この恋が運命じゃなくても

星川過世

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 慎太郎さんはなかなかの難攻不落だ。しかし諦める気はない。もう十年以上慎太郎さんに片想いをしているから、我ながらかなり一途で健気だと言える。なんちゃって。
 「あの、これ落としましたよ」
 「あ、はい。すみません」
 くだらないことを考えていたら定期入れを落とした。更新したばかりだから失くしたら結構痛い。
 幸いにも親切な人が拾ってくれたようなので慌てて振り返った。受け取ろうとした所で、眩暈がする。

 薔薇のような、噎せ返るほど甘い香り。
 それを感知した体温が上昇して、息が荒くなる。欲情したときの感覚にも似ているけれど、少し違う。
 まだ抑制剤を飲んでいなかった、初めてヒートが来た日と同じ感覚が体内から溢れてくる。

 まさか、薬を飲み忘れた? いや、昨日は慎太郎さんと夕飯を食べて、念を押されたはず......。じゃあなんで? 焦ったのも束の間、その感覚はすぐに引いていった。明らかに香水のものではないほんのりと甘い香りだけがその場に残る。
 相手もそうであったようで、見開かれた目と視線がぶつかる。
 まさか。もしかして。
 「......運命?」
 相手の目がいっそう見開かれた。
 「だと、思います」
 匂いはするが、それ以上に本能が訴えてきていた。この人が運命だと。
 道端で突然立ち止まった俺たちを、道行く人が好奇の目で見ている。しかしそれがどこか遠い世界のように感じられた。
 心臓がまるで恋をしているみたいにドキドキと鳴っている。視線が固定されているみたいに上手く動かない。相手しか目に入らない。
 名前を知らないこの人の名を呼びたいと、何故か思う。
 子どもの頃本で読んで憧れていた現象が今、自分自身に訪れていた。
 相手の手がそっと俺に向かって伸びてきて、腕時計が目に入る。

 「あっ......時間」
 急に現実に引き戻された。仕事に遅れてしまう。定期入れを受け取って礼を告げると引き留められた。
 「今度、都合の付くときにお食事でもしませんか?」
 確かに滅多に生涯で逢えることは無いと言われている運命の片割れと偶然逢えたのだ。これっきりにするのはもったいないと言える。それに......この人とまた会いたい。なんなら今も離れ難くて、仕事など放りだしてこの人と一緒に居たいとまで思ってしまう。仕事にはいつだって真剣に取り組んでいるのに。
 今日は会議がある。この人を求める本能を無理矢理抑え込んだ。
 「いいですよ」
 スマホを取り出して手早く連絡先を交換する。
 
 その人は湊と名乗った。
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