101 / 107
第8章 幸せの扉
(8-8)
しおりを挟む花屋『たんぽぽ』に来てからもうじき一年になる。
春、夏、秋、冬。それぞれの花たちをこの目で見て覚え、節子から仕事を学び一人前の花屋の店員に近づけたはず。いろいろあったなと物思いに耽ってしまう。
また春が来た。少しは成長できたのだろうか。
入り口横でいつも通りツバキは丸く眠っていた。ツバキのおかげで今がある。その思いは忘れることはない。
「ツバキ、ありがとうね」
起きないで尻尾の先を小さく振っている。聞こえているようだけど、今は動きたくないみたい。ツバキはきっと『わかっているよ』と尻尾で伝えているのだろう。いや、『どういたしまして』だろうか。
梨花はふと先日の結婚式を思い出して頬を緩ませた。
父があそこまで泣くなんて思わなかった。号泣だもの。
そこまで泣かなくてもって思ったけど、父の思いが伝わってきて胸が熱くなった。
父ほどではないけど、もちろん、母だって泣いていた。
結婚式もドキドキしっぱなしだった。颯との誓いのキスのときは心臓が口から飛び出すのではないかって思ってしまった。
それにブーケトスのとき、みんなの「あっ」との声に何が起きたのかと思ったら、まさかのブーケがホームラン。
みんなの頭上を越えてしまうという大失態を犯してしまった。
大問題だと思ったのは、ほんの少しの時間だけ。
「梨花ちゃん、楓の頭にお花が飛んできた」って満面の笑みでブーケを手に走り寄る楓の姿を見たときは、そこにいた全員の頬が緩んでいた。もちろん、自分もだ。
まさか次は楓の結婚。なんて、まだ楓の結婚は先の話だろう。
いい思い出ができた。
その中でもやっぱり一番はウェディングドレスだろう。
純白のウェディングドレスを着ることができたし、お色直しで着たブルーのドレスに淡いピンクのドレスも素敵だった。式場のスタッフのおかげでだいぶ綺麗な仕上がりになったもの。
もちろん、颯のタキシード姿も格好良かった。
あっ、そうそう楓と悠太にベールを持ってもらったことも素敵な思い出のひとつだ。可愛かった。ベールボーイにベールガールっていうらしい。
あの子たちみたいな子供を産みたいって思ってしまった。
梨花はそっとお腹に手を触れて「元気に育ってね」と語りかける。
颯との結婚、そして新たな命がここに。こんなに幸せになっていいのだろうか。
「ニャニャ」
気づけばツバキが顔だけ擡げてこっちを見ていた。
ツバキがくれた幸せだ。梨花はもう一度「ありがとうね、ツバキ」と口にした。
ツバキはその言葉と同時に大口をあけて欠伸をしていた。まったく、もう。わかっているのか、わかっていないのか。賢いツバキのことだから、照れ隠しかもしれない。そういうことにしておこう。
「梨花ちゃん、来たよ」
扉が開くと同時に楓が顔を出す。
「楓ちゃん、いらっしゃい。悠太くんも一緒ね」
「ねぇねぇ、お腹の赤ちゃんは元気?」
楓が満面の笑みで尋ねてきた。
「元気だよ。お腹に耳をあててごらん。悠太くんもね」
二人ともニコリとして耳を当てる。
「うーん、よくわからないな」
「そうか、わからないか」
心音を聞くための何か器具があったと思うけど、ないからしかたがないか。
「おやおや、楓ちゃんに悠太くんいらっしゃい」
「節子婆ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「あっ、そうだ。梨花ちゃん、花屋さんをやめちゃうって本当なの」
ああ、楓の耳にもその話が伝わってしまったか。辞めるとは言ってはいない。ただ実家に帰ると話しただけだ。
いわゆる産休だ。いや、そう思っているのは自分だけなのだろうか。結局、辞めることになるのだろうか。颯は、それを望んでいるのだろうか。
節子も怪我は完治しているから、辞めても何の問題もない。
せっかく一年間勤めたのに、辞めるというのはもったいない。正直、迷ってはいる。実際のところ、颯の稼ぎがあれば働かなくても大丈夫そうだし、そう考えると辞めてもいいのかもしれない。それでも、やっぱり辞めるのは寂しい。
節子と一緒にここで働くことは楽しいから、産休のあと復帰したい。
ここにいれば楓とも会えるし、すみれとも会える。それだけじゃない。ここはあたたかい空気に包まれていて癒される。子育てするのにもいい環境だ。
どうしよう。
颯との新たな住まいは駅前の賃貸マンションだ。徒歩での通勤ではなくなり、今は颯が車でここまで送ってくれている。復帰したとしてもきっと颯は同じように送ってくれるだろう。
あと一ヶ月もすれば実家へ帰省してしまう。それまでに答えを出さなきゃいけないのだろうか。そんなことはない。早急に決めることはない。辞めるか復帰するかは、ゆっくり考えることにしよう。
「楓ちゃん、まだ辞めるかは決めていないんだ。けど、赤ちゃんを産むのにお店には来られなくなっちゃうんだ」
「そっか。じゃ辞めないでまた戻って来て。ユウタくんもそう思うでしょ」
「うん、ぼくも辞めないでほしいな」
「嬉しいな。ふたりともありがとう」
「ニャニャッ」
「おや、ツバキも『辞めないで』って言っているみたいだね」
「困ったな。どうしようかな。その話はゆっくり考えてみるからね。楓ちゃんも悠太くんもそれでいいでしょ」
楓と悠太はニコリとして頷いた。
「ニャッ」
「あっ、ツバキもそれでいいよね」
ツバキが一瞬頷いたように思えてフッと笑ってしまった。
ここはやっぱりあたたかい場所だ。
颯とももう一度相談してみよう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる