鼻を差し出す雑種犬の姿を思い浮かべた。でも髪の毛を引っ張るのは勘弁してもらいたい。
 においといえば、αはβよりも嗅覚が発達していて、多くのにおいを嗅ぎ取るとこができるらしい。そしてαはβと違いフェロモンを感じる器官が存在していて、何とかという細胞があって脳みその本能を司る部分に繋がってるとか、そんな文章を読んだことがある。情報源はネットの掲示板か、それともニュースの記事か、学校の教科書だったか。肉体のその部分はΩも同じ「造り」になっているという。だからこそαとΩはフェロモンで惹かれ合うと──
 
 あー嫌だ!
 いま「Ω」なんて言葉を思い出すのさえ、嫌だ。

 せっかく大切な人とこうして触れ合っているのに、こんな時にΩのことなんて考えたくはない。自分にそんな器官がああるんだったら、この人のにおいで満たして蓋をして、密閉しておきたい。
「脇じゃなくて髪の毛だったらいいですよね」
 と言うや否や覆い被さるようにして側頭部の香りを深く吸い込む。鼻腔内に彼の体臭を充満させ、肺の奥まで行き渡るように。
 自らのカリで引っ掻くようにして彼の裏筋を何度もなぞる。誘われるように、そろり、と這う彼のしなやかな手指が互いの亀頭を撫で、あるいは指先が先端の割れ目を擦り、高みに導いてくれる。
 ああ、と啼きながら榊が背をしならせた。
 無防備に開いた唇を探りあてて深く口付け、上顎を舌で押し上げる。
 腰が震えている。
 果てが近い。
 互いの淫水で雄の証を濡らしながら、共に絶頂をむかえた。





 
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