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第四章
第81話 2日目の朝
しおりを挟む話し合いの翌日の朝、まだ辺りも暗い早朝にアラームが鳴り俺は目を覚ました。
「んぅ…もう朝…?てかはや……眠……」
枕元の時計を見ると5時を少し過ぎたところだったので、俺は再び布団に頭から潜り込んだ。
やがて誰かがアラームを止めると、隣のベッドがガサゴソと音をたて始める。どうやら兄が起床したようで、兄はベッドから降りるとそのまま勢いよくカーテンをシャッと開ける。
続いてバスルームに行くと、勢いよく蛇口を捻ってバスタブに湯を張りだした。
「おじさん、渉。おはよう。健全な精神の為にも朝の陽の光を浴びる事は大事なので、まずはふたりとも、頭まで被っているその布団を……」
そう言うと、兄は俺とおじさんの布団をバリッと剥ぎ取った。
「眩しい…」
「まだ眠い……」
俺達は兄が剥がした布団を奪い取ると、再び頭から布団を被る。
「あと少し……あと少しだけ……ぐぅ。」
「おじさん、二度寝してもいいけど、俺、もう起こさないからね?今日の香乃果との約束大丈夫なのかなぁ……俺はもうしーらないっと。」
「そ、そ、それはダメだ!」
腕を組んで壁に凭れてそう言う兄に触発されたおじさんは、ガバリと身を起こすと慌ててバスルームに飛び込んだ。
兄は壁に凭れたままバスルームに飛び込むおじさんの背中を見送ると、顔だけくるりと俺の方へ向き直る。
「さてと……渉も。今日の予定を確認しておかなくていいのかな?ん?」
「……よくない。けど、眠い。」
呆れ気味にそう言う兄の言葉に俺は一瞬だけ布団から顔を出して答える。
すると、今度は頭の上から若干怒気の篭もった声が聞こえた。
「へぇぇぇ。そうか…渉はこの後、ひとりで大丈夫なんだな?」
「…いや大丈夫じゃないです。ごめんなさい。」
観念して布団からのそりとはい出ると、調度おじさんがバスルームから出てきた。
「…渉。とりあえず風呂入ってこい。」
にこりと冷えた笑みを浮かべた兄はそう言うと、俺をバスルームに押し込めた。
シャワーを浴びてバスタブに身を沈めると、温かい湯の心地良さに再び眠気が襲ってきて、ついウトウトと船を漕いでしまう。
はっと気が付いて慌ててバスルームを出ると、既におじさんの姿はなく、ルームサービスの朝食が並んだテーブルに座った兄に手招きをされ、俺は兄の向かい側に座った。
テーブルには新鮮なサラダと焼きたてのパンとコーンスープ、カリカリに焼いたベーコンとふわふわスクランブルエッグ、ドリンクはオレンジジュースと水の入った水差し、そして、コーヒーこ入ったポット等所狭しと並んでいる。
「随分とゆっくり入っていたねぇ。まぁ、とりあえず…食べながら話そうか。」
兄はそう言うと、焼きたてのパンに手を伸ばした。
◇◇◇
今日は待ちに待った香乃果と再会する日なのだが、昨夜はあまりの緊張でなかなか寝付けなかった。
ただ、寝付いてしまえば、初めての飛行機での長時間の移動の疲れも出てぐっすりだったけれど……
まぁ、そのおかげで寝不足もなく頭はスッキリしているのだが、その分緊張がぶり返してきてしまって、今現在俺の心の中はわちゃわちゃと大変な事になっている。
香乃果と会うのは夕方なので、それまでこのまま緊張を抱えているのかと思うと、果たして身が持つのか……いや、持つ気がしないが、まぁ、心配したところでなるようにしかならない。
俺は半ば諦めモードになりながら、バターロールにスクランブルエッグとベーコンを挟んで口に運んだ。
テーブルの上の食事がある程度片付くと、カトラリーを置いた兄が徐に口を開く。
「この後の予定の確認なんだけど……渉は直接ホテルに行く、でいいんだよね?」
念を押すように言われて、俺は頬張ったパンをオレンジジュースで流し込みながら頷いた。
「うん。さすがにいきなりみんなと一緒にご飯を…っていうのはキツいし。聖兄はお昼過ぎに待ち合わせだっけ?」
兄は食べ終わって空になった食器をワゴンに載せて片付けながら、俺の方をチラ見して質問に答える。
「そうだよ。ホエールウォッチングから帰ってくるのが14時過ぎらしいから、14時までには桟橋に行っておこうかなって思ってるけど。」
そう言われてちらりと時計を見ると間もなく10時になろうとしているところで、意外と時間が経っていた事に吃驚すると同時に、もうあんまり時間がない事に気が付く。
ここから香乃果達のいるスティーブストンにはタクシーで15分程度、14時過ぎに桟橋にとなると、13時半過ぎにここを出れば間に合う。
俺が香乃果を待つホテルはチェックインが15時で、スティーブストンとは反対方面にこちらも20分くらいなので、兄と一緒に出て時間を潰せばいいとして……
おじさんが香乃果を連れてきてくれるのが17時過ぎ。チェックインしてから2時間しかない。
そう考えると、ますます緊張が高まり気持ちが急いてくる。
「そか……あぁっ!マジで緊張する……俺、ちゃんと話出来るかな……」
頭を抱えてそう言う俺をちらりとみながら、兄はタバコに火を着けると、深く吸い込んだ。
「何弱気になってんのよ。今更でしょ。」
兄はそう言うと、俺に「吸ってみる?」とタバコを差し出してきた。
「うぅっ…そうなんだけどさ…頭真っ白になりそうで……」
俺はそう言いながら兄からのタバコを受け取ると、気持ちを落ち着かせるように恐る恐る火を着けて吸ってみる。
「!?!?…ゔ、ゲホゲホ!!!」
初めて吸うタバコの煙たさと苦さに吃驚してゲホゲホと咽ていると、兄は呆れたような顔で俺からタバコを取り上げて溜息を吐いた。
「はぁぁ、お前、相変わらずのヘタレっぷりだな。もういい加減腹くくんないと。あと数時間だよ?それとも、俺が一緒に行かないとダメ?」
「ゲホゴホッ……い、いやいや、そんな事ない。余計緊張する……それに、ふたりで話したいし。」
兄の言葉に俺は頭をブンブンと振り否定をすると、兄の手からタバコを奪い取り、再び吸い込む。
うぇ…やっぱり煙たいし苦い。
目の前で美味しそうにタバコを吸う兄を見て、こんなものの何が良いのか正直わからなかったけれど、慣れてくれば美味しく感じるのかも?と思い、続けて吸った。
煙たいけれど、いつもよりも深く呼吸をするからなのか、少しばかり頭がクリアになった気がする。
「だろ?ふたりのことなんだから外野なんかいない所で、ふたりっきりのほうが何かといいだろうしね。」
兄は意味深にそう言うと、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「んっ?!一体何を頑張ったらいいわけ?!」
「ははは。色々と?てなわけだから頑張りな。」
兄は片口角をあげて笑いそう言うと、新しいタバコに火を着けた。
色々ってなんだよ……
涼しい顔をしてタバコを蒸かす兄をジト目で睨めつけるが、意に介さず何処吹く風の様子の兄に俺は深い溜息を吐いた。
とりあえず会って話す事は決めているが、最後にちゃんと香乃果と話したのはいつだったのかも思い出せないくらい前なので、上手く話せるかどうか……それに、最後に顔を見たのももう何年も前だ。
それも彼氏と一緒にいる所をちらりと見たきり……正直、顔を見ただけでテンパる自信しかない。
色々と思うところはあるが……
「まぁ…でも、結局なるようにしかなんねぇよな。」
俺はそう独り言ちった後、兄の吸っているタバコを引ったくると、思いっきり深く吸いこんだ。
流石に慣れたのか咽る事はなくなったけれど、やっぱりこんなもの何度吸っても美味いとは思えないなぁと苦笑いが零れた。
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