日比谷の吉祥天、幸せのお手伝いいたします。

羽月☆

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10 その日のうちに戻ってきた二人

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後ろから抱きしめられてるわけじゃないのに。
近いし、動けない。
声を落として頭の上でそんな事言われても。

いつからそんなことになっていたのか分からない。
どうすればこの状態から元の状態に戻れるのかも分からない。

決定的な台詞がないまま返事も求められずに、何これ?

どうすればいいの?

さっきまではお気に入りの可愛い後輩と楽しくご飯なんて、思ってた。
ただちょっと理想どおりのシチュエーションにラッキーなんて、思ってた。
抑えても楽しい気持ちとうれしい気持ちと。
どこか期待したい気持ちもあった・・・かも。

だけどそれはきっと無理な話で。
本当に妄想レベルに絵空事で。

「祥子さんが好きです。ずっと。認められたいと仕事をがんばりました。まだまだですが自分なりに認められるレベルまでは行ったと思ったんです。」

たしかにがんばったと思うし褒めたけど。

「祥子さん、僕は駄目ですか?一人の男として見てもらえませんか?」

これに答えないと多分このまま。
どう答えたらいいのか。
顔を上げて見えたガラスには、夜景の手前に映る自分がいた。
起きてからパックして、あれこれ迷って服を選んで、全身をチェックして、笑顔になったかと思うとため息をついて。
それでも楽しみにして時間より早くついた自分。
ワクワクを抑えられずにいた自分。

上のほうに映った明君が自分を見下ろしてるのが分かる。
直接目を合わせる勇気はないからガラス越しに視線を合わせて。

「ごめんなさい。」

それ以上言えない。自分の気持ちにもまだ完全に自信を持てない今。

「それは、僕は・・・・駄目って事ですか?」

明君のガラスについた手が握られて力を入れているのが分かる。
このままガラスを殴りそうな。
力を入れて白くなるこぶしが見えた。

私は自分の気持ちも分からずにこの人を傷つけているのかと思うと、申し訳ないと思えてくる。

「理由を聞いていいですか?」

明君の平坦な声が聞こえた。

「今は自分でも自分の気持ちが分からない。」

「嘘です。気がついてますよね。全部余計なものをはずしてただ感じてみてください。」

いきなり腕を体に回されてぎゅっと抱きしめられた。これ以上ないくらいびっくりする。
だけど振りほどこうとは思わない。
そのまま大人しくしていた。

「驚いて声も出ませんか?それとも・・・本当に嫌ならすぐに逃げられますよね。」

少し緩んだ力。そうと分かってもピクリともしない自分。

ずるい。そんな風に言われたら・・・・認めるしかない。
でもずるいのは私も同じ。
少しずつ近く、大きくなってきた明君の存在をただ特別視しないようにしてきた。
昨日寝ている彼の横で何を感じていたか。
逃げるように出た部屋。自分の気持ちに気が付くと隠すのは辛くて。
あれ以上一緒にいるのは苦しかったから。

涙が落ちる。

「泣かないでください。丘野さんにもナベさんにも言われてます。傷つけるようなら今すぐあきらめろと。」

何それ?どうしてここであの二人が出てくるの?
しかも昨日は渡辺に思いっきり明君を預けられたのよ。

「決して悲しませることはしません。信じてもらえませんか?」

体をくるりと回されて顔を寄せて真剣な顔をした明君が言う。

「いいですか?」 

何が? 

心ではそう思ったけどうなずいてしまっていた。

「良かった。」

小さくつぶやいてうれしそうな表情をした明君の表情が見えたと思った後、私は目を閉じてしまったので分からない。
ただ唇に彼の熱を感じた。

さっきのはキスの許可だったの? 
そんなタイミングだった?

もう分からないけど後でゆっくり考えよう。
さすがに人のいるこんなところで長いラブシーンをするつもりもない。
唇が離れた後もう一度明君がうれしそうな顔をする。

「良かった。」

・・・・・まさかキスの感想じゃないよね。

しばらく一人で考えたい、ちゃんと、ゆっくり、落ち着いて・・・・、なのに。

手をつないで明君が歩き出す。
そのまま駅に向かう。

電車に乗り、駅について歩き出す明君。
この駅は、そしてこの道は確か今朝通ったような。

「明君、まさかと思うけど・・・どこ行くの?」

「僕の部屋です。今朝まで一緒にいましたよね。」

何で・・・・。思わず立ち止まる。

「あの、祥子さん、考えすぎです。一緒にいるだけでもいいです。」

そういわれると先を想像していた私が意識してたみたいじゃない。
それならそうと言ってくれればいいのに。



さっき、そう言ったのに。
部屋についてドアが閉まると背中をドアにつけてキスをされた。

嘘つき。
こんな強引だとは思わなくてびっくり。
もっとソフトなほうだと思ってたのに。

体をぴったりと合わせてきつく抱きしめられて唇を合わせる。
つい自分が漏らした息が色っぽく響いた。

さすがにちょっと。

手にありったけの力をこめて突き放す。

もう、さっき言ったことと違うじゃない。

でも顔を見るとちょっとごめんなさいって顔をしてるじゃない。
怒れないわよ。
手をひかれて彼が靴を脱ぐ、後ろから靴を脱いで上がる。
今朝と特に変わるはずもない、そのままの部屋がある。
変わったのは二人の関係。
テーブルのところまで連れて行かれる。

くるりと振り向いた彼にちょっと後ずさる。
軽く笑われた気がする。

「座っててください。コーヒーいれますね。それともお酒にしますか?」

結構遅い時間ですが、私にこのあと一人で帰れというの?

「じゃあ、コーヒーをお願い。」

これを飲んだら帰ろう。
食事をご馳走になってコーヒーをご馳走になって。
早く一人になっていろいろと考えたい。冷静になりたい。
私が今朝飲んだインスタントじゃない、フィルターを使ってコーヒーが落ちるのを待つ。

カップを持ってきた明君が横に座る。

近い、さりげなく腰をずらす。

なんだか今までどんな風に恋愛してきたか忘れてしまったみたいに混乱している。
もっと自然に振舞ってなかった?
テレビもつけてない部屋は静かで、お互いがコーヒーを飲み込む音とカップを置く音がするだけ。

何か音楽を。
ハチャメチャに明るいかうるさいくらいの。ムーディーなのはやめて。
何かしゃべればいいのか・・・でも、何を?
いつもは普通にしゃべれてるのにこんなに二人とも無口で。
なんて思ってたら明君からしゃべり始めてくれた。

ホッ。

「祥子さん、自分の部屋に帰りたいですか?」

そんなことを聞く?しかも真顔で。

「お風呂に入りたいし、着替えたいし。ゆっくりしたいし・・・。」

答えを聞いた明君が立ち上がりクローゼットからパーカーとTシャツとか出し始めて手に持ちバスルームと思われるところに消えて行った。
もしやと思わないでもない。

「祥子さんお風呂に全部準備しました。化粧品買ってきます。ゆっくりお風呂に入っててください。」

止める間もなく鍵を持った明君が外へ出る。元気な足音が遠ざかる。
確かにコンビは近くにあった気がする。
すぐに帰ってくるだろう。
このまま待つぞ。お風呂に入ってたりはしないから。

程なくして足音がしてドアが開く。
息が少し上がってる明君が帰ってきた。

「やっぱり寒いです。こんな寒い夜に帰ろうなんて風邪ひきますよ。」

にっこり笑う。
連れてきて、引き止めてるくせに。
どこか怪しい笑顔に見えてきた。
化粧品のトラベルサイズを渡されて手をひかれてお風呂へ。

「ちょ、ちょっと明君、何で?」

手に化粧品を持って今更だけど。

「寒いですって。ここに泊まりましょう、祥子さん。初めてじゃないし。お風呂に入って、着替えて、ゆっくりしてください。」

どうだとばかりに私がしたいと言ったことを繰り返す。
初めてじゃないって朝の見守り休憩の事を言ってる?
あれはノーカウントでしょう。

ああ、今はそんなことどうでもいい!

思考が関係ない事で寄り道して、ちゃんと考えたくないと言ってるみたいで。
タオルが畳まれてパジャマなど一通り。下着がないだけ。
のせられてるような気がする。
とりあえずジタバタとするのも恥ずかしいのでお風呂にお湯をためて、その間に化粧を落とす。
明日のメイクはどうすればいいの?

さっぱりとメイクを落として髪と体を洗いバスタブに入る。
小さいバスタブはお湯がたまるのもあっという間。

「祥子さん、開けていい?開けるよ~。」

明君が顔を覗かせる。下着は脱いだ服の間に挟んである。良かった。

「僕も入っていい?」

何を言い出すのやら。

「駄目、絶対駄目。そんなことしたら絶交よ。」

にらむように言ってしまった。
まったく気にしてないかのようにニコニコして明君が去っていく。

「じゃあ、大人しく待ってる。ゆっくりでいいよ。夜は長いから。」

個性をつかみきれなくなってきた。
あんな子だった。元気だけど、もっと一途でしっとりとして・・・。
なんだか大人ぶってたの?
急に無邪気さが前面に出て可愛いけど、振り回してくる。

可愛いなんて思う時点ではっきり分かってるじゃないの。
昨日見た寝顔もこれ以上もなく無防備な子供っぽさがあった。
急に顔が赤くなる。

髪の毛を撫でて何した私?いや、・・・・それだけだった。

でも思いっきり触ってたし。ばれてないわよね。

あ、カコと渡辺、忘れないように聞いておこう。
あいつらこそこそと何を言ったんだか。

体も温まりお風呂を出て着替える。確かに楽。
ドライヤーをかけて明君が買ってきた化粧品を顔に塗る。
とりあえず何でもいい。
すっぴんで明るい部屋に出て行くのは勇気がいる。
近い距離は耐えられない。

明君がお風呂に入ったら少し照明落とそう。

むっ。それもちょっと・・・・やっぱり乗せられてる気がしてくるからやめよう。

髪の毛が乾いてバスルームのドアを細く開ける。
照明はすでに薄暗くなっていた。
一緒に渡された歯磨きセットで歯を磨く。
時間かけすぎたかと思うほどなんだか丁寧に磨いた。

しょうがないでしょう。・・・・きっと、それくらいはするでしょう?
待ちくたびれて寝てくれてないかしら?
ゆっくりとドアを開けて出ると、明君が携帯を伏せてこっちを見た。
立ち上がり近くにおいていた着替えを持って、私とすれ違いにバスルームへ。

「祥子さん、僕は早いですから。ほんのちょっとだけ待っててくださいね。」

言葉通りシャワーの音がしなくなったと思ったらドアが開いた。

早すぎっ。

髪の毛をゴシゴシと拭きながらやってきて目の前に立つ。
二人のタオルを一緒にして持ち、一度バスルームへ。
帰ってきて隣に座ると二人から同じ匂いがする。

「お風呂に入って、着替えて、後は?」

「ゆっくり、のんびり・・・」

なるほどと言いながら髪の毛を触られる。

「乾きましたか?」

「明君こそ風邪を引くわよ。」

「そうですね。乾かしてきます。」

そう言って又バスルームへ。
ほっと息をつく。
ジリジリと試されてるような、明日まで持つかしら、心臓に悪い。

いっそひと思いに・・・・、嘘です。なんでもないです。



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