本の御魂が舞い降りる

景綱

文字の大きさ
152 / 161
第五話 思い出を抱いて

【二十八】作戦の行方

しおりを挟む

「樹実渡とやらはまだ出てきませんね」
「ふむ、確かに。コズノ、ちょっと様子を見て来い」
「あっ、はい」
「こら、猫田彦が行けばいいだろうが。コズノはおまえの下僕じゃないぞ」
「いいのですよ、ネズノ。小さい僕が行ったほうが敵にもみつからずにすみますから」
「ならいいけど」

 ペシッ。

「いて、なんで叩くんだよ」

 猫田彦は思わず手を挙げて爪を立てたが引っ込めた。今は遊んでいる場合じゃない。
 コズノがハルの家に入っていくのが目の端に映る。閉まった扉に吸い込まれるように姿が消えた。

「阿呆田彦にはあんなこと出来ないだろう」
「ふん、出来なくてもおいらは扉を手で開けて入れるさ。その前に阿呆田彦とはなんだ。ローリングクローを食らいたいのか」
「何が、ローリングクロ―だ。ただの猫パンチだろうが」

 ペシッ。

「だから、叩くな」

 猫田彦は鼻先に尻尾ムチを食らい、猫パンチを繰り出す。
 おっと空振りか。

 ネズノに軽くかわされてしまった。的が小さいから当たらないだけだ。
 そうだ、そうだ。
 猫田彦はそう納得させて毛繕いを始めた。イライラしたときは毛繕いに限る。

「戻ってきたぞ。阿呆田彦」
「黙れ、阿呆田彦じゃない」
「はい、はい」

 まったくネズノの奴。
 んっ、コズノだけか。ハルはどうした。樹実渡と火乃花はどうした。

「おい、どうなっているんだ」
「実は、そうめんを食べていて言うことを聞いてくれないのです」
「な、なに。そ、そうめんだと」

 わかっているのかあつらは。危機感がないのか。

「まるで、どこかの誰かさんみたいに食いしん坊な奴らだな。猫田彦」

 ネズノは相変わらず、嫌味な奴だ。

「おいらはそこまでじゃないぞ」

 そうだ。そこまで食いしん坊じゃない。
 そうめんか。

よだれが出ているぞ」
「うるさい」

 とにかく、早く家から連れ出さなければ。

「困った奴らだ。強引にでも連れ出してやる。ネズノとコズノは悪魔憑きの奴を警戒してくれ」

 猫田彦はハルの家をねめつけて駆け出した。

「うぉっ」

 急ブレーキをかけ後ろに飛び退く。
 びっくりした。グレンか。急に飛び出してきやがって。
 おっ、来たか。樹実渡と火乃花だ。

「さぁ、行くぞ。んっ、おい。どこへ行く」

 こっちには目もくれずに裏の方へ行ってしまった。あいつ話したことを忘れちまったのか。あれ、ハルはどうした。
 なんだ、なんだ。何か臭う。鼻先をヒクヒクさせて顔をしかめる。

 ま、まさか。少し開いていた扉に手をかけると黒煙が奥から流れてきた。まずい。これでは同じ結果になっちまう。
 樹実渡と火乃花が再び家の中へ飛び込んで行った。ハルを呼びながら。

「おい、待て」

 猫田彦の声はふたりの耳には届かなかった。
 やられた。

 奥で炎が暴れている。
 脇をグレンが物凄い速さで通り抜けて行く。止める間もなく中へ入っていった。

 なんてことだ。悪魔の気配をまったく感じなかった。いつのまに炎を。金之丞と土筆の気も感じられなかった。なぜだ。

 過去を変えられなかった。悪魔のほうが一枚上手うわてだってことか。甘くみていたかもしれない。

「グレン」

 炎の壁から姿を現し、ふらふらとして目の前に倒れ込む。毛が焦げて肌が焼けただれている。

「グレン。おい、グレン。大丈夫か」
「流瀧、すまぬ」

 駆けつけた流瀧にぷくぷくは頭を下げた。
 完敗だ。もう一度やり直さなくては。
 身体の力が抜け、項垂れる。

 気づけば、祠の前に戻っていた。
 ぷくぷくもネズノもコズノもいる。もちろん、ハルの幽霊も。

「うわっ、なぜいる」

 目を見開き、心臓が跳ね上がる。
 流瀧がいる。金之丞と土筆もいる。

 猫田彦は身構えて低い体勢を取る。待て、待て。冷静になれ。
 もう過去ではない。ここはもとの世界だ。大丈夫だ。あいつらの気が違う。悪魔憑きじゃない。
 大きく息を吐き、胸を撫で下ろす。
 脅かせるんじゃない。

「猫田彦。どうなったのです。うまくいったのですか」
「すまない。ここにハルの幽霊がまだいるだろう。失敗だ」

 猫田彦は流瀧の顔をみつめ、頭を下げた。

しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~

水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」 夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。 王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。 「左様でございますか」 彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる

花草青依
恋愛
"氷の令嬢"と揶揄されているイザベラは学園の卒業パーティで婚約者から婚約破棄を言い渡された。それを受け入れて帰ろうとした矢先、エドワード王太子からの求婚を受ける。エドワードに対して関心を持っていなかったイザベラだが、彼の恋人として振る舞ううちに、彼女は少しずつ変わっていく。 ■《夢見る乙女のメモリアルシリーズ》2作目  ■拙作『捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る』と同じ世界の話ですが、続編ではないです。王道の恋愛物(のつもり) ■第17回恋愛小説大賞にエントリーしています ■画像は生成AI(ChatGPT)

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...