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★復讐は帰り道で 〜裏切ったあなたを許すつもりはありません
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「ライザ、本当にすまない」
「申し訳ありません、ライザ様」
神妙な面持ちで謝罪する二人に、私は微笑みかける。
「顔をお上げください、キール様、ミア様」
「償いは必ずする。だから俺との婚約を解消して欲しい」
「ええ、もちろんかまいませんわ」
「……ありがとう、ライザ」
「ありがとうございます、ライザ様」
無事に私からの了承を得て、二人はほっとしたように顔を見合わせた。ミア嬢はわざとらしくお腹を撫でる。まだ膨らみはないが、ゆったりとした桃色のドレスを着ていた。
バルドー侯爵家の嫡男、キール様。ロンブル子爵家の長女である私と婚約を結びながら、男爵家出身のミア嬢と陰で交際していたのだ。
政略結婚であることは、百も承知。それでもキール様を愛していなかったわけではない。お茶を飲みながらのおしゃべりや、二人きりでの観劇はすごく楽しかった。
ふと、天蓋付きのベッドにちょこんと座っているテディベアが視界に入る。黄色いギンガムチェックのリボンを付けた、大きくてふわふわの可愛いぬいぐるみ。
(今年の誕生日にキール様が贈ってくださったもの――)
何が欲しいかと訊かれ、おもちゃ屋のショーウィンドウで見かけたこの子を、私は迷わず指差した。キール様は宝石や貴金属じゃなくていいのかと言われたけれど、そういったものには元々あまり興味がなく。
「十七歳の誕生日おめでとう、ライザ」
「わぁ……! ありがとうございます、キール様」
一緒に赤い薔薇の花束も添えられていた。そのままレストランで食事をして、夜道は危ないからと馬車で屋敷まで送ってくれて。私はキール様に愛されているのだ、と信じていた。
あの日までは――
「ライザ、あなたに大切な話があるの」
「大切な話って?」
同じ子爵令嬢で親友のソフィアが、いつになく真剣な表情をしていたので、私は妙な胸騒ぎを覚えつつも彼女の言葉を待つ。
「先週末、隣街であなたの婚約者が他の女と歩いているところを見たわ。しかも二人で産院に入って行ったの」
「えっ……?」
その瞬間、周囲の音がかき消された。朝から降り続く雨、時計の秒針、小鳥の鳴き声。まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃。ベッドに座るテディベアが、天蓋の隙間から私をじっと見つめている。
「黙っていようか迷ったんだけど、やっぱりあなたに話すべきだと思って。ライザは何も悪くないわ。だから――」
気が強いけれど根は優しいソフィア。私を心配して声をかけてくれたけど、最後まで聞き取ることが出来なかった。これまでキール様と過ごしてきた時間が、ものすごい速さで再生される。
(私の誕生日をお祝いしてくれた時にはもう、他の女性と関係を持っていたの――?)
途端に気持ち悪くなって、トイレに駆け込むと胃の中のものを全て吐き出した。喉が焼けるように痛い。涙がポロポロとこぼれて、どうにも止まらなくなった。
(嘘、嘘、嘘! キール様は私を愛してくださっているはず――!)
けれど私の希望は、あっさりと打ち砕かれる。社交界で醜聞が広まらぬようにと話を耳にした次の週、つまり今日、件の女性を連れてやって来たのだから。
「お腹の子の性別は分かっていますの?」
「性別はまだ分からないんですが、どうやら双子のようでして」
「まあ、それは素敵じゃない! ねえ、キール様?」
「あ、ああ……そうだな」
ミア嬢はすっかり打ち解けた様子でにこにこしているけれど、キール様はまだ居心地が悪そうにしていた。ま、そうよね。うっかり未来の愛人候補を、結婚する前に孕ませてしまったんですもの。
(いいえ、もしかするとミア嬢に嵌められたのかもしれないわね)
見た目は虫も殺さぬ顔をしているけれど、女というのは多かれ少なかれ計算高い生き物。私だって例外じゃない。
だけど、それは言い訳にはならないのよ?
「どうぞ末長くお幸せに、キール様、ミア様」
「本当にありがとうございます、ライザ様」
「……また連絡する。ライザもどうか元気で」
「ええ。では、ごきげんよう」
とびきりの笑顔を浮かべ、二人を見送った。扉が閉まると私は真顔に戻る。おもむろにソファから立ち上がり、ベッドに座るテディベアを手に持った。
「あなたは何も悪くないわ――でも、ごめんなさいね?」
サイドテーブルに置いてあったペーパーナイフを握りしめ、テディベアの腹部を刺した。何度も何度も。やがて真っ白でふわふわの綿が溢れ出てくる。私は穴に両手を入れると、力いっぱい引き裂いた。
「あは……あはははははははははははははははははは!!」
腹部がぺしゃんこになったテディベア。もはや原型を留めていない。あんなに可愛かったのに。寝る前はいつも抱きしめていたのに。寂しい時は話しかけていたのに。
「あなたが悪いのよ、キール様……あなたが、あなたが全部!!」
二人は馬車で来訪し、仲睦まじく帰って行った。先ほど席を外した私が、車輪にこっそり細工をしているとも知らずに。
「――ふふ、くれぐれも帰り道にはお気をつけあそばせ?」
END
「申し訳ありません、ライザ様」
神妙な面持ちで謝罪する二人に、私は微笑みかける。
「顔をお上げください、キール様、ミア様」
「償いは必ずする。だから俺との婚約を解消して欲しい」
「ええ、もちろんかまいませんわ」
「……ありがとう、ライザ」
「ありがとうございます、ライザ様」
無事に私からの了承を得て、二人はほっとしたように顔を見合わせた。ミア嬢はわざとらしくお腹を撫でる。まだ膨らみはないが、ゆったりとした桃色のドレスを着ていた。
バルドー侯爵家の嫡男、キール様。ロンブル子爵家の長女である私と婚約を結びながら、男爵家出身のミア嬢と陰で交際していたのだ。
政略結婚であることは、百も承知。それでもキール様を愛していなかったわけではない。お茶を飲みながらのおしゃべりや、二人きりでの観劇はすごく楽しかった。
ふと、天蓋付きのベッドにちょこんと座っているテディベアが視界に入る。黄色いギンガムチェックのリボンを付けた、大きくてふわふわの可愛いぬいぐるみ。
(今年の誕生日にキール様が贈ってくださったもの――)
何が欲しいかと訊かれ、おもちゃ屋のショーウィンドウで見かけたこの子を、私は迷わず指差した。キール様は宝石や貴金属じゃなくていいのかと言われたけれど、そういったものには元々あまり興味がなく。
「十七歳の誕生日おめでとう、ライザ」
「わぁ……! ありがとうございます、キール様」
一緒に赤い薔薇の花束も添えられていた。そのままレストランで食事をして、夜道は危ないからと馬車で屋敷まで送ってくれて。私はキール様に愛されているのだ、と信じていた。
あの日までは――
「ライザ、あなたに大切な話があるの」
「大切な話って?」
同じ子爵令嬢で親友のソフィアが、いつになく真剣な表情をしていたので、私は妙な胸騒ぎを覚えつつも彼女の言葉を待つ。
「先週末、隣街であなたの婚約者が他の女と歩いているところを見たわ。しかも二人で産院に入って行ったの」
「えっ……?」
その瞬間、周囲の音がかき消された。朝から降り続く雨、時計の秒針、小鳥の鳴き声。まるで頭を鈍器で殴られたような衝撃。ベッドに座るテディベアが、天蓋の隙間から私をじっと見つめている。
「黙っていようか迷ったんだけど、やっぱりあなたに話すべきだと思って。ライザは何も悪くないわ。だから――」
気が強いけれど根は優しいソフィア。私を心配して声をかけてくれたけど、最後まで聞き取ることが出来なかった。これまでキール様と過ごしてきた時間が、ものすごい速さで再生される。
(私の誕生日をお祝いしてくれた時にはもう、他の女性と関係を持っていたの――?)
途端に気持ち悪くなって、トイレに駆け込むと胃の中のものを全て吐き出した。喉が焼けるように痛い。涙がポロポロとこぼれて、どうにも止まらなくなった。
(嘘、嘘、嘘! キール様は私を愛してくださっているはず――!)
けれど私の希望は、あっさりと打ち砕かれる。社交界で醜聞が広まらぬようにと話を耳にした次の週、つまり今日、件の女性を連れてやって来たのだから。
「お腹の子の性別は分かっていますの?」
「性別はまだ分からないんですが、どうやら双子のようでして」
「まあ、それは素敵じゃない! ねえ、キール様?」
「あ、ああ……そうだな」
ミア嬢はすっかり打ち解けた様子でにこにこしているけれど、キール様はまだ居心地が悪そうにしていた。ま、そうよね。うっかり未来の愛人候補を、結婚する前に孕ませてしまったんですもの。
(いいえ、もしかするとミア嬢に嵌められたのかもしれないわね)
見た目は虫も殺さぬ顔をしているけれど、女というのは多かれ少なかれ計算高い生き物。私だって例外じゃない。
だけど、それは言い訳にはならないのよ?
「どうぞ末長くお幸せに、キール様、ミア様」
「本当にありがとうございます、ライザ様」
「……また連絡する。ライザもどうか元気で」
「ええ。では、ごきげんよう」
とびきりの笑顔を浮かべ、二人を見送った。扉が閉まると私は真顔に戻る。おもむろにソファから立ち上がり、ベッドに座るテディベアを手に持った。
「あなたは何も悪くないわ――でも、ごめんなさいね?」
サイドテーブルに置いてあったペーパーナイフを握りしめ、テディベアの腹部を刺した。何度も何度も。やがて真っ白でふわふわの綿が溢れ出てくる。私は穴に両手を入れると、力いっぱい引き裂いた。
「あは……あはははははははははははははははははは!!」
腹部がぺしゃんこになったテディベア。もはや原型を留めていない。あんなに可愛かったのに。寝る前はいつも抱きしめていたのに。寂しい時は話しかけていたのに。
「あなたが悪いのよ、キール様……あなたが、あなたが全部!!」
二人は馬車で来訪し、仲睦まじく帰って行った。先ほど席を外した私が、車輪にこっそり細工をしているとも知らずに。
「――ふふ、くれぐれも帰り道にはお気をつけあそばせ?」
END
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