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第4章 花ホタルの花言葉
(4-10)
しおりを挟む今日はまだ一人も客が来ていない。
まあ、そういうときもあるか。とにかく花の手入れをしなきゃ。
『集中よ、ミスしないようにだからね。余計な事は考えちゃダメ』
自分にそう言い聞かせて仕事をこなしていく。
そういえば、最近ちょっと腰が痛いかも。変な体勢で荷物を持っちゃったかもしれない。腰痛にならないように鍛えようか。気分転換にもなりそうだし、いいかも。確かこの近くにジムがあったはず。
「フニャ」
「んっ、どうしたの。ツバキ」
扉の前に陣取って、こっちに振り返っている。この感じは、外に行くの合図だ。
「節子さん。ツバキが外に出たいみたいなんですけど、どうしますか」
暖簾から顔を出して節子が「何か言ったかい」と訊いてきた。
「あの、ツバキが外に行きたそうで」
「ああ、そうかい。じゃ、出してあげてかまわないよ。きっと、お客さんを連れて来てくれるはずだよ」
「またまた、そんなこと」
ないと言いかけて、ありえるかもと思い直す。そうだ、今日みたいな客が少ない日に、猫好きな人を連れて来たことがあったっけ。まさに招き猫だ。まあ、自分もそのうちの一人とも言える。
自分の場合は、ちょっと違うか。
あのときは節子を助けてほしかったってのが強いか。でも、どうして自分だったのだろう。もっと近所に知り合いがいるのに。カフェ『陽だまり』の佳緒理と洋司とか。
「ニャニャッ」
「あっ、ごめん。今、開けるからね」
扉を開けると、ツバキは外に出るなり背中をグウッと盛り上げて、前足を伸ばして後ろ足も伸ばした。
猫のストレッチだ。あの感じ、人がやっても何か効果がありそう。よくわからないけど、腰痛予防にもなるだろうか。今度真似してみようか。ツバキをみつめていたら、チラッとだけこっちに振り返りゆっくり歩いて行った。
「いってらっしゃい」
梨花は思わずそう声をかけていた。
「そういえば、梨花さん。小宮山さんとはどうなっているんだい」
えっ、なんでそんなことを訊くの。どうにもなっていないのに。あの人には素敵な彼女がいるのに。自分なんか……。
「あれ、訊いちゃいけなかったかねぇ。ごめんなさいねぇ」
「いえ、大丈夫です。小宮山さんのことは私の片思いですから」
「そうかい。私は両想いかと思っていたんだけどねぇ。私の勘違いじゃなかったら、小宮山さんも、梨花さんに気があるように感じたんだけどねぇ」
ああ、忘れようと努力していたのに。なんで、そんなこと話すんだろう。
小宮山が自分に気があるなんて、そんなはずはない。だって、彼女がいるもの。節子は知らないから、しかたがないか。
うまくいっていたらいいなんて、思ってくれていたのかもしれないけど、今はそんな話をしてほしくなかった。節子に悪気はないのがわかるから、何も言えない。
ああ、胸が苦しい。
とにかく、今は仕事。
嫌なことは忘れるの。気持ちを切り替えて頑張るのみ。梨花はひとり頷いた。
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