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第4章 花ホタルの花言葉
(4-6)
しおりを挟むあっ、しまった。
梨花は、慌てて飛び起きて時計を確認する。
やっちゃった。遅刻だ。何度、時計を見ても出勤時間を過ぎている。
ああ、もう最悪だ。馬鹿だ。
今からでも急いで行かなきゃ。そのとき、お腹の虫が鳴った。なんだか虚しい。こんなときでもお腹って減るのか。
そういえば、昨日、夕飯を食べていない。お腹が減って当然だ。
ふと、小宮山と助手席の女性の姿が脳裏に蘇る。ああ、もう思い出したくないのに。こういうときこそ、仕事をして忘れなきゃ。でも、行って仕事に支障をきたしてしまうかもしれない。
ダメダメ、そんなこと考えちゃダメ。頑張るだけ。
そうそう、落ち込んでいる場合じゃない。早く支度して花屋に行かなきゃ。
昨日は、着替えもせずにそのまま寝てしまったようだ。昨日と同じ服をみつめてこのまま行ってしまおうかと思ったが、すぐに着替えようと布団から抜け出して立ち上がる。そこで姿見鏡に映る自分の姿にげんなりした。
寝癖だらけでボサボサの髪に、つけまつげがずれ落ちて目の周りが少し黒ずんでいた。ダメだ、このままでは行けない。溜め息を漏らして、項垂れたとき床に落ちていた卓上カレンダーに目が留まる。
あれ、今日ってもしかして水曜日。
携帯で確認したら、やっぱり水曜日だった。
なんだ、今日は休みじゃない。気が抜けてそのまま床に座り込む。
よかった、休みで。
もう一度、姿見鏡に映る自分の姿をみつめた。なんて、酷い顔だろう。
「私ってこんなにも弱かったのか」
梨花は項垂れてそう呟くと、お腹が再びグゥ~ッと鳴った。
あはは、まただ。
そうだ、こうなったらやけ食いだ。食べて嫌なこと忘れよう。
徐に立ち上がりキッチンへと向かい、冷蔵庫を開けたところで、首を振る。
なによもう。
入っているのは、缶ビールに水に……。なんだろうこれは。奥の方に入っていた袋を取り出すと、とろけるチーズだった。チーズじゃ腹の足しにならない。食パンでもあれば別だけど、なさそうだ。ずっと、ご馳走になっていたから買い物していなかった。朝はあまり食欲がなくて、食べていなかったから気づかなかった。
しかたがない。どこかに食べに行こう。コンビニのおにぎりでもいいか。
その前にシャワーを浴びよう。そうじゃないと、出掛けられない。
洗濯物は……。
ごめん、今は無視。絶対、帰ったら洗うから。そう洗濯物に向かって手を合わせた。そんな自分が急におかしくなって笑ってしまう。
洗濯物の神様とかいるわけがないのに手を合わせるなんて、変だ。いつの間にかまた面倒臭がり屋病が再発している。そんな病気はないけど。
とにかく、シャワー浴びよう。
昨日、着たまま寝てしまったチェックのシャツにデニムのパンツを脱ぎ、ソファーに放り投げる。だがすぐにチェックのシャツを持ち上げて匂いを嗅いだ。やっぱり、洗濯籠行きだ。ちょっと汗臭いかも。もちろん、下着も洗わなきゃ。
溢れかえった洗濯籠にポイッと下着を乗せる。デニムのパンツも洗ったほうがいいかとも思ったけど、まあ大丈夫だろう。今日も履いて行こう。
今日は、絶対にここに散乱したもの全部洗濯しよう。ひとり頷き、自分に念を押す。
どう考えたって、洗濯物を溜め込む女性は嫌いだろう。まだ言うか。あの人にはもう彼女がいる。自分なんか見向きもされない。忘れなさい。
バスルームに入り、お湯が出ることを確認してシャワーを浴びる。
「はぁ、ごはん、どうしようかな」
お腹は空いているけど、なんだか食べたくないかも。けど、食べなきゃダメだ。
カフェ『陽だまり』でも行こうか。佳緒理と話せば、少しは癒されるかもしれない。
あっ、あそこも水曜は定休日だ。
あの周辺の店は全部休みだ。やっぱりコンビニにしようか。いや、せっかくの休みだし気晴らしを兼ねて、駅前のショッピングモールにでも行こう。食費が浮いた分、まだ財布にお金の余裕はあるし、奮発しちゃおうか。いや、ダメ。給料をもらうまでは節約しなきゃ。
なんだかどんどん気持ちが沈んでいく。
お金も恋も縁がないのだろうか。それでも明るくいかなきゃ。そうは思ってもやっぱり無理。気晴らしになんて思ったけど、何か食べたらすぐに帰ってこようか。あとは読書して過ごそうか。現実逃避できるし。
よし、そうしよう。本当にそれでいいの。こんな気持ちで読書なんてできると思っているの。できないでしょ。ならショッピングモールで楽しむべきだ。
梨花はバスルームから出て、バスタオルで身体を拭きドライヤーで髪を乾かした。寝癖が直ればそれでいい。オシャレする必要もない。自分のことなんて、気にする人なんていない。適当に選んで着ていこう。
なんて書いてあるかわからない英語のトレーナーでいい。下は昨日と同じデニムのパンツでいい。
ちょっと待って。本当にそれでいいの。
もしかしたら、素敵な人と出会うかもしれないでしょ。
服を着ながら、妄想を膨らませたが、すぐに首を振る。そんなこと、ない、ない。
それじゃ、行くとするか。早いところ嫌なことは忘れて、今日は弾けろ。
鏡に映る自分をまじまじとみつめて無理に笑みを作ると、いつものスニーカーを履いてバス停へと向かった。
やっぱり、自分は女子力ない。
もっと、オシャレするべきだ。
歩きながら、そんなことを考えて溜め息を漏らす。
『小宮山さん』
ああ、もう。何を考えているの。浮気はダメ。
もしかしたら、彼女じゃなくて奥さんだったりして。いやいや、指輪はなかった。それなら……。
『略奪』との言葉が浮かび、すぐに払い除ける。
ダメだ。心が腐りはじめている。
やっぱり、ショッピングモールでやけ食いしちゃおうか。
あれ、そういえば。
花屋で働いて、もう一ヶ月経っているじゃない。給料、振り込まれているはず。よし、それならば今日は自分を甘やかそう。
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