3歳の子に読み聞かせるヤデンワールド

猿カニ合戦

2

　三重県に戻った僕は、幼稚園がウイルスのせいで休園になっていたので時間をもて余していた。

「世界は猿カニ合戦で出来ている。カニをいじめれば、ウスが頭に落ちてくる。世界の秘密を知りたければ、デブパンチのところに来い。デブパンチは南極にいる」というネットの書き込みを思い出していた。南極になんか行けないな。南に向かって散歩してみる事にした。

　歌を歌いながら歩いて行くと、突然、雨が降りだした。工事現場の前にバス停があり、そこで雨宿り出来そうだ。バス停の屋根の下に入ると一人の老人が座っていた。僕もベンチの端の方に座った。ベンチからは、工事現場が見える。工事現場には砕石が敷いてあり、どんどん水溜まりが出来ていく。
「ぼうず、水溜まりをよく見てごらん。水面の上に小さな水の玉が転がっているのが見えないかい？」老人が喋った。老人はベンチのど真ん中で足を開いて座っている。
　水溜まりの表面を見てみると、小さな水玉が確かに幾つか転がっている。
「水の玉は生コンを打設している工事現場の水溜まりに特別出来やすいんだ。水面は水と空気の境目という面だ。空気の分子は二つの原子がくっついて出来ていて球形ではなく、少し長い。長いものを面に敷き詰めるとだいたい向きが揃う。面にさざ波がたっているとなお分子の向きは揃いやすい。水玉の内部は回転している。コマの様に縦に回転しているのではなく、横回転だ。水面上の反対方向に横回転している空気の分子の上に水の玉が乗っているのだ。空気の分子の隙間から、水溜まりの水面と水の玉の水面が接触すると水の玉は一瞬で消える。分子の動く速度と言うのは本当はとてつもなく早い」
「おじいさんは博士ですか？」「博士ではない。学校にも行っていない。今は仕事もしていないから、何だろう？サーファーかな。風に乗るウインドサーファー。ぼうず、あの水の玉には名前があるんだぞ。クランボーって言うんだ」「クランボー？」「ああ、クラブボール。カニのボールという意味さ」