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第二章 奴隷編

第20話 キヨちゃん 大下清江

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清江達一行は、教会の礼拝堂で日課の礼拝を行っていた。
礼拝が終わると同時にヘレナが声をかけて来た。

「どうですか、皆さん。こちらの生活にも慣れましたか?」

清江達は、ブテラの街へ来て4か月が経過していた。

「はい。ヘレナ様のおかげで、現地の方達とも会話ができるようになりましたし、何不自由なく過ごしています。」

清江が代表して答えた。

「それは、良かったです。ところで以前話した通り、領主様に拝謁する日取りが決定しました。3日後の午後一番です。」

ブテラの領主は「デミルド・シュタイン・ブテラ」という伯爵だ。

清江達一行が毎日礼拝を行ううち、生徒の一部に神の加護と呼ばれる、魔法を発現させる生徒が現れた。

きっかけは、ヘレナの授業だ。

ヘレナが、言語の授業の傍ら、この世界に存在する神の加護について説明したところ、幾人かが実際に神の加護を発動させたのだ。

その神の加護発動が特に顕著けんちょだったのが「ヒナ」だった。
ヒナが発動させた神の加護は「ヒール」だった。

この世界の教会は、病院も兼ねていて、誰かが怪我をすれば、教会に運ばれ、神官がヒールを使って治療していた。

ある時、怪我人の一人を、神官が到着するまでの間、ヒナが介抱していたところ、突如、神の加護が発動して怪我人を治癒ちゆさせてしまった。

その効力は、神官をも上回るものだった。

その後、怪我をした兵士の集団を瞬く間に治療した事で、ヒナ達の噂が、領主の耳に入ったらしく、ヒナ達一行が宮殿へ招待されることとなった。

「俺も行くのか?キヨちゃん」

リュウヤには、いまだ神の加護は発動してなかった。

ただし、身体能力は抜群の成長を見せ、今では100メートルを8秒台で走る程だった。

「そうですね、全員招待されていますから、さぼり禁止ですね。」

一行は、教会を後にして、宿泊場所へ向かった。

「それにしても、すごいわね、ヒナさん。」

道中、清江がヒナに話しかけた。

「いえ、そんなこと無いですよ。」

ヒナは、清江が先日の兵士達を治療した件のことを言っているのだろうと解釈して、少し謙遜した。

「すごいどころの話じゃないぞ。」

木村も話に加わる。
 
今から10日ほど前、ヒールを発現させたばかりのヒナが教会へ行ったところ、20~30名の兵士や商人が運ばれてきた。

ブテラは首都から遠く離れているが、海産物や塩等を主とした交易が盛んで、その交易の為のキャラバン隊が組まれることが多い。

そのキャラバン隊が砂漠を通過する際、魔物に襲われたらしいのだ。

運ばれてきた兵士達は、ほとんどの者が重症で、中には意識の無い者もいた。

神官や修道士、修道女が手当てにあたっていたが、一人ひとりが重症なうえに人数が多い。
死者が出るかもしれない状況だった。

ところが状況が一変した。

ヒナが一人の重症患者に対して、ヒールを施したところ、対象の患者だけでなく、周囲の患者数名も、いやされたのだ。

つまり範囲効果を持つヒールの発現だった。

ヒナの力は日に日に強まりつつある。

「あの時は、無我夢中で、だれか死んだら嫌だと思い続けていたんです。そしたら、なんだか体中が熱くなって、気が付いたら皆の怪我が治ってました。テヘ」

「テヘペロじゃ、ないわよヒナ。あんたのやったことって、この国始まって以来のことだそうよ。だから領主様にも呼ばれたのでしょう。」

ウタがヒナに軽く肘うちする。

「そういうウタだって、ヒール上手だし、火の魔法も使えるじゃない。」

ウタは、ヒールの他に攻撃魔法も発現していた。

ウタだけではなく、ヒナ達一行、全員に月のパワーによる変化が起きていた。

ある者は、身体能力が極端に向上し、ある者は、魔法を発現した。

特殊な場合は、イツキのように、頭脳の回転が著しく向上し、たった一週間で、現地語のインデラ語とゲラン語を使いこなせるようになったのだ。

また、身体も精神面も能力が向上した者がいた。

アキトだ。

アキトは、元々身体能力に長けていたのが、さらに能力向上し、魔法も火の属性魔法のみならず、水、土、風、闇、等、あらゆる属性の魔法が使えるようになっていた。

しかし、能力の向上を心配する者もいた。

「何、心配そうな顔してるんですか?」

ヒナが清江の顔を覗き込んだ。

「いえ、心配と言うほどのことじゃないんだけど、私達、全員強くなって、大丈夫かなと。」

「何が心配なんですか?」

「今、この国は、どこかと戦争しているでしょう・・」

清江の心配は、自分や生徒が兵力として評価されるのではないか、ということだった。

現に、ヒナは、一度に多数の兵士の治療が出来るし、アキトの攻撃力は、そこいらの兵士のはるか上をゆく。

自分たちが、戦力として戦場へ駆り出だされるのではないかと、心配しているのだ。

「そうだな。そのことは良く考える必要があるな。今度領主様に拝謁はいえつしたら、そこの点も、気にかけておこう。」

木村も清江同様、戦争に巻き込まれるのではないかと、一抹の不安を抱えていた。



大下清江、30歳。
生徒は清江のことを「キヨちゃん」と親しみを込めて呼んでくれていたが、本人は「ちゃん付け」で要ばれるような年齢ではなかった。

広島県の出身で、東京の某有名大学で教職員免許を取得した後、田舎へは帰らずに、東京の私立高校に就職した。

小柄で愛嬌のある性格だったが、美人というには少し遠い存在だった。

清江は、自分の容貌にコンプレックスを持っていて、それが原因で、生まれてこの方、彼氏と言う存在を持ったことがなかった。

周囲から見れば、愛嬌のある可愛い娘だったが、なぜだかテレビや映画の女優と自分を比較してしまい、自分を卑下して積極的になれない面倒な性格だった。

学生の頃は、他の若い人と同様に、いつか素敵な人と巡り合い、素敵な恋をして
幸せな結婚生活を送ることを夢見ていた。

大学2年生の頃、テニスサークルで出会った一学年上の男性に恋をした。

その男は身長が高く、やせ形で、凛々りりしい顔つきの清江好みの男だった。

サークルの打ち上げで、酒の影響もあって、勇気を出してその男に近づいたところ予想に反して、男からの反応が良かった。

気を良くした清江は積極的にアプローチした。その結果、その夜、その男と肉体関係を持った。
清江にとっては、生まれて初めての経験だった。

 清江は有頂天になった。

(ついに彼氏が出来た。♪)

一夜明けて、キャンパスで、その男に寄り添った。

しかし、相手の男からは意外な反応が返ってきた。

「昨日は酔ってたからねー また今度遊ぼうね。じゃぁね。」

清江の頭の中では

(肉体関係を持つこと=彼氏=結婚)

というイメージが確立していた。

その考えは、清江にとっては普遍的なもので、この世の誰もが同じ考えだと思っていたのに、結局は、世の中と自分の考えは違うということを思い知らされた。

それでも清江の男性に対する好みは変化しなかった。

対象の人間性や生活環境等、人間の本質よりも外見を重視する性格だった。

早い話が、清江はメンクイだった。

その男に振られてから、清江はますます臆病になり、結局現在に至るまで異性と交際することができなかった。

大学を卒業して教師になってから同僚の教師に言い寄られることもあったが、いずれの男も、平々凡々とした男で清江の好みではなかった。

人生設計を考えれば、外見よりも、その人の人間性、生活環境、経済力に重きを置くべきなのは重々承知していたが、メンクイは性癖ともいえるもので、男性を選ぶ第一の基準として外すことが出来なかった。

学生の時に一度だけ、理想のタイプの男と肉体関係を持ったことも大きな要因で、

(あの人以下の男とは交際したくない。)

そんな思いが清江の心の奥底にあった。
30歳になった時、田舎の両親から見合いを勧められ里帰りのついでに見合いをした。

相手の男は30代後半の公務員で、可もなく不可もなくといった印象だった。

なぜかしら、相手は乗り気でSNSでやりとりをするうちに、結婚を承諾することとなった。

本当は、もっと容姿の優れた男と一緒になりたかったが、さすがに三十路になった清江は、妥協する道を選んだのだ。
来年の春には結納の段取りだった。

清江は、婚約してから、いわゆるマリッジブルーという症状に陥った。

相手のことが気に入らないわけでもない。

イケメンではないが、優しい性格で収入も安定した公務員だ。

それでも清江は心の中で

(本当にあの人で、良かったかしら、もっと素敵な人がいたんじゃないかしら。)

答えの無い疑問を繰り返し自分にぶつけていた。

そんなもやもやした日々を送っているうちに、学校で、とある生徒が目についた。

生徒会長選挙で演壇に立ち、凛々しく演説する美少年

『アキト』

だ。

演壇に立つアキトを見て清江の心は震えた。

(なんて素敵な男の子なんだろう。)

絶対口に出しては行けないこと、いや、想像してもいけないことかもしれなかったが、清江は生徒の「アキト」のことが好きになってしまった。

アキトの容貌は、清江の理想形だった。




「大下先生!」

列の後方にいたはずのアキトが目の前にいた。

「あ、アキト君!」

「どうしたんですか?考え込んで。」

「あ、いえ、皆の将来のことを考えて・・・」

「僕たちの将来?そりゃ安泰ですよ。なんてったって、僕がいますからね。何があっても皆を守りますよ。」

アキトは元の日本ならスーパーマンとか超人とか言われても可笑しくない能力を身に着けていた。

軽く5メートルをジャンプし、100メートルを7秒くらいで走り、様々な魔法を使うことが出来たのだ。
有頂天になるのも無理はない。

「あ、いえ、そうじゃなくて、強くなるのは良いけど、戦争にまきこまれるんじゃないかと・・」

「大丈夫ですよ、よその国の戦争なんて、参加しなければ良いだけですよ。」

「そうかしら・・」

一行は遭難したときに比べて、はるかに明るく強くなっていたが、暗い影が近づいていることに誰も気が付いていなかった。
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