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第五章 獣人国編

第129話 退職は認めない

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キューブの地下室、タイチさんの前で、俺はエリカを妻にすると宣言した。
エリカは俺を助けるために大怪我を負った。

俺はその責任を痛感している。
そこへエリカが「責任を取るというなら、結婚して。」と申し出た。
少し驚きはしたが、俺は即答した。

「わかった。結婚しよう。」

俺の返答にエリカが驚いている。
俺はエリカの結婚の申し出が俺を遠ざけるため、俺に負担をかけないためだろうと想像できた。

だからなおさらのこと、エリカが愛おしくなったのだ。
怪我に対する責任と言う意味もある。
それは隠せない。

しかし、俺はエリカからの申し出が嬉しかった。
今まで女性から告白されたことなどない俺が、突然映画スターのような女性から告白されたのだ。

今のエリカの容貌は、たしかに醜いが、エリカ自身が変化したわけではない。
俺はエリカがおばあちゃんと接する姿をとても美しく感じていた。

エリカの心根が好きなのだ。

それにエリカの怪我を俺が治せるかも知れないという希望もあった。
俺の魔力やスキルは、日に日に成長している。
いずれエリカを完全に治癒することの出来る能力が育つような気がする。

毎日ヒールをかけ続ければケロイドが治るかも知れない。
眼球を再生する力も育つかも知れない。
だから、エリカと離れたくないのだ。

もし、将来俺にエリカを治癒する能力が生まれなかったとしても最終的にはアウラ様の龍神丹がある。

龍神丹は一粒作るのに1000年かかる。
だから、おいそれとアウラ様にねだることはできない。
その一粒の丸薬を求めて戦争が起こったほどの貴重品なのだ。

あくまでも最終手段、どうしてもエリカを治癒出来なかった時には、お願いしようと思っている。

その時、俺の仲間だというだけの条件では、お願い出来ない。

しかし俺の妻なら話は違う。
そういういろいろな意味から俺は「結婚しよう。」と答えたのだ。

結婚しようと言った時にヒナのことが頭をよぎったが、今はエリカに向き合おう。

エリカは目を白黒させている。

「結婚だなんて、そんな。」

「言いだしたのはお前だぜ。」

「わかっています。でも本気じゃなかったんです。そう言えばソウ様も引き下がってくれるだろうと。」

俺はエリカの両手を取って引き寄せた。

「エリカ、お前が俺を気遣って結婚と言いだしたことは、すぐわかったよ。それがわかった上でもう一度言う。俺と一緒に居ろ。結婚が駄目でも、俺から離れるな。俺の側から離れるな。それは俺の望みだ。俺はお前が好きだ。」

エリカが俺を見上げる。

「いいの?本当にいいの?」

俺はエリカを抱きしめた。

「それが俺の望みだと言っただろ。」

「ああぁぁっぁぁグスン、あぁぁぁ」

エリカが声を出して泣き始めた。
俺はエリカをもう一度抱きしめた。
エリカの体温が俺に伝わる。

『よかったな。』

心なしかタイチさんの声が湿っている。



エリカを連れて一階へ戻った。

「みんな聞いて。」

全員が俺を振り向く。

「皆のおかげでブルナが帰って来た。ここ最近で一番のうれしさだ。」

拍手が起こる。
ピンターが踊っている。
ニク串音頭だろう。

「そしてもう一つ嬉しい知らせだ。ここにいるエリカも今日から俺達の仲間、家族だ。これから俺達と行動を共にする。」

エリカが頭を下げる。
イリヤ様がエリカに寄り添って肩を叩いている。

詳しく説明しようかとも思ったが、ここにいるのは俺の仲間だ。
皆俺の性格を良く知っている。
多くを語らなくても理解してくれるだろう。

「いっきに仲間が増えやんしたねぇ。母屋を改築するでがすよ。明日から忙しいでがす。」

キューブはキノクニの旧社屋の奥にある倉庫に置いてある。
ドランゴさんの言った母屋というのは旧社屋の事だ。
最初は旧社屋に住もうと思っていたが、キューブでの暮らしが快適だったので、だれも引っ越す気にならなかったのだ。

しかし、エリカやブルナ、ブルナの同僚が仲間になって一気に住人が増えた。
ブルナの同僚には今後の希望をブルナが聞いたが、いずれの子も身寄りが無かったり、家族があっても行方不明だったりと、皆ブルナと同じ境遇だった。

それぞれの家族や行く先がみつかるまで俺が面倒を見ることにしたのだ。
ブルナが問いかけた。

「ソウ様、良いのですか?ヒュナ達まで面倒を見てもらうなんて。」

俺に代わってピンターが答えた。

「いいよ。兄ちゃんは、困っている人を見捨てたりしない。お腹がすいた人にはご飯をあげるんだ。必ず。ね、兄ちゃん。」

「そうだな。ピンターの言うとおりだよ。ブルナは俺の家族だ。家族の友達が困っていれば助けるのは当たり前。ブラニさんもラマさんも俺と同じ事をしただろう。」

ブラニさんとラマさんはブルナの両親、未だに行方が知れないが、もしここに居れば俺と同じ事をしただろう。

「ありがとう。ソウ様。」

「ありがとう神様。」

ブルナに続いてヒュナが頭を下げた。
俺はヒュナがかぶっていたフードの上から頭をなでた。
手に少し違和感があった。

ヒュナの目線までしゃがんでヒュナに訪ねた。

「人猫族なの?」

ヒュナがフードを外した。
猫耳がぴょこぴょこ動いている。

「違うよ。ヒュナ、狼族。」

猫耳だと思ったのは狼の耳だった。
そういえば少し尖っている。

鑑定をしたところ属性は「狼族」となっていた。
人狼と何が違うのだろう?

「ヒュナは、ラーシャ国出身で獣人の奴隷としてゲランの貴族へ売られたそうです。」

ラーシャ国はゲランの北、ジュベル国の東にある国だ。
ライジン将軍がルチアの後を追って行ったのは、そのラーシャ国だ。

俺はキューブを出てキノクニ本社へ行った。
ブンザさんとハットリ部長に事の経緯を話してエリカをもらい受けるためだ。

俺は営業部長のブンザさんとハットリ情報部長に詫びを入れた。
エリカはハットリ情報部長の直属の部下だ。


「ハットリ部長、ブンザ部長、申し訳ないです。お預かりした大切な社員をこんなめにあわせてしまって。エリカは右目を失いました。すべて俺の責任です。俺が生涯面倒を見ます。」

ハットリ部長の表情は険しい。

「シン相談役、それは償いの為にエリカの面倒を見ると言うことかな?」

もちろん、それもある。
責任にかこつけてエリカを手元に置こうとしていると言われれば、そうかもしれない。
俺の私事にエリカを使い、その任務途中にエリカは怪我をした。

俺自身もどうしてよいのかわからない部分もある。
それでもはっきりしているのは、エリカをこのまま捨て置く事は絶対にできないということだ。

なんと言われても良いからエリカを幸せにしたい。
その気持ちに偽りはない。

「今、俺の心の中は複雑で、うまい言葉がみつかりません。でも一つだけ言えることは、俺が、心からエリカの幸せを願っているということです。だからエリカにとって一番良い方法をエリカと一緒に探したいと思います。偉そうに言ってすみません。」

ブンザさんがニコニコしてハットリ部長を見た。
ブンザさんは『真偽判定』というスキルを持っている。
ブンザさんは俺が真実を述べたことを笑顔になることでハットリ部長に告げたのだろう。

「わかった。しかしエリカの退職は認めん。」

ブンザさんが「どういうこと?」という表情でハットリ部長を見た。

「エリカの退職は認めんが、新しい役職についてもらう。シン相談役の秘書だ。片時も離れるな。」

エリカの包帯からのぞく左目が輝いた。
つまりエリカはキノクニを退職することなく俸給をもらいながら俺の側にいられるということだ。

「ありがとうございます。」

エリカが深々と頭をさげた。
これでエリカは正式に俺の仲間になった。

ブンザさん達にブルナを取り返したことも報告したかったが、俺がやったことはゲラン国軍から奴隷兵を脱走させたという犯罪だ。
ブンザさんや、ひいては手はずを整えてくれたラジエル侯爵に迷惑をかけかねないので黙っておくことにした。

「ところでハットリ部長、戦争の状況はいかがです?」

俺が次にすべきことはヒナ達の救出、それに出来れば俺と知り合った多くの人々を戦禍から守ることだ。

「うむ。宣戦布告は既に終わり、国境付近では小規模な戦闘も起きている。ラジエル侯爵が頑張ってくれたが、このキノクニも戦時徴用された。」

「つまりキノクニが軍隊の一部に編入されるということでしょうか?」

「そうじゃ。ゲラン軍の兵站を担う役目を仰せつかった。避けようが無かった。」

つまりキノクニが軍事物資全般の調達や輸送を国の機関として行うと言うことだ。

「お二人だから話します。今回の戦争は、とある宗教国家が大きくからんでいます。この戦争の目的はゲランとジュベル両国を弱らせることにあるようです。なんとか戦争を止める方法は無いでしょうか。」

今回の紛争の元となったのはジュベル国ネリア村近辺をヒュドラ教が宣教という名目で襲ったことにある。

ネリア村には王族の子供達が居た。
それがジュベル国の怒りを更に煽った。

そしてジュベル国の復讐でセプタが壊滅したが、壊滅させたのはヒュドラ教があやつっていると思われるブラックドラゴンだ。

そのブラックドラゴンはジュベルの王族ルチア達をさらって逃亡中。
どの角度から見てもヒュドラ教国の策謀に間違いは無い。

「シン相談役の言わんとすることはワシ等もわかっておる。しかし証拠が無い。宰相と枢機卿、この二人を落とすことのできるだけの証拠がないのじゃ。今は成り行きを見守るほか無い。」

俺もわかってはいた。
このゲラン国に巣くう悪の種。
その存在は認識できるが、それが悪だと証明する方法が無い。

なにしろ相手はこの国の行政と宗教を操ることのできる権力者なのだ。
周囲から崩していくしか方法が無いのだろう。

「わかりました。俺は俺で動きます。俺が手に入れた情報は必ずキノクニへ入れます。それと、もしキノクニに危機が訪れるときがあれば、必ず俺に知らせて下さい。できる限りのことはいたします。」

ハットリ部長が少し笑った。

「シン相談役、お前さんに助けを求めることは無いよ。キノクニはくさってもキノクニ。お前さんは、エリカの心配だけしておれ。ハハハ」

駆け出しの若造に負けるものかという服部部長の気迫だ。

その日、キノクニキャラバンの殆どの部隊が戦場を目指して出発した。
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