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第6章 心の雨には優しい傘を
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しおりを挟む「よく見るんだよ。あの人が彩芽さんの友達の崎本麻沙美さんだよ。そして、息子の悠太くん。麻沙美さんのお母さんもいる」
そうなんだ。不思議とその人の名前が文字として頭の中に浮かんでくる。
すごい。幽霊ってこんなこともできるのかと感心をしつつも、目の前の光景に心は沈んでいってしまう。
麻沙美の母親は寝たきりなのか。
梨花は何ともいえぬ気持ち悪さに深呼吸をした。
身体全体が重い。麻沙美の思いが肩にズシリと圧し掛かってくるようだ。
これは罪悪感だろうか。それだけじゃない。
麻沙美の家全体から伝わってくる暗く重苦しい空気。負の念とでも言えばいいのだろうか。
いろんな思いが頭の中を駆け巡る。
「小百合さん。私もうダメ」
「おだまり。しっかり見るんだよ。いいね」
「はい」
梨花は、自分に『ガンバレ』と気合を入れて前に目を向ける。
麻沙美は、献身的に介護をしている。
シングルマザーで介護。もし、自分がそんな状況にあったら……。
無理だ。耐えられない。
精神的にも体力的にも疲弊しているはず。
「きっと、彩芽さんが羨ましく映ってしまったんだろうね。彩芽さんも大変だっていうのにそう思えなかったってことだね。麻沙美さんもまた辛い状況にあった。悪口を言いたくなる気持ちもわかるってもんだ。魔が差したってことかもしれないけど……。どうしたものかねぇ」
小百合の言う通りだ。言う通りだけど、麻沙美がしてしまったことはいけないことだ。わかっていても許してあげたい。
この気持ちは間違っているのだろうか。
「小百合さん、どうしたら」
「そうだね。その前に、ひとつ訊いてもいいかい」
「はい」
「麻沙美さんと彩芽さんは同じように辛い立場だったろう。けど、麻沙美さんは間違いを犯してしまい、彩芽さんは前向きに頑張ろうとしていた。梨花さんは麻沙美さんと彩芽さんの違いは何だと思う。わかるかい」
違いか。いったいなんだろう。
楓も考えているみたいだ。その姿になんだか心が和む。
塞ぎこんでいる麻沙美。その姿をみつめる悠太。寝たきりの麻沙美の母親。
彩芽と楓は大変なわりに明るい。なぜ、明るくいられるのだろう。介護という違いはあるけど、それだけだろうか。羨ましく映ったなんて小百合は話していた。
羨ましくか。
梨花は二つの家庭を交互に思い浮かべているうちに、一つの違いに気がついた。
「小百合さん、もしかして私たちですか」
小百合が口角をあげた。
「気づいたようだね」
「ねぇ、ねぇ、なーに。何が違うの」
楓が袖を引っ張ってくる。
「あのね、楓ちゃんには花屋『たんぽぽ』のみんながいるでしょ。幽霊になっちゃったけど小百合さんもいるし。なにかあったら、今回みたいに一緒に考えてくれるお友達がいるでしょ。けど、麻沙美さんのところには、おそらくそういう人がいないんじゃないのかな」
「そっか。楓にはいっぱいお友達がいるもんね。なら、楓がユウタくんとママさんの友達になる」
「そうだね。それはいい。今度、一緒に遊びに行こうか」
「うん」
彩芽を呼び、だいたいの流れを話した。
彩芽も麻沙美のところに一緒に行くことを約束してくれた。
支えてくれる誰かがいるかいないかって、こんなにも違ってくるのかとつくづく思った。自分たちがいれば、麻沙美の家も少しは違ってくるだろうか。小百合の話だと麻沙美も後悔しているみたいだし、悠太も楓といい友達になれそうだ。
一人で考え込んでいると余計に塞ぎこんでしまう。少しでも悩みを解消してあげれば、きっと笑顔が戻ってくるだろう。すぐにってわけにはいかないだろうけど。
腕時計を見遣ると二十二時半を過ぎていた。
大変だ。こんな遅い時間になってしまった。楓も眠いだろう。
急いで、帰らなきゃ。
梨花は彩芽に長居してしまったことを謝り、帰路に着いた。
彩芽は嫌な顔をせず、笑顔で見送ってくれた。
やっぱり、いい人だ。
問題は、麻沙美のほうか。うまくことを運ばなくちゃ。
「大丈夫さ」
「小百合さん」
声はしたものの姿はなかった。
まさか、まだ自分の中にいるの。違う。それはない。さっき、抜け出てくれたはず。
とにかく、頑張らなきゃと梨花はひとり頷いた。
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