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第6章 心の雨には優しい傘を
(6-12)
しおりを挟む帰り道、ひとりになるとちょっぴり寂しい気分になった。
こういうとき颯が隣にいてくれたら。電話して呼べばよかった。
すぐに考えを否定する。歩いて帰れる距離なのにそんなことできない。迷惑かけちゃいけない。わかっている。ただ、心細くなってしまう。
街灯が少なくて、闇色の景色だからどうにも落ち着かない。いきなり、誰かが襲って来たらどうしよう。
梨花は、小走りでアパートへと向かった。
『何も起きませんように』
そう願い、まわりを気にして急ぐ。
それほど遠くないはない。大丈夫。
「なんだい、わたしがいるじゃないか。幽霊だけどね」
ビクッとして振り返る。
「だ、誰」
声が震えて、かすれてしまう。
「わたしの声、忘れちまったのかい」
声って。
この声は、えっと。
目を凝らして、じっとみつめる。
誰かが立っている。それなのに、後ろの景色が透けている。幽霊。
あっ、小百合だ。そう思ったら、一気に脱力した。
「小百合さん。驚かさないでくださいよ」
「ふん、脅かしてなんていないよ。脅かすなら、あそこで梨花さんを狙っているストーカーだね」
えっ、ストーカー。
嫌だ、狙われているの。どこ、どこにいるの。一気に脈拍が上がっていく。
「ふふふ、冗談だよ。冗談。梨花さんを狙うストーカーなんていないさ。そんな物好きは颯さんくらいなもんさ」
「ちょっと、小百合さん。物好きってなんですか。それに颯さんをストーカーみたいに言わないでください」
「おお、怖い。梨花さんを怒らせたら、鬼も逃げ出すね」
「もう、小百合さんたら」
梨花はムッとした顔をして、手をあげた。
「ごめんよ。そんなに怒らないでおくれよ。冗談だよ。わたしはつい余計なことばかり言っちまうね。いけないね」
「あっ、私も冗談です。ごめんなさい。怒ってなんていません。小百合さんはそうじゃないと」
「おやおや、こりゃ梨花さんに一本取られたね」
小百合の笑みにつられて、自分も口角をあげる。なんだか、不思議。小百合は幽霊なのに、ホッとしている。
「小百合さん、ありがとうね。今日は話せてよかったです」
「なんだい。これでさよならみたいに。まあ、そろそろわたしもあっちの世界に行かなきゃいけないだろうけどね」
「えっ、帰っちゃうんですか。なんだか寂しいです」
「そう言ってくれると嬉しいよ。ありがとうよ。本当に、梨花さんに会えてよかったよ」
「私も、小百合さんに会えてよかったです」
「そうかい。じゃ、そろそろお墓に戻るとしようかね。あそこが梨花さんのアパートだろう」
あっ、本当だ。小百合と話していたおかげであっという間に着いてしまった。やっぱり誰かいるっていいな。
「梨花さんには颯さんがいるだろう」
「小百合さん」
あれ、行っちゃったのか。
んっ、そういえばなんで小百合と会話できたのだろう。霊感が強くなったとか。いきなりそんなことありえない。
もしかして、小百合は取り憑いたままだったのか。心持ち身体が軽くなったのはそのせいだろうか。体重が減っていたらいいのに。
「ニャニャッ」
えっ、ツバキ。
なんでこんなところに。
「もしかして、心配して来てくれたの。ツバキ、ありがとうね」
ツバキを撫でてあげると、頭を手に押しつけてくるように擦りつけてきた。そういえば、自分も彩芽や楓と同じく救われた一人だった。
もしも、花屋『たんぽぽ』を知らずに一人っきりで仕事を探していたら、どうなっていただろう。
働く先はみつけられたとしても、友達もできずひとりで過ごしていたかもしれない。部屋も片付けることもなく、汚部屋のままだったかも。食事もきちんと取れていなかったかも。
今の生活があるのも、ツバキのおかげだ。
「本当にありがとうね。ツバキがくれた縁を大切にしなきゃね」
「ニャニャッ」
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