堕ちた貴族の復讐譚~バニーガールな魔術師から与えられた能力は、何度もで生き返る力だった

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学院編

パーティー

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オリエンテーションが終わって一週間後。
 比較的平和な学校生活が続いていたとある日。

 廊下で学生が集まっているのを、アルベール、フィオナーレン、ドミニカ、パウロは発見した。

「どうしたんだ?」

 アルベールが声をかけると、学生たちはひそひそと囁きながら道を空けた。

 廊下の壁に『祝・フィオナーレン・リュート・ドリエラ・ベルストラーザ王女殿下の歓迎パーティーを開く。王国の臣民は必ず参加のこと ロベール・リュート・パトリシア・ベルストラーザ』

 そんな掲示物があった。

「おーい、フィオ。お前の歓迎会らしいぞ」
「そんな話、聞いてないけど……」
「でも、見ろよ。ロベールのサインだ」
「あ、本当……」
 ドミニカが貼られていた紙を覗き込んだ。
「へえ。さすがは王子様っ。優しいお兄さんなのね。王女様のパーティーなんだから、すごく合成なんでしょうね」
「そ、そうね」
「でもさぁ~、どうしてアルベールの名前がないの?」
「そりゃ嫌われてるからな」
「そんなことないわ。アルはお兄様が自分を嫌ってるって勝手に思って話さないから。ちゃんと話せば、わかり合えるわっ」
「……まあ、そのちゃんと話せればってのが一番の問題かもしれないけどな」
「とりあえずお兄様と話すわ。こんなこと、わざわざしてもらわなくてもいいものっ」

 校舎で待っていると、多くの取り巻きと共にロベールが現れた。

「兄上!」

 フィオナーレンは、ロベールの元に走っていくのを眺めながら、アルベールはドミニカに聞く。

「なあ、ロベールってのはこの学校での評判はどうなんだ?」

 ドミニカは手帳をめくる。

「んー……少なくとも王国の七光りっていうんじゃないわね。優秀な方みたい。あの性格だから好かれてはいないけど、本人はどうでもいいみたい」

「へえ、ロベールがね」

 アルベールが知っているロベールはとにかく、嫌な奴だ。
 こっちが挨拶しても返さないのはもちろんのこと、ことあるごとに命令や無理難題を押しつけてくるのだ。
 たとえば馬で半日の距離にある崖に咲く花がフィオナーレンが好きだから取ってこい、とか。
 実際その花は手近でも手に入るものなのだが、当時十二歳のアルベールは半泣きになって、どうにかこうにか花を手に入れた。
 しかし手に入れた時にはすでに日が暮れて、アルベールの大捜索隊が結成されているとは夢にも思わなかった。
 おまけにロベールは自分は何も知らない、アルベールは嘘をついていると白を切る始末。
 周りはなんとなくロベールが悪いと分かっているのだが、相手が王太子ということもあって、そのままロベールは逃げ切った。
 例えを上げればキリがないが、ロベールからすればアルベールは大切な妹を奪う大罪人のように感じているということは何となく分かるが。
 アルベールもロベールみたいな奴がフィオと近づこうものなら嫌がらせの嵐だろう。

 と、ロベールがフィオナーレンと一緒にこちらに来る。
 アルベールは「殿下」と頭《こうべ》を垂れた。

「よお、アルベール! この間のオリエンテーションでは妹を守ってくれて礼を言う」
「いえ、当たり前のことをしたまでです」
「今度フィオナーレンの入学を祝うパーティーを開くから、お前も時間があれば――」
 フィオナーレンが眉をひそめた。
「兄上。アルベールも私と同じく入学を祝って下さらないと、私は出席いたしません」
「ああ、もちろん分かっているさ。こいつも主賓さ」

 フィオナーレンはアルベールを見て、うなずく。
 兄上は分かってくれたわ――と言いたいのだろう。

(ったく、フィオのやつ余計なことを……)

 アルベールからすれば欠席でやり過ごしたかったのだが。

「まあお前も、パーティーを楽しみにしておけ。ではなっ!」

 アルベールたちは、ロベールたちを見送った。

 いよいよ学内が騒がしくなる。

 古風な本校舎には大きな垂れ幕が下がり、そこには『祝・フィオナーレン・リュート・ドリエラ・ベルストラーザ王女殿下、ご入学おめでとうございます!』と書かれていた。

「……これ、アルベールの歓迎パーティーでもある、ってことでいいんだよね……」
 垂れ幕を眺めながら、パウロがぽつりと呟いた。
「いいんだよ。どーせ、俺はおまけなんだからさ」
「でもアルベールだって王族、なんだよね……」
「ロベールは俺とフィオの婚約が気に入らないんだよ」
「でもでも~、パーティーって楽しみ~♪」
 ウサ耳をぷりぷり、目をキラキラさせたイザベラがはしゃいだ。
「アル~、ドレス買って~」
「買わなくてもお前はドレス姿になれるだろう」
「え~っ、ケチ~っ!」

 そこへフィオナーレンとドミニカがやってきた。

「さーさー、者共ー! 王女殿下のお通りであるぞーっ!」
 ドミニカがふざけて言うと、
「ちょ、ちょっとドミニカ! やめてったら!」
 フィオナーレンがドミニカの口を押さえる。
「むがーっ!」
「本当にその冗談嫌いっ」
「な、何でよー……。王女様は王女様でしょ?」
「そういうのが嫌だから、名乗らなかったのにぃっ」
 二人のやりとりに苦笑したアルベールは言った。
「にしてもあの地獄のオリエンテーションの後に歓迎パーティーとか……。どうなることやら、だな」
「アル。お兄様も一歩引いてくれたんだから、お願い」
(あれが一歩引いた、ねえ)
 アルベールからすれば、嫌な予感しかしない。
「……フィオ。お前、純心すぎるぞ。どうせ、オリエンテーションでお前だけ生き残れば、とか思ってはずさ」
「そんなことない!」
「やっぱり王女様だねえ」
「もう、ドミニカ!」
「ごめんなさーいっ!」

 怒ったフィオナーレンが、逃げるドミニカを追いかけ回した。

「あ~ん♪ あたしも~っ♪」

 何故かそこに、イザベラまで加わるのだった。

 カサンドラの『魔法概論』の授業が、たんたんと進む。
 カサンドラというのはほとんど黒板に書かず口だけで説明する為に、ノートを取るのはかなり大変だった。

「魔法って奴は何でも出来るように思えるかもしれんが、そんなことは全くない。お前らが考えるよりずっと不自由だ」

 カサンドラは自分の手に、灯火《ともしび》くらいの小さな炎を浮かべる。

「こんなことで出来ることはマッチの代わりくらいだからな。だったらマッチを使えばいい。見た目は派手だが使いどころは少ない。それが魔法。お前たちがガキの頃に呼んだ童話に出てくる魔術師の方がよっぽど万能だ」

 カサンドラは教室にいる生徒たちを見回す。

「魔法にが限界が多い。死者を生き返らせることは出来ないし、自分の限界を越えることもできない。努力ではどうにもならないのが魔法の力だ。持って生まれたもの。魔術師になった瞬間、両の手の平にあるものが魔術師としての全て。それ以上でも以下でもない。魔術師を目指すのはただの馬鹿だとも言える。だったら机に齧り付いて学者や大臣を目指したほうがいい。勉学はどんな馬鹿でも工夫一つでどうにでもなる。きっかけ一つで勉強好きになる可能性がある。魔術師はそういうものがなにもない。己の無力感を味わうだけなのは辛いぞ? どれだけ工夫しようが努力しようが通用しないからな」

 授業終了を伝える鐘の音が鳴った。

「今日はここまでだ。また会おう」

 カサンドラはさっさと教室を出て行った。
 それに続くように生徒たちも廊下に出る。

(魔術師も大変なんだなぁ)

 イザベラをちらっと見る。

(イザベラはそうでもなさそうだけど)

 そう考えて、自分もかとアルベールは思い直した。
 死んだ瞬間、それよりも前の時間に復活することができるのだ。

 それにしても魔術師に死者を生き返らせられないというのならば、イザベラはどうやってアルベールにそんな魔法をかけられたのか。

「アル? どうかしたの?」

 フィオナーレンが覗き込んでくる。

「ああ、何でもない。行こう」

 廊下に出るなり、ドミニカが聞いてきた。

「ねえねえ、みんなはさ、魔術師になりたい?」

 ドミニカの質問に、フィオナーレンは小首をかしげた。

「どうだろ……。でも手から色々なものを出せたら楽しそうっ♪」
「パウロはどう?」
「え、僕? いらないよ。魔術師は魔術師でいろいろと大変そうだし……」
「――んじゃ、アルベールはどう?」
「うーん。俺かあ……。帝国を――んぐぐぐ!?」

 いきなりパウロに手で口を塞がれ、目を白黒させてしまう。

「駄目だよ。滅多なことを言っちゃ……。ただでさえ王国と帝国の関係はいつだってピリピリなんだからさっ」
「わ、悪い……。あはは。口が滑った。悪かった」
「もう」
「……ねえ。あの人私たちのこと、見てる?」

 フィオナーレンの視線を追えば、そこには確かに地味な顔の男がいた。
 男もアルベールたちが気付いたことを分かったのか近づいてくる。
 アルベールはさっと、フィオナーレンを庇う態勢になった。
 男は頭を下げる。

「私は殿下の使いの者です。殿下がアルベール様にご用があるとのことでございます」
「お兄様が? なら、私も……」
「フィオナーレン様には今晩のパーティーの準備をするように、とのロベール様の御言葉です」
「そ、そう」

 ドミニカが「はいはーい!」と手を上げた。

「んじゃ、私が王女様の代わりに……」
「申し訳ございませんが、アルベール様だけでお願いいたします」
「なによー! ケチー!」
「とにかく行ってくるよ。フィオ、夜にな」
「うんっ!」

 フィオナーレンたちに見送られる。

「アル、行こ♪ 行こっ♪」

 アルベールは、イザベラに腕を引かれてしまう。

 連れて行かれたのは四年生の寮だ。
 一年生の寮の二倍はあるほどに広く、建築様式も古そうで、壁にはツタが張っている。
 窓一つ一つがステンドグラスになって綺麗だ。
 玄関ホールに入ると、壁には大きな肖像画がかかっていた。

「すいませーん。この絵の人たちって誰ですか?」

 アルベールが案内役男に問いかける。

「ああ……。これはかつて存在していた偉大な魔術師たちです」

 肖像画が描かれている人物は中年や初老の男性、他にドレス姿の貴婦人など。
 アルベールの目が留まったのはその肖像画の中でも一際大きな絵。
 白ひげを蓄わえた初老の男性。
 他の絵との違いは、その鋭く、まるで本物のように見える眼差しだろうか。
 ただの絵だというのに今にも喋りだしそうなほどに生々しい。

「この人は?」
「魔術師から《始祖》とか呼ばれてる人です」
「ああこれが……って、イザベラ、なにしてるんだ?」
「う、ううう……」

 イザベラはプルプルと小刻みに震えながら、アルベールの背中で身を小さくしている。
 ウサ耳もぺたんと萎《しお》れていた。

「うう、あのおじさん、怖いぃぃ……」
「まあ確かにおっかなそうな人だよな。イザベラはあの人に会ったことがある……って、さすがにそんな訳ないか」

 イザベラを引きずりながら歩いた先は、中庭だ。
 四年生の寮はロの形をしていて、真ん中の空間が庭になっていた。

 そこにはすでに、ここまでアルベールたちを連れてきた男と同じような取り巻きが十人以上いて、せっせとロベールの相手をしていた。

 ロベールは大きな日除け傘の下、テーブルセットにティーセットを置いて、優雅なティータイムを過ごしている。

「おお、来たか! 近う近うっ!」
「殿下。突然、いかがしましたか?」
「座れ。――ああ、それから、そこの御婦人にも椅子を!」

 新しい椅子が用意出され、ティーセットを囲んだ。
 ロベールが本題を切り出すまでに、無駄な時間が過ぎる。

(ったく。本当にイライラする……)

 と、ロベールがおもむろにカップをソーサーに戻した。

「さて……。話というのはだね、パーティーの席でフィオナーレンの好物をだしてやりたい、ということなのだ」
「フェミノアキノコ、ですか?」
「うむ。採《と》ってきてくれ」
「今からですか?」
「ああ」
「でもパーティーは今日の夜ですよね? 用意してなかったんですか?」
「用意はしてあったんだが、質が悪くてな。やはり採りたてでなければ……」
(こいつ、俺をパーティーに出さないつもりか)
「……ちなみに、そのキノコはどこにあるんですか?」
「森の中だ。ここからあの大きな岩の塊が見えるだろう。あれさ」
(また俺をハめるつもりか)
 そこへ、イザベラが言った。
「でも~、あそこには魔物がいるんだよ~?」
 ロベールはうなずく。
「分かっている。だから腕の立つ人間が行かなければならない。オリエンテーションでサラマンダーから、フィオナーレンを無事に助けたお前が行くのが相応しいとは思わないか?」
「……分かりました」
「そうかっ! お前ならそう言ってくれると思ったぞ! では頼んだっ! さっさと出発したほうがいい。パーティーには出たいだろ?」
 ロベールがあくどい笑みを浮かべて言った。
「失礼します」

 四年生の寮を出る。
 今は午後二時。
 距離を考えれば、いくら順調にいっても夕方を過ぎるだろう。

「イザベラ。今日の朝に戻るぞ」
「は~~い♪」

 こんなつまらないことで力を使うのもどうかとは思ったが、ロベールのやりたい放題になるのも気に入らなかった。
 アルベールは短剣で、心の臓を突いた。

  早朝、アルベールはパウロ宛に『ちょっと出てくる。先生には適当に言っておいてくれ』という書き置きを残し、学校を出た。
 まだ東の山の稜線がほんのりと明るくなっていたということもあって、森の中は薄暗かった。

「えへへ♪ お散歩楽しいね~♪」

 誰もいない森の中を、イザベラはくるくると周りながらキャッキャッ笑ってはしゃぐ。

「おい、またどこで魔物が現れるか分からないんだから気を付けろよ」

「平気平気~♪」

 と、イザベラが転びそうになったので、慌てて彼女の手を取った。

「お、おい……気を付けろよな」
「えへへ~♪」

 アルベールはイザベラと手を繋ぎながら周囲に気を配りながら進む。
 木々の合間かられいのキノコがあるらしい岩山が見えてくる。
 ここまでは順調だ。
 そして目的地の岩山に到着した。
 二十メートルはあろうかという岩山は円錐の形で、先端にいくほど細くなっている。
 岩肌には道らしいものはなく、ゴツゴツした岩肌があるばかり。

「イザベラはここにいろよ」
「大丈夫~?」
「ああ、これくらい何てことないさ。お前は俺が落としたキノコをうまくキャッチしてくれよっ」
「任せて~!」

 アルベールは岩肌に足や手をかけられる場所を見つけては、登っていく。
 と、壁の亀裂部分からは無数のキノコがびっしりと生えそろっていた。

(もうすぐだっ!)

 慎重に足場矢や手ををかける場所を探り探り、登っていく。
 そこで右手を大きく伸ばし、キノコを掴み取ったその時。

 バサァッ! バサァッ!

 何かが羽ばたくような大きな音が頭上でした。
 その音から、その羽ばたきの主はかなり巨大だと分かった。
 見れば、

「っ!」

 そこには全身をゴツゴツした灰色の皮膚に、巨大な翼を持った爬虫類がいた。
 その巨大な魔物は岩の頂きに着地すると、その大きな尾を岩山の先端に巻き付け、目を閉じる。

(寝てる、のか?)

 だったら今がチャンスだ。
 アルベールはキノコをむしるたび、地上へ落としす。

「ちゃんとキャッチしてるよ~~~~!!」

 イザベラが大声を上げる。

「っ!?」

 はっとして上を見る。

 魔物は「グウウウウッ……」と声を漏らしながらも、身動ぐだけだった。

(イザベラ、もうこれ以上、叫ぶなよっ)

 魔物を見ながら、キノコを落としていく。

「あ~~! そんなにいきなり落としちゃ取れないよぉぉ~~~~!!」

 再びイザベラが叫んだ瞬間、カッと魔物が目を見開く。
 ゴツゴツした皮膚の首を動かして、アルベールを睨み付けてきた。

「イザベラ! 今度は俺を受け止めてくれっ!」

 魔物が首を伸ばし、アルベールを食らおうと大きな口を開ける。

「ええ~~~~!!」

 イザベラの困惑の声を無視して、両手にキノコをつかみとり飛んだ。
 全身で浮遊感を味わいながら、みるみる魔物との距離が離れていけば、全身を風に包み込まれる。

「――水と《ストール》万物の母《オノネモニ》千変万化の御姿を変え障壁となれっ《ウースラ・フォニモ・ラ・ウーロ》!!」

 イザベラの詠唱が聞こえたかと思った次の瞬間、全身を柔らかく、ひんやりした感触に包み込まれる。
 目をやれば、それは大きな泡がアルベールを包み込んでいた。

「イザベラ、助かった! 逃げるぞ!」
「え? 何で~?」
「あれ見ろ!」

 アルベールが指させば、そこにさっきの翼のある魔物が滑降して、こっちに急接近してきていた。

「来いっ!」
 
 アルベールはイザベラの手を引き、逃げる。

 ギイエエエエエエエエエエエエ!!

 森の木々によって空が遮られているせいで魔物が今どのあたりにいるのかは分からなかったが、確かに鋭い声はアルベールたちの後を追っていた。

 すぐ後ろで、

 バリバリ、ガガガガアアアアアアン!!

 けたたましい音がした。

 振りかえれば、魔物が地面を陥没させて着地していた。
 周囲にあった木々がへし折れ、薙ぎ倒され、土煙をもうもうとたたえている。
 魔物はアルベールたちを視認するや、濁声の大声を上げて駆けてくる。

 走っていくうち、イザベラの上衣のすそからぽろぽろと何かが落ちた。
 キノコだ。

「あ~~んっ! キノコぉぉぉぉ!!」
「キノコの心配なんてしてる場合か……!」

 振り返ると、魔物が道に転々と落ちているキノコを食べるのに夢中になっていた。

「イザベラ! お前だけでも逃げろ!」
「アルは!?」
「俺ならまだ死んでもやり直せるだろ。お前が死んだらどうするんだ」
「……分からない、けど」
「だったら俺が囮になるから、そのうちに逃げろ!」
「いやあ! あたしも一緒っ!」
「お、おい!? 腕にしがみつくなって!」
「離れないぃ~っ!」
 イザベラはいやいやをしながら、ウサ耳を擦りつけてきた。
 しかしアルベールは引き離す。

「これは命令だ!」

 イザベラが落としたキノコを食い尽くした魔物が、ギロッとこちらを見た。

「早く行け!」
「……っ!」

 アルベールは、キノコを両手に抱える。
 明らかに魔物の目が、あからさまにキノコを追った。

(こいつ、相当これが好きみたいだな……。――そうか。ロベールの奴、これを知ってのことかっ!)

 それなら、尚更、こんなところで魔物に喰われる訳にはいかない。

「おらこっちだ! 来いっ!」

 アルベールは走りだす。
 とにかく森の中を駆け回るが、魔物相手には無駄な足搔きだった。
 魔物は巨体を激しく動かし、次々と大木を倒していく。

「っ!」

 目の前に壁が現れる。崖の斜面だ。
 振り返ると、すぐ眼前に魔物の巨大な口。

「くっそっ!」

 間一髪で回避すると、魔物は頭から崖に頭を突っんだ。
 アルベールは今のうちに逃げようとするが、右の太腿に鋭い痛みがはしり、バランスを崩してしまう。
 弾けた岩の欠片が突き刺さっていた。

 魔物が崖から頭を引き抜き、アルベールを見る。
 瞬間、魔物の頭で爆炎が起こる。

「イザベラ!? 何で逃げてないんだよ……っ!」
「巡れ《ルース》。焔《エン》。全てを灼き、尽くし、業焔と舞え《イフリータス・サエトス・パリュッタス》!!」

 宙空に浮いた無数の火の玉が次々と魔物に向け、飛ぶ。

 それは矢よりも鋭く、深く、魔物を灼く。

 ギイイエエエエエエエエエエエエエエエエ!!

 魔物は羽ばたき逃げようとするが、その瞬間、横っ面めがけて火の玉がぶつかり、黒焦げとなりながら、ついっさき頭を突っ込んだ崖に再びぶつかると、崖が崩れ、無数の岩石が魔物の上に落ち、たちまち埋まってしまう。

「アーーーーーーーーーーーーーールウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッゥウ!!」

「っ!?」

 イザベラが突進する勢いで、抱きついてきた。
 アルベールはそれを支えきれず、イザベラの下敷きになってしまう。

「……お、おい、苦しい……っ」
「えへへ♪ あたし、すごいでしょぉ♪」
「なんで言う通りにしなかったんだよっ」
「あたしが来なかったら、食べられてたくせにぃ♪」
「それは……。でも俺は喰われても別に……」
「でも、どっちみちキノコは取らなきゃいけないんだしさぁ~。そ~したら、またアレと戦うかもしれないんだよ?」
「う」
「多分さ~、どっちみちあたしを頼ると思うんだよね~♪」
「……イザベラ、助かった」
「いぇーいっ♪」

 夕暮れ時を迎え、歓迎パーティーの会場にアルベールとフィオナーレンは、パーティー会場の控え室にいた。
 フィオナーレンはロベールから送られた赤いドレス姿でうっすらと化粧をしていた。

 パーティー会場は学校の敷地内にある多目的ホール。
 そこにもフィオナーレンを歓迎する横断幕がひるがえる。

「もう、お兄様ったら……」

 フィオナーレンは露出の多さに恥ずかしそうにモジモジするのを、アルベールはニヤニヤしながら肘でつっついた。

「孫が出来たじいさんみたいだな」
「笑いごとじゃないったら。……恥ずかしいし。歓迎会だってこんな大規模じゃなくって、もっとこぢんまりしたものでいいのに」

 ドミニカが「けっ」とわざとらしく言う。

「あたしだったらこんなに歓迎されたら、もーメチャクチャ喜ぶのになぁ。これだから王女様はー」
「王女は関係ないったらっ」
「ホラホラ笑顔笑顔」
「もう」

 会場に入ると、たくさんの拍手で出迎えられた。
 会場には贅を尽くした料理が置かれたテーブルが、所狭しと配置されていた。

 ここは文句を言っていたフィオナーレンも王女らしい笑顔で、自国の人々に手を振りながらパーティーの主催者である兄の元へ。

「お兄様。このたびは、このように豪華なパーティーを催していただきありがとうございます」
「うむ。どうだ? 喜んでくれたか?」
「もちろんでございます」
「それは良かった」

 アルベールは口を挟んだ。

「――殿下。キノコはお気に召して頂けましたか?」

 一瞬、ロベールのこめかみがひくっと震えたようだったが、そこはさすがに魑魅魍魎《ちみもうりょう》の住まう宮廷で生活してきただけあって、満面の笑みでどす黒い感情にフタをした。

「もちろんだともっ! どれも極上で、料理人が喜んでいたぞ!」

 フィオナーレンが首をかしげる。

「キノコって?」
「今日、殿下に呼ばれただろ。あれはお前の好きなキノコを採ってきてくれって言われてたんだ」

 あのたくさんのキノコをぶちまけた時の、ロベールのあの間の抜けた顔と言ったらなかった。

「二人とも、楽しんでくれ」

 ロベールは去る。
 楽器を使える学生の楽曲が流れると、パーティーは和やかに開始した。

「フィオ。踊ろうぜ?」

 アルベールはダンスフロアの方を指さす。
 そこでは学生達の中で、やる気満々なドミニカと苦笑い気味なパウロが踊っていたのだ。

 フィオナーレンが差し出してきた手を恭しく採ったアルベールは、ダンスフロアで踊り出した。

 と、フィオナーレンは囁く。

「ね、お兄様と何かあったでしょ?」
「まさか」
 アルベールは肩をすくめた。
「ううん、絶対にある。分かるんだから。お兄様、ちょっとイライラしてたし」
「……まあちょっとな」
「ね、何か言われたなら教えて。お兄様には私から言うからっ」
「男にはプライドがあるんだよ。すぐにお前が出て来たら俺があいつを怖がってるみたいじゃないか」
「でも」
「任せてくれ」
「……分かった」
 フィオナーレンはうなずき、ダンスに集中した。

 魔術師が、円卓に集められた。

「同志諸君。昨今学院の周辺領域で魔法が用いられている痕跡があるとの報告があった」

 円卓の古参、マルティンが告げる。

 視線が優男のフランツに集中した。

「何ですか。私を見て……」

 青白く神経質な顔のヨーゼフが、フランツを睨んだ。

「同志フランツ。君が《蛇の巣》の管理人だからだよ」

「皆さん。私は形だけの管理人だ。あそこで行われていることの実質な管理者は院長のオルガーノのです」
「無責任なことを言うなっ」

 ヨーゼフの怒りなど、フランツはどこ吹く風。

「そう言われましても……。そもそもあそこには魔物がいるんですよ、同志諸君」
「そういう魔法ではないのだ、同志フランツ」

 マルティンが告げた。

「明確な魔法の力ではなく、その『歪み』なのだ」

 それまでせせら笑うような表情だったフランツは、真顔になった。

「『歪み』とは……強大な魔法、ですか?」
「しかしどの魔術師もそんな魔法を使っていない……いや、そこまでの実力などここでもごく僅か、なのだ」
「分かりました、同志諸君。私も調査をしてみましょう」
「宜しくお願いしますよ、同志」

 そこで会議は解散した。
 立ち上がろうとしていたフランツの元に、唯一の女魔術師のアウグステ。

「同志フランツ。よろしいでしょうか?」
「どうされました?」
「先程の『歪み』というのは何ですか?」
「水面に鳥が降り立ち、また飛び立てば波紋が残るように、その余韻が残れば残るほど強大な魔法だと分かるんですが……」
「何か?」
「それほど強大な魔法が使われれば、《蛇の巣》の魔術師たちが気付かないはずがないんでねえ。それでちょっと困ってるんだ」
「確かに……」
「まあ、おいおい真実は分かるでしょう。それでは」
「ええ」

 アウグステが見送っていると、背後に人の気配を感じてはっとして、振り返る。

「ど、同志……ヨーゼフ……ど、どうされたんですか?」

 ヨーゼフはアウグステではなく、フランツが消えていった方をじっと見つめている。

「あいつには気を付けろ」
「同志フランツ、ですか?」
「あれは混沌を好んでいる。油断をすればたちまち呑み込まれる。注意したほうがよいぞ」
「……ご助言、承りました」

 ヨーゼフは相変わらず辛気くさい雰囲気をまとったまま、挨拶も無くテレポートした。
 ふっとアウグステは息を吐く。

 間もなくアウグステが円卓の一員となってから、二年目が過ぎようとしている。
 アウグステは野盗に家族を殺され、本人の命も危ういというところで、魔法《ちから》に目覚めた。
 そしてアウグステは魔術師に拾われ、その元で魔術師としての勉強を受けた。
 その魔術師は病で亡くなり、一人で研鑽に励んでいるところで円卓へのお呼びがかかった。
 実はアウグステに教えを施していたのが円卓のメンバーで、自分の跡にアウグステを、と推薦したらしい。

 ――魔術師といえども、人の心を忘れてはいけないよ。

 その人はよくそう言っていた。
 魔術師の師ではなく、母と慕ったあの人。
 アウグステという名前も、彼女からもらった。

(どうして私を円卓なんかに……)

 アウグステはまたも溜息をつき、テレポートした。
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