内緒にしていた視線の先にいる人。

羽月☆

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3 小さい事だけど思い出の欠片はたくさんある。

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あの日、自分の駅まで一人で戻ってきたら、後ろから声をかけられた。


そこに森友君がいるのは不思議な感じだった。

何してたんだろう?


「どうしたの?」

「うん、ちょっと用があって、でもさっきのこともあって、声かけづらくて。」



「そうだね。でも誰にも言わないよ。他の子は知らないかもしれない、気がついてるかもしれないけど、その辺は分からない。」



何も言われなかった。


「なんだか変な感じでごめんね。私はいないほうが良かったよね。一緒にいてって頼まれて・・・・。」



「そうなんだ。」


立ち止まった二人の横を駅から降りてきた人や、駅に向かう人が通り過ぎていく。


「じゃあ、私は帰るね。」


「うん。ごめん、引き止めて。」

「ううん、全然。あ、あと・・・・・・・。」

『あんまり考えなくてもゆめちゃんは満足してると思うよ、しばらくしたらいい思い出にはなると思うよ。』なんて私が言えることじゃない。気にしなくてもいいんじゃないのかなって、どう伝えていいかわからない。

「森友君もいい思い出が出来るといいね。」・・・・好きな人と。

なんとかそう言葉を変えた。

「じゃあ。また来週。」

笑顔で手を振って別れた。


もう数学の宿題を出される事もないから、だから教えることもない。
あの数学に向き合う時間は、ちょっとだけ私の中で印象的なシーンで。
それも『いい思い出』って言っていいと思う、私にはそうだよ。


本当にあと少し。
もうすぐ卒業式の練習が始まり、そして当日を迎えて、後はちょっとだけ長い休みに入る。

学校に来ることもないし、会わない人とは本当に会わない。
その日が最後になるかもしれないって人がほとんどだし。


そう考えると寂しいかもしれない。
だから春になって新しい出会いをうれしく思うんだろう。


そう思って自分の家を目指した。
私は大学も自宅から通える。

今のところ四年間ずっと同じ校舎に通う予定だ。





卒業式の予行練習。
名前を呼ばれて返事をして、後は歩いて、座って、立って、座って、退場するだけ。


もっともっと小さい学校だったら後輩が花道を作ってくれるんだろうか?

その辺はさっぱりとしている。
本当に去年も在校生の椅子の間を通って歩いただけだった。
きっと今年もそうだろう。


卒業式の後に皆で食事をしようと話をしてたのに、一人が家族と用事があり、瞳ちゃんも駄目だと言った。
もしかしたらあの男の子と?
そう思ったのは私だけだっただろう。

「そうなんだ~、残念。じゃあ、約束の日までは集まれないかな?」

「う~ん、いろいろと引越しの準備とかしないといけないし、その前におじいちゃんおばあちゃんにも挨拶に行ったり、結構忙しいんだよね。」

そんな子もいる。環境が大きく変わる子はそうだろう。


毎日用事もない気がする私。

部屋でのんびり漫画を読んでる気がする。

気が向いたらちょっと出かけて春までの準備に服を買ったりするかもしれないけど。



すぐ近くに森友君のグループも居る。
珍しく委員長もいた。


こっそり漏れ聞こえてきた話では委員長にも思い出作りの告白があったらしい。
まったく思ってもなかった相手で、噂だけなのか事実なのか。
返事がどうなったのかも知らない。


頭のいい委員長は頭のいい大学に行く。

他の子がどの大学に行くのかもだいたい聞いた。
いくつか受かっている子はどこに行くかは知らなくても合格の情報は流れる。
森友君の合格した大学も知ってる。
そこが第一志望だと聞いてたから、そこに行くんだろう。
多分自宅から通うんだろう。


「美波。」


「なに?」

つい委員長をぼんやり見てたかもしれない。

名前を呼ばれて、会話に戻る。

「美波は春休み、何するの?」

「まだ決めてない。買い物もしたいし、あとはゴロゴロとぼんやり。」

幸い仲のいい子の中に浪人をする子はいない。
誰もがそれなりに目標に届いた感じだった。

「寂しくなったら会える?」

「もちろん。大丈夫だよ。」

「ああ、何だか寂しいなあ。後二日だよ。この制服も、クラスも、メンバーもあと少し。」

「そうだね。でも同窓会で会えるよ。」

「同窓会待たなくても連絡とろうよ。都合がつくメンバーだけでも会おうよ。」

「そうだね。」

そう言い合う。

どうなるんだろう?
バイトもするし、もちろん勉強もするし、特別な楽しいことがあってもいいよね。
それでも声をかけられたら喜んで行くと思う。


やっぱり一年間仲良くしてきたんだし。
このメンバーと会えるなら同窓会だって楽しみに出来ると思う。

クラスを見回す。

皆グループごとに話しをしてる。

くるりと見渡したら、最後に委員長の横にいた森友君と目が合った。


少し笑顔になってゆっくり視線をそらした。



練習した卒業式の本番の日。
練習なんてしたら新鮮味がないなんて言ってた子が、真っ先に目を真っ赤にしていた。

「雰囲気に弱いんだよ。」

そう言い訳をしていた。
私はただ退屈だなあと思っていたから、どこにウルウルとしたのかまったく分からなかった。

無事に終ってクラスに戻り、皆でガヤガヤと集まって話をしていた。


端にいた瞳ちゃんに話かけた。

「今日は一、二年生も早く終るんだよね。」

普通にそう聞いたら少し赤くなった。
やっぱりそうだよね。

なんだかうれしい想像に笑顔になる。


「寂しがってるんじゃない。」

「そう言われてる。」

「羨ましいくらい。」

そう言ったら顔を見られた。

「何?」

瞳ちゃんの視線が動く。

後ろのほうへ。
視線を追ってそっちを見ると委員長がこっちを見ていた。

ええ~。誤解されてる?


「なんとなく。」

首を振る。照れるまでもない。まったくの勘違い。

「なんで?頭いいし、優しいし、いい人だとは思うけど。普通に委員長だよ。何でそう思うの?皆そう思ってるの?」

「委員長???」

ん?


「違う・・・けど、まあ、いいや。今日が最後だよ。」

「だから、違うよ。」

本当になんでそう思われてるの?
話しかけたことなんて、あった?
私から個人的なことは本当にないと思うのに。



先生が来てばらばらと皆が席に着く。

先生の目が赤い。
大人でも感動するらしい。何だかそれはそれでうれしいかも。
担任としては可もなく不可もなくと思ってたけど、いろいろな思い出が先生にはあるのかもしれない。
私にはあんまりなくても、先生には他の生徒との思い出もあるし、受験生を無事に送り出せたと言う達成感もあるのかもしれない。
まだ若い、受験生担任経験はベテランじゃないって聞いていた。


しんみりした雰囲気がクラスに漂う。

女子が数人ぐすっと鼻を押さえてたりしてる。
そんな雰囲気は伝播しやすい。
たちまち広がっていくようだった。

さすがに早く終って欲しい。
私も何だか切なくなるじゃない。

なんとか雰囲気に流されずにすんだ。

平気なふりで先生の最後の言葉を聞けた。

そう思ったら、委員長が立ち上がった。
先生へのお礼の手紙を読んで、副委員長が花束を紙袋から取り出して渡す。


ああ・・・・・・先生の顔を見て、思わず俯いた。

最後の最後にやられた・・・・・。
駄目だと思ったらぐっと来て、さすがにハンカチを出した。
本日、トイレ以外初登場だった。


拍手でしんみりした雰囲気は閉じられた。
先生がもう一言お礼を言って教室から出て行った。


途端にガヤガヤといつもの雰囲気が戻ってくる。

私も切り替えて顔を上げた。


すごくいい思い出になったと思う。
皆で作った思い出の最後のシーンだった。



ポツポツと帰る子が出て、少しづつ最後のイベントも終っていった。


手には卒業証書がある。
渡されても見る機会があるか疑問だ。
そのままバッグを持って立ち上がる。


結局用のない子で寄り道をして、ケーキを食べて、いつもと変わりないおしゃべりをして帰ることにした。
どうせ来週にはまた会うから。



教室を出る前に委員長に声をかけられた。

「僕の手紙、先生に抜群に効果があったと思わない?」

話しかけられたのも初めてのいきなりで、びっくりした。

「うん、さすがだった。タイミングもばっちり。思わず私までウルウルしました。」

「そう?良かった。自信はあったんだ。」

なんでそう思ったんだろう。
その辺はさすが委員長ということだろうか?

「今日は友達とのんびりして帰るんだよね。」

「うん。いつもみたいにダラダラとしゃべってから帰ると思う。委員長たちも?」

「そうするつもりだよ。」


そうなんだ、そうだよねと言えばいいけど。
何でこのタイミングで話しかけられたんだろう。
誤解されそうなんですけど。
既に誤解されてるようなんですけど。



「最後だね。委員長も一年間ご苦労様。」

よく考えたら誤解されても何でも、もう明日から会わないんだ。

「ありがとう。何だかクラスの半分以上には『委員長』としか呼ばれてない気がする。僕の名前皆覚えてくれてるかな?」

真面目な顔でそういう。
そういう私もその半分以上の中の一人だし。

「覚えてるよ。でも同窓会でも委員長って呼んじゃいそう。」

「覚えてくれてるならいいけど。」


「委員長は自宅から通えるの?」

「うん、もちろん。いろいろ大変そうじゃない?汐さんもでしょう?」

「うん、私もそうだよ。委員長の将来、楽しみにしてるね。」

「ありがとう。ほかに楽しみにしてるやついる?」

ほかに?

「どうだろう?」

そういって少し考えた。
ヤツって言うからには男子?

「まあ、いいか。じゃあ、汐さん、元気でね。」

「うん、委員長も。どこかで見かけたら名前を呼ぶね。ちゃんと振り向いてね。」

「分かった。楽しみにしてる。」

「じゃあね。」

手を振って離れた。

最後の最後にたくさん喋ったかもしれない。
初めて二人だけで・・・だって誰も割りこんでこなかった。
委員長はやっぱりいい人だ。
あんなにいろんな人に勉強を教えてたんだし。

皆がすっかり揃ってる。なんだか見られてたと思うと、ちょっと恥ずかしい。
誤解です。

「美波、委員長と楽しそうに喋ってたね。」

「うん、初めてだったけど、やっぱりいい人だね。」

やっぱり『委員長』と最後まで呼ばれる委員長。
本当に女子はほとんどそうだと思う。
告白したらしいと言われたあの子は名前で呼んでいた気がする。

「何か約束したの?」

小さい声で聞かれた。

「別に。どこかで見かけたらちゃんと名前を呼ぶからって言ったの。皆が『委員長』って呼ぶから名前を覚えてもらえてないかもって言ってたから。」

「確かにそうだね。もう同窓会も『委員長』でいいんじゃない?」

「本人が悲しみそうだよ。」

笑ってしまうけど、やっぱりそうかもしれないって思った。
数年後も、もっとずっと先の何十年後も。


「じゃあ、帰ろうか。ゆっくりお茶しよう。」




ダラダラといつもと同じように喋り、食べて、飲んで。
卒業証書を今後見るだろうかという話になったけど、誰も見ないと言った。

多分そうだろう。

押入れの奥かダンボールに詰められて終わり。


ただ、帰ったらそれを持って写真を撮って田舎のおじいちゃんに送るからねと言われてる。
きっとそれが最初で最後。
それ以降は見ることもないだろう。




自分の駅について、一人でいつもの道を通る。


「汐さん。」

名前を呼ばれて、顔を上げたら正面にいた。
びっくりした。

また声をかけられて、自分の駅というのもこれも二度目だけど・・・・。


「森友君、何してるの?またこの辺に用事があったの?」

「うん。今帰るところだったんだ。」

「そう。委員長達と遊んでなかったの?」

「ちょっとだけね。後はいろいろあって。」

ふ~ん。よく分からないけど。

「ねえ、最後だし数学のお礼したいんだけど。お腹一杯?」

「うん、皆でケーキ食べてきたの。」


「じゃあ、紅茶でもコーヒーでも、何でも。」

「・・・・・うん。」


「どこかのんびり話ができるところないかな?それとも急ぐ?」

急がないけど、ここは私の地元で、少し歩くと家もある。

「まだ大丈夫だよ。でも駅の向こう側でいい?ちょっと離れたいんだ。」


「ああ・・・・ごめんね。」

「ううん。こっちこそ、ごめんね。」


駅に引き返し、途中よくあるコーヒー屋さんでテイクアウトして、逆口に歩いていった。

桜が咲く道がある。
今は本当にちらりと咲いてるくらい。それでもちょっとは彩がある。


ベンチがあってそこに並んで座る。



「近くに誰か、知り合いがいるの?」

「うん・・・・そう。」



「ねえ、汐さんはいい思い出、出来た?」

何のこと?
そう思った表情を読まれてたかも。

「ほら、この間あそこで会った時に、いい思い出が出来るといいねって言われたから。」

「ああ・・・・あんまり深い意味はないよ。」

そう言った。

「僕はあったかな。あれから、そう言われて、すぐ思いついたことがあったし、もっと作りたいと思った。」

「もしかして、だから今日ここに来てたの?」

そういったら赤くなった森友君。

・・・・そうなんだ。
好きな人がいるって言ってた。
そのことだよね?


「良かったね。皆最後にいい思い出にって作るんだね。私はそんなこと思いもしなかったなあ。」


心残りをなくしたいって思った二人に付き合ったのに。
自分のことはまったく考えなかった。
二度あることも二度まで、三度目はなかった。


「あれからね、同じことをもう一人の子に頼まれたの。その子はハッピーになってね、私はそのままその場から一人で帰ったの。何だか寂しかったけど、それよりうれしかった。すごく二人とも可愛くて。いい思い出だよね。先のことは全然私には分からないけど、なんだか人の思い出をちょっと借りてるみたい。・・・・だから、それで、いいかな。」


飲み物は飲みきった。


「じゃあ、ご馳走様。森友君も良かったね。うまくいくんだったら、応援しようかな。」

笑顔で言った。

立ち上がった私を見上げるようにぼんやりしてる。



「待って。」

じゃあねって言おうと思った寸前、そう言われた。


「・・・送って行っていい?」

何で?

「じゃあ、駅まで一緒に。」

そのくらいで勘弁して欲しい。
私のほうだけじゃなく、森友君も、もし・・・・見られたら大変なのに。


来た道をゆっくり駅まで歩いた。

特に会話もなかった。でも手にはおそろいの飲み物のカップがあって、だから知り合い二人だと分かると思う。

静かなまま、そのまま駅に着いた。

お店に入ってゴミを捨てるつもりで、空の森友君のカップも貰った。

「捨てとくよ。」

手からカップを取り上げるようにして、改札の前で止まった。


「じゃあね。元気でね。」


手に持ったカップを振った。

軽く手をあげられた。

それを確認して向きを変えてまた自分の家のほうへ歩き出した。


最後に委員長と話が出来たことも、今のことも、いい思い出だよ。
そう思った。


ちょっと普通すぎるけどね。


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