97 / 118
第四章
第88話 ドアを開けると……
しおりを挟む「あぁ…もう、無理。我慢の限界。」
ドアスコープの先でテンパる香乃果を見てそう呟くと、俺は深呼吸をひとつして、意を決してドアノブに手を伸ばした。
早鐘を打ち続ける心臓に手を当て、ゆっくりとドアを開けると、ドアの外で目を見開いて真っ赤な顔をして立ち尽くす香乃果と視線がかち合った。
もう何年会っていなかっただろうか。最後に見た香乃果は中庭の時計台の下で深澤と笑いあってる姿だった。
その時の弾ける様な笑顔を見て、俺は香乃果への気持ちを自覚し、自分の愚かさ知り激しく後悔した。
そして、自分のしでかした事を謝りたくて、自分の気持ちを伝えたくて、その年のクリスマスパーティに臨んだ。
だけど、その時には香乃果は既に遠い異国の地へと旅立ってしまった後で会うことはかなわず、話はおろか謝る事すら出来なかった。
あの時から約3年……ずっと思い続けてきた香乃果……
その愛しい彼女が、開いたドアの外で、目と口をまん丸に見開いて立っている。
俺たちの周りの時が止まる。
目の前の香乃果は、俺が記憶していた姿よりも随分と大人っぽくそして、女性らしく綺麗になっていて、俺の胸は高なり、視界がゆらゆらと歪む。
だけど、吃驚した時の表情や僅かに残るあどけなさは、昔から全然全く変わってなくて、紛れもなく間違えようもなく、目の前の人は香乃果だと、俺の心が叫んでいた。
香乃果……
名前を呼びたいのに、感極まって言葉がでてこない。
愛しい香乃果が手を伸ばしたら触れられる距離にいる。
その事実に一瞬で喜びが全身を駆け巡って、ぶるりと震えると、泣きたい気持ちになった。
未だにぽかんとしながらも、先程よりも少しばかり落ち着いた香乃果と視線が絡む。
漸く香乃果の視界に入れてほっとして、ゆるゆると懐かしさが込み上げてくると、自然と頬が緩んだ。
懐かしさと嬉しさと安堵で胸がいっぱいで、なんだか涙が出そうになった。
だけど、ここで泣いたら昔みたいに『渉は泣き虫なんだから。』と笑われそうだな、と思った。
思い出して、含み笑いを噛み殺すと、精一杯取り繕って何とか涙を堪える。
飲み込んだ涙で鼻の奥がツンとした。
「……う、そ……なん、で……?」
そろそろと両手を口に当てた香乃果の口から、一言そう呟きが漏れる。
「ふふ、なんでって……なんでだと思う?」
そう問い返すと、みるみるうちに林檎のような真っ赤な顔になった。
香乃果の大きく見開いた目はみるみるうちに涙を湛え始め、やがてぽろりと一筋涙が頬を伝って流れ落ちた。
あぁ……困ったな。
吃驚した顔がめちゃくちゃ可愛い。
それだけじゃ飽き足らず、泣いている顔まで可愛いなんて……
思わず頬が緩みそうになるのをグッと堪える。
真っ赤な顔でハラハラと涙を流している香乃果の姿に、不覚にも下半身に熱が集まる。
そして、胸の奥がギュッとなった。
今すぐ抱きしめて、沢山撫でてキスして、甘やかしてあげたい。
そんな不埒な事が頭に浮かんできたが、いやいやと、瞬時に打ち消す。
今まで付き合ってきた女達はおろか、好きだと思っていた穂乃果にすら、そんな気持ちを抱いた事はなかったのに……
どうやら俺は、焦がれて焦がれて仕方がなかった香乃果に会えた事が嬉し過ぎて、感情の箍が外れてしまったようだ。
身体は正直だな、と苦笑する。
とにかく気を抜かないように、意識して顔に力を入れていないと、デレッと際限なく笑み崩れてしまいそうな程、俺は浮かれている自覚があった。
だけど、それを悟られるのはカッコ悪いよなぁ。
俺はドキドキする内心と熱を持ち始めた劣情を悟られないように、首を傾げて努めて冷静に、そう香乃果の問いに対して問いで返したのだが、まさか逆質問されると思っていなかったのか、香乃果は言葉を詰まらせて固まっている。
ぐぅ…可愛いなぁ……おい。
額に手を当てて天を仰ぎ見、そして叫び出したい気分だった。
「ど…どうして……」
香乃果は真っ赤になって固まりながらも、なんとか絞り出すようにそう言う。
そして、眉根を寄せてクシャクシャな顔をすると、口に当てていた右手をふるふると震わせながら外して俺の方を指差した。
ドキリと心臓が跳ね上がる。
もしかして香乃果は、俺に「どうして、ここに居るのよ?!」って聞きたいのだろうか。
もし……仮にそうだとしたら、おじさんと聖兄に俺がここに居るって事を聞いてない、とか……俺となんて会いたくなかったのに、騙し討ちされた、とか……
マイナスな考えがぐるぐると頭を巡る。
香乃果の気持ちがわからなくて不安になり、心臓がバクバクと早い鼓動を打った。
「どうしてって……」
震えながら俺を指差す香乃果に、震える程嫌なのか……と絶望しかけて思わず俯く。
すると、香乃果の指差す方向が俺ではなく、その後ろにあるドアに向いている事に気が付いた。
あぁ、なんだ……
心底ホッとすると口から自然と言葉が零れた。
「あ、なんでドアが開いたのかってこと?」
俺がそう言うと、香乃果は首が取れてしまうのではないかと心配する程、ぶんぶんと首を縦に振ってそれを肯定した。
その様子に、ほんの一瞬でも香乃果の気持ちを疑ってしまった事に罪悪感を覚えると、俺はバツの悪さを誤魔化すように、頭をガシガシと掻きながら、ふいっと香乃果から視線を逸らす。
「うぅ~ん…いやさ、実は……さっきっから香乃果がドアの前でやってることずっと見てたんだよね。何してんだろうなぁー…って。で、あんまり遅いから、つい迎えにきちゃったんだ。」
一気に捲し立てるように言い終わると、落ち着かせるようにふぅと溜息を吐く。
そして、新鮮な酸素が入ってきて頭が冷静になると、途端に、しまった!と思った……が、既に後の祭り。
ずっと見てたとか……
俺、なんかすげぇキモくない?
ドン引き!マジドン引きなんですけど?!
無理無理!キモすぎて無理!
あちゃー……これは嫌われたな。
俺、終わった……
言った後で言わなきゃ良かったと後悔してももう遅い。
激しい後悔に襲われ、ははと乾いた笑いが漏れた。
気まず過ぎて香乃果を直視できずに俯いていると、予想外にも、香乃果の素っ頓狂な声が聞こえた。
「へ……?も、もしかして…見て、たの?」
ん?あれ?
キモがられて……ない?
まさかの斜め上をいく反応に力が抜ける。
そう言う香乃果の声に侮蔑の感情は一切感じられず、純粋にただ驚いているだけのように聞こえて、俺は恐る恐る顔を上げてみる。
そこに居たのは真っ赤な顔で恥ずかしそうにモジモジしている香乃果……
途端に俺の頭はオーバーヒートして顔にガッと熱が集まると、灼熱の如く熱くなる。
ぐぁーーー!!!
なんだよ?!なんだよこれ?!
流石に可愛過ぎんだろ?!
もう無理……香乃果はこれ以上俺をどうしたいんだ?
可愛過ぎて今にも押し倒してしまいそうになる気持ちを押し殺して、俺は両手で顔を覆うと平静を装う様に言う。
「あー…まぁ、なんつーか……全部見てました。はい……でも、仕方なくない?!香乃果、なかなか入って来ないんだもん。」
好きだ!愛してる!と叫んでしまいたいのを誤魔化すように、もごもごしながら、最後、若干やけばち気味に言い終えると、頭から湯気を出しそうな程、真っ赤な顔した香乃果があわあわし始める。
「で、でもっ…緊張して……なかなかベル押せなくてっ……」
あわあわしながらそう言う香乃果の手の中には、しっかりと部屋のルームキーが握られているが……
どうやらその事に本人は気付いていない模様だ。
あー…なるほど。
緊張し過ぎてルームキーの存在を失念してたってわけね。
得心すると俺はにっこりと笑みを浮かべる。
そして徐に、あたふたしながら未だにルームキーを握りしめている香乃果の手を指さして指摘する。
「ベルって……ていうか、何のためのソレよ。」
ピタリと動きを止める香乃果。
目をぐるりと動かして俺の指の先を確認する。
そして、逡巡する事数秒……
「あ………………確かに。」
香乃果はハッとした顔をしてポツリと呟くと、慌ててカードキーをポケットにしまって、作り笑いを浮かべた。
その様子がおかしくて思わず俺が声を上げて笑うと、不意に香乃果は眉根を寄せて泣きそうな顔をした。
そして、噛み締めるように俺の名前を呼んだ。
「あの…わた、る……?」
数年振りに香乃果に名前を呼ばれて、俺の心臓がドクンと鳴った。自分の心臓の音が煩いくらい耳に響く。
俺は震える声で返事をする。
「うん、香乃果。」
俺も数年振りに香乃果の名前を呼んだ。
うれしさと懐かしさと、それから、ちょっぴりの嫉妬と…色んな感情が綯い交ぜになって胸に迫ってくる。
ヤバい…泣きそうだ。
急激にせり上がってきた涙をグッと堪えて笑顔を作ると、香乃果も眉根を寄せて困ったような顔で笑った。
「ほん、とに……?渉…なの?」
ふるふると震えながら、大きな瞳に今にも涙がこぼれ落ちそうな程たっぷり涙を湛えて香乃果は言った。
「うん。俺だよ。ほら。」
もう一度名前を呼ばれて、いよいよ堪えていた涙がこぼれ落ちそうになる。
せっかくの再会なのに、カッコ悪いところ見せたくない。
俺は香乃果の手を取りそのままグイッと引き寄せ部屋の中に引き込み、そのまま俺の腕の中に抱き込んだ。
「え?!わ、わ、わ、渉?!」
ふわりと甘い香乃果の香りが鼻腔を擽る。
俺は香乃果の肩口に顔を埋め、思いっきり息を吸った。
香乃果の匂いが身体中に充満して頭の芯が痺れてクラクラする。
今度こそ紛れもなく、本物の香乃果が俺の腕の中にいると思うと、胸がいっぱいで、感極まって後から後から涙が溢れた。
「渉?!ちょっ…な?!」
急に抱きしめられて、状況が上手く呑み込めていないのか、暫く固まっていた香乃果が、漸く事態を理解してあわあわし始めるが、俺はもう香乃果を離すつもりはなかった。
腕の中の香乃果のぬくもりに陶然となる。
「ふふふ……どう?これで俺だって信じてくれる?」
ギュッと抱きしめ耳元で囁くと、身体の強張りが解けたのか、香乃果はそろそろと俺の背中に腕をまわした。
「香乃果……会いたかった。」
俺は震える声でそう言うと、溢れる涙を隠すように香乃果の髪に顔を埋めた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
感動的なシーンなのに時折出てくる残念な渉くん。
シリアスな渉くんより、やっぱり渉くんはこうでなくちゃ(o-´ω`-)ウムウム
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる