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第二章

第20謎の新入生代表-前編-

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 俺らの学校は、一部のラグジュアリー層が御用達にしている所謂名門と呼び声の高い一貫校だ。

 もちろん、みんながみんなラグジュアリー層という訳ではなく、俺達みたいな一般家庭の子弟も沢山いるのだが、やはりラグジュアリー層が御用達にしているだけあって、一部外部入学生は居るものの生徒は幼稚舎から高校までみんなほぼ持ち上がり組である。

 こういった閉じられたコミュニティは上層部の親同士のビジネス上の繋がりだったり生徒達の将来の人脈作りなどには持ってこいなのかもしれないが、俺ら一般人パンピーにはあまり恩恵はない。

 まぁ、ラグジュアリーな友人達が出来れば将来コネとして使えるのかもしれないが、そう野心を剥き出しにしたギラギラした奴はそんなに多くないし、第一俺には興味もなかった。


 話は戻すが……


 基本的に幼稚舎から高校まで内部進学の生徒が8割なので、そう大きく人員の入れ替わりもなくみんな子供の頃からの顔見知りである。
 そういったちょっと特殊な環境なので、意識しなければ進学した事すら忘れているのはきっと俺だけでは無いはずだ。

 そんなボケボケな俺でも、初等部から中等部へ進学する時は流石に進学したという自覚はあった。

 というのも、初等部と中等部では校舎の場所自体が違うし、制服もセーラーからブレザーに変わったので嫌でも自覚が湧いたものだが、中等部から高等部へは校舎は同じ敷地内だし制服だってネクタイの色が違うだけ。先輩後輩も同級生達も殆どが幼い頃からの顔見知りで、何か新しく変わるわけでもない。
 入学式と言っても始業式の延長みたいなものなのに、わざわざ入学式なんてしなくても、と思ってしまうのは仕方がないと思う。

 そういう訳なので特に感慨深いとかそういう気持ちもなく、中途半端に新しい環境になるだけで、今までの生活と特段何か変わるわけじゃないのにかったるいなぁ、とか思いながらぼーっと朝食のサラダのミニトマトを突っついていると、隣でトーストを齧っていた兄が突然思い出したように口を開いた。


「そういえば、新入生代表で挨拶する猫実ねこざね?ってやつ。珍しく中等部からの持ち上がりらしいんだけど、渉、お前知ってる?」

「ん?猫実?……誰それ?」


 生徒会長である兄は入学式で在校生代表の挨拶をするのだが、その入学式の準備をしていた時に新入生代表が『猫実』と言う内部生だと知ったらしい。

 今までの新入生代表は外部入学生が多かったようで、今回のように内部進学からの代表は、過去に数件あっただけでかなり珍しいそうだ。
 内部進学からの代表選出の基準は、相当な成績優秀者か大企業の御曹司や名家の子息とのことらしいのだが、俺の学年の基準に該当する奴らにそんな名前の奴いたっけなと思い返してみたが、その中には思い当たる奴はいなかったので、俺はそのままそう答えた。


「う~~~ん……聞いた事ないなぁ。」

「ふぅん…新入生代表ってくらいだから、当然首席なんじゃないの?ほんとに聞いた事ない?」


 俺がそう言うと兄に怪訝な顔をされたので、トマトを突っつきながらもう一度考えてみたが、やっぱり思い当たる人物がいない。


「う~ん…やっぱり知らないなぁ。だって、俺の学年の不動のトップといえばずっと梶原だったし…猫実なんて聞いた事もないな。」

「あぁ、そっか梶原くんね。ていうか彼、ちょっとした有名人だよね。なんせ国会議員の息子だし。」


 ?!?!

 兄の突然の発言に吃驚し過ぎて、思わず握ったフォークにぐっと力が入ってしまった。
 突っついていたトマトがフォークにはじき飛ばされてあさっての方向に飛ぶ。

 そんなまさか…と俺がダラダラ冷や汗が止まらないのに対して、さらりと特大の爆弾を投下したはずの兄は表情を変えることなくそのトマトを一瞥すると、すぐに何事も無かったかのようにトーストを齧りだした。


「っは?!梶原ってあの梶原?梶原弦だよね?!アイツ議員の息子なの?!」

「うん。父親が〇〇党の中堅議員だよね。結構有名な人だけど…って、えぇ…同級生なのに知らなかったの?てか、お前友達じゃなかったっけ?」

「あ、うん。友達…のはずなんだけど……全然知らなかった……」


 梶原と連むようになって2年経つが、思い返して見ると梶原の事を何一つ知らない事に吃驚した。

 まさか梶原が議員の息子だったとは全く知らなかったし、もしそれが本当なら、梶原は相当なお坊ちゃまで、恐れ多くも俺なんかが友達とか言えるような立場なんかではない。

 それに、梶原だってボンボンの雰囲気もなければそういう素振りもなかったし、寧ろ、質素なくらいだったし……

 ていうか、そんなの気が付く訳がない。梶原も教えてくれたら良かったのに、とちょっぴり寂しい気持ちと恨めしく思う気持ちが湧き上がって来たのと同時に、知らなかったとはいえ政治家のご子息に馴れ馴れしく接していた事に今更ながサァッっと一気に血の気が引いていく。

 そして、俺は黙々とサラダを口に運びながら「あ、俺、消されるかも……」と本気でそう思って白目になる。


 さよなら……みんな……今までありがとう。
 お母さん、今日のウィンナーも美味しかったです。


 俺が心の中で合掌をしていると、俺の様子に何かを察したのか兄は手に持っていたトーストの欠片を口に放り込み楽しそうにくつくつと喉を鳴らして笑うとこう言った。


「心配しなくても消されたりしないから大丈夫だよ。」


 ?!?!
 なんで?!聖兄あなたはエスパーですか?!


 俺が吃驚して瞠目すると、兄は涼しい顔をして咀嚼していたトーストを飲み込むとプレートに残ったウィンナーを口に運んだ。


「渉はわかりやすいからな。顔に出てたよ。」

「うえっ?!顔に出てた?!マジかぁ……」


 兄にそう言われて恥ずかしさのあまりに両手で顔を覆うと、また兄は楽しそうにくつくつと笑った。
 そしてコップの牛乳を一気に飲み干して、俺の飛ばしたトマトを摘んで口に放り込むと席を立った。


「んー、とりあえず猫実くんは外部生なのかな…持ち上がりって聞いてたけど、それが間違ってたのかもしれないね。まぁいいや。とりあえず俺ら生徒会は準備があるからそろそろ行くわ。」


 兄は特段緊張する様子もないし普段通りで、この後新入生を前にしてスピーチがあるようには見えない落ち着きぶりでそう言うと、食べ終えた食器をシンクへ運びそのまま玄関へ歩を進めた。

 その様子をぽかんと眺めていると、次に食事を終えた妹が席を立ち、ハッと意識が戻ってくる。チラリと時計を見ると間もなく7時になる所だった。


「うっわ、やっべ……そろそろ支度しなきゃ。」


 流石入学式初日から遅刻とか洒落にならない。
 俺はバタバタと朝食を切り上げると登校の支度を始めた。



 ◇◇◇



 バタバタと支度をして家を飛び出し、学校に到着したのは8時を少し過ぎた所だった。
 そして、俺は今校門の前で掲げられている『入学式』の立て看板に書かれている開始時刻を見て俺は愕然としている。


 開場:午前9時30分~
 開会:午前10時


「……はっ、マジかよ。」


 朝の騒動ですっかり遅くなってしまったと思っていたのだが、逆に早く着きすぎてしまったらしい。
 入学式は10時からのようで、1時間以上も早く着いてしまったようだ。

 そういえば、出る直前に母親にも「ちょっと早すぎるんじゃない?」と言われていたようなないような……
 遅れると思って支度もそこそこにバタバタ家を飛び出したので、定かではないが……

 自分の馬鹿さ加減にガックリと項垂れたが、落ち込んでいても仕方がない。
 俺は短く嘆息すると気持ちを切り替えて、気崩れた制服やダッシュで乱れた髪を整えようととりあえず更衣室へ向かう事にした。
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