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冬が近づいた頃、王都に衝撃的なニュースが流れた。
「公爵家、大規模な投資に失敗。多額の負債を抱える」
エリーゼは図書室で新聞を読みながら、複雑な表情を浮かべた。記事によれば、アレクシスが主導した北方の鉱山開発事業が失敗し、公爵家は莫大な損失を被ったという。
「アレクシス様が」
侍女のマルタが心配そうに言う。
「大丈夫なんでしょうか」
エリーゼは新聞を置いた。
「自業自得よ。彼は常に、見栄と虚栄だけで物事を決めていたから」
彼女の声には、憎しみはなかった。ただ、冷静な分析があるだけだ。
数日後、社交界は公爵家の没落で持ちきりになった。ハルトマン侯爵が帰宅すると、エリーゼに報告した。
「公爵家は債権者に追われているそうだ。屋敷や領地の一部を売却する話も出ている」
「アレクシス様は?」
「彼は父親から激しく叱責されたらしい。全ての責任を問われている」
侯爵は娘を見つめた。
「お前は、何も感じないのか?」
エリーゼは首を横に振った。
「もう、他人です。彼がどうなろうと、私には関係ありません」
それは嘘ではなかった。かつて愛していた男。だが、今は本当に何も感じない。
一週間後、思いがけない訪問者があった。
「エリーゼ様にお会いしたいと、アレクシス・ヴァン・ブルンナー様が」
執事の言葉に、エリーゼは眉を寄せた。
「何の用かしら」
「お話があるとのことです」
エリーゼは溜息をついた。
「応接室に通して」
応接室に入ると、そこには憔悴しきったアレクシスが座っていた。かつての華やかさは消え、疲れた表情をしている。
「久しぶりね、アレクシス」
エリーゼは冷静に挨拶した。
「エリーゼ」
アレクシスは立ち上がり、深く頭を下げた。
「まず、謝罪させてくれ。あの婚約破棄は、私の過ちだった」
エリーゼは椅子に座り、彼を見つめた。
「今更、何を言いに来たの?」
「君の父上に、助けを求めたい」
アレクシスの言葉に、エリーゼは冷たく笑った。
「助け?あなたが私を『教養がない』と笑い者にした時、助けなど求められる立場ではないと思わなかった?」
「分かっている。だが、他に頼れる者がいないんだ」
アレクシスは必死だった。
「ハルトマン侯爵家は資産がある。ほんの少し、融資してくれれば」
「お断りします」
エリーゼははっきりと言った。
「父の資産を、あなたのような無能な者に貸すつもりはありません」
「エリーゼ、頼む」
「それに、あなたには婚約者がいるでしょう?ロザリンドに頼めばいいじゃない」
アレクシスは顔を歪めた。
「彼女は、もう私から離れた。没落する男には用がないと」
エリーゼは何も驚かなかった。ロザリンドはそういう女だと、最初から分かっていた。
「自業自得ね」
エリーゼは立ち上がった。
「もう帰ってください。あなたと話すことは何もありません」
「待ってくれ、エリーゼ。君の教養のなさを批判したのは間違いだった。君は賢い。それは今、よく分かる」
「今更気づいても遅いわ」
エリーゼは冷たく言った。
「あなたは私を見下し、笑い者にした。そして、今度は助けを求めに来る。都合が良すぎるとは思わない?」
アレクシスは言葉を失った。
「帰ってください。二度と、この家に来ないで」
エリーゼは部屋を出た。背後でアレクシスが何か言ったが、振り返らなかった。
執事がアレクシスを送り出した後、エリーゼは図書室に戻った。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
マルタが心配そうに尋ねる。
「ええ、平気よ。むしろ、スッキリしたわ」
エリーゼは窓の外を見た。
「彼は何も学ばなかった。失敗しても、反省するのではなく、誰かに頼ろうとする」
彼女は新しいノートを開いた。
「私は違う。自分の力で、道を切り開く」
その夜、王都の社交界では噂が広まった。
「ハルトマン侯爵令嬢が、アレクシスの頼みを冷たく断ったそうよ」
「当然じゃない。あんな仕打ちをしておいて」
「それにしても、令嬢は以前より凛としているわね」
「婚約破棄されて、かえって輝いているような」
人々の評価は変わり始めていた。かつて「教養がない」と笑われた令嬢が、今は「賢明で毅然とした女性」と見られるようになっていた。
一方、王宮ではレオナルドが報告を受けていた。
「公爵家の件ですが、ハルトマン侯爵令嬢が元婚約者の頼みを断ったそうです」
「そうか」
レオナルドは微笑んだ。
「彼女は本当に強い。そして、賢明だ」
彼は「憂国の民」の提言書を手に取った。
「彼女が『憂国の民』である可能性は、ますます高まっている」
側近が尋ねた。
「陛下、もし彼女がそうだと確信されたら、どうなさいますか?」
「正式に、私の相談役になってもらう」
レオナルドは決意を込めて言った。
「彼女の才能を、王国のために活かしたい」
窓の外では、初雪が舞い始めていた。
エリーゼは図書室で、次の提言書を書いていた。今度は教育制度の改革について。
「子供たちに、本当に必要な教育を」
彼女の筆が走る。
かつて婚約破棄で打ちのめされた侯爵令嬢は、今や王国を影から支える存在になっていた。
そして、元婚約者は没落の道を辿っている。
運命は、時に残酷なほど公平だった。
「公爵家、大規模な投資に失敗。多額の負債を抱える」
エリーゼは図書室で新聞を読みながら、複雑な表情を浮かべた。記事によれば、アレクシスが主導した北方の鉱山開発事業が失敗し、公爵家は莫大な損失を被ったという。
「アレクシス様が」
侍女のマルタが心配そうに言う。
「大丈夫なんでしょうか」
エリーゼは新聞を置いた。
「自業自得よ。彼は常に、見栄と虚栄だけで物事を決めていたから」
彼女の声には、憎しみはなかった。ただ、冷静な分析があるだけだ。
数日後、社交界は公爵家の没落で持ちきりになった。ハルトマン侯爵が帰宅すると、エリーゼに報告した。
「公爵家は債権者に追われているそうだ。屋敷や領地の一部を売却する話も出ている」
「アレクシス様は?」
「彼は父親から激しく叱責されたらしい。全ての責任を問われている」
侯爵は娘を見つめた。
「お前は、何も感じないのか?」
エリーゼは首を横に振った。
「もう、他人です。彼がどうなろうと、私には関係ありません」
それは嘘ではなかった。かつて愛していた男。だが、今は本当に何も感じない。
一週間後、思いがけない訪問者があった。
「エリーゼ様にお会いしたいと、アレクシス・ヴァン・ブルンナー様が」
執事の言葉に、エリーゼは眉を寄せた。
「何の用かしら」
「お話があるとのことです」
エリーゼは溜息をついた。
「応接室に通して」
応接室に入ると、そこには憔悴しきったアレクシスが座っていた。かつての華やかさは消え、疲れた表情をしている。
「久しぶりね、アレクシス」
エリーゼは冷静に挨拶した。
「エリーゼ」
アレクシスは立ち上がり、深く頭を下げた。
「まず、謝罪させてくれ。あの婚約破棄は、私の過ちだった」
エリーゼは椅子に座り、彼を見つめた。
「今更、何を言いに来たの?」
「君の父上に、助けを求めたい」
アレクシスの言葉に、エリーゼは冷たく笑った。
「助け?あなたが私を『教養がない』と笑い者にした時、助けなど求められる立場ではないと思わなかった?」
「分かっている。だが、他に頼れる者がいないんだ」
アレクシスは必死だった。
「ハルトマン侯爵家は資産がある。ほんの少し、融資してくれれば」
「お断りします」
エリーゼははっきりと言った。
「父の資産を、あなたのような無能な者に貸すつもりはありません」
「エリーゼ、頼む」
「それに、あなたには婚約者がいるでしょう?ロザリンドに頼めばいいじゃない」
アレクシスは顔を歪めた。
「彼女は、もう私から離れた。没落する男には用がないと」
エリーゼは何も驚かなかった。ロザリンドはそういう女だと、最初から分かっていた。
「自業自得ね」
エリーゼは立ち上がった。
「もう帰ってください。あなたと話すことは何もありません」
「待ってくれ、エリーゼ。君の教養のなさを批判したのは間違いだった。君は賢い。それは今、よく分かる」
「今更気づいても遅いわ」
エリーゼは冷たく言った。
「あなたは私を見下し、笑い者にした。そして、今度は助けを求めに来る。都合が良すぎるとは思わない?」
アレクシスは言葉を失った。
「帰ってください。二度と、この家に来ないで」
エリーゼは部屋を出た。背後でアレクシスが何か言ったが、振り返らなかった。
執事がアレクシスを送り出した後、エリーゼは図書室に戻った。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
マルタが心配そうに尋ねる。
「ええ、平気よ。むしろ、スッキリしたわ」
エリーゼは窓の外を見た。
「彼は何も学ばなかった。失敗しても、反省するのではなく、誰かに頼ろうとする」
彼女は新しいノートを開いた。
「私は違う。自分の力で、道を切り開く」
その夜、王都の社交界では噂が広まった。
「ハルトマン侯爵令嬢が、アレクシスの頼みを冷たく断ったそうよ」
「当然じゃない。あんな仕打ちをしておいて」
「それにしても、令嬢は以前より凛としているわね」
「婚約破棄されて、かえって輝いているような」
人々の評価は変わり始めていた。かつて「教養がない」と笑われた令嬢が、今は「賢明で毅然とした女性」と見られるようになっていた。
一方、王宮ではレオナルドが報告を受けていた。
「公爵家の件ですが、ハルトマン侯爵令嬢が元婚約者の頼みを断ったそうです」
「そうか」
レオナルドは微笑んだ。
「彼女は本当に強い。そして、賢明だ」
彼は「憂国の民」の提言書を手に取った。
「彼女が『憂国の民』である可能性は、ますます高まっている」
側近が尋ねた。
「陛下、もし彼女がそうだと確信されたら、どうなさいますか?」
「正式に、私の相談役になってもらう」
レオナルドは決意を込めて言った。
「彼女の才能を、王国のために活かしたい」
窓の外では、初雪が舞い始めていた。
エリーゼは図書室で、次の提言書を書いていた。今度は教育制度の改革について。
「子供たちに、本当に必要な教育を」
彼女の筆が走る。
かつて婚約破棄で打ちのめされた侯爵令嬢は、今や王国を影から支える存在になっていた。
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