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第一話 謎の鍵が示す先
【十九】小海と祖母のハル(二)
しおりを挟むハルと小海を居間に通すと、お茶を入れにキッチンへと向かう。緑茶のほうがいいよなと思いつつ、珈琲とココアをみつめる。どうしようか。
悩むよりも訊いたほうが早いか。居間へ戻りハルに問いかける。
「すみません。珈琲とココアしかないんですけど緑茶のほうがいいですよね」
「お気遣いなく。私は珈琲も好きだからねぇ」
「それなら、珈琲入れていきますね」
訊いて正解だった。ホッと息を吐くと、腹の虫が鳴いた。
「あっ、すみません」
「おやおや。もしや、お昼はまだなのかい」
ハルの微笑みながらの問いに、苦笑いを浮かべて「はい」と返事をした。
「もう、遼哉ったら。お昼ごはんも食べないで何していたの。それとも食べるものないの」
小海は呆れたといった顔をしている。当然と言えば当然か。
「いや、パンとおにぎりはあるんだけどさ」
「わかった。また寝ていたんでしょ」
流石、小海。正解だ。頭を掻いて何も言わずにいると小海が顔を近づけて囁く。
「また怠けていたの?」
「違うって、徹夜で仕事していたから寝たのが朝だったんだ」
「ふーん、そうなんだ」
なんだか信用されていない気がするのは気のせいだろうか。
「何をこそこそ話しているんだか。私はお邪魔かねぇ」
「あっ、お祖母ちゃん。そうじゃないって」
「そうですよ。俺たちはただの幼馴染で」
ハルは遼哉の言葉を遮るように「いいんだよ。誤魔化さなくたって。私は嬉しいんだからねぇ」と微笑んだ。
妙に顔が熱い。心臓の鼓動も早まっている。こんな感覚は本当に久しぶりだ。
小海のことは確か気にかかるけど、本当にそういう関係ではない。小海だって、きっと。違うのだろうか。
自分自身の気持ちを誤魔化しているのだろうか。
いやいや、それは。どうなのだろう。
小海をチラッと見遣り、ハルへと顔を向ける。
小海とハルの笑顔がここにはある。今は、それだけで充分だ。
だって、この感じは和む。それにちょっと照れ臭くもあるけど、家族のようで心地いい。自分はやっぱり、小海のこと……。いや、なんでもない。
素敵なお婆ちゃんがいて小海が羨ましい。
ふと両親と兄の顔が浮かぶ。高宮家だって。
こんな感じはないかもしれないけど、違ったぬくもりがある。それはこないだ気づいたばかりだ。
「遼哉、パンとおにぎりはあるんでしょ。食べちゃいなよ。話はそれからでいいから」
「えっ、ああそうだな。悪いな、小海」
遼哉は少し口角を上げて小海に謝り、ハルに軽く頭を下げてキッチンへと足を向けた。待たせるのは悪いし、速攻食べちまおうとおにぎりを頬張り咽返る。慌てて水道の水を手で救い飲んで息を吐く。ああ、危なかった。
「まったく、そんなに急がなくてもいいわよ」
小海がいつの間にか背後に立っていた。
「なんか待ってもらっていると思うと気が引けてさ」
「お祖母ちゃんは気にしないわよ。大丈夫。それにコップくらい使いなさいよね。目の前にあるじゃない」
まったく自分は何をしているんだろう。
なんだか小海が年上に思えてくる。姉に叱られる弟みたいだ。いや、年上女房に叱られているって感じか。年下だけど。それとも小姑か。そんなこと口にしたら睨まれるだろうか。男って馬鹿だ。何を考えているのだか。
「遼哉、さっきから何にやけているのよ。気持ち悪いわよ」
「そうか、にやけていたか。そうだとしたら、小海が可愛いからかもな」
あっ、言っちまった。まあいいか。本心だし。
「な、何よ。急に」
小海は顔を赤らめて居間のほうへ行ってしまった。やっぱり可愛いやつだ。
とにかく、早いところ食べてしまおう。
ひとりになったキッチンで立ちながら、遼哉は残りのおにぎりとサンドイッチを頬張った。
居間からはハルと小海の会話が微かに届いてくる。どうやら、グレンが相手をしてくれているようだ。
誰かがいるってなんかいいな。
んっ。
「昔も似たような猫がいたのを思い出すねぇ」とのハルの声がしてきた。
昔っていつのことだろう。グレンに似た猫がいたのだろうか。子供の頃の記憶を辿ってみたが、そんな猫の記憶はなかった。だとすると、ここで源じぃと小説を執筆していた頃だろうか。そんな昔ならグレンじゃない。
ふと、猫又という物の怪を思い浮かべてしまったが、実際に猫又は存在しないだろう。いや、いるのだろうか。
変なこと考えてしまった。猫又だなんて。ない、ない。
サンドイッチの最後の欠片を口に入れ、ひとり頷く。
よし、これで少しは腹も満たせた。
居間へ足を向けようとして、水の音に流し台へ目を移す。
えっ、なんでここに。
グレンが流し台の上に乗って流れ出る水道水を飲んでいた。器用に飲むなグレンは。
いやいや、待て。さっき小海たちのほうにいたはずだ。それに水道の蛇口は閉めたはず。グレンが……。まさか、そんなこと。
やっぱりグレンは物の怪なのか。そのうち話し出すかもしれない。
それはそれで嬉しいような気もする。そんなことを考えているとは思っていないだろうグレンは流し台からピョンと飛び降りて、小海たちのいる居間へと歩いていった。
びっくりさせる猫だ。
遼哉は蛇口を捻って水を止めると、ひとつ深呼吸をした。
とにかく今日は地下室のことだ。グレンのことはとりあえず考えないことにしよう。
地下室か。いったい、どこに入り口があるのだろう。
早くハルの話を聞こう。
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