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9 ドーナツの向こうにいる私に気づいて。
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朝、一緒に昨日まとめた荷物を持って出かけた。
スーツを着て画廊の人っぽくした。
会社用の服を着て、二人で向かうのは職場じゃない。
不思議な感覚。
桂馬は端っこで作品を描いている。
色鉛筆を使い一度下書きとして書いたものを、選んだ大きさの紙に乗せていく。
実際に色は水彩だから、薄く下書きをする。
私は案内の葉書を持ってお店の先に立つ。
通り過ぎる人に画が見えるように差し出して誘う。
女性同士で歩いてる人に向けて。カップルに向けて。
少しずつ画廊から離れて大きな通りに来た。
ちょっと配って見たら可愛いと言われて、うれしくて。
いろんな人に配ってみた。
中には今日じゃない日に来てくれる人がいるかもしれない・・・なんて希望もあって。
それでも数人は興味を持って、画廊への道を入ってくれた。
場所は分かりやすいし、実際に画家さんが書いてるところも見れますと付け加えた。
どんな人を想像するか分からないけど、画の雰囲気からかっこいいと言うよりは優しそうな人と思ってくれるだろう。
しばらくして葉書がなくなり、画廊に戻ったら、思ったより人がいた。
「すみません、戻りました。」
小さく声をかけた。
「百合さん、凄いですね。多分みんな百合さんに誘われた人だと思いますよ。」
角を曲がらなくても、その後来てくれたのかもしれない。
だって思ったより多くの人が来てくれていた。
ちょっとにぎやかなくらいに。
桂馬もこっちを見てる。
良かったね。
そう口パクで伝えた。
さすがに原画を買っていく人はいなかったけど、葉書はかなり売れた。
枚数を確認して封筒に入れて、お会計をお願いする。
その繰り返し。
選ばれる作品に偏りがある気がする。
後で在庫をチェックした方がいい。
小さな棚に今日持ってきた本や雑誌も置いておいた。
そっちも見てくれる人がいる。
読んでくれた人もいる。
「これ読んだことある。面白いよ。」
そんな声が聞こえてきた。
作品ありきだと表紙をそこまで見てないかもしれない。
でも一度見ると、次に同じ作家さんから出す作品で使われることもあるし、他にも画や名前が目にとまるかもしれない。
たまにジャケット買いする人もいるし。
そんなタイプの人の目にとまったらうれしい。
作家さんのファンで、表紙にも目を止めてくれる人もいるくらいだから。
そんな人も何人か来てくれた。
昨日来た川瀬さんが自分のフェイスブックにあげてくれたのだ。
その文章にはもちろん宣伝になるように個展の場所も入れてくれた。
そしてイラストレーター本人が不思議な出会いをした人がいるらしいと、その内に作品にすると書いていた。
知らなかったら興味がわく。
まさか変なナンパみたいな出会いだとは思わないだろう。
劇的な出会いとか?ミステリアスな感じとか?面白い落ちのつく出会いとか?
それに比べたら普通かも。
でもその出会いも桂馬は可愛いうさぎのイメージに仕上げてくれた。
その本が出るなら、裏表紙でもいいからあのうさぎを入れて欲しい。
そう思ったりした。
ある程度葉書を渡した人が引けた時に緑ちゃんと松田が来てくれた。
笑顔でお辞儀をして、作品の方へ案内する。
あくまでも仕事している画廊の人になり切る。
後で感想を聞きに行こう。
ゆっくり桂馬のところに行って、緑ちゃん達が来たことを教えた。
すぐわかったと思う。
緑ちゃん達も桂馬のところは素通りして作品をゆっくり見ている。
何だか照れる。
本当に言わないでね、桂馬。
画廊の人には知り合いだと教えた。
「なんだかお似合いですね。すっごく仲良さそうです。」
笑って言われた。
振り返ると、確かに・・・・。
松田が緑ちゃんの肩に顎を乗せて、体もほぼ完全にくっついて画を見ている。
どこにそんな必要が?
いつもああなのか、あいつらは。
こっちが恥ずかしくなる。
「仲を取り持ったのを後悔するくらいの馬鹿ップルです。見ないであげてください。」
「そう言えば昨日、百合さんの知り合いの方、二人は見えましたよ。聞いてますか?」
「いいえ。まったく。何人かには知らせたんです。興味ありそうな子に。誰だろう?」
「きれいな人としか覚えてませんが。葉書を買って行かれました。本当に昨日のお客さんもたいてい買って行ってくれました。」
「あ、在庫をチェックしておこうと思ってたんです。持ってきて並べますね。」
「そんな、私がやりますよ。」
「大丈夫です。あの二人はしばらくはいると思いますから。じっとしてるより動いてた方が疲れなさそうです。」
奥から分厚いファイルを持ってきた。
少なくなった葉書を補充をする。
うれしい事にドーナッツうさぎも売れ行き好調。
やはり明るい作品の方がよく出てるらしい。
補充しながら追加印刷を頼んだ方がいいものに付箋を貼っておく。
3種類の葉書が特に売れてる。
桂馬のところに行って手を離したタイミングで聞いて見る。
「桂馬、葉書が結構出てて、追加印刷が必要か、後で見てくれる?」
「分かった、ありがとう。」
「でも平日に来てくれる人は少ないかもね。」
「そうかもね。」
「あの二人が帰ったら、また葉書配りの宣伝してくる。」
「百合ちゃん得意だったんだね。」
「だって心を込めて渡してるよ。可愛いって言ってくれて葉書は喜ばれるからうれしいし。」
「ありがとう。」
ファイルを桂馬の荷物の横に置く。
「置いとくね。付箋が貼ってある三種類ね。」
見終わったらしい二人が歩いてきた。
「百合先輩。画廊の人みたいです。」
「本当?そう思われるかな?」
「はい、ばっちりです。」
「二人ともありがとう。」
「緑ちゃん、どれか気に入った?」
「全部可愛いです。原画は高くて買えないので葉書を買わせていただきます。」
緑ちゃんが桂馬に言う。
「桂馬、後輩の緑ちゃんと、同期の松田君。で、小和田さんです。」
お互い言葉少なに紹介した。
「百合ちゃんがお世話になってます。」
「いえ、私が百合先輩にたくさんお世話してもらってます。」
「僕もビシビシとお世話になってます。」
そう松田が言うと緑ちゃんに睨まれていた。
「話はいろいろと聞いてます。最初から可愛い後輩って聞いてたので楽しみにしてました。」
「私もいろいろ話を聞いてましたので、今日お会いできるのを楽しみにしてました。」
「ました。」と松田も続ける。
「でも百合先輩なしでも、本当に素敵な作品です。すっかり気に入りました。イメージぴったりですね。」
「ありがとうございます。」
「なんだか時々動物が百合先輩に見えるんですが、気のせいですか?」
「ええっ、どれ?」
「明らかに女の子の動物は・・・特に。非売品のドーナッツをのぞいてるうさぎとか、犬にもたれて寝てる猫とか。他にも・・・・。」
なかなかの眼力・・・・というかそう思うのかな?
「最初の頃の先輩の優しいイメージです。」
「緑ちゃん、なんで最初って言うの?」
「だって百合先輩、結構毒舌だし、なんだか最近は私までいじめられてる気がします。趣味悪い後輩とか言われたりアホっぷりとか馬鹿ップルとか。」
「緑ちゃん、愛情だから。それもこれも愛情。」
「分かってますけど・・・・。」
ちょっと不満そうに言う緑ちゃん。
桂馬を見ると笑われた。
「緑ちゃん、是非松田にたくさん葉書を買ってもらってね。」
そう言って物販コーナーに移動させる。
本当に全種類買ってくれたらしい。
松田も何枚か持っている。
いい奴らじゃないか。
一人では入りにくいらしく、数人単位でお客さんが来る。
人がいると一人のお客さんでも入りやすくなり、するりと入って見ていってくれる人もいる。
結局追加発注かけた方がいいくらいの売れ行きだった。
うれしい。
人のいない時には休んで椅子に座ったりしたし、簡単に食事もとれた。
緑ちゃんが手土産を持ってきてくれたので、合間に食べたりして。
増田さんも約束した通りにやってきてくれた。
改めて挨拶した。
会ったことはなかった。お互い話だけだった。
それでもすごくいい印象だった。
増田さんを桂馬が案内してる間、私はその他のお客様へ声をかけていく。
ゆっくりと見れただろう、二人が帰って来た。
「作品仕上がりのペースも早くなったけど、内容も変わって来てるよね。明らかに。随分作品の性別がはっきりしたし、作品に『向き』があるよね。」
「向きですか?」
「うん、言葉を届ける視線の向き。作品のこっちか、向こうに誰がいるか分かる画が多い。喧嘩した後描いた絵は一枚もないだろう?」
改めてそう聞かれても、喧嘩自体が一度もない気がする。
桂馬に対して怒ることは一度もないし、私が他の事で怒ってる怒りさえ沈めてくれて。
「ないかな?」
桂馬が答えた。
「なんだか公開ラブレターか惚気かっていうくらいだよ。変に知ってるから、ちょっと照れてしまいそうな。」
そうなの?
可愛い動物達です。
桂馬を見ると嬉しそうに笑ってる。
それでいいの?
「本当にじんわりと心にしみる作品だと思います。本当に。女性だけじゃなくて男性もそう感じてくれると嬉しいですよね。」
画廊の人 沢田さんも褒めてくれる。
「ありがとうございます。」
「じゃあ、あっと、葉書売ってるんだっけ。ちょっと買って帰ろう。」
そう言って数枚選んだ葉書を買ってくれた。
「じゃあ、また会える日まで仲良くは勿論、元気でね。」
「はい。ありがとうございました。」
「じゃあ。」
桂馬にも言って帰って行った。
外に出て、一緒に見送る。
「桂馬は中にいて。私は少し呼び込みするから。」
そう言って看板の横に立ち葉書を持ち、通りかかる人に声をかけて数人を誘導した。
一緒に中に入り、受付が忙しそうなときに、手伝いに入る。
ふらりと一人の女の人が入ってきた。
綺麗な人だった。
「どうぞ。ゆっくり見ていってください。」声をかける。
桂馬の方を見て足を止めたその人。
桂馬も気が付いたのか、しばらく手を止める。
知り合い?
「久しぶり。偶然じゃないけど。」
「お久しぶりです。お変わりないですか?」
「あったけど。聞いてるでしょう?」
「いいえ、特には。すみません。」
「そう。見ていくわ。」
「どうぞ。」
そんな会話を横耳で聞くようにしていた。
それだけでどんな関係なのか推し量るのは難しい。
いい関係じゃないみたい、でも桂馬は普通?
ライバルとか、桂馬に仕事をとられた人とか?
元カノとしても、桂馬が振ったのではなさそうな。
向かいの正面の壁にあるドーナッツうさぎの画を見る。
ドーナツの穴から見えてる景色の外は見ない。
甘い景色しか見えない。
そんな世界を見せてくれる桂馬を信じてる。
だから、本当に気にしない。
見終わった人が数枚の葉書を手にしてやってきた。
沢田さんと手分けして対応する。
さっきまで見ていたドーナッツうさぎも買われていく。
私も大好きな作品なんです。そう言いたい。
あの女の人以外、誰もいなくなった。
沢田さんに断って、ポケットに入れていた葉書を持って大通りに出て行く。
通りかかる女性を中心に葉書を見せて声をかけていく。
数人が角を曲がってくれたのを励みに、しばらく繰り返し、画廊に戻る。
数人の人がいた。
そして桂馬はあの女性と話をしている。
二人とも嬉しそうでも、楽しそうでもない。
ここはもっと明るくて楽しい空間であって欲しいのに。
そんな雰囲気のまま、女の人が向きを変えてこの空間を去った。
チラリと見たその表情からは何もうかがえなかった。
それでも画廊のスタッフらしくありがとうございましたと挨拶をした。
空間にゆっくり穏やかな空気が満ちてきた気がした。
自分を包む柔らかい空気を感じ、ホッと息をついた。
「少し休憩いかれて来てもいいですよ。」
沢田さんにそう言われて、少しの間バックに入る。
椅子に座り、冷蔵庫から自分の分のお水を取り出す。
声をかけ続けてもいたし喉も乾いた。
少し休憩して戻る。
数人の人がいるだけの、それでも穏やかな空間。
沢田さんと交代して休憩してもらう。
桂馬も休憩をとって、後は平和に数人づつ訪れるお客様の対応をした。
葉書を補充して、軽く掃除をして、看板をしまって。
にわか画廊職員の役目も終わった。
「後は平日ですね。よろしくお願いします。」
先に出て戸締りはお願いした。
桂馬は平日は時々顔を出すだけでいいらしい。
画材一式荷物にまとめて持ち帰る。
少しは進んだらしい。
スーツを着て画廊の人っぽくした。
会社用の服を着て、二人で向かうのは職場じゃない。
不思議な感覚。
桂馬は端っこで作品を描いている。
色鉛筆を使い一度下書きとして書いたものを、選んだ大きさの紙に乗せていく。
実際に色は水彩だから、薄く下書きをする。
私は案内の葉書を持ってお店の先に立つ。
通り過ぎる人に画が見えるように差し出して誘う。
女性同士で歩いてる人に向けて。カップルに向けて。
少しずつ画廊から離れて大きな通りに来た。
ちょっと配って見たら可愛いと言われて、うれしくて。
いろんな人に配ってみた。
中には今日じゃない日に来てくれる人がいるかもしれない・・・なんて希望もあって。
それでも数人は興味を持って、画廊への道を入ってくれた。
場所は分かりやすいし、実際に画家さんが書いてるところも見れますと付け加えた。
どんな人を想像するか分からないけど、画の雰囲気からかっこいいと言うよりは優しそうな人と思ってくれるだろう。
しばらくして葉書がなくなり、画廊に戻ったら、思ったより人がいた。
「すみません、戻りました。」
小さく声をかけた。
「百合さん、凄いですね。多分みんな百合さんに誘われた人だと思いますよ。」
角を曲がらなくても、その後来てくれたのかもしれない。
だって思ったより多くの人が来てくれていた。
ちょっとにぎやかなくらいに。
桂馬もこっちを見てる。
良かったね。
そう口パクで伝えた。
さすがに原画を買っていく人はいなかったけど、葉書はかなり売れた。
枚数を確認して封筒に入れて、お会計をお願いする。
その繰り返し。
選ばれる作品に偏りがある気がする。
後で在庫をチェックした方がいい。
小さな棚に今日持ってきた本や雑誌も置いておいた。
そっちも見てくれる人がいる。
読んでくれた人もいる。
「これ読んだことある。面白いよ。」
そんな声が聞こえてきた。
作品ありきだと表紙をそこまで見てないかもしれない。
でも一度見ると、次に同じ作家さんから出す作品で使われることもあるし、他にも画や名前が目にとまるかもしれない。
たまにジャケット買いする人もいるし。
そんなタイプの人の目にとまったらうれしい。
作家さんのファンで、表紙にも目を止めてくれる人もいるくらいだから。
そんな人も何人か来てくれた。
昨日来た川瀬さんが自分のフェイスブックにあげてくれたのだ。
その文章にはもちろん宣伝になるように個展の場所も入れてくれた。
そしてイラストレーター本人が不思議な出会いをした人がいるらしいと、その内に作品にすると書いていた。
知らなかったら興味がわく。
まさか変なナンパみたいな出会いだとは思わないだろう。
劇的な出会いとか?ミステリアスな感じとか?面白い落ちのつく出会いとか?
それに比べたら普通かも。
でもその出会いも桂馬は可愛いうさぎのイメージに仕上げてくれた。
その本が出るなら、裏表紙でもいいからあのうさぎを入れて欲しい。
そう思ったりした。
ある程度葉書を渡した人が引けた時に緑ちゃんと松田が来てくれた。
笑顔でお辞儀をして、作品の方へ案内する。
あくまでも仕事している画廊の人になり切る。
後で感想を聞きに行こう。
ゆっくり桂馬のところに行って、緑ちゃん達が来たことを教えた。
すぐわかったと思う。
緑ちゃん達も桂馬のところは素通りして作品をゆっくり見ている。
何だか照れる。
本当に言わないでね、桂馬。
画廊の人には知り合いだと教えた。
「なんだかお似合いですね。すっごく仲良さそうです。」
笑って言われた。
振り返ると、確かに・・・・。
松田が緑ちゃんの肩に顎を乗せて、体もほぼ完全にくっついて画を見ている。
どこにそんな必要が?
いつもああなのか、あいつらは。
こっちが恥ずかしくなる。
「仲を取り持ったのを後悔するくらいの馬鹿ップルです。見ないであげてください。」
「そう言えば昨日、百合さんの知り合いの方、二人は見えましたよ。聞いてますか?」
「いいえ。まったく。何人かには知らせたんです。興味ありそうな子に。誰だろう?」
「きれいな人としか覚えてませんが。葉書を買って行かれました。本当に昨日のお客さんもたいてい買って行ってくれました。」
「あ、在庫をチェックしておこうと思ってたんです。持ってきて並べますね。」
「そんな、私がやりますよ。」
「大丈夫です。あの二人はしばらくはいると思いますから。じっとしてるより動いてた方が疲れなさそうです。」
奥から分厚いファイルを持ってきた。
少なくなった葉書を補充をする。
うれしい事にドーナッツうさぎも売れ行き好調。
やはり明るい作品の方がよく出てるらしい。
補充しながら追加印刷を頼んだ方がいいものに付箋を貼っておく。
3種類の葉書が特に売れてる。
桂馬のところに行って手を離したタイミングで聞いて見る。
「桂馬、葉書が結構出てて、追加印刷が必要か、後で見てくれる?」
「分かった、ありがとう。」
「でも平日に来てくれる人は少ないかもね。」
「そうかもね。」
「あの二人が帰ったら、また葉書配りの宣伝してくる。」
「百合ちゃん得意だったんだね。」
「だって心を込めて渡してるよ。可愛いって言ってくれて葉書は喜ばれるからうれしいし。」
「ありがとう。」
ファイルを桂馬の荷物の横に置く。
「置いとくね。付箋が貼ってある三種類ね。」
見終わったらしい二人が歩いてきた。
「百合先輩。画廊の人みたいです。」
「本当?そう思われるかな?」
「はい、ばっちりです。」
「二人ともありがとう。」
「緑ちゃん、どれか気に入った?」
「全部可愛いです。原画は高くて買えないので葉書を買わせていただきます。」
緑ちゃんが桂馬に言う。
「桂馬、後輩の緑ちゃんと、同期の松田君。で、小和田さんです。」
お互い言葉少なに紹介した。
「百合ちゃんがお世話になってます。」
「いえ、私が百合先輩にたくさんお世話してもらってます。」
「僕もビシビシとお世話になってます。」
そう松田が言うと緑ちゃんに睨まれていた。
「話はいろいろと聞いてます。最初から可愛い後輩って聞いてたので楽しみにしてました。」
「私もいろいろ話を聞いてましたので、今日お会いできるのを楽しみにしてました。」
「ました。」と松田も続ける。
「でも百合先輩なしでも、本当に素敵な作品です。すっかり気に入りました。イメージぴったりですね。」
「ありがとうございます。」
「なんだか時々動物が百合先輩に見えるんですが、気のせいですか?」
「ええっ、どれ?」
「明らかに女の子の動物は・・・特に。非売品のドーナッツをのぞいてるうさぎとか、犬にもたれて寝てる猫とか。他にも・・・・。」
なかなかの眼力・・・・というかそう思うのかな?
「最初の頃の先輩の優しいイメージです。」
「緑ちゃん、なんで最初って言うの?」
「だって百合先輩、結構毒舌だし、なんだか最近は私までいじめられてる気がします。趣味悪い後輩とか言われたりアホっぷりとか馬鹿ップルとか。」
「緑ちゃん、愛情だから。それもこれも愛情。」
「分かってますけど・・・・。」
ちょっと不満そうに言う緑ちゃん。
桂馬を見ると笑われた。
「緑ちゃん、是非松田にたくさん葉書を買ってもらってね。」
そう言って物販コーナーに移動させる。
本当に全種類買ってくれたらしい。
松田も何枚か持っている。
いい奴らじゃないか。
一人では入りにくいらしく、数人単位でお客さんが来る。
人がいると一人のお客さんでも入りやすくなり、するりと入って見ていってくれる人もいる。
結局追加発注かけた方がいいくらいの売れ行きだった。
うれしい。
人のいない時には休んで椅子に座ったりしたし、簡単に食事もとれた。
緑ちゃんが手土産を持ってきてくれたので、合間に食べたりして。
増田さんも約束した通りにやってきてくれた。
改めて挨拶した。
会ったことはなかった。お互い話だけだった。
それでもすごくいい印象だった。
増田さんを桂馬が案内してる間、私はその他のお客様へ声をかけていく。
ゆっくりと見れただろう、二人が帰って来た。
「作品仕上がりのペースも早くなったけど、内容も変わって来てるよね。明らかに。随分作品の性別がはっきりしたし、作品に『向き』があるよね。」
「向きですか?」
「うん、言葉を届ける視線の向き。作品のこっちか、向こうに誰がいるか分かる画が多い。喧嘩した後描いた絵は一枚もないだろう?」
改めてそう聞かれても、喧嘩自体が一度もない気がする。
桂馬に対して怒ることは一度もないし、私が他の事で怒ってる怒りさえ沈めてくれて。
「ないかな?」
桂馬が答えた。
「なんだか公開ラブレターか惚気かっていうくらいだよ。変に知ってるから、ちょっと照れてしまいそうな。」
そうなの?
可愛い動物達です。
桂馬を見ると嬉しそうに笑ってる。
それでいいの?
「本当にじんわりと心にしみる作品だと思います。本当に。女性だけじゃなくて男性もそう感じてくれると嬉しいですよね。」
画廊の人 沢田さんも褒めてくれる。
「ありがとうございます。」
「じゃあ、あっと、葉書売ってるんだっけ。ちょっと買って帰ろう。」
そう言って数枚選んだ葉書を買ってくれた。
「じゃあ、また会える日まで仲良くは勿論、元気でね。」
「はい。ありがとうございました。」
「じゃあ。」
桂馬にも言って帰って行った。
外に出て、一緒に見送る。
「桂馬は中にいて。私は少し呼び込みするから。」
そう言って看板の横に立ち葉書を持ち、通りかかる人に声をかけて数人を誘導した。
一緒に中に入り、受付が忙しそうなときに、手伝いに入る。
ふらりと一人の女の人が入ってきた。
綺麗な人だった。
「どうぞ。ゆっくり見ていってください。」声をかける。
桂馬の方を見て足を止めたその人。
桂馬も気が付いたのか、しばらく手を止める。
知り合い?
「久しぶり。偶然じゃないけど。」
「お久しぶりです。お変わりないですか?」
「あったけど。聞いてるでしょう?」
「いいえ、特には。すみません。」
「そう。見ていくわ。」
「どうぞ。」
そんな会話を横耳で聞くようにしていた。
それだけでどんな関係なのか推し量るのは難しい。
いい関係じゃないみたい、でも桂馬は普通?
ライバルとか、桂馬に仕事をとられた人とか?
元カノとしても、桂馬が振ったのではなさそうな。
向かいの正面の壁にあるドーナッツうさぎの画を見る。
ドーナツの穴から見えてる景色の外は見ない。
甘い景色しか見えない。
そんな世界を見せてくれる桂馬を信じてる。
だから、本当に気にしない。
見終わった人が数枚の葉書を手にしてやってきた。
沢田さんと手分けして対応する。
さっきまで見ていたドーナッツうさぎも買われていく。
私も大好きな作品なんです。そう言いたい。
あの女の人以外、誰もいなくなった。
沢田さんに断って、ポケットに入れていた葉書を持って大通りに出て行く。
通りかかる女性を中心に葉書を見せて声をかけていく。
数人が角を曲がってくれたのを励みに、しばらく繰り返し、画廊に戻る。
数人の人がいた。
そして桂馬はあの女性と話をしている。
二人とも嬉しそうでも、楽しそうでもない。
ここはもっと明るくて楽しい空間であって欲しいのに。
そんな雰囲気のまま、女の人が向きを変えてこの空間を去った。
チラリと見たその表情からは何もうかがえなかった。
それでも画廊のスタッフらしくありがとうございましたと挨拶をした。
空間にゆっくり穏やかな空気が満ちてきた気がした。
自分を包む柔らかい空気を感じ、ホッと息をついた。
「少し休憩いかれて来てもいいですよ。」
沢田さんにそう言われて、少しの間バックに入る。
椅子に座り、冷蔵庫から自分の分のお水を取り出す。
声をかけ続けてもいたし喉も乾いた。
少し休憩して戻る。
数人の人がいるだけの、それでも穏やかな空間。
沢田さんと交代して休憩してもらう。
桂馬も休憩をとって、後は平和に数人づつ訪れるお客様の対応をした。
葉書を補充して、軽く掃除をして、看板をしまって。
にわか画廊職員の役目も終わった。
「後は平日ですね。よろしくお願いします。」
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