堕ちた貴族の復讐譚~バニーガールな魔術師から与えられた能力は、何度もで生き返る力だった

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学院編

蛇の巣

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馬車で進むこと、三日。
 空すら見えないくらい枝が伸びた深い森をようやく抜ければ、それまでぬかるんでいた地面が舗装された石畳に変わった。

 時刻は夕方。
 木々がなくなると、血のように真っ赤な夕焼け空が広がる。
 王国で見る夕暮れとは少し、違うように感じられた。
 それはアルベールの気のせいではなく、フィオナーレンもそう感じているようで横顔が硬かった。

 さらに石畳を進めば、高さが十メートルはあろうと思える鉄の門扉が現れる。
 その周囲には人影がないにもかかわらず馬車の速度に合わせて扉が内側に向かって開き、馬車はなめらかに敷地内に入った。

「今の魔術師の力、かしら」
「……かもな」

 非日常的な光景に、アルベールたちの不安はいたずらに掻き立てられてしまう。

 敷地内を道なりに進んでいく途中に、いくつもの建物を見た。
 普通の館だったり、丸い天井が印象的だったり、昨日今日建ったばかりに見える木造建築だったり、そうかと思えばツタや木々が幾重にも絡まってこの世界が始まった時からありそうなものだったり……。

 馬車が止まったのは、石造りの館。
 館は大きく翼を広げた鳥のような形で、中央棟、左右に広々とした棟の三つで構成されている。
 屋根は赤茶で、壁の白い漆喰はくすんで見える。
 瀟洒《しょうしゃ》というよりも、化け物でも住んでそうなおどろおどろしさがあった。
 馬車は館の前に設けられている車止めで止まった。
 館の玄関前には小太りの使用人風の男がいた。
 格好こそ使用人のようだが、その顔は不貞不貞《ふてぶて》しく、こちらを値踏みしているようないやな目つき。
 男に身振りで、アルベールたちに下りるよう指示した。

(ここから俺もフィオナーレンもただの学生、か)

 自分の生まれや立場が面倒で、全てを捨てたいと贅沢な悩みがあったが、ここでは本当にそうなのだ。
 フィオナーレンを王女扱いもしない。
 御者に礼を言い、見送る。

「招待状を」

 不躾な物言いで言われる。

(なんだ、こいつ)

 と、フィオナーレンに袖を引かれる。

「落ちついて。騒ぎなんて駄目だから」
「……分かってる」

 招待状を見せると、男は顎《あご》をしゃくった。

「あたしは招待状、ありませ~ん!」
「おい!」
 イザベラの発言にアルベールは慌てるが、「そうか」と男は言って「こっちだ」と歩き始めた。

 フィオナーレンの後ろを守るように、男に続いていく。

「ここでもお前のその力ってのは通用するもんなんだな」
 イザベラに囁く。
 バニーガールな上に、招待状なんてなくても男が怪しむ様子は微塵もない。
「えへへ~。面白いね~♪」

 獅子の顔のノッカーのついた扉を抜けると、広い玄関ホールへ至った。
 正面には大きな階段が上へと伸びているが、アルベールたちは左に伸びている通路を進む――左棟へ向かうらしい。

 その途中窓を見れば、内庭の真ん中でフードをかぶった、まるで童話の中にでも出て来そうな魔術師然とした男の大理石像があるのが見えた。
 豊かな髭《ひげ》を生やし、厳格そうな顔をして、虚空をにらんでいる。

「こちらで院長にお会いするように」

 通路のどん詰まりにある重厚そうな扉を前に、男が言う。
 不貞不貞しかった男が、少し怯えているように見える。
 それくらい院長は怖ろしい人物なのだろうか。

「私は念の為に消えてるね~♪

 イザベラはすうっと消えたが、当然男は無反応。

 アルベールを先頭に、部屋に入った。
 室内は厚いふかふかした真っ赤な絨毯が敷きつめられ、左右の壁には大きな本棚が配置されている。
 部屋の真ん中には執務机が、部屋の片隅にはソファーセット。

「王国の王女、そして公爵家の次男。ようこそ、《蛇の巣》に。私はオルガーノ・ティティン。院長を務めている」

 執務机にいた初老の男、院長のオルガーノが立ち上がった。
 背は百九十センチ前後はあり、頭はつるんとして、鷲鼻《わしばな》に鼻眼鏡をかけ、緑色のローブを羽織っている。

「どうして私のことを!?」

 フィオナーレンは唖然とした。

「はっはっは。我々を欺《あざむ》くのは無理だよ。ここで隠し事はできないと心得たまえ」

「……では、私は?」

「問題ない。入校はもちろん許す。名前こそ別人だが、その他に偽りはなかったからな」

「ありがとうございます、院長」

「まあ、ここには君の兄も在学しているからね」

 フィオナーレンは、ぺこりと頭を下げる。
「兄がいつもお世話になっております」

 兄というのは、第一王子のロベール・リュート・パトリシア・ベルストラーザのことだ。
 正直、アルベールはロベールが苦手だ。
 とにかく嫌な奴なのだが、フィオナーレンはそうでもなさそうなので、アルベールとしては複雑だった。

「それで、アルベール」

「は、はいっ」

「君の父上のことは非常に残念だ。私も一度、王国へ赴いた際にお父上にはお会いしたことがあってね。何かをなせる方というのはああいう人なのだと、感嘆したものだ」

「いえ。そう言って頂き、父も喜んでいると思います」

 うむ、とオルガーノはうなずく。

「では、ここでの注意点を教えよう。まず、ここで王国と帝国の人間が入り交じって学んでいる。もし諍《いさか》いを起こした場合は殺しても構わない。基本的に、我々は関与しない。君たちが死のうがどうなろうが、ね。骨くらいは届けよう。ただし学年間の殺し合いは禁止だ。それを許せばこの学校は紛争地帯になってしまうからね。まあ降りかかる火の粉を払うくらいはよしとするがね。なにそんな深刻そうな顔をすることはない。ある程度のケガであれば魔法でどうにかなる。できれば死なないで欲しい。王国との関係は良好にしたいからな」

 笑顔でそう話す院長に、アルベールもフィオナーレンもどん引きしていた。
 しかしそんなことはお構いなしに、院長は説明を続ける。

「この学院では外からもたらされる魔物退治の依頼を受けている。魔物は知っているかな」

 フィオナーレンは「はいっ」と答えた。

「魔物は世界が形づくられた頃より存在する、異形の存在です。姿形は動物に酷似したものや、様々な動物の特徴を持ち合わせる物、また形容しがたい形状など様々です。かつてこの大陸は魔物に蹂躙され、人々は手の平ほどの土地に逼塞を余儀なくされ、国も今とは違い、幾つかの村の集合体に過ぎませんでした。偉大なる《始祖《アノニマス》》が現れるまでは」

 フィオナーレンはまるで書物でも朗読しているように、すらすらと答える。
 アルベールも勉強したが、ここまでスラスラは答えられない。
 オルガーノが、アルベールを見た。

「《始祖》とは?」

「魔術師のことですよね。その魔術師がこの辺り一帯に結界を張り、魔物をそこに閉じ込めた。世界は人間のものになった……ですか?」

 オルガーノは苦笑して、「ぎりぎり及第点だな」と笑う。

「《始祖》はジクムント・ウィクスリーという魔術師だ。今より二千年前の人物だ。彼は君たち外の住人にとってだけではなく、我々魔術師にとっても偉大なのだ。――それゆえ、この辺りは君たちが暮らす王国周辺とは違い、原始の世界だ。我々魔術師の先祖たちが王国と帝国周辺にいた魔物たちをこの辺りに集め、二度と魔物たちが他の場所に行かないよう、巨大な結界を張った。だからこのあたりには魔物がいる。外を散策するのは自由だが、気を付けるように」

 唖然としているアルベールたちを、院長は不敵な笑みを浮かべながら窺う。

「どうかな?」

「わ、分かりました!」

 アルベールたちは背筋を伸ばした。

「男女はそれぞれの寮での生活となる。同室者とは仲良くしたまえ。――下がってよろしい」

 失礼します、と部屋を出た。

 使用人の男がやっぱり偉そうに顎をしゃくり、「いくぞっ」と言ってくるが、気にならないほど、院長の言葉は強烈だった。

「ね、嫌な場所でしょ~?」

 姿を見せたイザベラは腕を組んで、頬を膨らませていた。

「そうみたいだな……。さすがに驚いた。殺し合いが問題ない、とか……」

 フィオナーレンが顔を心なし強張らせた。

「フィオ。ここにいた方がやばいんじゃねえか。男女で別れるってことは」

 しかしフィオナーレンは首を横に振る。

「虎穴に入らずんば、よ。面白いわっ。生き残ればいいんだからっ」

 フィオーレンは強い決意で言った。

 館を出ると、渡り廊下で結ばれている別の館へ。
 と、そこには院生の服を着た一組の男女が待っていた。

「二人とも、後を頼むぞ」

「はいっ」

 男はさっさと去って行ってしまう。

「男子寮を紹介するよ」

「ああ、頼む」

 アルベールはフィオナーレンを見る。
 フィオナーレンも女性に手を引かれ、女子寮の方へ行ってしまう。

「よろしく~っ♪」

 イザベラが、少年に顔を寄せる。

「よ、よろしく」

 いきなりイザベラに話しかけられた男子生徒がぎょっとしていたので、「お前は引っ込んでろ」と後ろへ下がらせた。

「あ~~んぅぅ~~!!」

 抗議の声を上げるが、無視だ。

 アルベールは男子生徒と向かい会う。
 男子生徒はやわらかな雰囲気のある、少しアルベールより背が低い少年。
 緑色の瞳、赤茶の短髪、そばかすが残った顔が特徴的だ。

「こいつのことは気にしないで。俺はアルベール。きみは?」
「ぼくは、一年のパウロ」
「パウロって名前は珍しいな。帝国?」
「違う。マウス=アルリッツ自由貿易同盟の生まれ」
「そうか。どうりで聞いたことがあると思った。俺は王国出身なんだ」

  マウス=アルリッツ自由貿易同盟は、蝶の形をした大陸において、蝶の腹部分に該当する地域にある都市国家同盟だ。
 国家ではなく、都市そのものが国家と同義という珍しい国だ。
 国家を治める者たちはその都市の住人から選ばれ、複数人の合議制で決まるという王国とも帝国とも違う。
 そして面白いのは、この同盟群は王国と帝国、両方を相手に商売をしていた。
 自由貿易同盟は農作物や服や宝飾品、家具、馬に鋼などの軍事品などなど全てを用意できると言われていた。

 パウロはまずは一階を説明してくれる。

「ここは食堂」

 幾つかの永テーブルと椅子が置かれ、おそらく食事を受け取るであろうカウンター、その奥に厨房が見えた。

「席には好きなように座って下っていいんだけど……」
「だけど?」
「なんだかんだみんな座る席が決まっててね。下手に座ると揉め事になるから気を付けて」
「ありがとう。気を付けるよ。でも学生の数はそんなに多くないんだな」
「ここは一年生だけの寮だから。敷地のあちこっちに一年から四年の寮があるんだ」
「……すごいな。そんなに敷地が広いのか」
「驚くよね。でもこれも魔法の力みたい。この敷地内に魔法で別の空間を生み出して、この敷地に配置してるとかなんとか……。とにかく実際の敷地よりも広い、らしいよ?」
 よく分からないが、とにかくすごいらしい。
「さすがは《蛇の巣》だな」

 別の部屋を見る。
 そこはダーツやビリヤード台が行われている。

「ここは遊戯室。ダーツやビリヤードをしてもいいし、あそこのテーブルでボードゲームとかカードゲームなんかをしてもいいよ」
「他に時間を潰すものはあるのか?」
「色々あるよ。散歩をしたり、トレーニングをしたり……ああ、図書館もあって……ほら、あそこ。あの建物、見える?」

 パウロが窓の向こうを指さす。
 薄暗い中でも、ぬっと空にぬかって伸びる塔が見えた。

「あれがどうしたんだ?」
「あそこが図書館。蔵書が数百万冊あるとか、数億冊あるとか言われてるよ」
「すげえな」
「でしょ? 行ったことあるけどそこら中本棚が迷路みたいになりそうなんだ」
「トレーニングはどこで?」
「ここの地下。夜は利用出来ないよ」

 パウロに続いて二階へ上がり、一番奥の部屋に向かう。

「ここが、僕らの部屋」

 部屋はそこそこ広い。
 部屋にはグレーの敷物がしかれ、四人は入れそうな広さの部屋に机が二つ。
 二段ベッドが一つに、ワードローブに本棚が二つ。

「僕ら?」
「僕がルームメイト。よろしく」
「そうか。パウロなら安心できそうだ。ここって殺し合いできんだろ?」
「ぼくは殺す為に来たんじゃないよ!」
 パウロは明らかに怯えた。
「とんでもない学校に来ちまったって思ったよ……。安心しろ。俺はそんなことをするために来たんじゃない」
「そ、そっか……」
 パウとはほっと胸を撫で下ろす。
(まあ、殺されても問題ないけど、な)
「パウロがルームメイトで安心したよ」
「ぼ、僕もアルベールで、良かった。怖そうじゃないし」
「それなら良かった」
 アルベールは下のベッドに飛び込んだ。

 こうして夜は更けていった。
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