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第3章 花屋『たんぽぽ』に集う
(3-13)
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梨花は、小百合の家の玄関前で首を傾げた。
おかしい。電気もついていないし、ドアベルを押しても誰も出てこない。いつもだったら、すぐに返事があるのに。どこかに出かけているのだろうか。
「小百合さん、梨花です。いませんか」
声をかけてみたけど、やはりなんの応答もない。
「ニャニャッ」
「あっ、ツバキじゃない。どうしたの、こんなところで。早く帰らなきゃダメでしょ。庄平さんも節子さんも、心配しているわよ」
しゃがみ込み、ツバキの頭を撫でてあげた。最初は気持ちよさそうに目を細めていたのに、
すぐに撫でていた手を躱して道路のほうへ歩いていく。帰るのだろうか。
「ニャッ」
振り返り、鳴いてくるツバキ。
これは、ついてこいの合図だ。あの日と同じだ。けど、どこへ連れて行こうとしているのだろう。花屋だったら、もう知っている。ツバキだって、それはわかっているはず。
頭の中に疑問符が浮かぶ。
「ニャニャッ」
「行くって、待ってよ。それで、ツバキ、どこへ行こうっていうのよ」
そう口にして、笑ってしまった。猫と普通に会話するなんて、何をしているんだろう。梨花はあたりを気にしながらも、ツバキのあとを追った。
しばらく歩いて行くと、早坂総合病院が見えてきた。まさか病院に行くつもり。
「ねぇ、ツバキ。病院に猫は入れないわよ」
そう話したとき、スマホの着信音が鳴った。
節子からだ。なんだろう。横目でツバキを見遣ると、座り込んで毛繕いをしていた。通話中にどこかへ行くつもりはなさそうだ。本当に賢い猫だ。実は魔法をかけられて、人間が猫になっているとか。そんなことありえないか。
そんな妄想をしていたときに耳にした節子の言葉に、ドクンと心臓が震えた。
嘘でしょ。そんなことって。
小百合が入院した。
まさか悪い冗談でしょ。入院って何の病気。意識不明とかだったらどうしよう。節子に確認すると、肺炎だと返答があった。
肺炎か。それなら、きっと大丈夫。そう思ったのだが、油断は禁物だ。肺炎で亡くなる高齢者の話はよく聞く。いまからでもお見舞いできるだろうか。救急車で搬送されたと話していた。
入院先はすぐそこの早坂総合病院。
もしかして、ツバキは小百合のことわかっていてここへ連れて来たのだろうか。動物の勘は鋭いから、ありえるかもしれない。
そうか、あのときツバキがおかしかったのは、小百合の異変を感じたせいか。
救急車が通ったとき、気がついたんだ。きっとそうだ。救急車に小百合が乗っていたんだ。
ひとつ深呼吸をすると、受付へと足を向ける。
この時間だと、夜間受付のほうか。
足元を見遣ると、ツバキがついて来ていた。
「ツバキ、ダメだよ。帰りなさい」
わかってくれたのか、ツバキは瞬きをすると、じっとこっちをみつめて置物のように座り込んだ。
「ツバキ、あなたは本当に賢いのね」
ツバキの頭を撫でて、梨花は夜間受付のある入り口へと向かった。
***
小百合と面会はできた。
思ったよりも元気そうにしている。酸素マスクをつけていることが気がかりではあるが、概ねいつもとかわりはなさそうだ。
「おや、梨花さん」
酸素マスクで少し聞き取りづらいがなんとか聞き取れる。
「もう、びっくりさせないでくださいよ」
「すまないね。ただの肺炎だから心配しなくていいよ。すぐに退院できるさ。でも、入院したってよくわかったね」
小百合の顔を見たら、張りつめた気持ちが一気に緩んでいった。
「綾子さんから節子さんのところへ連絡が入ったんです。節子さんももうじき来ると思いますよ」
「そうかい。まったく綾子ったら、大袈裟に伝えたんだろう。大丈夫だっていうのに」
「誰だって心配しますよ。あっ、でも疲れていますよね。あまり話さなくていいですよ。皆が来るまでここにいますから。ゆっくり休んでいてください」
「ありがとうね。わたしは幸せものだ」
「あっ、そうそうツバキも来ているんですよ。外ですけど」
小百合は口元をほころばして「そうかい」とだけ呟いた。
休ませなきゃいけないのに、つい話してしまう。梨花はベッド脇にある椅子に腰かけて、
もう一度「休んでください」と口にした。
そのあと庄平と節子が来て、一時間後に綾子もやってきた。
しばらく様子を見ていたが、大丈夫そうだからと綾子に挨拶をして、庄平と節子とともに病室をあとにする。
「小百合さん、思ったより元気そうでよかったねぇ」
「本当によかったです」
節子も庄平もホッとしている様子だった。
「梨花さん、ありがとうねぇ」
「えっ」
「小百合さんのこと心配してくれて、あたしもうれしいよ」
「私、友達ですから」
「ふふふ、そうだったね」
本当に大したことなくてよかった。退院したらみんなで退院祝いしてあげよう。
病院を出たところで「ニャッ」との鳴き声にえっとなる。
「ツバキ、まだいたの」
そうか、ツバキも心配なんだ。節子はしゃがみ込み、ツバキの頭を撫でながら「小百合さんは大丈夫だったよ」と声をかけていた。そんな様子を梨花はみつめて頬を緩めた。
おかしい。電気もついていないし、ドアベルを押しても誰も出てこない。いつもだったら、すぐに返事があるのに。どこかに出かけているのだろうか。
「小百合さん、梨花です。いませんか」
声をかけてみたけど、やはりなんの応答もない。
「ニャニャッ」
「あっ、ツバキじゃない。どうしたの、こんなところで。早く帰らなきゃダメでしょ。庄平さんも節子さんも、心配しているわよ」
しゃがみ込み、ツバキの頭を撫でてあげた。最初は気持ちよさそうに目を細めていたのに、
すぐに撫でていた手を躱して道路のほうへ歩いていく。帰るのだろうか。
「ニャッ」
振り返り、鳴いてくるツバキ。
これは、ついてこいの合図だ。あの日と同じだ。けど、どこへ連れて行こうとしているのだろう。花屋だったら、もう知っている。ツバキだって、それはわかっているはず。
頭の中に疑問符が浮かぶ。
「ニャニャッ」
「行くって、待ってよ。それで、ツバキ、どこへ行こうっていうのよ」
そう口にして、笑ってしまった。猫と普通に会話するなんて、何をしているんだろう。梨花はあたりを気にしながらも、ツバキのあとを追った。
しばらく歩いて行くと、早坂総合病院が見えてきた。まさか病院に行くつもり。
「ねぇ、ツバキ。病院に猫は入れないわよ」
そう話したとき、スマホの着信音が鳴った。
節子からだ。なんだろう。横目でツバキを見遣ると、座り込んで毛繕いをしていた。通話中にどこかへ行くつもりはなさそうだ。本当に賢い猫だ。実は魔法をかけられて、人間が猫になっているとか。そんなことありえないか。
そんな妄想をしていたときに耳にした節子の言葉に、ドクンと心臓が震えた。
嘘でしょ。そんなことって。
小百合が入院した。
まさか悪い冗談でしょ。入院って何の病気。意識不明とかだったらどうしよう。節子に確認すると、肺炎だと返答があった。
肺炎か。それなら、きっと大丈夫。そう思ったのだが、油断は禁物だ。肺炎で亡くなる高齢者の話はよく聞く。いまからでもお見舞いできるだろうか。救急車で搬送されたと話していた。
入院先はすぐそこの早坂総合病院。
もしかして、ツバキは小百合のことわかっていてここへ連れて来たのだろうか。動物の勘は鋭いから、ありえるかもしれない。
そうか、あのときツバキがおかしかったのは、小百合の異変を感じたせいか。
救急車が通ったとき、気がついたんだ。きっとそうだ。救急車に小百合が乗っていたんだ。
ひとつ深呼吸をすると、受付へと足を向ける。
この時間だと、夜間受付のほうか。
足元を見遣ると、ツバキがついて来ていた。
「ツバキ、ダメだよ。帰りなさい」
わかってくれたのか、ツバキは瞬きをすると、じっとこっちをみつめて置物のように座り込んだ。
「ツバキ、あなたは本当に賢いのね」
ツバキの頭を撫でて、梨花は夜間受付のある入り口へと向かった。
***
小百合と面会はできた。
思ったよりも元気そうにしている。酸素マスクをつけていることが気がかりではあるが、概ねいつもとかわりはなさそうだ。
「おや、梨花さん」
酸素マスクで少し聞き取りづらいがなんとか聞き取れる。
「もう、びっくりさせないでくださいよ」
「すまないね。ただの肺炎だから心配しなくていいよ。すぐに退院できるさ。でも、入院したってよくわかったね」
小百合の顔を見たら、張りつめた気持ちが一気に緩んでいった。
「綾子さんから節子さんのところへ連絡が入ったんです。節子さんももうじき来ると思いますよ」
「そうかい。まったく綾子ったら、大袈裟に伝えたんだろう。大丈夫だっていうのに」
「誰だって心配しますよ。あっ、でも疲れていますよね。あまり話さなくていいですよ。皆が来るまでここにいますから。ゆっくり休んでいてください」
「ありがとうね。わたしは幸せものだ」
「あっ、そうそうツバキも来ているんですよ。外ですけど」
小百合は口元をほころばして「そうかい」とだけ呟いた。
休ませなきゃいけないのに、つい話してしまう。梨花はベッド脇にある椅子に腰かけて、
もう一度「休んでください」と口にした。
そのあと庄平と節子が来て、一時間後に綾子もやってきた。
しばらく様子を見ていたが、大丈夫そうだからと綾子に挨拶をして、庄平と節子とともに病室をあとにする。
「小百合さん、思ったより元気そうでよかったねぇ」
「本当によかったです」
節子も庄平もホッとしている様子だった。
「梨花さん、ありがとうねぇ」
「えっ」
「小百合さんのこと心配してくれて、あたしもうれしいよ」
「私、友達ですから」
「ふふふ、そうだったね」
本当に大したことなくてよかった。退院したらみんなで退院祝いしてあげよう。
病院を出たところで「ニャッ」との鳴き声にえっとなる。
「ツバキ、まだいたの」
そうか、ツバキも心配なんだ。節子はしゃがみ込み、ツバキの頭を撫でながら「小百合さんは大丈夫だったよ」と声をかけていた。そんな様子を梨花はみつめて頬を緩めた。
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