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★婚約破棄は暖炉の前で 〜愛する貴方を手放すわけがないでしょう?〜

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「リサ、大切な話がある」

 婚約者のエドがいきなり部屋へと入って来るなり、険しい顔で言った。
 私は静かに本を閉じ、彼を見上げる。

「何かしら?」
「俺との婚約を解消してほしい」
「あら、私達は親同士が決めた仲じゃない。勝手に婚約破棄などしてはダメよ」
「君がしき氷の魔女だと気づいたのだ」

 ハウル公爵家の嫡男で地頭のいいエド。
 私がグラース子爵家の養女だという事は社交界の誰もが知っているが、出自までは明らかにしていない。

 そもそもの両親や周囲の人々も、魔力によって記憶を改竄かいざんしている。
 エドも例外ではない。
 
「なぜ私が氷の魔女だと分かったの?」
「よくよく観察していると、言動や仕草が我々とは微妙に異なっていた。それに君の手はとても冷たい――まるで氷のように」
「……」

 一年中、雪に覆われているイヴェール王国。

 かつて氷の魔女や魔法使いは人々と共に生きてきた。
 いつの頃からか魔力は悪とされ、魔女達は辺境の地へと追いやられてしまう。

 八歳の時、私は誤って境界線を超えてしまい、人間界に足を踏み入れる。
 そこで犬の散歩をしていたエドと出会い、禁断の恋に落ちたのだ。

「出来る事ならば君を手に掛けたくない。だから――」

 エドが言い終える前に私は椅子から立ち上がると、彼の頬に優しく触れた。
 
「私はね、貴方あなたがたまらなく欲しいの」
「素直に人間界ここから出て行く気はないのだな?」
「ええ、貴方を手に入れるまでは」
「リサ……許せ」

 細くも逞しい腕が、私の首元へ伸びてくる。
 真冬の澄んだ空のような青い瞳に宿る決意。

 私は右手をかざして部屋の隅に置いてあったほうきを引き寄せ、に乗ると天井からエドを見下ろした。
 
「本当はそのままの貴方が良かったのだけれど」

 口元に手を添え、ふうっと息を吐く。
 瞬時に床が氷りついた。

「なっ!?」

 驚く間もなく、エドは動けなくなる。
 二度と彼の温もりを感じられない事実に一瞬、胸が痛む。

 けれど魔女は決して結ばれない運命さだめ
 箒から降りると、抑えていた魔力を一気に放出した。
 
「おやすみなさい、エド」

 暖炉にべていた薪がぜる。
 それを合図に、彼の体が砕け散った。

 すかさず私はマントルピースに飾っていた小瓶へと、エド氷の破片を詰め込んだ。

「ふふ、これで貴方は永遠に私のものね」

 冷んやりとした小瓶に、そっと口づけを落とす。

「愛してるわ、エド」

 私は微笑むと窓を開け放ち、雪が降り積もった森へ――氷の魔女と魔法使いが住まう世界へと戻って行った。


 END

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