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第二章
第31話 進路
しおりを挟む「話があるっていったでしょ。そろそろその話をしようか。」
航くんはそう言い、私を切なそうにじっと見つめた後、1度ソファを立ちパソコンデスクの方へ行って1冊の分厚いファイルを持って戻ってきた。
航くんはそれを机に置くと、深呼吸をひとつしてから徐に口を開いた。
「ところで、香乃果はもう進路決めた?」
その言葉にハッとする。
そうだった……
初めての訪問でテンパっていた中、初めて聞いた情報に更にテンパり、そして…航くんと……
色々とテンパる様な事があり過ぎてすっかり頭から抜けていたが、今日の訪問の目的は進路の話だった事を思い出した途端、顔に熱が篭もり居た堪れなくなって下を向いた。向かい側の航くんから自嘲気味に笑う声が聞こえ、ハッとして顔をあげると傷付いたような顔をして私を見つめる航くんと目が合う。
「あ、違うの!これはなんて言うか……」
咄嗟に否定するが否定すればする程深みに嵌って、それが余計に航くんを傷付けている気がして気分が滅入った。
「うん…わかってるよ。俺が悪いんだよね。」
「うん…あ、いや、そうじゃなくて……」
そう言いながらチラリと航くんに視線を遣ると、ふいと視線を外される。
「ははは、ごめん。もうこの話はおしまい!っていうか、こんなんじゃ今日ははなしにならなそうだね。もう辞めとく?」
航くんは寂しそうにそう言うとソファから立ち上がろうと、テーブルに置かれた手を引こうとしたので、私は咄嗟にその手を掴んだ。
「香乃果……?」
「大丈夫だから、あの…話をしたい…です。」
瞠目して固まっている航くんにそう伝える。
不安そうに航くんは私を一瞥すると、ふぅと息を吐き緊張を解いて表情を崩して、再度ソファに掛け直した。
「そ?ならいいけど……それじゃ話し続けるけど、香乃果は進路どうするの?」
航くんは私をじっと見つめると、そう質問した。
うちの学校はエスカレーター式の学校の為、基本は9割が内部進学をする。だから私も自然とそのまま内部進学をするつもりでいた。
「私は…正直まだそこまで考えられてなくて……何もなければこのまま付属の大学に行くつもりだけど…航くんもだよね?」
「それなんだけど……」
私が答えた後、航くんは言い淀むと意を決した様に短く一呼吸してから、少し言いにくそうに口を開いた。
「実は俺、来年から留学するんだよね。」
「え……そう、なの?」
「うん。さっきも言ったけど、うち会社やってるでしょ?兄が医者やってるから、必然的に俺が跡継ぐ事になるからね。
本当は高校から留学するように言われてたんだけど、俺が香乃果と離れたくなくてさ。3年まで待って貰えるようにじいちゃんにお願いしてたんだ。」
初耳だった。
跡継ぎだという事も留学に行くはずだったという事も、そして私の為に留学を後ろ倒しにしていたという事も……
というか、今日聞いた事全てが初めて聞いた事で、情報の整理が追いつかず正直キャパオーバーに近かかった。
それよりも、自分の為に留学を遅らせたと聞いて、頭から冷水を被せられたようにサァっと血の気が引いて行く。
「そんな……私の為に?」
私が軽い気持ちで告白を受けてしまったが故に、航くんの人生を狂わせてしまったのかもしれないと気が付き、どうしようもない程の後悔の念が押し寄せて目の前がグラリと歪んだ。
「違うよ。ただの俺の我儘で香乃果は何も悪くないよ。」
「だけど……言ってくれたら、航くんの為に…」
「身を引いた、って言いたいんでしょ?そうなると思っていわなかったんだよ。それにずっと好きだった子にようやく振り向いて貰えたのに、離れ離れになるなんて俺が耐えられなかった。だから、後悔はしてないよ。」
キッパリとそう言い切ると、航くんは眉根を寄せて困ったような笑顔を浮かべ、私の手をギュッと握った。
「航くん……」
「それでね、本題はこれから。」
そう言うと、航くんは私の目を真剣な瞳でじっと見つめて、そしてゆっくりとした口調で航くんは言った。
「香乃果…俺は留学先にに香乃果を連れて行きたいと思ってる。」
「え?それって……」
「一緒に留学して卒業したらできればその後も一緒に居れたらって思ってる。俺は香乃果との将来を考えてるよ。」
連れて行く?吃驚し過ぎて航くんの言葉の意味が飲み込めず、目をパチクリと瞬かせる私を先程と同じく真剣な瞳でじっと見つめて、しっかりと私に言い含めるような口調でそう言った。
「えっと、ちょっと待って。一遍に色々な事があり過ぎて、ちょっと私……キャパオーバーかも……」
「うん、そうだよね……わかった。まだ時間あるし、少し考えてみて?」
混乱し過ぎて何から整理したらいいのか分からないくらい頭の中はぐるぐると色々な情報が回っていて、今にもオーバーヒートしそうだった。
少しって……今の今まで留学なんて微塵も考えた事がなかった私が何を考えたらいいのだろうか。もうパニックである。
留学?何が必要?
どこに行くの?
っていうか…どれくらいお金かかるの?
そうだ、留学となると相当な費用がかかる。一朝一夕で準備出来るわけではない。
それに、今ままで漠然と内部進学するとしか考えていなかった留学のりの字も出した事がない私が、いきなり留学すると言い出せば、我が家が大混乱になるのは目に見えていた。
いや、我が家だけではない。隣の渉の家も巻き込んでの大騒動になる事は間違いないだろう。
兎に角、今この場で決められる事ではないのは間違いがない。
私は航くんにそう伝えた。
「あ、うん…そうだね……留学となると、私ひとりじゃ決められないから…ほら、お金の事もあるし。」
「お金の事は心配しなくていいよ。香乃果が一緒に来てくれるなら、うちが支援するから。」
「し、支援って……」
「もし、うちからの支援が嫌なら…そういう団体を斡旋することも出来るよ。うちの会社優秀な学生を支援する団体に協賛してるんだけど、そっちに手を回して貰ってもいい。だからお金については何の問題もない。後は香乃果の気持ちだけだよ。」
そう言うと、航くんは先程テーブルに持ってきた分厚いファイルを差し出した。
私はそろそろとそのファイルを受け取り、パラパラとページを捲ってみると、そこにはアメリカやカナダの大学のパンフレットや留学についての資料がびっしり入っていた。
「凄い……これ、全部航くんが?」
「うん、そうだよ。俺の家業は医療機器メーカーなんだけど、俺、経営よりも研究の方がしたくて。香乃果は文学系だよね?
医療機器のAI分野といえばアメリカがいいと思うんだけど、それはいずれでも良くて。まずは経営を学んでこいって言われてるから、香乃果と一緒に行く事も考えたら、大学はカナダでもいいかなって思ってるんだよね。ていうか、俺は大学はどこでもいいんだ。どちらにしても院まで行く予定だから、後から行きたいところを受け直してもいいしね。」
資料を捲りながら楽しそうに語る航くんの話を聞いて、私は正直胸が高鳴りワクワクした。
私と一緒に、と言う所は置いておいて、これだけの資料を揃えて来た航くんを純粋に凄いと思ったし、しっかりと自分の将来について考えている航くんの視野の広さに吃驚した。
そして、自分は航くんにはまだまだ足元にも遠く及ばないなと、甘さと力不足を感じた。
思い返してみると、今まで私の世界はうちの家族とお隣さん家族の中で完結していたように思う。
聖がいて、渉がいて、穂乃果がいて、優がいる。
みんないつも一緒にいて、それが当たり前でそれが全てで……
だけど、あの渉との別離があってから、ひょんなことから航くんと付き合う事になって、その狭いコミュニティの中から航くんが連れ出してくれたら、今までとはまるで違う景色が見えた。
家族は大切だし、幼馴染も大切な事に変わりはないけど、なんだか世界が広がった気がして、毎日がキラキラしてワクワクが止まらなかった。
世界は広いんだって。
外の世界に行ってもいいんだって。
航くんの話を聞いて、そのワクワクを思い出し、漠然と内部進学することにしか目が向いていなかった自分の視野の狭さに漸く気が付いた。
目から鱗がポロッと落ちて視界がクリアになって、これからの進路について一筋の道筋が見えてきた。
私は小さな頃から本が好きで、夢と魔法とファンタジーに溢れる海外の絵本の世界観に憧れを抱いていた。
幼い頃にみたお姫様のお話。
夢と魔法に溢れたおとぎ話。
そんなお話に夢中になって、たくさんの本を夢中になって読んだし、中学生になってからは、翻訳されたものでは無い絵本の原書や小説なども読むようになっていて、漠然とだけど、将来は大好きな本と語学に関われたらいいなと思っていた。
だから、そのまま付属の大学に内部進学するなら、英文科に進学しようと思っていたのだが、航くんの話を聞いて留学する方法もあるということに気付かされた。
それだけではなく、漠然と抱いていたやりたい事が実現出来て、しかも近道なのかもしれないということにも。
航くんと一緒に行くかどうかは別として……
留学は更に視野を広げるのにいい機会なのかもしれない。
そう考えると、留学もひとつの選択肢として検討するべきかもしれないな、と航くんの話を聞いて思った。
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