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わたし、偽りの聖女ですから。

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 貴族学園の卒業パーティー。
 華やかな会場はエリオス王子の放った言葉で、水を打ったように静まり返る。

「アンリエッタ、今この時をもってお前との婚約を破棄する!」

 エリオス王子の横には男爵令嬢のシャーリーがいた。
 胸元が大きく開いた派手なドレスを着て、ピンクブロンドの髪を子猫のように震わせている。
 わたしは前に進み出て、エリオス王子に問う。

「理由をお聞かせいただけますか?」
「フン! 白々しい! お前は聖女と偽っただけでは飽き足らず、真の聖女であるシャーリーを陰で執拗に虐めていたそうだな!」
「エリオス様、わたし、すごく怖かったんです……」

 シャーリーはエリオス王子に縋り付き、勝ち誇った笑みをこちらに向けた。

「大聖堂がシャーリーさんを聖女だと認めたのですね?」
「そうだ! 何度も同じことを言わせるな!」
「――分かりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「前々からその取り澄ました態度が気に食わなかったのだ! アンリエッタ・ハドラー、お前を聖女と偽った罪で国外追放とする!」

 会場に国王夫妻の姿はない。
 つまり誰にも、エリオス王子の独断を止められないということ。

「そうでございますか――では、ごきげんよう」

 わたしは折目正しくカーテシーをして、パーティー会場を後にした。

「エリオス様と一緒になれてわたし、とっても嬉しいです……!」
「シャーリーは本当に可愛いな。もう大丈夫だよ」

 そんな会話が聞こえる中、わたしは微かに口角を上げる。

「アンリエッタ――いえ、アンリエッタ姫」

 義兄あにのキールがわたしを迎えに現れた。
 銀色の髪に青い瞳、中性的な顔立ちは何度見ても美しい。

「王が帰りをお待ちでございます」
「これでお父様も少しは懲りるかしら」
「――実に愚かな人間たちですね」
「今に始まったことではないでしょう?」
 
 亜麻色の髪を靡かせ、この上ない開放感に酔いしれる。
 しばらくすると周りに複数の魔法陣が展開され、わたしとキールは生国――ゾルディア王国へと帰還した。


 ♢♢♢


 わたしが去って一ヶ月も経たないうちに、シュノルド王国は地図から消えた。
 国を護る力を失い、呆気なく敵国に乗っ取られたのだ。
 つまりシャーリーは真の聖女ではなかった、ということ。

「お前はこうなると最初から分かっていたの?」
「そうですね、人間は傲慢で怠惰な生き物ですから」

 キールは元の姿に戻り、器用に羊の毛を刈っている。
 わたしも人間からキールと同じ姿になっていた。

 そう、わたしたちは魔族。 
 二本の長いツノを有している。

「まさか大聖堂が間違いを犯すとは思わなかったけれど」
「人間の作った計測器など当てになりませんから」

 忌み嫌われる種族であるにも関わらず、まだ六歳だったわたしはハドラー公爵家に養女として引き取られる形で入国した。
 この身に宿る魔力で、敵国からシュノルド王国を守るために。

 シュノルド王国とゾルディア王国は、秘密裡に同盟を結んでいたのだ。
 シュノルド王国は絶大な魔力が王族の血筋に流れることを強く望み、ゾルディア王国は人間の魂を喰らうためにより多くの罪人を欲していた。

 それを反故にしたのは、他ならぬエリオス王子。

 卒業パーティーの後、あの二人がどうなったか知らないが相応の処罰を下されただろう。
 もしかすると、王族もろとも断頭台送りになったのかもしれない。

「アンリエッタ姫は太陽が恋しいですか?」
「そうね、ゾルディア王国ここはいつもくらいから」

 養子のわたしとキールを、無条件で愛してくれたハドラー夫妻。
 もちろん、わたしたちが魔族であることは知らされていない。
 
(どうか両親彼らの人生が良きものでありますように――)

 二つ年上で宰相の嫡男だったキールは護衛のため、ともに人間界へと送り出された。
 普段は物静かだが、わたしに危害を加えようとする者には容赦しなかった。

「今度、ハドラー夫妻の様子をこっそり見に行こうかしら」
「彼らならきっと大丈夫ですよ。アンリエッタ姫の加護を誰よりも近くで長年、受けてきたのですから」

 キールは柔らかく笑む。
 
 小さな頃からずっとそばに居て、わたしを守ってくれた。
 血の繋がりはないものの法律上は兄妹であること、自身がエリオス王子と婚約関係にあると理解した時から、わたしは彼に対する淡い恋心を封じてきた。

 ――でも、自由の身となった今は。

「わたし、キールと生きていきたいわ」
「俺もずっと前からそう思っていました。だから――」

 強欲なシャーリーをエリオス王子と引き合わせ、大聖堂で聖なる力を持ち得ているか計測させたのだ。

 もう二人を邪魔するものは何もない。

「やっぱりお前は冷酷な魔族の子ね」
「アンリエッタ姫も分かっていながら黙認したのでしょう?」
「さあ、どうかしら?」
「相変わらず抜け目がないですね」
「ふふ、だってわたしはですもの」

 返答する代わりに優しく微笑むキールは、空から降ってきた罪人の魂を掴み取ると美味うまそうに喰べる。
 それから、わたしに分け与えるように唇を重ねたのだった。


 END

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