9 / 15
9
しおりを挟む
冬が近づいた頃、王都に衝撃的なニュースが流れた。
「公爵家、大規模な投資に失敗。多額の負債を抱える」
エリーゼは図書室で新聞を読みながら、複雑な表情を浮かべた。記事によれば、アレクシスが主導した北方の鉱山開発事業が失敗し、公爵家は莫大な損失を被ったという。
「アレクシス様が」
侍女のマルタが心配そうに言う。
「大丈夫なんでしょうか」
エリーゼは新聞を置いた。
「自業自得よ。彼は常に、見栄と虚栄だけで物事を決めていたから」
彼女の声には、憎しみはなかった。ただ、冷静な分析があるだけだ。
数日後、社交界は公爵家の没落で持ちきりになった。ハルトマン侯爵が帰宅すると、エリーゼに報告した。
「公爵家は債権者に追われているそうだ。屋敷や領地の一部を売却する話も出ている」
「アレクシス様は?」
「彼は父親から激しく叱責されたらしい。全ての責任を問われている」
侯爵は娘を見つめた。
「お前は、何も感じないのか?」
エリーゼは首を横に振った。
「もう、他人です。彼がどうなろうと、私には関係ありません」
それは嘘ではなかった。かつて愛していた男。だが、今は本当に何も感じない。
一週間後、思いがけない訪問者があった。
「エリーゼ様にお会いしたいと、アレクシス・ヴァン・ブルンナー様が」
執事の言葉に、エリーゼは眉を寄せた。
「何の用かしら」
「お話があるとのことです」
エリーゼは溜息をついた。
「応接室に通して」
応接室に入ると、そこには憔悴しきったアレクシスが座っていた。かつての華やかさは消え、疲れた表情をしている。
「久しぶりね、アレクシス」
エリーゼは冷静に挨拶した。
「エリーゼ」
アレクシスは立ち上がり、深く頭を下げた。
「まず、謝罪させてくれ。あの婚約破棄は、私の過ちだった」
エリーゼは椅子に座り、彼を見つめた。
「今更、何を言いに来たの?」
「君の父上に、助けを求めたい」
アレクシスの言葉に、エリーゼは冷たく笑った。
「助け?あなたが私を『教養がない』と笑い者にした時、助けなど求められる立場ではないと思わなかった?」
「分かっている。だが、他に頼れる者がいないんだ」
アレクシスは必死だった。
「ハルトマン侯爵家は資産がある。ほんの少し、融資してくれれば」
「お断りします」
エリーゼははっきりと言った。
「父の資産を、あなたのような無能な者に貸すつもりはありません」
「エリーゼ、頼む」
「それに、あなたには婚約者がいるでしょう?ロザリンドに頼めばいいじゃない」
アレクシスは顔を歪めた。
「彼女は、もう私から離れた。没落する男には用がないと」
エリーゼは何も驚かなかった。ロザリンドはそういう女だと、最初から分かっていた。
「自業自得ね」
エリーゼは立ち上がった。
「もう帰ってください。あなたと話すことは何もありません」
「待ってくれ、エリーゼ。君の教養のなさを批判したのは間違いだった。君は賢い。それは今、よく分かる」
「今更気づいても遅いわ」
エリーゼは冷たく言った。
「あなたは私を見下し、笑い者にした。そして、今度は助けを求めに来る。都合が良すぎるとは思わない?」
アレクシスは言葉を失った。
「帰ってください。二度と、この家に来ないで」
エリーゼは部屋を出た。背後でアレクシスが何か言ったが、振り返らなかった。
執事がアレクシスを送り出した後、エリーゼは図書室に戻った。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
マルタが心配そうに尋ねる。
「ええ、平気よ。むしろ、スッキリしたわ」
エリーゼは窓の外を見た。
「彼は何も学ばなかった。失敗しても、反省するのではなく、誰かに頼ろうとする」
彼女は新しいノートを開いた。
「私は違う。自分の力で、道を切り開く」
その夜、王都の社交界では噂が広まった。
「ハルトマン侯爵令嬢が、アレクシスの頼みを冷たく断ったそうよ」
「当然じゃない。あんな仕打ちをしておいて」
「それにしても、令嬢は以前より凛としているわね」
「婚約破棄されて、かえって輝いているような」
人々の評価は変わり始めていた。かつて「教養がない」と笑われた令嬢が、今は「賢明で毅然とした女性」と見られるようになっていた。
一方、王宮ではレオナルドが報告を受けていた。
「公爵家の件ですが、ハルトマン侯爵令嬢が元婚約者の頼みを断ったそうです」
「そうか」
レオナルドは微笑んだ。
「彼女は本当に強い。そして、賢明だ」
彼は「憂国の民」の提言書を手に取った。
「彼女が『憂国の民』である可能性は、ますます高まっている」
側近が尋ねた。
「陛下、もし彼女がそうだと確信されたら、どうなさいますか?」
「正式に、私の相談役になってもらう」
レオナルドは決意を込めて言った。
「彼女の才能を、王国のために活かしたい」
窓の外では、初雪が舞い始めていた。
エリーゼは図書室で、次の提言書を書いていた。今度は教育制度の改革について。
「子供たちに、本当に必要な教育を」
彼女の筆が走る。
かつて婚約破棄で打ちのめされた侯爵令嬢は、今や王国を影から支える存在になっていた。
そして、元婚約者は没落の道を辿っている。
運命は、時に残酷なほど公平だった。
「公爵家、大規模な投資に失敗。多額の負債を抱える」
エリーゼは図書室で新聞を読みながら、複雑な表情を浮かべた。記事によれば、アレクシスが主導した北方の鉱山開発事業が失敗し、公爵家は莫大な損失を被ったという。
「アレクシス様が」
侍女のマルタが心配そうに言う。
「大丈夫なんでしょうか」
エリーゼは新聞を置いた。
「自業自得よ。彼は常に、見栄と虚栄だけで物事を決めていたから」
彼女の声には、憎しみはなかった。ただ、冷静な分析があるだけだ。
数日後、社交界は公爵家の没落で持ちきりになった。ハルトマン侯爵が帰宅すると、エリーゼに報告した。
「公爵家は債権者に追われているそうだ。屋敷や領地の一部を売却する話も出ている」
「アレクシス様は?」
「彼は父親から激しく叱責されたらしい。全ての責任を問われている」
侯爵は娘を見つめた。
「お前は、何も感じないのか?」
エリーゼは首を横に振った。
「もう、他人です。彼がどうなろうと、私には関係ありません」
それは嘘ではなかった。かつて愛していた男。だが、今は本当に何も感じない。
一週間後、思いがけない訪問者があった。
「エリーゼ様にお会いしたいと、アレクシス・ヴァン・ブルンナー様が」
執事の言葉に、エリーゼは眉を寄せた。
「何の用かしら」
「お話があるとのことです」
エリーゼは溜息をついた。
「応接室に通して」
応接室に入ると、そこには憔悴しきったアレクシスが座っていた。かつての華やかさは消え、疲れた表情をしている。
「久しぶりね、アレクシス」
エリーゼは冷静に挨拶した。
「エリーゼ」
アレクシスは立ち上がり、深く頭を下げた。
「まず、謝罪させてくれ。あの婚約破棄は、私の過ちだった」
エリーゼは椅子に座り、彼を見つめた。
「今更、何を言いに来たの?」
「君の父上に、助けを求めたい」
アレクシスの言葉に、エリーゼは冷たく笑った。
「助け?あなたが私を『教養がない』と笑い者にした時、助けなど求められる立場ではないと思わなかった?」
「分かっている。だが、他に頼れる者がいないんだ」
アレクシスは必死だった。
「ハルトマン侯爵家は資産がある。ほんの少し、融資してくれれば」
「お断りします」
エリーゼははっきりと言った。
「父の資産を、あなたのような無能な者に貸すつもりはありません」
「エリーゼ、頼む」
「それに、あなたには婚約者がいるでしょう?ロザリンドに頼めばいいじゃない」
アレクシスは顔を歪めた。
「彼女は、もう私から離れた。没落する男には用がないと」
エリーゼは何も驚かなかった。ロザリンドはそういう女だと、最初から分かっていた。
「自業自得ね」
エリーゼは立ち上がった。
「もう帰ってください。あなたと話すことは何もありません」
「待ってくれ、エリーゼ。君の教養のなさを批判したのは間違いだった。君は賢い。それは今、よく分かる」
「今更気づいても遅いわ」
エリーゼは冷たく言った。
「あなたは私を見下し、笑い者にした。そして、今度は助けを求めに来る。都合が良すぎるとは思わない?」
アレクシスは言葉を失った。
「帰ってください。二度と、この家に来ないで」
エリーゼは部屋を出た。背後でアレクシスが何か言ったが、振り返らなかった。
執事がアレクシスを送り出した後、エリーゼは図書室に戻った。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
マルタが心配そうに尋ねる。
「ええ、平気よ。むしろ、スッキリしたわ」
エリーゼは窓の外を見た。
「彼は何も学ばなかった。失敗しても、反省するのではなく、誰かに頼ろうとする」
彼女は新しいノートを開いた。
「私は違う。自分の力で、道を切り開く」
その夜、王都の社交界では噂が広まった。
「ハルトマン侯爵令嬢が、アレクシスの頼みを冷たく断ったそうよ」
「当然じゃない。あんな仕打ちをしておいて」
「それにしても、令嬢は以前より凛としているわね」
「婚約破棄されて、かえって輝いているような」
人々の評価は変わり始めていた。かつて「教養がない」と笑われた令嬢が、今は「賢明で毅然とした女性」と見られるようになっていた。
一方、王宮ではレオナルドが報告を受けていた。
「公爵家の件ですが、ハルトマン侯爵令嬢が元婚約者の頼みを断ったそうです」
「そうか」
レオナルドは微笑んだ。
「彼女は本当に強い。そして、賢明だ」
彼は「憂国の民」の提言書を手に取った。
「彼女が『憂国の民』である可能性は、ますます高まっている」
側近が尋ねた。
「陛下、もし彼女がそうだと確信されたら、どうなさいますか?」
「正式に、私の相談役になってもらう」
レオナルドは決意を込めて言った。
「彼女の才能を、王国のために活かしたい」
窓の外では、初雪が舞い始めていた。
エリーゼは図書室で、次の提言書を書いていた。今度は教育制度の改革について。
「子供たちに、本当に必要な教育を」
彼女の筆が走る。
かつて婚約破棄で打ちのめされた侯爵令嬢は、今や王国を影から支える存在になっていた。
そして、元婚約者は没落の道を辿っている。
運命は、時に残酷なほど公平だった。
815
あなたにおすすめの小説
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
【完結】三歳年下の婚約者は、嘘を覚えた
恋せよ恋
恋愛
ランバート侯爵令嬢フィオーラには三歳年下の病弱な婚約者がいる。
保養地で十二歳まで静養するフィッチモ公爵家の嫡男、エドワード。
病弱で儚げだった可愛い彼を、フィオーラは献身的に励まし支えた。
十四歳でエドワードが健康を取り戻し王都へ戻ると、環境に変化が。
金髪に青い目の整った容姿の公爵家嫡男に群がる令嬢たち。
「三歳年上の年増」「素敵なエドワード様に相応しくないおばさん」
周囲の令嬢たちによるフィオーラへの執拗な侮辱。
そして、エドワードの友人の義妹マリアンヌの甘い誘惑と、接近。
思春期真っ盛りのエドワードと、美しいフィオーラの関係は拗れていく。
二人の婚約の結末は、婚約解消か、継続か、はたまた……。
若い二人の拗れた恋の行方の物語
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
【完結】「あなたは強いから大丈夫よね」、無自覚に人生を奪う姉
恋せよ恋
恋愛
「セリーヌは強いから、一人でも大丈夫よね?」
婚約破棄され「可哀想なヒロイン」となった姉カトリーヌ。
無自覚で優しい姉を気遣う両親と『私の』婚約者クロード。
私の世界は反転した。
十歳から五年間、努力で守ってきた「次期後継者」の座も。
自分に誂えた「ドレス」も……。「婚約者」さえも……。
両親は微笑んで言う。
「姉様が傷ついているの強いお前が譲ってあげなさい」と。
泣いて縋れば誰かが助けてくれると思っているお姉様。
あとはお一人で頑張ってくださいませ。
私は、私を必要としてくれる場所へ――。
家族と婚約者を見限った、妹・セリーヌの物語。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
私より幼馴染を選んだ婚約者に別れを告げたら謝罪に来ましたが、契約を守れない貴族とは取引しませんので
藤原遊
恋愛
祖父が創立した大商会で、跡継ぎとして働いている私。
けれど婚約者は、私より幼馴染を選びました。
それなら構いません。
婚約という契約を守れない相手と、これ以上関係を続けるつもりはありませんから。
祖父の商会は隣国と新たな取引を始めることになりました。
――その途端、なぜか元婚約者が謝罪に来るようになりましたが、もう遅いです。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる