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第二章
第32話 雪解けを待つ
しおりを挟む12月25日。今日は終業式。
翌日から冬休みだというのに、授業も部活も普段通りあるから何だか実感がない。それに、今日はクリスマスパーティの日だ。
ひと月前、急に母親に開催を告げられたあの日、俺はこのパーティの後に2年前に自分から別離を選んだ香乃果との関係をハッキリさせる、とそう心に決めていた。
2年前の夏休み前の出来事はあくまでキッカケに過ぎなくて、それよりももっとずっと前から香乃果との関係からずっと目を逸らして逃げてきた。
それに、俺は向き合うと決めたのだ。
俺は幼い頃からずっと一緒だった穂乃果の事が好きだった。
いや、正確にいうと、好きだと思っていた。
お隣とは家族ぐるみで付き合っていたし、穂乃果も俺の事が好きだと言ってくれていたから、許嫁の話が出た時は、絶対に相手は穂乃果だと思っていた。
それなのに、許嫁は犬猿の仲の香乃果で……
それが本当に嫌で、俺は香乃果が許嫁になってからも仲を深める様なことをせず、それどころか一方的に酷い事を言って切り捨てた。
これで犬猿の仲のアイツから離れられる、と清々した気持ちになるはずだったのに、何故かそんな事はなくて、その時に感じたのは胸を抉られるような痛みだった。
だけど、俺はその痛みも見ない振りをした。
きっと数日やり過ごせば全てなかった事になる……そう思っていたのに、痛みは日を追う事に強くなるだけで、なくなることはなかった。それどころか、例えるならば身体の真ん中にぽっかりと大穴が空いたような、どうしようもない程の喪失感と虚無感を感じるようになった。
俺は香乃果が嫌いで疎ましく思っていたはずなのに、香乃果が隣にいない事が"淋しい"と思うなんて……
そんなはずはない、これは一過性のものだ、そう何度も心の中で打ち消したが、この喪失感と虚無感は一向に消えてくれなかった。
そんな自己矛盾を抱えて鬱々と腐っていた俺は、家の前で告白された香乃果を見て、胸が苦しくなって何故だかわからないけれど心がザワザワとしたのだ。
あの時は何故だか分からなかったけれど、今ならわかる。
俺は香乃果が他の男に告られている事が嫌だと思ったのだ。
兄と話をして、あの写真を見せられて、俺が今まで香乃果へ抱いていた負の記憶自体が誤解でだったという事、自分の記憶や気持ちが事実とは違って、幼い頃の俺は香乃果に対して少し前まで抱いていた想いとは全く真逆の想いを抱いていたと言う事、全ては俺の思い違いから始まった勘違いだったと言う事をここで漸く理解した。
今まで長い間、俺が穂乃果に抱いていたこの感情が間違いだったなんてどうしても信じたくなくて、間違いではない根拠を探したが、その根拠を探せば探す程、抱いていた気持ちが間違っていたという事を裏付けるだけで、何一つ真実などなかったのだ。
これが全て間違いだったのであれば、どれだけ俺は香乃果に酷い事をしていたのだろうか。
間違いに気が付いた時、俺は酷く後悔し、香乃果に対して後ろめたい気持ちに押し潰されそうになった。後悔しても過去の所業は変えられないし、今更謝った所でもう遅いかもしれない。
だけど、俺は香乃果に謝りたかった。
だから夏休み明けに謝ろうと思っていた。
でも、夏休み明け、既に香乃果の横には別の男がいた。
香乃果が告白を受けた事を言外に示され目の前が真っ暗になり、あまりのショックで完全に謝るタイミングを失ってしまった。
そこで俺は初めて気が付いた。
そうか、そうだったんだ。
俺は、香乃果が好きだったんだ。
もう認めるしかなかった。
俺が抱いている恋心は、穂乃果に対してではない。香乃果に対して抱いていたものだったのだ。
ずっと嫌いだと思い込んでいた香乃果の事を、俺は心のどこかでずっと意識していて、意識していたからこそ、突っかかったり顔を合わせる度に言い争ったりしていたのだとわかると、全ての辻褄があった気がした。
香乃果が好き。
それを認めるまで随分と時間がかかったが、認めてしまえば、驚く程ストンと腹落ちした。
まるで長い冬の間に降り積もった雪が、春の暖かい陽射しでゆっくりと雪解けするように、俺の心の中もゆっくりと縺れていた糸が解れて行くような気がした。
そして、香乃果の事を好きだと思ったら、昔の事が走馬灯のように頭に流れ込んできて、もう気持ちがとめられくて、すぐにでも伝えたかったが、今すぐは香乃果にも彼氏がいるから憚られる。
だけど、パーティの後なら腹を割って話ができる気がした。
今までの事をきちんと香乃果に謝って、それから気持ちを告げよう、そう決めていた。
そして許して貰えるなら、これからは幼馴染として、許嫁として…すぐにでは無くても、いずれは恋人として香乃果を大切にしたい。
この時の俺は心からそう思っていた。
だけど……
この拗れてしまった関係や今までの誤解は時間が解決してくれる、そんな甘い考えを持っていた俺に、罰が当たったのかもしれない。
たったひとつのボタンのかけ違えから発展した色々な誤解が元で、ここまで拗れてしまうとは考えの浅い俺は思ってもいなかった。
◇◇◇
「はいー、確保ー。連行しまーす。」
「なっ……聖兄?!何で?!」
部活が終わり、更衣室に戻ると、先に着替え終わっていた聖兄に捕獲された。
「え?え?何事?!」
訳が分からず頭の中が?マークでいっぱいの俺を構わず引きずって歩く兄の後ろ姿に声をかけると、兄はくるりと振り返ってニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言った。
「母さんからの指示だから許せよ。確実に間違いなく連れ帰るようにって言われてるからね。」
あぁ、なるほど……よっぽど母親は俺を信用してないらしい。
それもそうだろう。この2年間、記念日やら食事会やらを悉くすっぽかしてきた俺の態度が原因なのだから。
傍から見たら確かに誠実ではなかったように見えるのは認める。
認めるが、こちらにだって事情があった訳で……
香乃果とあんな事になって、気まずくて顔を合わせられなかったから……と言ってもただの言い訳にしかならないし、母親からしたは関係ない。
まぁ、要は逃げていただけの俺が悪いと言う事だ。
自分の気持ちをハッキリさせると漸く心も決まったのだから今更逃げるわけなんてないのになぁ…
それも以前までの俺の態度が招いた事であって、信用して貰えない俺が悪いのだが、流石に当日にこれかよとゲンナリして独り言ちる。
「…こんな事しなくても別に逃げるつもりなんてなかったのに。」
「お前には前科がわんさかあるからな。母さんも信用してないんだろうな。残念だったね。」
俺の呟きに即座に反応した兄に俺は、じっとりとした視線を投げかけつつ不満を漏らす。
「そんなの言われなくてもわかってるけどさ。はぁ…なんだか始まる前から気が滅入るわ。」
「ははは、自業自得だから諦めなさい。」
兄はくつくつと楽しそうに肩を揺らして笑うと、俺を半ば引き摺る様に更衣室を出て玄関へ向かった。
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