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第二章

027:動画投稿の準備に掛かる(6)

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【Side:主人公】


「ぅぅぅ、もう当分は栄養ドリンクなんて飲みたくない…………ゲップ」


今の身体は、大人の身体と違って小さい。

ボクは前世の感覚でついつい栄養ドリンクを多量摂取し、徹夜作業をしてしまった。

お腹は24時間以上、ずっとチャポンチャポン状態。

まだ引き締まっていないボクのプリチーなお腹は、カエルみたいにポッコリとなっていた。



『それにしても、10曲の作詞・作曲は終わったけど、ここから歌うのかぁ…………』


別にゼロから新曲を生み出したわけじゃないから、かなり早いペースで作業を終えていた。


残すは――――『歌う』だけ。


言葉にしてみれば簡単な様に聞こえるけど、ここからが一番の問題だった。



「今日はこの辺で一段落にしておこう。このまま歌うのは止めた方がいいよね」


ボクは寝室に行って眠ることにした。

布団の中にモグラのように潜り込んで定位置を探す。

そして、枕に頭を乗せて横になれば寝不足だったからか、直ぐ様にでも夢の世界へと旅立った。





◆◆◆◆◆





そもそも海外と日本だと楽曲の評価のされ方が違うんだ。

単にアーティストの歌い方を真似して歌えば良いなんて、そんな楽な話じゃない。英語の歌詞だからとはいえ、綺麗に発音すれば良いって話でもない。


日本では技術関係でコピー商品がどうのこうのと愚痴ったりする人がいる割に、歌に関して誰も彼もが原曲を真似した歌い方をしようとする。

カラオケでは採点したことあるよね?


――何でそんなことするの?


素人が音程をズラして歌えば、人はそれを音痴だという。


――何でだろう? 音楽は自由じゃないの?


例えば、ピアノのコンクールでもそうだけど、日本はどれだけ楽譜通りに演奏できるかで評価される。歌ではどれだけ原曲に近いかで良し悪しが判別される。それがアーティストへのリスペクトなんてのたまう人までいるくらいだ。


一方で、海外ではどれだけ『自分らしく』、独自性に富んだ『自分のスタイルを出せているか』で評価される。

英語の発音は『綺麗に歌う』というよりも『こんな発音の仕方があったのか!?』という個性的な方が評価されやすい。


世界を意識して人気を博したいなら、カバー曲は自分に合った形に修正し、原曲は崩しても良いんだ。寧ろ、崩してでも自分らしく歌うべきなんだ。

野球の投手は皆個々にフォームが違うけど、それと理由は大体一緒さ。

100マイル160キロ超えの剛速球を投げられるプロ野球選手のフォームを真似すれば、皆が同じ球速で投げられるわけじゃない。

どれだけ変化球が上手い選手にご教授を受けようとも、指導者に恵まれようとも、教えられた通りに全く同じ軌道を描いて球を投げられるなんてあり得ない。


十人十色。個々の肉体的要素や精神的要素、得意・不得意、才能なんかは必ず存在する。


誰かを真似をするのは上手くなる為の秘訣にはなりるけど、それが最も自分に合っているとは必ずしも限らない。


つまり、ボクが何をするべきかというと、オリジナルであるA曲の歌真似をすることでも、無理してA⁻エーマイナス曲をつくることでもない。原曲であるA曲を崩してでも自分のスタイルを出した『新たなB曲』を再構築することなんだ。


楽曲製作前に自分の歌声を確認したのはこれが理由でもある。

自分の歌声や魂が乗りやすいものを分析するため、データーとして欲しかったからだ。

また、ボクはこの数日でAメロ、Bメロ、サビの部分など色々な曲の各フレーズを口遊くちずさみ記録しては自分に最も合うだろう作詞・作曲をしてきたつもりだ。

一応、収録した動画では歌った後にパソコンを使えば編集も出来る。

しかし、本物ならば、その身一つで完成に辿り着くべきだろう。少なくとも事後の編集作業は最小限にするべきだ。

時より、ライブと収録した物を比較して違和感を持つ人がいるけど、編集の有無の影響が大きいのではないだろうか。



力強く歌おうとする時、大きな声を出せば良いだけ。それは誰でもできる。

本物やプロならば、MAXな声量より小さな声でも力強く表現できなければならない。

時に高音ボイスで耳がキーンとする歌い方をする人がいるけれど、例えどれだけ激しく高音ボイスを用いようとも制御してみせるべきだ。

声量と声質は、決してイコールの関係じゃない。

声量を下げても声質を落とさずに聞き手が心地よく耳に出来るよう表現してみせてこそ『本物の歌手』なんだとボクは思っている。



既に我が家の小さな防音スタジオでは、自分の為のライブ会場が整っている。

本番では絶対に『最高の曲』を生み出したい。

しかし、それだけに固執し、捕らわれて過ぎてもいけない。

機械的な歌い方ではなく、人らしく、自分らしく。その時その瞬間を楽しんで歌い切るのが理想的だろう。


そんな思いを抱き、ボクは次の朝を迎えていた。




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