教養が足りない、ですって

たくわん

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雪が王都を白く染める季節になった。レオナルドは執務室で、これまでに届いた「憂国の民」からの提言書を全て並べていた。

財政改革、食糧危機対策、貿易問題、そして最新の教育制度改革案。合計で七通。どれも的確で、実行可能な内容だ。

「これらの提言書には、共通点がある」

レオナルドは側近に言った。

「文体、論理展開、そして何より、使われている参考文献」

彼は一通の提言書を手に取った。

「ここで引用されている経済学の書物は、かなり専門的だ。王都でこれを所蔵しているのは、王宮の図書館と」
「ハルトマン侯爵家の図書室です」

側近が答えた。

「侯爵家は代々学問を重んじ、膨大な蔵書を持っています」

レオナルドは頷いた。

「エリーゼ様との会話を思い出す。彼女は父の図書室で学んでいると言っていた」

彼は立ち上がり、窓の外を見た。

「だが、確証がない。直接問いただすわけにもいかない」
「陛下、一つ提案がございます」

側近が進み出た。

「ハルトマン侯爵家を公式訪問されてはいかがでしょうか。領内視察の名目で」
「訪問、か」

レオナルドは考え込んだ。

「それはいい。侯爵家の図書室を見せてもらえれば、彼女がどんな本を読んでいるか分かる」

数日後、王宮からハルトマン侯爵家に通達が届いた。

「国王陛下が、領内視察の一環で侯爵家を訪問される」

侍女のマルタが慌てて報告に来た時、エリーゼは図書室で本を読んでいた。

「陛下が?なぜ?」

エリーゼは戸惑った。ハルトマン家は名門だが、国王が直接訪問するほどの家ではない。

「何か理由があるはずよ」

彼女の胸に、不安が過った。まさか、気づかれた?

「いいえ、そんなはずない。証拠はないはず」

エリーゼは自分に言い聞かせた。だが、動揺は隠せなかった。

訪問の日、ハルトマン侯爵家は慌ただしかった。使用人たちが屋敷中を掃除し、最高の料理が準備された。

エリーゼは控えめな淡い緑のドレスを着た。化粧も最小限。だが、その姿には清楚な美しさがあった。

午後、国王の馬車が到着した。

「国王陛下のご到着です」

執事の声に、侯爵家の全員が玄関に並んだ。

レオナルドが馬車から降りる。彼の視線は、すぐにエリーゼを捉えた。

「ハルトマン侯爵、お招きいただきありがとうございます」
「光栄です、陛下」

侯爵が深く頭を下げる。

「エリーゼ様も、お元気そうで」

レオナルドが微笑みかけると、エリーゼは膝を折った。

「陛下のご訪問、恐悦至極に存じます」

応接室で茶が振る舞われた後、レオナルドが言った。

「実は、侯爵家の蔵書が素晴らしいと聞いております。よろしければ、図書室を拝見させていただけませんか」

侯爵は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。

「もちろんです。こちらへどうぞ」

図書室の扉が開かれた。レオナルドは、その蔵書の豊富さに目を見張った。

「見事ですね」

彼は書棚を見て回る。経済学、政治学、歴史、哲学。そして、彼が「憂国の民」の提言書で引用されていた書物を見つけた。

「これは、ミュラーの経済論ですね。私も読んだことがあります」

レオナルドがその本を手に取ると、侯爵が答えた。

「ええ、最近取り寄せた本です」
「どなたが読まれるのですか?」
「主に、娘が」

レオナルドはエリーゼを見た。彼女は少し緊張した表情を浮かべている。

「エリーゼ様、この本はいかがでしたか?」
「とても興味深い内容でした」

エリーゼは慎重に答えた。

「特に、税制と経済成長の関係についての分析は秀逸だと思います」

レオナルドは内心、確信を深めた。彼女の言葉は、「憂国の民」の提言と完全に一致している。

「では、こちらの本は?」

レオナルドは別の書物を手に取った。それも、提言書で引用されていた本だ。

「それも読みました。農業政策について、多くの示唆を得ました」

エリーゼが答えると、レオナルドは微笑んだ。

「素晴らしい。これほど学問に熱心な令嬢は珍しい」

彼は机の上に、ノートが置かれているのに気づいた。

「これは?」
「娘の勉強用のノートです」

侯爵が答えた。レオナルドは許可を得て、ノートを開いた。

そこには、王国の経済状況の分析、問題点、そして解決策が詳細に書かれていた。その内容は、まさに「憂国の民」の提言そのものだった。

レオナルドは静かにノートを閉じた。

「エリーゼ様」

彼は彼女を見つめた。

「少し、二人だけで話をしてもよろしいでしょうか」

侯爵と側近たちが部屋を出た。図書室には、レオナルドとエリーゼだけが残された。

沈黙が流れる。エリーゼは緊張で手が震えていた。

「貴女が『憂国の民』ですね」

レオナルドの言葉に、エリーゼは息を呑んだ。

否定しようと思った。だが、国王の目は全てを見抜いている。

「陛下」

エリーゼは深く頭を下げた。

「はい。私が、憂国の民です」

認めた瞬間、不思議と肩の荷が下りた。

レオナルドは優しく微笑んだ。

「ありがとうございます。貴女の提言のおかげで、王国は救われました」
「私は、ただ」

エリーゼは顔を上げた。

「王国の役に立ちたかっただけです。婚約破棄で傷ついた時、学問が私を救ってくれました。そして、学べば学ぶほど、王国の問題が見えてきた」
「なぜ、匿名だったのですか?」

レオナルドが尋ねる。

「社交界の笑い者だった私が、堂々と提言しても、誰も聞いてくれないと思いました。だから、名前を隠したんです」

エリーゼの目に、涙が滲んだ。

「でも、陛下が私の提言を採用してくださった。それが、どれだけ嬉しかったか」

レオナルドは彼女に近づいた。

「エリーゼ様、いいえ、エリーゼ。貴女は私の最高の助言者です」

彼は真剣な表情で言った。

「正式に、私の相談役になっていただけませんか?」

エリーゼは驚いて彼を見上げた。

「相談役、ですか?」
「ええ。もう匿名である必要はありません。堂々と、王国のために力を貸してください」

エリーゼは深く考え込んだ。

そして、静かに微笑んだ。

「お受けいたします、陛下」

図書室に、温かい沈黙が流れた。

窓の外では、雪が静かに降り続けていた。

二人の距離は、ついに一つになった。
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