猫縁日和

景綱

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第7章 パッと咲いた笑顔の便り

(7-5)

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 梨花は花の手入れをしていた。
 今日も雨かと濡れた窓ガラスを見遣り、小さく息を吐く。人通りも少なく花屋に立ち寄る客もいない。
 雨の多い梅雨の時期はなんだか気持ちが沈む。そんな気持ちも、目の前の花たちが癒してくれる。自然と笑みが浮かぶ。

 花たちに「ありがとうね」との言葉をかけつつ、手入れをしていく。
 この時期はやっぱり紫陽花あじさいだ。紫陽花と言ってもいろんな種類がある。

 梨花は万華鏡という紫陽花に目を留めて頬を緩ませる。

 万華鏡とはよく言ったものだ。実際に覗き込んだときに映る模様みたいで、見ていて飽きない。
 こんなにも素敵なのに、花言葉はマイナスなイメージのものばかり。

 最近では、そうでもないものもあるにはある。ピンク色の紫陽花は、確か『元気な女性』だっただろうか。ふと節子の顔が頭に浮かぶ。
 青色や紫色は、『辛抱』『知的』『神秘』とか。
 少しは花言葉も覚えてきた。

 そうそう、『団欒だんらん』『和気藹々わきあいあい』『家族』なんていい言葉もあった。

 それでも、一般的に紫陽花ときたら『移り気』って花言葉が思い浮かぶだろう。だから、紫陽花をプレゼントするときは気をつけなきゃいけない。

 自分はあまり気にしない。だって男の人が花言葉まで意識してプレゼントを贈ることって、ほとんどないもの。逆に花言葉を知っている男の人はちょっと気持ち悪いかも。いやいや、そんな失礼なこと言っちゃいけない。普通に花好きな男子もいる。

 結局、相手によるのかもしれない。好きな人が花言葉を知っていたら、素敵だなんて思うのかもしれない。花言葉とともにプレゼントされたら、気持ちが舞い上がってしまうはず。

 颯からプレゼントされたらどんな花だってうっとりしてしまう。自分は単純だから、すぐ雰囲気に吞まれてしまうだろう。それがいいのか、悪いのかわからないけど。

 紫陽花を目の前に、妄想がふくらんでいく。
 紫陽花を貰うならやっぱり万華鏡がいい。がく額紫陽花もいいかも。

 それにしても、今日は客が本当に来ない。雨だし、ツバキも外へ行こうとしないし連れてくることもない。

 あれ、でもあの日は雨でもツバキは自分のことをここへ連れて来た。あの日は節子の危機だったからか。猫は基本的に水が嫌いだし、やっぱりツバキも雨に濡れるのは嫌だろう。

 ツバキはじっと外を眺めていて、つまらなそうだ。
 レジ横に座ってフラワーアレンジメントを作っている節子は、少し楽しそうに見える。それに節子の骨折も完治しているみたいで本当によかった。

『ツバキもホッとしているでしょ』

 心の声が聞こえたのかツバキがチラッとだけこっちに顔を向けた。
 えっ、もしかして心の声が聞こえているの。まさかね。偶然だ、きっと。

 ああ、もう。誰か来ないかな。
 楓でも来てくれたら違うのに。今は幼稚園に行っているはずだから来ないか。

「ツバキ、今日はお客さん連れて来てくれないの」

 再びツバキと目が合い、すぐに外に視線を向けてしまった。その視線につられて梨花も外へ目を向けた。

 んっ、客かな。
 一人の女性が店の前でこっちを気にしている。
 今日一人目の客が来たようだ。

「あの、すみません。ここ、吉沢庄平の店ですよね」
「はい、そうですけど」
「ああ、よかった。うろ覚えで、違っていたらどうしようって思っちゃった」
「あの、どちら様でしょう」
「あっ、ごめんね。私、吉沢すみれといいます。お祖父ちゃんか、お祖母ちゃんいませんか」

 ああ、この人。孫娘のすみれだ。スラっとしてモデルさんみたい。素敵だ。正直、うらやましい。

「あの」
「ごめんなさい。節子さんなら、そこに」

 あれ、いない。奥の部屋に行ったのだろうか。すみれに向き直り、「今、呼んできます」と立ち上がった。
 梨花は暖簾を潜り庄平と節子を呼び、店へと引き返す。

 店ではツバキを撫でているすみれがいた。ツバキは目を細めて気持ち良さそうにしている。

 すみれも猫好きなのだろう。そう思って眺めているとすみれが顔を向けてニコリとした。素敵な笑顔だ。ツバキとたわむれるすみれは絵になる。

 あれ、すみれはなんでここにいるのだろう。引っ越してくるのは九月のはずだ。今はまだ七月。何かの用事でこっちへ来たのだろうか。結婚式のことで話でもあるのかもしれない。だとしても、福岡から来るのは大変だろう。

「ねぇ、あなたはここでアルバイトしているの?」
「はい」
「そうなんだ。長いの」
「いえ、まだ三ヶ月くらいです」
「新人さんなのね。あっ、名前は?」
「小城梨花です。あの結婚されるんですよね。おめでとうございます」
「ありがとう」

 なんて愛らしい笑みを浮かべるのだろう。女性の自分でもドキッとしてしまう。

「すみれじゃないかい。なんだいこっちに来ていたのかい。びっくりするじゃないか急に」

 節子の声が少し上擦っていた。庄平もすぐにやってきて「福岡からじゃ大変だったろう」とねぎらいの言葉を口にしていた。

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