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8話 ランシール学園 その5

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 Sランクでの教室での一触即発の雰囲気。智司はそのように感じられたが、その後に現れた教官の一声で、元の静寂は訪れた。

「ていうか、ナイゼルに嵌められた?」
「かもね」

 リリーは少し不満気に話していたが、智司としてもそれは同感であった。いきなり現れたとんでもない数値を叩き出した新入りに、少しかまをかけたと言ったところか。授業自体も教官によって次々と行われて行き、すぐに昼休みを迎えていた。

「……不味い」
「どないしたんや?」

 昼休みになり、智司は疲れた表情をしていた。そこに声をかけてきたのはナイゼルだ。朝の挑発的な態度は消えている。

「……なんでも」

 黒板で説明されている言葉があまりわかっていない。感覚的に動ける実技であればなんとでもなるが、言葉で魔法の原理などを説明されても、智司としてはさっぱりであったのだ。

「隠さんでもええやん。お前も勉強は苦手なんやな? 俺もそうやから気にすんな」
「ははは……」


 最早、苦手というレベルではないと感じている智司ではあるが、ここは曖昧に笑うだけにしておいた。さすがに全くわからないとは言えない。


「まあ、この学園に居るんなら、勉強なんてどうでもええんや」
「ん?」

 そう言いながら、ナイゼルは明るく智司の肩を叩いた。

「この学園は15歳から18歳までの人間が5000人居るわけやけど……そのほとんどが、将来は冒険者や傭兵、騎士団員などの職に就くことになるわけや。わかるやろ? 強さが全ての学園ということが」
「……」

 智司はナイゼルの言葉には無言を貫いたが、強さが重要視されることは既にわかっている。

「冒険者や傭兵ね~。私は将来何になるんだろ」
「なんや、リリーは将来のビジョンは見えてないんか?」

 いつの間にか、近くに居たリリーも話に参加している。まだ15歳の彼女にとって、将来のビジョンは薄いといった印象だ。

「今の能力でも、その辺の冒険者には負けないしね」
「なるほどな。流石はパワーマシンなどで1000オーバーの数値叩き出しただけのことはあるわ。プロの冒険者でもそんな数値叩き出せる奴は多くはないやろ」

 智司としても興味のある会話だ。自分は外見上はともかく、内面上は魔神として転生をしている。さらにシルバードラゴンなども使役しているのが現状だ。冒険者が智司の住処に侵入したことも鑑み、その辺りの戦力を把握しておくのも必要と考えていた。

「パワーマシンで1000以上は冒険者でも難しいのか」
「ん? まあ、そうやな。中堅レベルの冒険者に出来る芸当やないのは確かや。ただし、パワーマシンや背筋マシンの数値だけで、総合戦力が決まるわけでもないけどな」

「ナイゼルもそこまでの力はないってことか」
「言ってくれるやんけ。案外、戦闘狂なんか?」

 智司は特に挑発をしたわけではない。ただし、ナイゼルはそのように受け取ったようだ。目を細めて、智司を見ている。

「ま、1000オーバーの数値出せるんはこの教室でも1人だけや。ほら、一番後ろに居るやろ?」

 ナイゼルの指差す方向には大柄の男の姿があった。紫色の髪をしたその男はナイゼル以上に伸ばした髪をかき上げている。多少、二枚目の印象はあるが、どこか信用の置ける雰囲気ではない。

「デルト・アイルや。素行はかなり悪いから、あんまり関わらん方がええ」
「いや、無理みたいよ」

 ナイゼルが視線を送っていたことに気が付いたのか、デルトと呼ばれた人物はこちらに近づいて来ていた。

「おい、新入り」
「……俺か?」

 会話内容を聞かれているわけではないと分かり、智司は安心していたが、ナイゼルではなく、自分に話しかけるデルトに戸惑っていた。昔のことがフラッシュバックしていたからだ。

「そう、てめぇだよ。てめぇ、パワーマシン破壊したんだって? 良かったな、偶然、寿命のマシンでよ」

 デルトは智司を見下す視線で蔑んでいる。智司は感じ取っていた。これは中学時代の理不尽な暴力と同じ状況であると。

「いや、パワーマシンが壊れていたとは聞いていないけど」
「はっ、頭のネジでも外れてんのか? パワーマシンや背筋マシンを破壊したなんて例は聞いたことがねぇよ。運が重なって、Sランクに来れた勘違い野郎が調子こてんじゃねぇぞ」

 ものすごい上からの目線……智司としてもここは言い返すかどうかを考えていた。しかし、彼は順風満帆な学園生活を望んでいる。下手に敵を作ることは避けたいとも思っているのだ。

「なに言ってんのかわからないけど。直前の私が1000以上出しても壊れてなかったし、マシンは正常だったわよ?」
「てめぇがそうだったな。俺と同じ領域に来ている者……おら、こっちに来いよ、てめぇは認めてやってもいいぜ」

 デルトの何処までも上から目線のセリフに、リリーも嫌悪感を露わにしていた。デルトはいやらしく手招きをしており、彼女にしてやると言わんばかりの態度だ。傍から見れば、とてつもない勘違い人間という言葉が適切ではあるが、彼の周囲には取り巻きも居り、Sランクの人間何人かをグループに入れているようだ。

「俺は学内ランキング3位に属している、デルト・アインだぜ。どっちに属するのがお得か、よく考えるんだな」

 デルトの声に反応するかのように、後ろに待機している取り巻きも一斉に笑い出す。明らかに智司やリリーを蔑んでいる目つきであった。

「ランキング?」
「ランシール学園内の強さの順位のことや。デルトは総合戦力3位になっとる」

 智司の問いに答えるように、ナイゼルは簡単に説明をした。

「ランキング19位のナイゼル君は黙ってましょうね。お前、Aランクに行った方がトップクラスになれるし良かったんじゃね?」
「ぐっ!」

 デルトの取り巻きの一人がナイゼルの背中に蹴りを入れる。デルトと同じく信用の置けない顔つきの人物だ。蹴られたナイゼルは反撃をする様子を見せない。

「ちょっと、あんた」
「ナイゼル君は19位の雑魚ですからな~。11位の俺には逆らえませんて。あははははっ!」

 小馬鹿にした取り巻きの発言。しかし、ナイゼルは冷や汗を流しながらも反撃に出る様子はない。

「ナイゼル、なにもしないわけ?」
「……」
「……」

 リリーは、ナイゼルに対して溜息をついた。まるで幻滅したとでも言いたそうだ。

「無駄だよ。ここは強さが全てだからな。ナイゼルのカスは俺達には逆らえないぜ」
「えらい言われようやな、デルト」
「おい、こんなカスに付いていても良いことなんざねぇぜ? 考え直しておくんだな。特にてめぇは相当に美人だ。俺の女にしてやってもいいぜ」

 そう言いながら、デルトは太い指をリリーに向けた。顔をしかめるリリーは指の直線から避けるように身体をくねらせる。

「デルト。サラには挑戦せぇへんのか?」
「……あの女はいねぇ時が多いじゃねぇか。挑戦したくてもいねぇんじゃな。こりゃ、俺の不戦勝ってところだな」
「……上手い逃げの口実やな、マジで」

 そんな時に放たれた、ナイゼルの渾身の挑発。デルトを怒らせるには十分だったようだ。

「……てめぇは死刑確定だな。せいぜい、自分の身を心配してろよ」

 デルトはそこまで言い終えると取り巻きを連れて教室を出て行った。周囲の生徒たちは多くが凍り付いているのような態度を取っている。

「ナイゼル、ちょっと格好いいじゃん。途中は幻滅してたけど」
「やめろや。誉めても何も出て来んからな?」

 ナイゼルの一歩も引かない言葉に感銘を受けたのか、リリーは彼の背中を強く叩いた。ナイゼルも冷や汗を流してはいるが、彼女の誉め言葉に笑顔を向けていた。少し、教室内の人間関係がわかった出来事と言えるだろう。智司もそう感じていた。

「ナイゼル、サラって?」

 ナイゼルの言葉から先ほど出て来た名前。女性であろうとは推測ができている。

「サラ・ガーランド、17歳。この学園のトップを走っている女や。天網評議会の序列10位でもあるな」
「天網評議会?」

 智司は聞き慣れない言葉に思わず聞き返してた。

「智司、天網評議会を知らないの?」
「お前、どこの国出身やねん……確かに、珍しい名前やけど」
「えっ、いや~~……」

 天網評議会はそれほどまでに浸透している。智司としては迂闊であった。まさか、ヨルムンガントの森から来た転生者だと打ち明けるわけにもいかない。とても怪しい目線を二人から浴びせられたが、ナイゼルはそれ以上追及はしなかった。

「まあ、ええわ。天網評議会言うんはアルビオン王国の最高意思決定機関の名称や。実力も最強の10人が世界各地から選出されとる。軍事大国として名を馳せてるアルビオン王国の最強の組織言うことやな」

 智司としても、その段階で天網評議会の立ち位置を理解できた。それはつまり、世界でもトップクラスの精鋭集団ということを表しているのだ。

「学生の身で、天網評議会の序列10位に入ってるなんて……凄すぎない?」
「そうやな、凄すぎるわ。評議会としての仕事も兼任しとるから、学園への登校は疎かになっとるのが現状や。ただし、学内ランキングは文句なしに1位や。サラに勝てる者はこの学園内には誰一人居らん言うことやな」
「なるほど……そういう序列か」

 智司はナイゼルの言葉を冷静に分析している。学内ランキングと天網評議会。それらの概要を知れたことは彼にとって非常に有意義であった。そして、Sランクの教室は相当に混沌としていることもわかった。

 ランキング3位のデルトにその取り巻きでもナイゼル以上の者達が従っている。あまり良い流れとは言えない。智司の望む、充実した学園生活における、最初の試練が訪れようとしていた。
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