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第3章 花屋『たんぽぽ』に集う
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「ねぇ、ねぇ。安心って、なーに」
楓が唐突に質問してきた。
梨花は、思わず楓の顔をみつめてしまった。
『安心』っていうのは、えっと……。急に問われて戸惑ってしまった。なんて答えたらいいのだろう。
頭が回らない。
『安心』でしょ。落ち着いて。安らかな心でしょ。楓にわかりやすいように伝えなきゃ。
ちょっと待って。今、それどころじゃないでしょ。小百合の問題を解決しなきゃダメでしょ。
そう思ったところで、小百合が楓に答えていた。
「えっと、そうだねぇ。心が落ち着くというか、ホッとするというかそんな感じだろうか。楓ちゃんは、お母さんと一緒にいたら笑顔でいられるだろう。それと一緒だねぇ」
「ふーん、安心って、そういうことか。それならね、楓はね。ママだけじゃなくて、小百合婆ちゃんや節子婆ちゃん、それに梨花ちゃんといても楽しくて、笑顔になっちゃうよ。ホッとするよ。それが、安心なんだね。そんじゃさ、小百合婆ちゃんも楓といると、ホッとする?」
「わたしかい。楓ちゃんの笑顔を見るとホッとするねぇ」
「なら、安心するってことだね。ここにいたほうがいいよね。楓は小百合婆ちゃんと会えないと寂しいもん。安心がどっかいっちゃうもん。梨花ちゃんもそう思うでしょ」
「そうね」
綾子は、楓の話を黙って聞いていた。
「きっと、節子婆ちゃんも寂しいと思うな。ツバキも寂しいかも。それに小百合婆ちゃんが楓たちと会えなくなったら、寂しくて病気になっちゃうかも」
楓は、生クリームを口元につけたままそう話した。
梨花は、綾子に向き直り「綾子さんも小百合さんが病気になったら困りますよね。ここには小百合さんの友達がたくさんいますし、きっと元気でいられると思うんですよね」と目をしっかり見て、話した。
「楓も小百合婆ちゃんの大きな声がしなくなったら、病気になっちゃうかも。だから、行かないで。ダメなのかな」
仏頂面だった綾子の目尻がいつの間にか下がり、口角も上がっていた。
楓の無邪気さが功を奏したみたいだ。節子の作戦勝ちかもしれない。楓が一緒にいれば、こうなるだろうと予想していたのだろう。流石、節子だ。
「やっぱり、みんな楽しいほうがいいもんね。楽しいとケーキもジュースも、いつも以上においしくなるもんね」
「そうね」
綾子が頬を緩ませて、楓に答えていた。
「ニャン」
えっ、猫がいるの、ここのカフェって。いなかったと思ったけど。
「あっ、ツバキも来ていたんだ。そうか、ツバキもお別れしたくないもんね。そうだよね」
楓は椅子から下りてツバキの頭を撫でている。
ツバキはいつの間に来ていたのだろう。
あっ、ここにツバキがいていいのだろうか。衛生上よくないかもしれない。佳緒理へ目を向けるとカウンターの向こうで『大丈夫ですよ』との口の動きをしていた。
「おやおや、ツバキも引き止めに来てくれたのかい。嬉しいね」
梨花は再び綾子の目を見て「あの、私じゃ頼りないかもしれませんが、小百合さんのことは任せてもらえないでしょうか」と懇願した。
「梨花さんじゃ、確かに頼りないね。ツバキと楓ちゃんにお願いしようかね」
「楓、頑張る」
「ニャッ」
「そうかい、そうかい」
「えっ、あの」
「冗談、冗談だよ。梨花さん、そんな素っ頓狂な顔をしなくてもいいんだよ」
小百合は、三日月のような目をして微笑んでいた。
「もうお母さんたら。すみません」
申し訳なさそうにする綾子に「いえ、私は気にしていませんから。というか辛口の冗談があってこそ、小百合さんですから」と微笑みかける。
「ニャニャッ」
「あはは、ツバキもそうだって。楓もそう思う」
楓の言葉に小百合が笑いだす。その笑い声につられて、梨花も綾子も楓まで笑い出す。ツバキに目を向けると、耳をピクピクさせて不思議そうな顔をこっちに向けていた。
「綾子、じゃ今まで通り、この町にいていいってことだよねぇ」
「お母さん、ずるいわよ。こんな可愛い子にダメだって言えないじゃない」
「ありがとうよ」
「お母さんは、ここにいたいんでしょ」
「まあね」
「わかったわ。梨花さんって言ったかしら。申し訳ないですが、母をよろしくお願いします」
「はい」
よかった。楓のおかげで丸く収まった。ツバキのおかげでもあるか。
ふと、思う。自分がここにいる意味があったのだろうか。なんだか楓の付き添いみたいだ。それがここにいる理由か。きっと。あまり深く考えないことにしよう。
「小百合婆ちゃん、どこにもいかないんだよね」
「ああ、いかないよ」
「よかった。なら、友達でいられるね」
「えっ、友達かい」
「うん」
「あら、お母さんたら、こんな小さな子と友達だなんて幸せね」
そのあと和気藹々な雰囲気で、他愛もない話をして過ごした。
節子のところにも綾子は立ち寄って、小百合のことをお願いしていた。
楓は「梨花ちゃんも友達だよ」とニコリとしてくる。小さな友達っていうのもいいものだ。
あれ、でも、楓は先輩じゃなかったのか。まあ、先輩でも友達にはなれるか。楓は皆を笑顔にしてしまう不思議なオーラを纏っている。天使みたいだ。まだ五歳なのにしっかりしている。自分よりも精神年齢は大人かも。いや、そんなことはないか。
自分の精神年齢っていくつだろう。ふとそう思ったが、どこからか『中学生で止まっているよ』なんて言葉を投げつけられそうな気がして、すぐに考えることをやめた。
そうそう、綾子に対しても楓は「友達、友達」とはしゃいでいた。「また遊びに来てね」とニコニコして見送ってもいた。
楓みたいな子がいれば、世の中平和でいられる気がした。
そうだ小宮山がまた来たら「友達になってくれませんか」なんて話してみようか。楓のようなテンションでは話せないけど、ちょっと勇気を出せばできるはず。また花屋に来てくれたらの話だけど。
来てくれたらいいのに。いや、きっと来てくれる。そう信じよう。この花屋で頑張って仕事していれば、いいことがあるはずだ。
楓が唐突に質問してきた。
梨花は、思わず楓の顔をみつめてしまった。
『安心』っていうのは、えっと……。急に問われて戸惑ってしまった。なんて答えたらいいのだろう。
頭が回らない。
『安心』でしょ。落ち着いて。安らかな心でしょ。楓にわかりやすいように伝えなきゃ。
ちょっと待って。今、それどころじゃないでしょ。小百合の問題を解決しなきゃダメでしょ。
そう思ったところで、小百合が楓に答えていた。
「えっと、そうだねぇ。心が落ち着くというか、ホッとするというかそんな感じだろうか。楓ちゃんは、お母さんと一緒にいたら笑顔でいられるだろう。それと一緒だねぇ」
「ふーん、安心って、そういうことか。それならね、楓はね。ママだけじゃなくて、小百合婆ちゃんや節子婆ちゃん、それに梨花ちゃんといても楽しくて、笑顔になっちゃうよ。ホッとするよ。それが、安心なんだね。そんじゃさ、小百合婆ちゃんも楓といると、ホッとする?」
「わたしかい。楓ちゃんの笑顔を見るとホッとするねぇ」
「なら、安心するってことだね。ここにいたほうがいいよね。楓は小百合婆ちゃんと会えないと寂しいもん。安心がどっかいっちゃうもん。梨花ちゃんもそう思うでしょ」
「そうね」
綾子は、楓の話を黙って聞いていた。
「きっと、節子婆ちゃんも寂しいと思うな。ツバキも寂しいかも。それに小百合婆ちゃんが楓たちと会えなくなったら、寂しくて病気になっちゃうかも」
楓は、生クリームを口元につけたままそう話した。
梨花は、綾子に向き直り「綾子さんも小百合さんが病気になったら困りますよね。ここには小百合さんの友達がたくさんいますし、きっと元気でいられると思うんですよね」と目をしっかり見て、話した。
「楓も小百合婆ちゃんの大きな声がしなくなったら、病気になっちゃうかも。だから、行かないで。ダメなのかな」
仏頂面だった綾子の目尻がいつの間にか下がり、口角も上がっていた。
楓の無邪気さが功を奏したみたいだ。節子の作戦勝ちかもしれない。楓が一緒にいれば、こうなるだろうと予想していたのだろう。流石、節子だ。
「やっぱり、みんな楽しいほうがいいもんね。楽しいとケーキもジュースも、いつも以上においしくなるもんね」
「そうね」
綾子が頬を緩ませて、楓に答えていた。
「ニャン」
えっ、猫がいるの、ここのカフェって。いなかったと思ったけど。
「あっ、ツバキも来ていたんだ。そうか、ツバキもお別れしたくないもんね。そうだよね」
楓は椅子から下りてツバキの頭を撫でている。
ツバキはいつの間に来ていたのだろう。
あっ、ここにツバキがいていいのだろうか。衛生上よくないかもしれない。佳緒理へ目を向けるとカウンターの向こうで『大丈夫ですよ』との口の動きをしていた。
「おやおや、ツバキも引き止めに来てくれたのかい。嬉しいね」
梨花は再び綾子の目を見て「あの、私じゃ頼りないかもしれませんが、小百合さんのことは任せてもらえないでしょうか」と懇願した。
「梨花さんじゃ、確かに頼りないね。ツバキと楓ちゃんにお願いしようかね」
「楓、頑張る」
「ニャッ」
「そうかい、そうかい」
「えっ、あの」
「冗談、冗談だよ。梨花さん、そんな素っ頓狂な顔をしなくてもいいんだよ」
小百合は、三日月のような目をして微笑んでいた。
「もうお母さんたら。すみません」
申し訳なさそうにする綾子に「いえ、私は気にしていませんから。というか辛口の冗談があってこそ、小百合さんですから」と微笑みかける。
「ニャニャッ」
「あはは、ツバキもそうだって。楓もそう思う」
楓の言葉に小百合が笑いだす。その笑い声につられて、梨花も綾子も楓まで笑い出す。ツバキに目を向けると、耳をピクピクさせて不思議そうな顔をこっちに向けていた。
「綾子、じゃ今まで通り、この町にいていいってことだよねぇ」
「お母さん、ずるいわよ。こんな可愛い子にダメだって言えないじゃない」
「ありがとうよ」
「お母さんは、ここにいたいんでしょ」
「まあね」
「わかったわ。梨花さんって言ったかしら。申し訳ないですが、母をよろしくお願いします」
「はい」
よかった。楓のおかげで丸く収まった。ツバキのおかげでもあるか。
ふと、思う。自分がここにいる意味があったのだろうか。なんだか楓の付き添いみたいだ。それがここにいる理由か。きっと。あまり深く考えないことにしよう。
「小百合婆ちゃん、どこにもいかないんだよね」
「ああ、いかないよ」
「よかった。なら、友達でいられるね」
「えっ、友達かい」
「うん」
「あら、お母さんたら、こんな小さな子と友達だなんて幸せね」
そのあと和気藹々な雰囲気で、他愛もない話をして過ごした。
節子のところにも綾子は立ち寄って、小百合のことをお願いしていた。
楓は「梨花ちゃんも友達だよ」とニコリとしてくる。小さな友達っていうのもいいものだ。
あれ、でも、楓は先輩じゃなかったのか。まあ、先輩でも友達にはなれるか。楓は皆を笑顔にしてしまう不思議なオーラを纏っている。天使みたいだ。まだ五歳なのにしっかりしている。自分よりも精神年齢は大人かも。いや、そんなことはないか。
自分の精神年齢っていくつだろう。ふとそう思ったが、どこからか『中学生で止まっているよ』なんて言葉を投げつけられそうな気がして、すぐに考えることをやめた。
そうそう、綾子に対しても楓は「友達、友達」とはしゃいでいた。「また遊びに来てね」とニコニコして見送ってもいた。
楓みたいな子がいれば、世の中平和でいられる気がした。
そうだ小宮山がまた来たら「友達になってくれませんか」なんて話してみようか。楓のようなテンションでは話せないけど、ちょっと勇気を出せばできるはず。また花屋に来てくれたらの話だけど。
来てくれたらいいのに。いや、きっと来てくれる。そう信じよう。この花屋で頑張って仕事していれば、いいことがあるはずだ。
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