堕ちた貴族の復讐譚~バニーガールな魔術師から与えられた能力は、何度もで生き返る力だった

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学院編

オリエンテーション

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魔術師の集う学校、《蛇の巣》で暮らしてから一週間。
 父を陥れた人物の手がかりを得ることも出来ないまま、今日もアルベールは朝を迎えた。

 いつものようにパウロと一緒になって食堂で食事をしていると、この寮の管理人であるベイド(初めて会った時も今も印象が悪いのは変わらない。みんなそうらしい)が顔を出して、アルベールを呼んだ。

「悪い。ちょっと行ってくる」
「待って。僕も行くよ」

 アルベールとパウロがベイドの元へ行くと、
「こっちだ」
 偉そうに顎をしゃくったベイドは玄関へ歩き出す。

「用件ってなんですか?」
「さあね。私もよく分からないんだ。先生に連れて来るよう言われただけで」
「先生?」
「ああ。カサンドラ先生にね」
「カサンドラ、せんせい……」
「ねえ、アルベール、何したの!?」
「いやあ、得に思い当たる節はないんだけど……。俺、何したんだ?」

 カサンドラは何を考えているのか分からず、たんたんと授業を進める。
 そうかと思えば、いきなり生徒を指して質問をしてくるのだ。
 これにまともに答えられないと胸ぐらを掴まれ、「失せろ」と摘み出されてしまう。
 魔法の力なのかは分からないが、どんな大男で軽々と摘み出すのだ。
 運がいいかは分からないが、アルベールはどうにかこの質問をパスできていた。

「え~。あの人、怖いから~い~やぁ~!」

 いつの間にか姿を見せたイザベルが、顔を顰めた。

「そう言うなって。まだどんな用件だって決まってる訳じゃないんだから」

 校門のところに、四人の人影があった。

「フィオ!?」
「アル!?」

 アルベールとフィオナーレンは同時に声を上げた。

 そこにはフィオールナと、パウロと同じく心配でついてきたドミニカ、そしてベイドが言った通りカサンドラ、もう一人は身体にぴったりした服装に腰まで届くたおやかなブロンドに、大きな眼鏡に目と口が大きいのが特徴的で、フェロモン臭を全開にした教師、アンジュ。
 アンジュは一般教養を担当していて、カサンドラと同じく魔術師でもある。

「はぁ~い、アルベール君~。待ってたわ~」
 チュッと投げキッスをされると、どきっとしてしまう。
「……アル」
 フィオナーレンに睨まれ、またもドキッとした。
「ふふ、かわぃー」
「アンジュ、からかうのも大概にしろ」
「もぉ~。からかってるんじゃなくって、リラックスさせたげてるの~。リラックスリラックスぅ~って」
 カサンドラに注意されると、アンジュは唇を尖らせて抗議する。
 カサンドラは一歩前に踏み出すと、アルベールとフィオナ-レンを見つめた。
「今日、お前ら二人を集めたのはオリエンテーリングをするためだ」
「オリエンテーリング?」
「この辺りの森の散策だな。――あそこに見えるか?」

 イザベラが指を差した方には、小さな丘があった。

「あの丘がゴールだ。ここからあそこを目指せ」
「……それだけで、よろしいんですか?」
 簡単なお題に、フィオナーレンもびっくりしたみたいだ。
「ちょっと! そこのお二人さんっ!」
 アルベールとフィオナーレは、ドミニカに袖を引かれた。
「ぜーんぜんっ、簡単じゃないわよ!」
 パウロも深刻そうな顔をしている。
「辞退したほうがいいよ。魔物が巣くってるんだよ?」
「落ち着けよ、パウロ。お前らだってやったんだろ?」
「僕らはもっと大人数で行ったんだよ。二人じゃ……危なすぎるよ」
 アルベールは、カサンドラたちを見る。
「……えっと、これを断った場合はどうなるんですか?」
「放校処分だ」
 カサンドラはにべもなく言うと、アンジュは「ごめんねー」と手を合わせる。
「オリエンテーションなんだけど、これも課題の一つなの~。あ、もちろん人数が少ない分、成功した場合の加点は大きいから。ね~?」
「途中で魔物に襲われた場合は、先生たちが助けてくれるんですか……?」
 カサンドラは無論だとうなずく。
「だが我々が到着するまでは逃げ切れよ」
 アルベールは、フィオナーレンと顔を見合わせる。
「……フィオ、どうする?」
「ど、どうするも何もやるしかないんだからやろっ。ここまで来て逃げるなんて嫌っ」
「でも魔物だぞ。お前だけでも……」
「どうせここで生き残っても暗殺者に狙われる命よ」
 しばし無言で見合い、アルベールは引く。
「よし、分かった」
 アルベールは、「やります」と告げた。
「なら、これを使え」
 カサンドラから、バックパックを渡される。
「そこに地図や方位磁石、軽食が入っている。期日は今日の夕方まで。それを過ぎれば、終わりだ」
「もし夕方を越えても到着しなかった場合はどうなるんですか?」
「助けに行く。生きていれば、だな」
「も~。カサンドラちゃんったら、ひどい言い方してぇ。――平気だからね。あなたたちが魔物に襲われてたら、さすがに土煙で見つけられるから~」
(どちらにしても、生き残らなきゃならないってことか!)

 ドミニカとパウロに見送られ、アルベールたちは校門を出た。

「フィオ! いざという時はあたしが助けるよ~っ!」

 校門を出てから、しばらくして姿を見せたイザベラが勢い良く言った。

「ふふ、ありがとう。それにしても、いい天気で良かったね。……ドミニカたちはわざと怖がらせたのかな。今のところはハイキングみたいだし」

 フィオナーレンはのんきに言って、伸びをする。
 先頭を行くアルベールは、二人を振り返った。

「フィオ、油断するな。この後なにが待ち受けてるか分からないんだからな。余裕を持って行くぞ」
「分かってるわ」

 最初こそフィオナーレンの言う通りハイキングのような緩やかな進んで行くと、木々が深くなり、日が陰ってくると様相が変わる。

「うう……。フィオぉ~、怖いよ~」

 イザベラがフィオナーレンの腕にしがみつくと、フィオナーレンはイザベラの頭をヨシヨシと撫でた。

「大丈夫。私のそばにいて?」
「おい、イザベラ。それじゃ、フィオが歩きにくいだろっ」
「うううう~……だってぇ~……」
「アル。私は平気。とっとと行きましょ。早く到着して、先生達を驚かせよっ」
「ああ」

 それから三十分ほど歩くと、滝が見えてきた。

「あそこで休憩しよう」
 アルベールが言うと、フィオナーレンは表情を曇らせた。
「……一度休んだら動けなくならないかな」
「それも分かるけど歩きっぱなしは辛いだろ。適度な休憩は必要さ」
「さんせぇ~」
 イザベラが弱々しい声を上げた。

 フィオナーレンは川の水で顔を洗い、飲む。
「はぁ。水、冷たくって気持ちいし、美味しいー! アルも飲んでみなよ」

 アルベールは周りを警戒しつつ、水を飲んだ。
「本当だな、うま……お、おい、イザベラ! 何してるんだよ!?」

 イザベラは川に頭ごと突っ込んでいたのだ。
「ふぁ~! 気持ちいい~♪」
 顔を上げるなり、犬が水滴を払うように長い髪を振り回した。

「お、おい! 水で……濡れるだろうが……!」
 フィオナーレンはくすくすと微笑む。
「もう。イザベラったら。びっくりさせないでよ。ふふ」
「よし、そろそろ……」

 アルベールが立ち上がったその時、川の流れる音の中に風切り音を聞いた。
 自分に近づいてくる何かを、アルベールは咄嗟に短剣で叩き落とす。
 それは矢だった。

「フィオ! 草むらにかくれろ!」

 まるでアルベールたちの動きを予測していたように、矢が降り注ぐ。

「フィオ――――――――っ!!」

 アルベールはフィオナーレンを庇い、身体に無数の矢を受け止めた。
  しかしただでは死なない。
 渾身の力で、短剣を木の上めがけ投げた。

「ぎああっ!」

 呻き声とともに、男が落ちてきた。
 それは学校の制服を着ていた。

(く、くそっ。そういうことか……――)

 視界が真っ暗になった。

「おい、貴様。聞いてるのかっ」

「っ!」

 アルベールは、はっとして我に返り、辺りを見回す。
 どうやら出発する時まで戻って来たようだった。

「ねえ、アル。顔色悪いけど……」
 心配するフィオナーレンをやんわりと押しとどめると、アルベールはカサンドラに尋ねた。
「……他のクラスメートたちが襲ってくることはありますか? ここでは殺しても問題ないんですよね?」
 答えたのは、アンジュ。
「そうね~。残念ながらそれはアリと言うしかないのよぉ。『優れた人物はどんな困難にも打ち勝たなければならない、たとえ身内に背中から攻撃されようとも』それがウチの教えだしねぇ~」
「分かりました。行きますっ」
 
 しばらく歩いているとフィオナーレンが心配そうな顔で、肩を並べる。

「ねえ、どうしてあんなこと言ったの? 他のクラスメートなんて……」
「初日だって襲われたからな。みんなが的だと思った方がいい」
「だいじょ~ぶ♪ アルの勘は当たるんだから~♪」

 イザベラがいいサポートをしてくれたお陰で、フィオナーレンは「う、うん……」とどうにか納得してくれたようだ。

 緩やかな勾配の道を進んでいく。
 アルベールは鳥の声や、遠くで動物が動く気配の中にある連中の気配を探る。

「フィオナ、イザベラ。俺から離れるな」
「どうしたの、そんなに警戒して……」
「いいから。頼む、フィオ」
 イザベラが、右腕にしがみついてくる。
「ほらほら、フィオも~♪」
「う、うん」
 そろそろという感じで、フィオナーレンが左腕にしがみつく。
 瞬間、ふにっと柔らかな感触が腕に当たった。
「っ!」
「あ、アル、どうしたの? やっぱり……」
「い、いや……。何でもない……」
 フィオナーレンのふくらみにドキドキしながら歩みを進めた。

 しばらく行くと、フィオナーレンが指をさす。

「あそこに川があるわ」
「!」
「あそこで休憩を……」
「駄目だ!」
 ついつい声が大きくなってしまった。
 フィオナーレンがびっくりしていた。
「……あそこでは休まない」
「どうして?」
「……あそこでクラスメートの誰かが待ち受けてる可能性があるからだ」
 フィオナーレンは辺りを見回す。
 穏やかな昼下がりで、風は優しく木々を揺らす。
 鳥の声もとても涼やか。
「でも……そうじゃないかもしれないし」
「フィオ。ごめん。でも念には念を、だ。水が飲みたかったら、俺の分をやるからさ」
 アルベールは水筒を差し出す。
「……大丈夫。行きましょ」
「行こっ♪ 行こっ♪ お~っ♪」
 イザベラがハイテンションに声を上げた。
 それにアルベールもフィオナーレンも勇気づけられて、歩く足にも力がこもった。

 休憩場所はそこから一時間ほど歩いた場所にした。
 運良くその辺りは開けてはいないだけではなく、近くに湧き水があった。
 川ほどの水量はないが、それでも助かった。

「ねぇ、フィオ。平気~?」
「あんまりこれだけ歩くのに慣れてなくって……でも大丈夫だから。ありがと、イザベラ」
「えへへ~♪」
「イザベラこそ平気?」
「うん♪ ぜんぜん大丈夫♪」
「イザベラはこういった山道をあるくの、慣れてるの?」
「かもっ♪」

 フィオナーレンとイザベラの微笑ましいやりとりを眺めている時、強い殺意を感じた。

「フィオ! イザベラ! 行くぞ!」

 叫ぶと同時に前に出たアルベールは、自分めがけ飛んでくる矢を叩き落とす。

「逃げろ、二人とも! イザベラ! フィオのこと頼んだぞ!」
「うん!」
「アルは!?」
「俺が食い止めるっ。さっさと行けっ!」

 アルベールは矢を避け、短剣で叩き落とす。

「おい! 誰だか知らねえが、ずいぶんビビってるなっ! 俺ひとりを殺すのに、こそこそ隠れながら、大人数を動員しなきゃならねえんだからなっ!」

 すると木の上から学生服姿の男が現れた。
 金髪の短髪に頬骨が出ていて、やたらと目つきの悪い男。

「よし、正々堂々勝負といこうぜ!」

 男は短剣を構えた。

「いくぞ!」

 アルベールが地面を蹴って男に向かった瞬間、背中に鋭い痛みを感じた。

(くそ……!)

 背中に矢が突き刺さっていた。
 感触からして、かなり深い。

「うおおおおおおおおおおお!!」

 それでも男と相討ちになろうと突っ込んだが、男に届く前に、草陰から飛び出した男たちから滅多刺しにされた。

「っ!」

 アルベールははっとして覚醒する。
 身体を調べるが、当たり前だが刺された痕跡はどこにもなかった。

「アル♪」
 イザベラが顔を覗き込んできた。
「……やられたな。クソ。あんな卑怯な奴なんかに……っ!」
「そんなことはどうでもいいじゃん。どう? 狙ってる人たちのことは分かった~?」
「顔は見た」

 アルベールは起き上がって時計を見る。
 今は深夜二時。
 申し訳ないと思いつつ、階段を上ってパウロを揺すった。

「おい、おい。パウロ」
「……ん、んんっ……? あ、アルベール? ど、どうしたの……?」
 パウロは眠い目を擦る。
「起こして悪いな。俺達一年生の中で金髪に、目つきの悪い奴って誰か分かるか?」
 パウロは視線を虚空にさまよわせる。
「……サイモン、かも」
「サイモンの部屋は?」
「え、何するの?」
「ちょっとな。で?」
「205号室だけど……あんまり関わり合いにならない方がいいよ。危ないって言われてる奴だし。取り巻きだって多いし……」
「大丈夫。無茶はしない。すまん、寝てくれ」
「ね~? どうするの~?」
「卑怯者のクソ野郎には、それなりの対処法があるっ」

 アルベールは机で書き物をしてから部屋を出て『205』号室まで行くと扉の下の隙間に紙をそっと滑り込ませた。

 翌日。
 アルベールは、パウロの慌てた声に起こされた。

「大変だよ、アルベール!」
「……ど、どうしたんだよ」
「サイモンが殺されたんだよ……!」
「マジか!? 誰が!?」
「……ね、ねえ、昨日の夜だけど……」
「安心してくれ。俺は殺してない」
 互いの目を見合う。
 パウロが「そうだね」とうなずいてくれる。
「……実は犯人はとりまきみたいなんだ」
「そうだったのか」
「ね、アルベールは関わってないよね?」
「もちろん」
「だったら、サイモンのことを聞いたのはなんで?」
 そこはウソはつけない。
「あいつに命を狙われてる」
「……そっか」
「驚かないんだな」
「あいつならやりかねないと思うから」
「で、どこで殺されたんだ? 寮の中か?」
「ううん。庭で。でもどうして取り巻きがいきなり殺したのか、みんな不思議がってるんだ」

 アルベールは制服に袖を通し、パウロと一緒になって庭に向かった。
 そこには生徒でごったがえしていた。
 人の輪の中には、犯人の生徒たちがいて、「この男がなにもかも悪い!」「逆に殺されかけた!」「最低な奴だった!」と悪びれることもなく周りから聞かれるがままに答えていた。

 死が日常。それをひしひしと感じさせる嫌な光景だった。

「ずいぶんな人だな」
「取り巻きに殺されたのが、珍しいんだよ」
 パウロは不愉快そうに、群衆から顔を背けている。
「パウロ、行こう。俺たちは関係ない」

 パウロの後に続いて歩いていると、「ねえ、アルぅ。本当は何したの~?」と、イザベラが肩を並べてきた。

「昨日、手紙を書いてただろ?」
「うん」
「あれは俺が経験した森での蹴撃でのことをことを書かせてもらってたんだ。どこで待機して、どこで獲物を待っているかを詳細に書いてな。そして最後に『裏切り者がいる』って書いたんだよ」
「それで殺せるの~?」
「違う。恐らくサイモンは庭に取り巻き連中を呼び出して、情報を漏らしたのは誰かって糾弾したんだろう。でも誰も名乗り出ない。サイモンって人間は人望がなかったんだろうな……。それで、きっと……」
「ふっふ~。悪い奴だな~、アルは~♪」
「正直こうなるとは思ってなかったけどな。連中が仲違いしてくれて、俺たちを狙う暇がなくなればって思ってたんだよ」
(くそっ。胸くそわりぃっ)
 アルベールは心の中で、この学校の流儀に対して舌打ちをしてしまった。

 アルベールたちの命を奪おうとしたサイモンが死んだせいで、オリエンテーションは安全に行動することが出来たかに見えた――しかし。

「っ!」

 アルベールたちをまたも矢の雨が降り注ぐ。

「フィオ、逃げろ!」

 アルベールたちは脱兎のごとく逃げ出す。

(サイモンが死んだのにどうしてだ!?)

「ね、ねえ、アル! どうしてどうして! あいつはいなくなったのに……!」

 イザベラが騒ぐ。

「結局、サイモンの取り巻きどももライバルを減らそうって考えてたってことだ! 類は友を呼ぶってことだよな!」

 前を走っていたフィオナーレンが振り返る。

「アル! イザベラ! 何を話してるの!? ――あそこの草むらに!!」

 フィオナーレンに続き、アルベールたちは草むらに飛びこみ、木の後ろに隠れた。

 空を仰いで、すでに中天を過ぎた太陽の見える方を確認する。
 だいぶ正規ルートから外れてしまったらしい。
 息を殺してじっとしていると、複数人の話し声が聞こえてきた。
 声からして、およそ五人。

「おい、あいつら、どこ行った?」
「くそ! 逃げ足がはええなっ」
「なあ、サイモンを殺しちまったけどどうする?」
「知るかっ。あいうが訳の分からん言いがかりをつけてくるのが悪いんだっ。ったく、人を道具扱いしやがって」

(サイモンがいなくなったせいで、動きは悪いみたいだな)

 ――これからどうする?
 アルベールは、フィオナに目配せする。
 ――逃げるのは無理……。背後から襲いかかりましょう。
 フィオナが目配せを返す。
 ――やめろ。危険すぎる。それより元来た道を戻る方が先決……

「そこかっ!?」

 追っ手が次々と矢を放つが、そこはアルベールたちが隠れている場所とは正反対の方向。
 矢は木々を抜けて、彼方へむなしく消えていった。

(な、何だ?)

 様子を窺っていると、

 リュアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 けたたましい咆吼が轟き渡れば、メキメキッと木々が倒れる音が響き渡った。

 矢が放たれた方角から姿を見せたのは、仰ぐばかりの大きな巨大なトカゲ。
 全身を暗い緑色の鱗で提、小さな山なら簡単に一呑みにできそうなくらい大きな口に、大きな目は爬虫類特有の縦の一本線が入っている。

「サラマンダー……」

 イザベラが呟く。

 サラマンダーはぎょろぎょろと目を動かしながら、勢い良く火炎を噴き上げた。
 紅蓮の炎が何も下裳を呑み込む。
 炎は次々と木々を灰にして、下生えを豪華に包んだ。

「うわっ、うわあああああああああ……!!」

 アルベールたちを殺そうとした連中は蜘蛛の子を散らすように逃げ魔導が、たちまちサラマンダーの尻尾による一撃を受け、どこぞへ飛ばされてしまう。

「逃げるぞっ!」

 サラマンダーを目の当たりにしたショックのせいか、呆然として立ち尽くしているフィオナーレンの手を引き無理矢理引きずった。

「おい、フィオ! しっかりしろ!」

「あ、う、うん……っ」

 しかし草を掻き分け音を、サラマンダーに察知されてしまう。

 目が、アルベールたちを捕らえる。

(早く先生たち、来てくれ……!)

 あの巨大な火喰い蜥蜴《サラマンダー》が動くたび地響きと共に、突進して木が倒れるメキメキという音が絶えず、背後から追いかけてくる。

「アル!」

 フィオの声に振り帰れば、アルベールたちめがけサラマンダーが炎を噴き上げる。

 しかし、さっと前に出たイザベラが炎に向かって両腕を突き出した。

「水と《ストール》万物の母《オノネモニ》千変万化の御姿を変え障壁となれっ《ウースラ・フォニモ・イラ・スティンガ》」

 瞬間、イザベラの眼前に水で出来た巨大な障壁が現れ、紅蓮の塊を瞬く間に飛散させてしまう。

「アル、今のうちに! こっちっ!」

 イザベラが叫ぶ。

「ああっ」

 アルベールはフィオナーレンに肩を貸しながら、前を走るイザベラの後に必死に続く。
 イザベラのウサギ耳が周囲の音を拾おうとするかのように、しきりに動いていた。

「あそこ!」

 イザベラが指を差したのは、小さな洞穴。
 後ろを振り向けば、サラマンダーが必死に追いすがってきていた。

(間に合え―――――――!!)

 イザベラの後に続き、洞穴に飛び込んだ。
 直後、洞穴そのものが大きく揺れた。
 入り口を見れば、サラマンダーが必死に入って来ようと、暴れ回っていた。

 アルベールは洞窟の暗闇に沈んでいる奥のほうを見る。
 どこに続いているかは分からないが、進むしかない。

 アルベールたちは穴の奥へ進んでいく。
 そうしている間にも地響きが洞窟を襲いつづけ、パラパラと小石が天井から落ちてくる。

「早くここを抜けないと、生き埋めになるな。イザベラ、出口は分かるのか?」
「こっちだと思うっ」

 普段のイザベラとも思えない行動だったが手を掴まれ、歩く。
 足下すらまともに見えないほど真っ暗な洞穴を、イザベラの手だけを頼りに歩く。

 と、光を見る。
 最初は小さな点のようにしか見えなかったが、進むごとにその光は大きくなって洞穴から出られた。

(ここは……っ)

 そこからはゴールである丘を見る事ができた。

(えっとあそこが学校で……進んできた道は……)

 アルベールが必死に道を見つけようとしているその時、

 ズウウウウウウウウウンッ

 地響きが襲った。

「くっそ! あの化け物、どこまでしつこいんだ!」
「違う! アル、見てっ!」

 叫んだのはフィオナーレン。
 そちらを見れば、無数の炎の弾がサラマンダーにぶつかっては、巨大な爆音を上げ、黒煙で包み込んでいた。

 ヒイギイイイイイイイイイイイイインンン!!

 情けない声を上げれば、サラマンダー海のように深い森の中へと逃げていった。

「――あーん、みんな、無事だった~?」

 びくっとして声の主を見れば、  アンジュだった。

「せ、先生……。ってことは、あの炎の弾は、カサンドラ先生、ですか?」
「そうよー。もう火喰い蜥蜴《サラマンダー》からよく逃げられたわー。うふふー、後でカサンドラちゃんにお礼を言ってねー」
「アンジュ、礼などいらん。――おい、お前ら。平気か?」

 光の筋が一瞬見えたかと思うと、その位置に、カサンドラが現れた。テレポートの魔法だ。
 カサンドラはアルベールたちを見ると、「無事だな」とうなずく。
 今のいままでサラマンダーと戦っていたことなど感じさせず、いつも通り。
 ちなみにイザベラはいつの間にか姿を消していた。

 無事にアルベールたちは学院へ戻った。
 サラマンダーから無事に生き延びたことでオリエンテーションは合格、ということだった。
 するとドミニカとパウロは待ってくれていて、アルベールたちが無傷だったことを驚き、魔物に遭遇したことをフィオナーレンが言うと、その話を聞きたがった(特にドミニカ)とはしゃいだ。

「楽しかったね~♪」

 学院に戻ると、イザベラは姿を見せた。
 ちょうどアルベールとフィオナーレンの間に入る格好で歩く。

「楽しかったって……危うく死ぬところだったんだぞ」
「う~ん。かもね~♪」
「でもイザベラが魔法で炎を防いで助かった。ありがとう。城での暗殺者の時といい、お前は頼りになるよ」
「えへへ~♪」
 アルベールは声をひそめて言った。
「ところでイザベラ。お前、この辺りの地形を記憶してたんだな。あの洞窟がなかったら、今頃俺たちあの化けもんの腹の中だぞ」
 もちろんその時にはもう一度やり直せるのだろうが、全身をかみ砕かれる感触が残ったまま生き返るなんてごめんだ。
「ん~? ど~だろぉ~? なんか~夢中で走ったらあったの~」
「た、たまたまだったのか?」
「えへへへ~♪ 運がいい~っ♪」
 イザベラはさっきまでの真剣さなどどこかへ捨ててしまったように、いつものような反応。
 アルベールは笑う。
「まあ、どうでもいいよな。そんなこと」
「ね、イザベラ」
 フィオナーレンが真剣な顔で、イザベラを見つめた。
「ん~?」
 フィオナーレンは、イザベラに深く頭を下げた。
「ありがとう。あなたのお陰よ。もしイザベラちゃんがいなかったら、私たち、大変なことになってたから」
「えへへ~♪ あたし、すごい?」
「うん、すごい!」
「えへへ~♪」
 イザベラは上機嫌だった。
 フィオナーレンはアルベールに向き直ると、そっと抱きつく。
「アルもありがとう。二人のお陰で、私はこうして生きていられるわ」
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