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音楽の国へ
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三年後。
王立ノルトハイム音楽学院は、大きく発展していた。最初の三十人の生徒から始まった学院は、今や二百人を超える生徒を抱える、国を代表する教育機関となっていた。
そして、最初の卒業生たちが巣立つ日が来た。
卒業式は盛大に執り行われた。会場には、生徒たちの家族、王族、貴族、そして音楽を愛する多くの人々が集まっていた。
リディアは壇上に立った。彼女の隣には、二歳になる息子アレクサンダーを抱いたオットーが立っている。オットーは一年前に正式に国王となり、リディアは王妃として、そして宮廷音楽総監として、両国の音楽文化を支えていた。
「卒業生の皆さん、おめでとうございます」
リディアの声は、以前よりもさらに力強く、温かみを増していた。
「三年前、この学院が開校した時、皆さんは不安と期待に満ちた表情で入学してきました」
リディアは卒業生たちを見渡した。
「貴族の子も、平民の子も、皆が同じ教室で学び、共に音楽を奏でました」
卒業生の中には、涙を流している者もいた。
「皆さんは、ここで技術を学びました。でも、それだけではありません」
リディアは微笑んだ。
「音楽を通じて、人と人が繋がることを学びました。身分や立場を超えて、心が通い合うことを学びました」
会場が静まり返った。
「これから、皆さんはそれぞれの道を歩みます。宮廷音楽家になる人もいれば、教師になる人もいるでしょう。自分の楽団を作る人もいるかもしれません」
リディアの目が輝いた。
「どんな道を選んでも、音楽を忘れないでください。音楽には、人の心を変え、世界を変える力があります」
彼女は一呼吸置いた。
「そして、覚えていてください。あなたの才能は、あなた自身のものです。誰にも奪えない、かけがえのない宝物です」
拍手が起こった。それは静かに始まり、やがて会場全体を包む大きな波となった。
卒業生の代表として、エミリアが壇上に上がった。かつての織物職人の娘は、今や優れた声楽家として認められていた。彼女は宮廷の専属歌手として採用が決まっていた。
「リディア王妃様」
エミリアの声は震えていた。
「私たちは、あなたのおかげでここまで来ることができました」
「いいえ、エミリア」
リディアは首を横に振った。
「それは、あなたたち自身の努力の賜物です」
「でも、あなたがこの学院を作ってくださらなければ、私たちには機会すらありませんでした」
エミリアは深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
他の卒業生たちも立ち上がり、深く頭を下げた。
リディアは涙を拭った。
「こちらこそ、ありがとう。皆さんの成長を見られたことが、私の何よりの喜びです」
卒業式の後、卒業生たちによる演奏会が開かれた。
彼らは三年間で学んだすべてを注ぎ込んで、素晴らしい演奏を披露した。
最後に、全員で合唱した。リディアが作曲した『未来への翼』という曲だった。
若い声が響く。希望に満ち、力強く、そして美しい歌声だった。
会場中が感動に包まれた。
演奏が終わると、会場は総立ちの拍手に包まれた。
リディアはオットーと手を取り合い、微笑んだ。
「私たちの夢が、現実になったわね」
「ええ。でも、これは始まりに過ぎません」
オットーは息子を抱き上げた。
「この子たちが大人になる頃には、もっと素晴らしい音楽の世界が広がっているでしょう」
「そうね。それが私たちの願いです」
リディアは息子の頬に口づけた。
その夜、リディアは一人、宮殿の音楽室にいた。
新しい曲を作曲していた。次の世代の子供たちのための、優しい子守唄だった。
ペンを走らせながら、ふと過去を振り返った。
あの日、エドゥアルトに婚約破棄を告げられた日。
あの時は、世界が終わったように感じた。
でも、それは終わりではなく、始まりだった。
「あなたのおかげで、私は本当の自分を見つけられました」
小さく呟く。
「今の私は、あの頃の私よりもずっと強く、ずっと幸せです」
リディアは楽譜を見つめた。
「ありがとう、エドゥアルト様。そして、さようなら」
心の中で、最後の別れを告げた。
もう、過去を振り返ることはない。
これから先、ずっと前だけを見て生きていく。
一方、北方の辺境グラウ砦。
エドゥアルトは相変わらず、守備隊長として日々を送っていた。
五年が過ぎ、彼も三十歳に近づいていた。若々しさは失われ、厳しい環境が彼の顔に深い皺を刻んでいた。
ある日、砦に珍しい来客があった。
王都からの巡察使が訪れたのだ。
エドゥアルトは巡察使を迎え、砦の状況を報告した。
「よくやっているようだな、エドゥアルト」
巡察使は満足そうに頷いた。
「この辺境を五年間守り続けた功績は、認められるべきだ」
「恐れ入ります」
「実は、お前を王都に戻す話が出ている」
エドゥアルトは驚いた。
「本当ですか」
「ああ。お前の真面目な働きぶりは、報告されている。過去のことは水に流し、新しい機会を与えようという声が上がっているんだ」
エドゥアルトは複雑な表情を浮かべた。
王都に戻る。それは、かつて自分が望んだことだった。
でも、今の自分が王都に戻って、何をするのだろう。
「考えさせていただけますか」
「考える? これは栄転だぞ」
「はい。でも……私には、今ここでやるべきことがあるような気がするんです」
エドゥアルトは窓の外を見た。
砦の周りには、小さな村がある。貧しいが、人々は温かく、エドゥアルトを受け入れてくれた。
「この辺境を守ることも、大切な任務です」
「そうか……」
巡察使は少し驚いたようだったが、頷いた。
「わかった。お前の意志を尊重しよう」
巡察使が去った後、エドゥアルトは砦の外に出た。
村では、子供たちが遊んでいた。エドゥアルトを見つけると、駆け寄ってくる。
「隊長!」
「遊ぼう!」
エドゥアルトは微笑んだ。
「ああ、いいぞ」
子供たちと遊びながら、エドゥアルトは思った。
これが、自分の居場所なのかもしれない。
華やかな王都ではなく、この辺境の地。
栄光ではなく、静かな日常。
それも悪くない。
夕暮れ時、エドゥアルトは一人、丘の上に立っていた。
遠くに見える山々。広がる空。
「リディア……」
久しぶりに彼女の名前を口にした。
「お前は、今どんな音楽を奏でているんだろうな」
風が吹いた。
どこからか、歌声が聞こえてきた。村の女性たちが、仕事をしながら歌っている。
その歌は、リディアが作った『希望の歌』だった。
彼女の音楽は、こんな辺境の地にまで届いている。
人々の心に、希望を与えている。
「すごいな、リディア」
エドゥアルトは静かに微笑んだ。
「お前は、本当にすごい」
涙は出なかった。ただ、穏やかな気持ちが胸に広がった。
「どうか、ずっと幸せでいてくれ」
風に乗せて、願いを届けた。
「それが、俺にできる唯一のことだから」
エドゥアルトは丘を降り、砦へと戻った。
明日もまた、同じ日常が続く。
でも、それでいい。
自分には、これが相応しい。
そう思えるようになった自分に、少しだけ成長を感じた。
---
十年後。
リディアとオットーには、三人の子供が生まれていた。
音楽学院は両国に複数の分校を持つまでに拡大し、何百人もの音楽家を輩出していた。
リディアは四十歳を迎えていたが、その美しさと才能は衰えることなく、むしろ円熟味を増していた。
ある日、リディアは学院で若い生徒たちに語りかけていた。
「音楽は、技術だけではありません。心を込めて演奏すること。それが最も大切です」
生徒たちは真剣に聞いていた。
「私も、かつては平民の音楽家でした。多くの困難がありました」
リディアは穏やかに微笑んだ。
「でも、音楽を信じ、自分を信じて、ここまで来ることができました」
一人の少女が手を挙げた。
「先生、困難な時、どうやって乗り越えたんですか」
リディアは少し考えてから、答えた。
「前を向き続けることです」
「前を向く……」
「過去に囚われず、未来を見る。そして、一歩ずつ進む。それだけです」
リディアは窓の外を見た。
「人生には、辛いこともあります。裏切られることもあります。でも、それで終わりではありません」
生徒たちは静かに聞いていた。
「大切なのは、そこから何を学び、どう成長するかです」
リディアは生徒たちを見渡した。
「皆さんには、無限の可能性があります。決して誰かに、あなたの価値を決めさせないでください」
「はい!」
生徒たちの声が響いた。
授業が終わり、リディアは音楽室を出た。
廊下で、オットーが待っていた。
「素晴らしい授業でしたよ」
「聞いていたんですか」
「ええ。あなたの言葉は、いつも人の心を動かします」
オットーはリディアの手を取った。
「これから、午後の演奏会ですね」
「ええ。今日は特別な日ですから」
二人は大ホールへと向かった。
そこでは、学院の創立十周年を記念する大演奏会が開かれることになっていた。
会場には、王族、貴族、そして多くの市民が集まっていた。
リディアとオットーが舞台に上がると、会場が拍手に包まれた。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
リディアが語りかける。
「この学院が開校してから、十年が経ちました」
彼女は感慨深げに続けた。
「この十年で、何百人もの音楽家が巣立っていきました。彼らは今、各地で活躍しています」
会場にいる卒業生たちが立ち上がり、拍手を送った。
「音楽は、人と人を繋ぎます。国と国を繋ぎます。心と心を繋ぎます」
リディアの声が響く。
「これからも、私たちは音楽を通じて、より良い世界を作っていきます」
会場が大きな拍手に包まれた。
そして、演奏が始まった。
リディアとオットーの共演。二人が結婚式で演奏した『永遠の調和』の、新しいアレンジ版だった。
十年の歳月が、二人の音楽をさらに深く、豊かにしていた。
問いかけ、応え、寄り添い、調和する。
それは二人の人生そのものだった。
曲が終わると、会場は総立ちの拍手に包まれた。
リディアは涙を拭い、深く頭を下げた。
幸せだった。
心から、幸せだった。
その夜、リディアは家族と共に、宮殿のテラスで星空を見上げていた。
三人の子供たちは、父に音楽の話を聞いている。
リディアは静かに星空を見つめた。
「あの日から、どれだけの時が過ぎたのだろう」
小さく呟く。
エドゥアルトに婚約破棄を告げられた、あの冬の夜。
あの時の自分に、今の自分を見せてあげたい。
「大丈夫よ」と伝えたい。
「あなたは、必ず幸せになれる」と。
オットーが隣に来た。
「何を考えているの」
「過去のことを、少しだけ」
リディアは微笑んだ。
「でも、後悔はないわ。すべてが、今の私を作ってくれた」
「そうですね」
オットーはリディアの肩を抱いた。
「あなたと出会えて、本当によかった」
「私もです」
二人は見つめ合い、口づけを交わした。
子供たちが「キャー」と笑い声を上げる。
リディアは笑いながら、子供たちを抱きしめた。
これが、私の人生。
これが、私の幸せ。
音楽と、愛する人たちと、共に歩む道。
星空の下、リディアは静かに微笑んだ。
王立ノルトハイム音楽学院は、大きく発展していた。最初の三十人の生徒から始まった学院は、今や二百人を超える生徒を抱える、国を代表する教育機関となっていた。
そして、最初の卒業生たちが巣立つ日が来た。
卒業式は盛大に執り行われた。会場には、生徒たちの家族、王族、貴族、そして音楽を愛する多くの人々が集まっていた。
リディアは壇上に立った。彼女の隣には、二歳になる息子アレクサンダーを抱いたオットーが立っている。オットーは一年前に正式に国王となり、リディアは王妃として、そして宮廷音楽総監として、両国の音楽文化を支えていた。
「卒業生の皆さん、おめでとうございます」
リディアの声は、以前よりもさらに力強く、温かみを増していた。
「三年前、この学院が開校した時、皆さんは不安と期待に満ちた表情で入学してきました」
リディアは卒業生たちを見渡した。
「貴族の子も、平民の子も、皆が同じ教室で学び、共に音楽を奏でました」
卒業生の中には、涙を流している者もいた。
「皆さんは、ここで技術を学びました。でも、それだけではありません」
リディアは微笑んだ。
「音楽を通じて、人と人が繋がることを学びました。身分や立場を超えて、心が通い合うことを学びました」
会場が静まり返った。
「これから、皆さんはそれぞれの道を歩みます。宮廷音楽家になる人もいれば、教師になる人もいるでしょう。自分の楽団を作る人もいるかもしれません」
リディアの目が輝いた。
「どんな道を選んでも、音楽を忘れないでください。音楽には、人の心を変え、世界を変える力があります」
彼女は一呼吸置いた。
「そして、覚えていてください。あなたの才能は、あなた自身のものです。誰にも奪えない、かけがえのない宝物です」
拍手が起こった。それは静かに始まり、やがて会場全体を包む大きな波となった。
卒業生の代表として、エミリアが壇上に上がった。かつての織物職人の娘は、今や優れた声楽家として認められていた。彼女は宮廷の専属歌手として採用が決まっていた。
「リディア王妃様」
エミリアの声は震えていた。
「私たちは、あなたのおかげでここまで来ることができました」
「いいえ、エミリア」
リディアは首を横に振った。
「それは、あなたたち自身の努力の賜物です」
「でも、あなたがこの学院を作ってくださらなければ、私たちには機会すらありませんでした」
エミリアは深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
他の卒業生たちも立ち上がり、深く頭を下げた。
リディアは涙を拭った。
「こちらこそ、ありがとう。皆さんの成長を見られたことが、私の何よりの喜びです」
卒業式の後、卒業生たちによる演奏会が開かれた。
彼らは三年間で学んだすべてを注ぎ込んで、素晴らしい演奏を披露した。
最後に、全員で合唱した。リディアが作曲した『未来への翼』という曲だった。
若い声が響く。希望に満ち、力強く、そして美しい歌声だった。
会場中が感動に包まれた。
演奏が終わると、会場は総立ちの拍手に包まれた。
リディアはオットーと手を取り合い、微笑んだ。
「私たちの夢が、現実になったわね」
「ええ。でも、これは始まりに過ぎません」
オットーは息子を抱き上げた。
「この子たちが大人になる頃には、もっと素晴らしい音楽の世界が広がっているでしょう」
「そうね。それが私たちの願いです」
リディアは息子の頬に口づけた。
その夜、リディアは一人、宮殿の音楽室にいた。
新しい曲を作曲していた。次の世代の子供たちのための、優しい子守唄だった。
ペンを走らせながら、ふと過去を振り返った。
あの日、エドゥアルトに婚約破棄を告げられた日。
あの時は、世界が終わったように感じた。
でも、それは終わりではなく、始まりだった。
「あなたのおかげで、私は本当の自分を見つけられました」
小さく呟く。
「今の私は、あの頃の私よりもずっと強く、ずっと幸せです」
リディアは楽譜を見つめた。
「ありがとう、エドゥアルト様。そして、さようなら」
心の中で、最後の別れを告げた。
もう、過去を振り返ることはない。
これから先、ずっと前だけを見て生きていく。
一方、北方の辺境グラウ砦。
エドゥアルトは相変わらず、守備隊長として日々を送っていた。
五年が過ぎ、彼も三十歳に近づいていた。若々しさは失われ、厳しい環境が彼の顔に深い皺を刻んでいた。
ある日、砦に珍しい来客があった。
王都からの巡察使が訪れたのだ。
エドゥアルトは巡察使を迎え、砦の状況を報告した。
「よくやっているようだな、エドゥアルト」
巡察使は満足そうに頷いた。
「この辺境を五年間守り続けた功績は、認められるべきだ」
「恐れ入ります」
「実は、お前を王都に戻す話が出ている」
エドゥアルトは驚いた。
「本当ですか」
「ああ。お前の真面目な働きぶりは、報告されている。過去のことは水に流し、新しい機会を与えようという声が上がっているんだ」
エドゥアルトは複雑な表情を浮かべた。
王都に戻る。それは、かつて自分が望んだことだった。
でも、今の自分が王都に戻って、何をするのだろう。
「考えさせていただけますか」
「考える? これは栄転だぞ」
「はい。でも……私には、今ここでやるべきことがあるような気がするんです」
エドゥアルトは窓の外を見た。
砦の周りには、小さな村がある。貧しいが、人々は温かく、エドゥアルトを受け入れてくれた。
「この辺境を守ることも、大切な任務です」
「そうか……」
巡察使は少し驚いたようだったが、頷いた。
「わかった。お前の意志を尊重しよう」
巡察使が去った後、エドゥアルトは砦の外に出た。
村では、子供たちが遊んでいた。エドゥアルトを見つけると、駆け寄ってくる。
「隊長!」
「遊ぼう!」
エドゥアルトは微笑んだ。
「ああ、いいぞ」
子供たちと遊びながら、エドゥアルトは思った。
これが、自分の居場所なのかもしれない。
華やかな王都ではなく、この辺境の地。
栄光ではなく、静かな日常。
それも悪くない。
夕暮れ時、エドゥアルトは一人、丘の上に立っていた。
遠くに見える山々。広がる空。
「リディア……」
久しぶりに彼女の名前を口にした。
「お前は、今どんな音楽を奏でているんだろうな」
風が吹いた。
どこからか、歌声が聞こえてきた。村の女性たちが、仕事をしながら歌っている。
その歌は、リディアが作った『希望の歌』だった。
彼女の音楽は、こんな辺境の地にまで届いている。
人々の心に、希望を与えている。
「すごいな、リディア」
エドゥアルトは静かに微笑んだ。
「お前は、本当にすごい」
涙は出なかった。ただ、穏やかな気持ちが胸に広がった。
「どうか、ずっと幸せでいてくれ」
風に乗せて、願いを届けた。
「それが、俺にできる唯一のことだから」
エドゥアルトは丘を降り、砦へと戻った。
明日もまた、同じ日常が続く。
でも、それでいい。
自分には、これが相応しい。
そう思えるようになった自分に、少しだけ成長を感じた。
---
十年後。
リディアとオットーには、三人の子供が生まれていた。
音楽学院は両国に複数の分校を持つまでに拡大し、何百人もの音楽家を輩出していた。
リディアは四十歳を迎えていたが、その美しさと才能は衰えることなく、むしろ円熟味を増していた。
ある日、リディアは学院で若い生徒たちに語りかけていた。
「音楽は、技術だけではありません。心を込めて演奏すること。それが最も大切です」
生徒たちは真剣に聞いていた。
「私も、かつては平民の音楽家でした。多くの困難がありました」
リディアは穏やかに微笑んだ。
「でも、音楽を信じ、自分を信じて、ここまで来ることができました」
一人の少女が手を挙げた。
「先生、困難な時、どうやって乗り越えたんですか」
リディアは少し考えてから、答えた。
「前を向き続けることです」
「前を向く……」
「過去に囚われず、未来を見る。そして、一歩ずつ進む。それだけです」
リディアは窓の外を見た。
「人生には、辛いこともあります。裏切られることもあります。でも、それで終わりではありません」
生徒たちは静かに聞いていた。
「大切なのは、そこから何を学び、どう成長するかです」
リディアは生徒たちを見渡した。
「皆さんには、無限の可能性があります。決して誰かに、あなたの価値を決めさせないでください」
「はい!」
生徒たちの声が響いた。
授業が終わり、リディアは音楽室を出た。
廊下で、オットーが待っていた。
「素晴らしい授業でしたよ」
「聞いていたんですか」
「ええ。あなたの言葉は、いつも人の心を動かします」
オットーはリディアの手を取った。
「これから、午後の演奏会ですね」
「ええ。今日は特別な日ですから」
二人は大ホールへと向かった。
そこでは、学院の創立十周年を記念する大演奏会が開かれることになっていた。
会場には、王族、貴族、そして多くの市民が集まっていた。
リディアとオットーが舞台に上がると、会場が拍手に包まれた。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
リディアが語りかける。
「この学院が開校してから、十年が経ちました」
彼女は感慨深げに続けた。
「この十年で、何百人もの音楽家が巣立っていきました。彼らは今、各地で活躍しています」
会場にいる卒業生たちが立ち上がり、拍手を送った。
「音楽は、人と人を繋ぎます。国と国を繋ぎます。心と心を繋ぎます」
リディアの声が響く。
「これからも、私たちは音楽を通じて、より良い世界を作っていきます」
会場が大きな拍手に包まれた。
そして、演奏が始まった。
リディアとオットーの共演。二人が結婚式で演奏した『永遠の調和』の、新しいアレンジ版だった。
十年の歳月が、二人の音楽をさらに深く、豊かにしていた。
問いかけ、応え、寄り添い、調和する。
それは二人の人生そのものだった。
曲が終わると、会場は総立ちの拍手に包まれた。
リディアは涙を拭い、深く頭を下げた。
幸せだった。
心から、幸せだった。
その夜、リディアは家族と共に、宮殿のテラスで星空を見上げていた。
三人の子供たちは、父に音楽の話を聞いている。
リディアは静かに星空を見つめた。
「あの日から、どれだけの時が過ぎたのだろう」
小さく呟く。
エドゥアルトに婚約破棄を告げられた、あの冬の夜。
あの時の自分に、今の自分を見せてあげたい。
「大丈夫よ」と伝えたい。
「あなたは、必ず幸せになれる」と。
オットーが隣に来た。
「何を考えているの」
「過去のことを、少しだけ」
リディアは微笑んだ。
「でも、後悔はないわ。すべてが、今の私を作ってくれた」
「そうですね」
オットーはリディアの肩を抱いた。
「あなたと出会えて、本当によかった」
「私もです」
二人は見つめ合い、口づけを交わした。
子供たちが「キャー」と笑い声を上げる。
リディアは笑いながら、子供たちを抱きしめた。
これが、私の人生。
これが、私の幸せ。
音楽と、愛する人たちと、共に歩む道。
星空の下、リディアは静かに微笑んだ。
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