幼なじみの有効期限は?

羽月☆

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3 季節が過ぎて行き

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子供のころから一緒で、友達よりもずっと近くて大切な存在で。
だからって『関係』を聞かれてもても、小さい頃なら素直に大好きと言えたかもしれない。でもいつからか、そう大きな声で言うことが出来なくなった。

『好きな人』と認めるには何かが邪魔をしてた。

それでも一緒にいるのが当たり前だった。

お互いにもたれ合うバランスがちょうどよくて、なかなかそこからが踏み出せない関係。
子どもの頃はもっとくっついてたのに、いつのころからか、心が大人に近くなる頃、少しずつ距離を測り始めた。


それでも部屋にいる時は常に横を見るとカーテンの向こうに影が見えて。

「ねえ」って声をかけるとカーテンが開いて窓も開いて。
お互いに窓に座りながら一緒におやつも食べられるような距離は変わりなく。

意識し始めたのはいつ頃だっただろう。
だいたい・・・・中学になるころから違和感が出てきた。
その頃には女の子男の子から女子男子とはっきり線引きがされて。

話をするのも男子ばかり固まると、変な話も出て来て。
小学校から一緒の仲間でしおりと自分が仲がいいのは当然知っている奴らばかりだった。
幸い変に揶揄われるようなことはなかった。
お互い地味な方だったのかもしれない。

だけど高校になるとちょっと違って見えてきた。

今まで平気でタンクトップにショートパンツの部屋着を見ていたのに、なんだか見れなくなったり、学校ではすれ違うことがない様に遠くに姿が見えたら遠回りしてでも避けた。

そんな僕の反応にしおりは気がついてないと思う。
だってしおりは全く変わらなかったから。

自分に対する態度は相変わらずおんなじで隣の子、幼馴染の友達。
自分も自然にそう振舞うには、かなりの努力が必要だった。

しおりに『学校では本当に会わないね。』って言われても『そうだね。』って答えてた。

3年の夏休み前の日。友達に聞かれた。
「真田は彼女?」

・・・いきなり?

どうやら自分と同じ中学の奴から仲がいいと聞いたらしい。
もちろん否定したのに。
しおりとキスをしないのか、その先は・・・と興味津々で聞かれて正直殴りたかった。

全く想像しないわけではなかった、というかたくさんした。
それは子供っぽい想像だけど。

夏休みには二人で花火を見に行き、手をつないで歩く。
今年も一緒に行こうと誘うつもりだった。
どこに行くか考えると楽しみだった。

去年までもキスをしたいと思ったことはある。
花火の合間に綺麗だねって笑顔で言われて。
毎年どんどんきれいに女っぽくなって行くしおりの浴衣姿にドキドキして。
見つめたままの数秒間。
キスがしたいと思ったことも何度もあった。

正直今年こそと思わないでもないけど。
しおりはどう思ってるんだろう?
だって普通すぎて、自分のことなんか本当に幼馴染の男の子としか思ってないようで。
本当に友達の一人としか見られてないとしか思えなくて。

「た・だ・の隣の子。」
だから、その時も、そう強調して関係を否定した。

その後はもう、嘘をついて言葉を並べた。
自分がしおりに対して思ってる事なのに、他人の口からあからさまに聞くとひどく嫌な気持ちがして。
自分の邪な気持ちごと否定したくて。

一緒にデートをしようと言われたが結局誘われることはなかった。
どうなったのか、誰にも聞けない。

夏休み、しおりは塾に通って勉強に励んでるらしいと母親経由で情報が伝わってきた。
毎日窓を見てるのに、部屋に電気がついてることがなく、話しかけることも出来ず。

今もカーテンは閉じたまま。出かけてるんだろうか?
カーテンは開けないんだろうか?
しばらくぼんやりと見ていても何も変わらず。
自分も仕方なく机に向かった。

課題をこなしながら時々窓の方を向く。
何度かしおりのお母さんが掃除してるときに、そのカーテンが開くのを見かけた。
目が合って挨拶したこともあった。

「祐君も勉強頑張ってるのね。」そう言われた。

しおりも頑張ってるらしい。

「はい。受験生です。」そう答えた。

見た限り、しおりの部屋は少しも変わってない。
ただ、どこにもしおりがいないだけ。

ある日参考書を買いに本屋に行った。
いきなり声をかけられて振り向くと同じ中学だった友達がいた。
懐かしくて、一緒にマックに入り話をした。

基樹という賢そうな名前の通り賢くて。
別の高校に進学した数少ない友達の一人だった。
受験の話を聞いても大変らしい。
夏休みも塾を3カ所に増やして勉強してるらしい。
恐ろしいとしか言えない。

その流れで・・・。

「そう言えばさ、同じクラスの奴で潮野ってやつがいるんだけど。塾で真田と一緒らしいんだ。仲良くなって一緒に勉強してほとんど毎日会ってるらしい。知ってた?」
「いや、そうなのか?」
「ああ、ごめん。知りたくなかった?」

ちょっと嫌な顔をしたのかもしれない。基樹が気を遣うように言ってきた。

「いや、別に。」
「どんな人?潮野って人。」
「ああ、いい奴だよ。割と人気もある、優しい感じで勉強もすごくできる。真田に教えてるみたい。」
「教えてる暇なんてあっていいのか?」
「ああ、すごく楽しいし、勉強にも集中できるって言ってた。真田が俺と同じ中学だって知って話しかけてきたんだ。俺はびっくりしたけど。でもなんとなくだけど真田の事好きなのかなって思ったりして。」
「いい奴ならいいよ。変な奴じゃなきゃ安心だよ。」

上手くごまかせたかどうかは分からない。

でも基樹がそうかと笑っていたから、なかなかうまく嘘がつけたんだと思う。

しおりが勉強頑張ってるとは聞いた、部屋じゃないところで頑張ってるんだと知ってる。

そうか・・・・そういうことか。

結局本を買うこともなく、一人家に帰って部屋に戻った。
やっぱり向かいの部屋にしおりはいない。
もうずいぶん会ってないし、顔も見てない、声も聞いてない。

一度だけ玄関で会いそうになって、慌てて引き返した。
何でそんなことをしたのか、説明できない。
ただ会えなかった、会いたくなかった。
でも本当は会いたかったのに、話をしたかったのに。


夏はあっさり過ぎて、花火の『は』の字も口にしなかった。

そして休み明けにはテストが待っていた。
どこにも出かけず、退屈で思いがけず勉強をした夏。

潮野君とやらには敵わないだろうけど成績が上がった。

母親からはしおりの成績もすごく上がって、夏の勉強の成果があったと喜んでいたと聞いた。
ついでに自分も褒められた。さすがにそこは親だ。

原因と結果は絡まって終わり良しと言う結果に落ち着いたと思おう。

やっぱり大きな本屋に参考書を買いに行こうと思い立って日曜日お昼を食べた後ひとりでふらりと出かけた。
電車に乗って近くの大きな駅に。
塾もたくさんあるので本屋の受験生コーナーも充実してると評判だった。

ぼんやりと歩いてたのに何故か気がついてしまった。

久しぶりに見たしおりと誰か知らない男。
もしかしてって思った。あれが潮野君とかいう頭のいい奴?
仲良くふたりで並んで歩いていた。
しおりが持っているのは小さなバッグだけで。
でも潮野君らしき男の子は大きなトートバッグを2個持っていた。
見覚えがある、ひとつはしおりのだと思う。
先の方を指さした男と楽しそうに歩いていくしおり。
その顔は見たこともない表情で。
立ち止まったままふたりの後ろ姿を見送った。
首が疲れてるのに気が付いた。ずっと見てた自分。
一人歩き出す。

デート?・・・・そうだろうなあ。

しおりは見たことないワンピースを着ていた。
今年買ったお気に入りなのかも。
前は褒めて欲しいというように自分にも見せてくれていたのに。
もう、そんな役は必要ないらしい、少なくとも自分じゃない。

手をつないだりはしてなかったけど。二人の間に距離はあったけど。
あんな顔するんだ・・・・。

電車賃かけてここまで来たのだからと重たい体と沈んだ心を引きずって、本屋に行って半分の思考力で選んで本屋をあとにした。とりあえず選択は間違ってなかった。ちゃんとした本を買えていた。
これで全く関係ない本を買って来てたらもう笑うしかない。

夏も終わるとそろそろ受験について考えるころになる。
ちょっと成績は上がったけど、この後は分からない。
弱気にしかなれない自分。

少しづつ涼しくなるとカーテンもレースだけじゃなくて厚いものをひいていることが多くなる。横を見ても隣の部屋は見えない。
そして隣の部屋を気にする機会も減っていった。
気にはしても見ないようにしていた・・・・、そういうことだ。

相変わらずしおりとは話もしてない。
そして潮野君とかいう奴の事も何にも分からないまま。

年明けには受験になる。
なんとなくみんながマスクをし始める12月。

近くの神社に行ってお守りをもらってきた。一応受験用。

昔はよくしおりと遊びに来たところだった。
静かで、野良猫が寝そべっている平和な空間。
神社の神主さんの掃除を手伝ったり、お話をしてもらったり、焼き芋を焼いてもらったり。
懐かしい思い出がここにはあった。

合格祈願のお守りを買った。
受験頑張ってねと言われて。

「あ、もう一つ下さい。」そう言っていた。二つ買った。しおりの分も。

渡せるだろうか?
渡せないまま部屋の机の引き出しに入れて数日。

諦めて封筒に入れて名前を書いて隣の家のポストにいれた。
お母さんがしおりに渡してくれると思う。
自分の名前は書かなかった。
でも呼び捨てで封筒に残る筆跡で自分からだと分かるだろう。
話しかけてもらえるだろうか?
あくまでもしおりから声をかけられるのを待つ情けない自分。

本当に情けないよな。分かってるけど・・・・。

あの夏から時間もたち、2人の距離は遠く離れたまま。
こんな日が来るなんて思ってもなかった。
夏の前までは、いつもと同じ夏が続くのだと。そして秋も、冬も。

きっと隣にはしおりがいて、ずっと、2人は一緒で。

そんな訳ないのに。
ただの幼馴染だから。
一度もその関係から外れることがなかった。
そんな二人。

ねえ、しおり。
しおりの隣にはもう別の誰かがいるの?


冬が過ぎ、春になる。
確実に時間は過ぎていく。

少しづつ大人になる自分達。

春は変化の季節、出会いと別れの季節。
大学生になる大きな変化が目の前にあった。

ただ寂しい心は全力で大人になることを拒否して。
部屋でひとり懐かしい昔の思い出に浸ることがほとんどだった。

だってアルバムに残る写真には兄よりもしおりと一緒に写ってるものが多くて。
しおりといた時間も多い自分の部屋でアルバムの思い出に縋りついてる自分。

すぐそこにしおりはいるのに。
前みたいに窓を開けて名前を呼ぶことなんて、今となってはすごく難しい事に思える。


これが大人になるって事なのだろうか。
隣と学校と通学路。
それ以外の世界が目の前に広がり、歩き出せと言う様に背中を押す。

自分だけが歩き出せずに立ち止まったまま。
もう、しおりの背中は遠い。黒い点にしか見えないくらいに遠い。
その点が一つなのか、違う影が横にあるのか、もうわからない。知りたくもないから。


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