猫縁日和

景綱

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第6章 心の雨には優しい傘を

(6-11)

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「よく見るんだよ。あの人が彩芽さんの友達の崎本麻沙美さんだよ。そして、息子の悠太くん。麻沙美さんのお母さんもいる」

 そうなんだ。不思議とその人の名前が文字として頭の中に浮かんでくる。
 すごい。幽霊ってこんなこともできるのかと感心をしつつも、目の前の光景に心は沈んでいってしまう。

 麻沙美の母親は寝たきりなのか。

 梨花は何ともいえぬ気持ち悪さに深呼吸をした。
 身体全体が重い。麻沙美の思いが肩にズシリと圧し掛かってくるようだ。

 これは罪悪感だろうか。それだけじゃない。
 麻沙美の家全体から伝わってくる暗く重苦しい空気。負の念とでも言えばいいのだろうか。
 いろんな思いが頭の中を駆け巡る。

「小百合さん。私もうダメ」
「おだまり。しっかり見るんだよ。いいね」
「はい」

 梨花は、自分に『ガンバレ』と気合を入れて前に目を向ける。
 麻沙美は、献身的に介護をしている。

 シングルマザーで介護。もし、自分がそんな状況にあったら……。
 無理だ。耐えられない。
 精神的にも体力的にも疲弊ひへいしているはず。

「きっと、彩芽さんがうらやましく映ってしまったんだろうね。彩芽さんも大変だっていうのにそう思えなかったってことだね。麻沙美さんもまた辛い状況にあった。悪口を言いたくなる気持ちもわかるってもんだ。魔が差したってことかもしれないけど……。どうしたものかねぇ」

 小百合の言う通りだ。言う通りだけど、麻沙美がしてしまったことはいけないことだ。わかっていても許してあげたい。
 この気持ちは間違っているのだろうか。

「小百合さん、どうしたら」
「そうだね。その前に、ひとつ訊いてもいいかい」
「はい」
「麻沙美さんと彩芽さんは同じように辛い立場だったろう。けど、麻沙美さんは間違いを犯してしまい、彩芽さんは前向きに頑張ろうとしていた。梨花さんは麻沙美さんと彩芽さんの違いは何だと思う。わかるかい」

 違いか。いったいなんだろう。
 楓も考えているみたいだ。その姿になんだか心が和む。

 塞ぎこんでいる麻沙美。その姿をみつめる悠太。寝たきりの麻沙美の母親。
 彩芽と楓は大変なわりに明るい。なぜ、明るくいられるのだろう。介護という違いはあるけど、それだけだろうか。羨ましく映ったなんて小百合は話していた。

 羨ましくか。
 梨花は二つの家庭を交互に思い浮かべているうちに、一つの違いに気がついた。

「小百合さん、もしかして私たちですか」

 小百合が口角をあげた。

「気づいたようだね」
「ねぇ、ねぇ、なーに。何が違うの」

 楓が袖を引っ張ってくる。

「あのね、楓ちゃんには花屋『たんぽぽ』のみんながいるでしょ。幽霊になっちゃったけど小百合さんもいるし。なにかあったら、今回みたいに一緒に考えてくれるお友達がいるでしょ。けど、麻沙美さんのところには、おそらくそういう人がいないんじゃないのかな」
「そっか。楓にはいっぱいお友達がいるもんね。なら、楓がユウタくんとママさんの友達になる」
「そうだね。それはいい。今度、一緒に遊びに行こうか」
「うん」

 彩芽を呼び、だいたいの流れを話した。
 彩芽も麻沙美のところに一緒に行くことを約束してくれた。

 支えてくれる誰かがいるかいないかって、こんなにも違ってくるのかとつくづく思った。自分たちがいれば、麻沙美の家も少しは違ってくるだろうか。小百合の話だと麻沙美も後悔しているみたいだし、悠太も楓といい友達になれそうだ。

 一人で考え込んでいると余計にふさぎこんでしまう。少しでも悩みを解消してあげれば、きっと笑顔が戻ってくるだろう。すぐにってわけにはいかないだろうけど。

 腕時計を見遣ると二十二時半を過ぎていた。
 大変だ。こんな遅い時間になってしまった。楓も眠いだろう。

 急いで、帰らなきゃ。

 梨花は彩芽に長居してしまったことを謝り、帰路に着いた。
 彩芽は嫌な顔をせず、笑顔で見送ってくれた。
 やっぱり、いい人だ。
 問題は、麻沙美のほうか。うまくことを運ばなくちゃ。

「大丈夫さ」
「小百合さん」

 声はしたものの姿はなかった。
 まさか、まだ自分の中にいるの。違う。それはない。さっき、抜け出てくれたはず。
 とにかく、頑張らなきゃと梨花はひとり頷いた。

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