猫縁日和

景綱

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第5章 トラブルは突然に

(5-7)

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 チャイムが鳴り小宮山兄妹が到着した。こんな形で颯とまた会うことになるなんて。けど、今日は結衣のストーカー問題をどうするか考えなきゃ。

 結衣の話を聞きつつ、思案する。
 帽子にマスクの男性か。

 あれ、そんな恰好をした人とどこかで会わなかっただろうか。
 どこでだろう。気のせいだろうか。天井をみつめて、思い出そうと頭の中を駆け巡る。

 えっと、えっと。
 気のせいじゃないと思うんだけど。
 深呼吸をして、まぶたを下ろす。その瞬間、ある光景が瞼の裏に映った。

「あっ、あいつだ」
「えっ、梨花さん、あいつって」
「ほら、結衣さんと一緒にバス停まで行ったとき、割り込んで来た男がいたじゃない。帽子にマスクの人」
「ああ、いた、いた」
「もしかしたら、あの人じゃないのかな」
「梨花さん、決めつけてはいけないねぇ。同じ格好の人は他にもいるかもしれないからねぇ」

 確かに節子の言う通りだ。なんの証拠もないのに決めつけてはいけない。だけど怪しい。それに、ピンクの胡蝶蘭なんて高い花を置いていくなんて余程結衣に惚れている。それなら、あんな酷いことはしないか。

 どうなんだろう。
 ストーカーの気持ちなんてわからない。突然、凶暴になることはあるはず。あのとき、何か気にくわないことがあったのかもしれない。
 それに一方的な思い込みで恋人同士だと思っているのなら、危険極まりない。

 なんで素っ気ない態度をとる。こんなに愛しているのにふざけるなって激怒するかもしれない。愛からの憎悪。梨花は想像してブルッと身体を震わせた。

「とにかくこのピンクの胡蝶蘭はうちでどうにかしようかねぇ。ピンクの胡蝶蘭なんて相手は相当結衣さんのことを思っているはずだよ。花言葉を知っていて渡したのならもっと厄介だねぇ」

 厄介って。
 ピンクの胡蝶蘭の花言葉ってなんだろう。花屋としては花言葉も頭に入れておいたほうがいいのだけど、まだまだ覚えきれていない。他の花もだけど色によって花言葉が違うなんて覚えられない。まあそこは臨機応変にってことで。いやいや、余計なことは考えなくていい。結衣のストーカー問題をどうにかしないと。
 梨花は胡蝶蘭をみつめて節子に向き直る。

「節子さん、あの、花言葉ってなんですか」
「ピンクの胡蝶蘭の花言葉はねぇ。『あなたを愛しています』だよ」

 結衣はその言葉を聞いた瞬間、青ざめた顔になり動きを止めていた。

「結衣さん、大丈夫。ねぇ」
「あっ、はい。梨花さん、ごめん」
「いいの。そんなに気を使わなくて。悪いのはストーカーなんだから」

「結衣、大丈夫だ。僕がついている」
「ありがとう、お兄ちゃん。みんなもありがとう」

 それにしてもこういう場合はどう対処したらいいのだろう。颯がずっといられたらいいけど、それは無理な話だ。仕事を休んで自分がってわけにもいかないか。
 結衣も仕事を休むわけにもいかないだろうし。休んだところで、問題解決にならない。

 それなら、どうするべきか。

 さすがに仕事中に襲われることはないとは思うけど。いや、ないとは言い切れない。突然、ナイフで向かってくることだってある。防犯ブザーも必要かもしれない。それだけじゃ守り切れないかもしれないけど、ないよりはいい。

「やっぱり警察に相談したほうがいいだろうねぇ」
「そうですよね」

 颯の暗い顔を見るのは辛い。早く解決させなきゃ。いや、自分たちでどうにかできるような話じゃない。警察が動いてくれなきゃダメだ。報道で流れるような悲惨な事態は避けたい。結衣の死なんて考えたくない。

「颯さん、やっぱり防犯カメラをつけたほうがいいと思う」
「梨花さんの言う通り。それは考えていました。詳しい知り合いがいるから連絡してみますよ」

『梨花さん』だって。なんて心地いい響きなのだろう。自分も『颯さん』って言っちゃっている。あっ、今は照れている場合じゃない。もうこんなときに不謹慎だ。

 颯はすぐに携帯で電話をしはじめている。通話が終わると颯は口元をほころばせて「今日中につけてくれるってさ」と告げた。
 よかった。

「結衣、一時間後に防犯カメラつけに来てくれるからそろそろ帰ろうか」
「あれ、そうなのかい。夕飯を一緒にと思っていたんだけどねぇ。食欲ないかねぇ」

 その言葉を聞くなり颯がハッとしていた気がした。どうしたのだろう。

「あの、梨花さん。あっ、小城さん。こんなときに言うことじゃないんですが、もしもよかったら今度一緒に食事をしませんか。妹の結衣も一緒に」
「えっ、食事ですか」
「あっ、急にこんな話して迷惑ですよね。妹が大変なときなのに、何を考えているんだか。すみません」
「いえ、そんな。私、うれしいです」
「よかった。あの、この件が落ち着いてからになってしまうと思いますがよろしくお願いします」
「はい」
「結衣、怖い思いしているのに、ごめんな」
「ううん、平気。お兄ちゃん、よかったね」

 ふたりを見ていたら、なんだかほっこりする。仲がいいんだな。だからこそ、どうにかして解決しなければいけない。自分にできること何かないだろうか。

 ああ、もう。ストーカーだなんて卑劣だ。
 考えれば考えるほど、腹が立ってくる。

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