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第四章~フレイヤ国、北東領地、ヴァジ村、再び~
第二話
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寺院に続く並木道を途中で折れると、小高い丘の向こう側に故人が眠る墓石が配列していた。
確か昔は、畑が広がっていたはずだ。
漆黒の墓標が暮れかけている日差しを反射させていた。
墓石には故人の名前と年が刻まれていた。ヴレイは一つ一つに目を配って母親の名前を探した。ルピナにも名前を教えて、探すのを手伝ってもらった。
「ヴレイ、こっちじゃ」
丘に吹き抜ける風がなんだか湿っぽい。
丈の短い草花をゆっくり揺らす。すべてが夕焼け色に染まっている中、墓石だけは漆黒の輝きを放って、存在感を色濃くした。ここにいるぞと、主張するように。
ルピナが見付けた墓石には、確かに母親の名前が刻まれていた。
吸い寄せられるように墓石に手を添えて、グッと瞼を閉じた。
母親がここに眠っている実感がないせいか、目頭が熱くなることはなかった。
「あの晩、俺はいつの間にか外にいて、目の前には血だらけの母親が倒れてた。俺の両手は血だらけで、もしかして俺が手に掛けたのかと思ったけど、手に付いていた血は、自分の手の傷だった」
「手の傷じゃと、だから手袋を付けて傷を隠しておったのか?」
「まあな、やっぱり見たくないからさ」
その手をグッと握った。滑りにくい手袋を脱ぐのはとんでもなく大変なので、もう脱ぐのは止めておいた。
墓石にポンと軽く手を置いた。
「そろそろ日が暮れそうだ」
「そうじゃな」
墓地を後にして、寺院へと進路を修正した。
並木道から寺院に向かう平坦な並木道は、五年前のまま変わらない。
前方に建つ寺院にも明かりが点いていた、誰かいる証拠だ。ザイドの母親も他界し、継ぐはずだったザイドもいない。なら、今は誰が在籍しているのだろう。
「その手の傷だが」
唐突にルピナが口を開いた。
「おそらく誰かに付けられた傷じゃろ。私が思うに、君の母親ではないのか」
胸の奥に釘が突き刺さった感覚が走る。ズバリ言い当てられた勘は否めない。
考えなかったわけではない、そうだとしても理由が分からない。何故そうしたのか。
寺院の小窓から明かりが漏れていた。
エントラスを抜けて、目に入ったのが鉢植えに咲いた大輪の赤い花だ。
五年前に立て直したとは思えない味のある石積みの壁には、蔓が生い茂り、紫紺色の花に覆われた前庭には、湿気の混じる清涼な風が吹き抜けていた。
木製の扉を片方だけ引いて、中へ入った。
礼拝堂は天井が高く、祭壇には二体の像が立っていた。
墓石と同じく漆黒の石で掘られていた。人のように見えるが、どちらも大きな翼で体を覆っていた。
「懐かしいな、この像だけは同じだ」
「新しく建立した際に、運び入れたんじゃな。あっちから奥へ行けどうだ」
最後尾の長椅子の横に、明かりの点いた外廊下が伸びていた。
ルピナが指を差した先へと、歩みを進めた。
明かりは点いているがとんでもなく静かだ。紅茶色の明かりは薄暗く何だか落ち着かない。
ドアが何枚か並んでいたが、さあ、どのドアをノックするかとなり、無難に端からノックした。
一枚目は、返事がなく、二枚目でもまた返事はなく、三度目の正直はどうだとノックしたが、返事はなかった。
「どういうことじゃ! 祭司はどこへ行ったのだ」
声を荒げたくなる気持ちは分かる。
腹も減って、歩き続ける気力が残りわずかだと実感した。
礼拝堂に戻り、二人は肺の底から息を吐きながら長椅子に尻を突いた。
座ってしまうと、もうこのまま寝てしまいたいぐらいの脱力感に襲われた。
緊張の糸が解け、腹の虫も鳴り始めた。
日が暮れると、急に気温が低くなった。準備なしの急な遠出でローブや上着など持っているはずもなく、ルピナも長袖とはいえ両腕を摩って、温まろうとしていた。
側に寄って摩ってやりたいぐらいだが、仮にもルピナは総督だ。不時着した遭難現場ならいざ知らず、ここで軽々しく触れる度胸はなかった。
「腹減ったぁ、今夜泊まる場所も探さがさねえと、まずはメシ!」
このまま寒そうにするルピナを見ているのも酷なので、気合を入れてヴレイは立ち上がった。
「そうじゃな」
力なく呟いたルピナもどうにか立ち上がった。
来た道を戻り、賑わっていた通りまで出ると、何軒か飯屋が建ち並んでいた。この村の繁華街といったところか、路地裏には飲み屋も点在している。
とにかく腹が減っていたので、ヴレイは適当に選んで、席が空いてそうな店に入った。
「じゃあとりあえず、この店のおすすめを四種類ぐらい、ルピナは何か飲む?」
「いや、私はいい。君が何か飲め」
遠慮がちなルピナだが、じゃあせっかくだしとヴレイはビールも注文した。
そういえば軽々しくルピナと呼び捨てにしていたが、ルピナはさして気にしていないようだ。
酔客も多いが、食事だけの客も多いようだ。客たちの笑い声や騒ぎ声で、声を張らなければ、向かい合うルピナと話をするのも苦労しそうだ。
料理は直ぐに運ばれてきた。大皿に豪快に盛られた湯気の立つ料理に、涎が溢れ出しそうだ。どれもタレと餡がよく使われ、照りに誘われ喉が鳴った。
ヴレイはビールを流し込み、大皿のおかずを適当に小皿に取ってから、がっついた。
ちょっと頼み過ぎた感があるが、まあいいだろう。
「生き返ったぞ、こんな料理は初めて食べたが、なかなかの美味じゃ」
相変わらず食事の仕方にも品があった。さすがお姫様だな。
目の前にいるのに、遠い存在なのだ。追い駆けるだけ無駄だと、当時は思っていた。
「そーだろ! ヴァジ村はメシが上手いんだ!」
濃い味にビールが良く合った。呑気に食事を満喫していたなんてオッサンにばれたら、雷どころでは済まないかもしれない。しかもヴレイの事情にルピナ総督を付き合せたなんて知れたら、ゾクッと二の腕に寒気が走った。
「結局、祭司はどこに行ってしまったのじゃ。もしや自宅に帰宅したのではないか?」
「確か、寺院と自宅は繋がっていたはず。でもあの敷地内には寺院しかなかったな」
ビールで喉を潤し、爽快感を噛み締める。妬けになって一気に流し込んだ。
「おいヴレイ、そんなに飲んでは、後がキツぞ」
「飲んで体を温めるんだ! アーもう! 祭司の奴どこだあぁ」
「ん? なに、何か今、私呼ばれた?」
聞き間違いではなかろうかと、温かくなってきた顔が一気に覚めた。
確か昔は、畑が広がっていたはずだ。
漆黒の墓標が暮れかけている日差しを反射させていた。
墓石には故人の名前と年が刻まれていた。ヴレイは一つ一つに目を配って母親の名前を探した。ルピナにも名前を教えて、探すのを手伝ってもらった。
「ヴレイ、こっちじゃ」
丘に吹き抜ける風がなんだか湿っぽい。
丈の短い草花をゆっくり揺らす。すべてが夕焼け色に染まっている中、墓石だけは漆黒の輝きを放って、存在感を色濃くした。ここにいるぞと、主張するように。
ルピナが見付けた墓石には、確かに母親の名前が刻まれていた。
吸い寄せられるように墓石に手を添えて、グッと瞼を閉じた。
母親がここに眠っている実感がないせいか、目頭が熱くなることはなかった。
「あの晩、俺はいつの間にか外にいて、目の前には血だらけの母親が倒れてた。俺の両手は血だらけで、もしかして俺が手に掛けたのかと思ったけど、手に付いていた血は、自分の手の傷だった」
「手の傷じゃと、だから手袋を付けて傷を隠しておったのか?」
「まあな、やっぱり見たくないからさ」
その手をグッと握った。滑りにくい手袋を脱ぐのはとんでもなく大変なので、もう脱ぐのは止めておいた。
墓石にポンと軽く手を置いた。
「そろそろ日が暮れそうだ」
「そうじゃな」
墓地を後にして、寺院へと進路を修正した。
並木道から寺院に向かう平坦な並木道は、五年前のまま変わらない。
前方に建つ寺院にも明かりが点いていた、誰かいる証拠だ。ザイドの母親も他界し、継ぐはずだったザイドもいない。なら、今は誰が在籍しているのだろう。
「その手の傷だが」
唐突にルピナが口を開いた。
「おそらく誰かに付けられた傷じゃろ。私が思うに、君の母親ではないのか」
胸の奥に釘が突き刺さった感覚が走る。ズバリ言い当てられた勘は否めない。
考えなかったわけではない、そうだとしても理由が分からない。何故そうしたのか。
寺院の小窓から明かりが漏れていた。
エントラスを抜けて、目に入ったのが鉢植えに咲いた大輪の赤い花だ。
五年前に立て直したとは思えない味のある石積みの壁には、蔓が生い茂り、紫紺色の花に覆われた前庭には、湿気の混じる清涼な風が吹き抜けていた。
木製の扉を片方だけ引いて、中へ入った。
礼拝堂は天井が高く、祭壇には二体の像が立っていた。
墓石と同じく漆黒の石で掘られていた。人のように見えるが、どちらも大きな翼で体を覆っていた。
「懐かしいな、この像だけは同じだ」
「新しく建立した際に、運び入れたんじゃな。あっちから奥へ行けどうだ」
最後尾の長椅子の横に、明かりの点いた外廊下が伸びていた。
ルピナが指を差した先へと、歩みを進めた。
明かりは点いているがとんでもなく静かだ。紅茶色の明かりは薄暗く何だか落ち着かない。
ドアが何枚か並んでいたが、さあ、どのドアをノックするかとなり、無難に端からノックした。
一枚目は、返事がなく、二枚目でもまた返事はなく、三度目の正直はどうだとノックしたが、返事はなかった。
「どういうことじゃ! 祭司はどこへ行ったのだ」
声を荒げたくなる気持ちは分かる。
腹も減って、歩き続ける気力が残りわずかだと実感した。
礼拝堂に戻り、二人は肺の底から息を吐きながら長椅子に尻を突いた。
座ってしまうと、もうこのまま寝てしまいたいぐらいの脱力感に襲われた。
緊張の糸が解け、腹の虫も鳴り始めた。
日が暮れると、急に気温が低くなった。準備なしの急な遠出でローブや上着など持っているはずもなく、ルピナも長袖とはいえ両腕を摩って、温まろうとしていた。
側に寄って摩ってやりたいぐらいだが、仮にもルピナは総督だ。不時着した遭難現場ならいざ知らず、ここで軽々しく触れる度胸はなかった。
「腹減ったぁ、今夜泊まる場所も探さがさねえと、まずはメシ!」
このまま寒そうにするルピナを見ているのも酷なので、気合を入れてヴレイは立ち上がった。
「そうじゃな」
力なく呟いたルピナもどうにか立ち上がった。
来た道を戻り、賑わっていた通りまで出ると、何軒か飯屋が建ち並んでいた。この村の繁華街といったところか、路地裏には飲み屋も点在している。
とにかく腹が減っていたので、ヴレイは適当に選んで、席が空いてそうな店に入った。
「じゃあとりあえず、この店のおすすめを四種類ぐらい、ルピナは何か飲む?」
「いや、私はいい。君が何か飲め」
遠慮がちなルピナだが、じゃあせっかくだしとヴレイはビールも注文した。
そういえば軽々しくルピナと呼び捨てにしていたが、ルピナはさして気にしていないようだ。
酔客も多いが、食事だけの客も多いようだ。客たちの笑い声や騒ぎ声で、声を張らなければ、向かい合うルピナと話をするのも苦労しそうだ。
料理は直ぐに運ばれてきた。大皿に豪快に盛られた湯気の立つ料理に、涎が溢れ出しそうだ。どれもタレと餡がよく使われ、照りに誘われ喉が鳴った。
ヴレイはビールを流し込み、大皿のおかずを適当に小皿に取ってから、がっついた。
ちょっと頼み過ぎた感があるが、まあいいだろう。
「生き返ったぞ、こんな料理は初めて食べたが、なかなかの美味じゃ」
相変わらず食事の仕方にも品があった。さすがお姫様だな。
目の前にいるのに、遠い存在なのだ。追い駆けるだけ無駄だと、当時は思っていた。
「そーだろ! ヴァジ村はメシが上手いんだ!」
濃い味にビールが良く合った。呑気に食事を満喫していたなんてオッサンにばれたら、雷どころでは済まないかもしれない。しかもヴレイの事情にルピナ総督を付き合せたなんて知れたら、ゾクッと二の腕に寒気が走った。
「結局、祭司はどこに行ってしまったのじゃ。もしや自宅に帰宅したのではないか?」
「確か、寺院と自宅は繋がっていたはず。でもあの敷地内には寺院しかなかったな」
ビールで喉を潤し、爽快感を噛み締める。妬けになって一気に流し込んだ。
「おいヴレイ、そんなに飲んでは、後がキツぞ」
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