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7 さよならを言いたかった私
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久しぶりの実家はやっぱり懐かしくて。
隣から賑やかな声が聞こえた気がした。
もしかして・・・タスクも帰ってきてるの?
急にバッグの中の封筒に現実感を感じる。
今、ポストに入れたらすぐに見てくれる・・・・・。
でも封筒を手にすることはなく、視線を外して、隣のことなんて気にしない振りをする。
お父さんとお母さんまでも懐かしく感じる。
職場のお店の話や先輩の話、お客さんの話、同期の友達の話。
いろいろと話をした。
もちろん隣のひらりさんの話もした。
「良かった。話を聞いてて安心した。しおりが毎日楽しく働けたら嬉しいから。」
すっかり安心したように言われた。
久しぶりの手料理を食べて、片付けも手伝った。
ひらりさんが春の新作と言ってたくさんの化粧品をくれた。
おかげで私のコスメコーナーが賑わった。
買うと高いからうれしい。
でも似合わない色は許可をもらって友達にあげることにした。
働くようになって化粧の仕方も少し上手になったと思う。
接客なのである程度のおしゃれはチェックされる。
華美なメイクはダメ、勿論スッピンもダメだけど。
髪の毛については清潔感を、爪やアクセサリーについても注意がある。
商品を傷つけるような長い爪や変な色の爪は当然だめだし、揺れすぎたり大きすぎるイヤリングピアスもダメ。
いろいろと楽しみたい人にはちょっと厳しいかもしれないけど、私には何の問題もなかった。
制服があって更衣室で着替えるので通勤する服はそれなりのもので良かった。
毎日スーツはつらい。ヒールのない楽な靴で電車に乗れると随分違う。
今、部屋に行ったらタスクが帰ってきてるか分かるかも・・・・。
そう思って2階に上がろうかと思ってたら、お母さんが話をし始めた。
「お隣も今日は賑やかよ。しおりはしばらく会ってないでしょう?すっごくいい男ぶりになってお嫁さんを連れて来てるのよ。子供子供って思っててもちょっと離れてる間に子供は成長するのね。はぁ~。秋には結婚式を挙げるって言ってたからいろいろと忙しいみたいだし。しおりはまだまだお嫁には行かないでね。せめてあと3年くらいはお母さんとお父さんのしおりでいてね、なんて。しおりの好きな人の話も聞きたいから、すぐに教えてね。お父さんには内緒にするから。」
「まだまだだよ、私は。」
2階を見上げていた私は、そのまま荷物を持ってもう一度2階へ行った。
「ちょっと取ってくるもの思い出したから。」
何とか言い残して、二階へ上がる。
カーテンが閉まってて電気をつけなきゃこっちは見えないと思う。
向こうの部屋にも人影はないし。
お互いの部屋が薄いカーテンで閉ざされた世界のようで。
私の部屋は匂いも変わってないくらいなのに。
向こうには今にも私の知らない人が入ってくるかもしれない。
その二人が思いっきり笑顔で、仲良く手をつないでたりして。
ねえ、そんなに早く結婚ってするものなの?
ずっと、大学生のころから付き合ってたんだよね。
私はちゃんとさよならできてないって思ってたけど、タスクはちゃんとできてたのね。それとも、そんな必要もなかったの?
一人暮らしも、もしかして一緒に暮らしてるとか?
誰かと2人でキッチンに立つタスクの姿を想像した。
懐かしい顔が少し大人になって、その私の知らない大人びた笑顔は、やっぱり知らない隣の誰かに向けられていて。
・・・・・もう決定的過ぎて涙も出ない。
幼馴染はいつまでもそうだけど、隣の子もそうだと思ってたけど。
昔、隣に住んでた子。
私が実家を出てこの部屋に戻らない限り、もう過去形で語られる私。
座り込みバッグから封筒を出した。
ピリピリと封を切って手紙を出す。
読み返さずにそのまま小さく破いてごみ箱に捨てた。
封筒を見つめて、自分で書いたタスクの名前に『さよなら』を言って小さくした。
名刺は・・・・今の私だから。予備にお母さんに渡しておこう。
しばらくそのまま部屋にいた。
このままだとまた悲しくなる。
向こうのカーテンが揺れて知らない誰かの姿が見えたら、きっと泣き出してしまう。そう思って、またこの部屋から逃げ出した。
バッグを階段の下に置いてハンカチと携帯を持って。
「ちょっと散歩に行ってくる。すぐに帰るから。」
そう言って玄関から外へ。
神様はそれでも許してはくれなかった。
玄関先でタスクが小さく声をあげるのが聞こえた。
「しおり・・・。」
顔を上げると懐かしい顔が少し大人になって、そこにあった。
びっくりした顔だった。
その隣にはかわいい感じの人が。
「タ・・・・播野くん・・・。」
今まで一度も呼んだことのない名前。
『タスク』以外で呼んだことないけどでも、彼女の前だから、すぐ思い直して初めての名前で呼んだ。
タスクの呼ぶしおりって声は懐かしさがいっぱい。
変わってない、・・・・でも変わったんだね。
「久しぶり、元気そうね。」
意味もなくポストに手を入れて、底に入っていたチラシを取ってもう一度タスクを見た。郵便受けを見に来ただけなの・・・そう言うように。
「じゃあ、元気でね。バイバイ。」
やっと言えたのかもしれない。ちゃんと言えた、自分から。
くるりと向きを変えて玄関に入った。
背中をつけてこらえきれない涙を落とさないように上を向く。
手にしたチラシはピザの広告。
どこにでもある1枚のチラシ。
ぐしゃっとなったそれを広げるけど、どうせゴミになるから。
力いっぱい丸めて音を立てて廊下に投げつけた。
耳をすませて隣の音を聞く。聞こえないけど。
そっと玄関のドアを開けてのぞくと誰もいなかった。
ゆっくり歩いて、でも途中から走るようにして家から離れた。
必死になって下を向いて、いつの間にか懐かしい階段の前に。
大きな鳥居は昔の記憶からは大分色あせていた。
もっと大きかった気がするけど。
ゆっくり階段を上がり2つ目の鳥居をくぐる。
社務所も閉まっていた。相変わらず誰もいなくて静か。
石段に座って鳥居越しに遠くを見る。
懐かしい。小さい頃何度も遊んだ場所。
次々と思い出される思い出が、まるでCMを見てるように続いていく。
セリフも、幼い声で聞こえてくる。
大切な思い出。
一緒に思い出されるのは本当に幼い頃のタスク。
私の横にいつもいてくれた。
友達何人かで遊んで、バイバイしてもタスクとは最後まで手をつないで帰った。
玄関でもバイバイなんて言わずに『後でね』って。
部屋に戻ったり、夕飯の後だったり、いつも窓を開けてまた話をするから。
お母さんの言った通り・・・タスクは勝手に大人になっていた。
私が知らない間にすっかり大人になって、大切なものを勝手に見つけて。
タスク・・・・・。
しばらくうつむいて石段に涙が落ちるのをそのままにしていた。
途中犬の散歩の人が通ったみたい。
でも声をかけられることはなく。
夕陽がきれいに見える頃スクッと立ち上がって、心に区切りをつけるような気持ちで背伸びして、ため息をついて家に帰ることにした。
「今度は私がひらりさんに話を聞いてもらおう。」
声に出して言って石段を下りて家に帰った。
夜、部屋の鍵を開ける時に隣を見ると、ひらりさんの部屋からはいい匂いがしてた。
コンコンとノックすると元気な声が聞こえた。
「ひらりさん、しおりです。」
すぐにドアが開いた。
「お帰り。今日は早いね。」
すっかり化粧を落としてるひらりさん。
「今日は休みだったので初めてのお給料でプレゼントを買って、実家に帰ってきたんです。」
「やっぱりいい子ね。しおりちゃん。喜ばれたでしょう?」
「はい、それはもう。ひらりさんの事も話しました。きれいなお姉さんと仲良くなったって。」
「あら、ありがとう。」
「お母さんがきれいな人だったって。覚えてましたよ。ひらりさんの事。」
「もう、お母さんもいい人ね。しおりちゃん、夕飯食べてきたの?」
「いえ・・・・。ひらりさん時間ありますか?」
「もちろん。日曜日なのに昼からたっぷり時間を持て余してました。」
「少し愚痴を聞いてもらってもいいですか?」
「もちろん、お風呂入って着替えてきたら?ご飯作ってるから一緒に食べよう。お酒もあるし。」
笑顔で歓迎してくれた。
ちょっと元気ないのが分かった?
「じゃあ、お風呂入ってきます。後で。」
そう言ってドアを閉めて自分の部屋に戻った。
自分の部屋。安心する場所。
懐かしい思い出がない場所。
お母さんから渡されたタッパーをテーブルに出して、着替えを持ってお風呂場へ。
シャワーの下で声を出して泣いた。
お湯と一緒に涙が流れるから、思いっきり顔面からシャワーを浴びた。
キュッと音がするくらいにシャワーを止めて、体と髪を洗い乾かして部屋着になる。
タッパーを持ってタオルを持って隣の部屋へ。
差し出したタッパーを喜んでくれたひらりさん。
一緒にひらりさんのお手製ご飯と並べて食べ始めた。
ある程度食べながらお腹を満たしつつ、お酒も飲む。
なんだか自分は結構飲めるらしい。
あらためて気がついた。
手料理が食べつくされると満足した。
タッパーはそのまま部屋に持ち帰れるようにして、空いたものをかたずけていくひらりさんの後ろ姿を見る。
本当にきれいだなあ、素敵だなあ、かっこいいなあ。
優しくて料理も美味しく作れて。
早く誰かいい人に出会えますように。そう思った。
洗い物を終えたらしく、クルリと振り返ったひらりさんが戻ってくる。
「なんだか満足そうではあるけど。愚痴る?お姉さんが聞こうか?」
少し窺うような笑顔で言われる。
私は考える。小さな失恋とも言えないもの。
自分の中ではとても大切だと思ってたのに。
でも、あっさり手放せるものだったみたい。
だって、タスクはさっさとそうしたから。
思い出したらダメなのに。
まだ、諦めきれない気持ちが私に残っていて。秋には結婚・・・・。
それなのに何を期待するの?
「しおりちゃん、大丈夫?」
ひらりさんに名前を呼ばれて視線を合わせた。
・・・・・また泣いてたみたい。
目のまえのひらりさんはぼんやりとにじんでいて。
「ひらりさん、私は・・・・大切なものをなくしてしまいました。」
それから一人語り。
幼馴染の大切な存在、高校最後の夏から避けてしまって、ずっと顔もまともに見れずにいたこと。
今日ポストに手紙をいれようと思ったこと。
名刺を入れて連絡が来るか待とうかと思ったこと。
でも彼女がいて秋には結婚すること。
ちゃんとさよならも言えてなかったけど、それは私だけだったこと。
もう遅かったこと。
持ってきたタオルで顔を押さえて泣いた。
ひらりさんの声が優しく隣で聞こえた。頭を撫でてくれる。
昔タスクに慰められた時もこうしてもらった。お母さんと喧嘩した時。
タスク・・・・。思い出が多すぎるよ。
結局泣き止んでも私は元気なる宣言ができないまま。
お礼を言って、すっきりしたと嘘をついて隣の自分の部屋に戻った。
タッパーを洗い、何も考えずに歯磨きだけして、寝た。
よく眠れたんだと思う。
夢の中まで思い出は追っかけては来なかった。
隣から賑やかな声が聞こえた気がした。
もしかして・・・タスクも帰ってきてるの?
急にバッグの中の封筒に現実感を感じる。
今、ポストに入れたらすぐに見てくれる・・・・・。
でも封筒を手にすることはなく、視線を外して、隣のことなんて気にしない振りをする。
お父さんとお母さんまでも懐かしく感じる。
職場のお店の話や先輩の話、お客さんの話、同期の友達の話。
いろいろと話をした。
もちろん隣のひらりさんの話もした。
「良かった。話を聞いてて安心した。しおりが毎日楽しく働けたら嬉しいから。」
すっかり安心したように言われた。
久しぶりの手料理を食べて、片付けも手伝った。
ひらりさんが春の新作と言ってたくさんの化粧品をくれた。
おかげで私のコスメコーナーが賑わった。
買うと高いからうれしい。
でも似合わない色は許可をもらって友達にあげることにした。
働くようになって化粧の仕方も少し上手になったと思う。
接客なのである程度のおしゃれはチェックされる。
華美なメイクはダメ、勿論スッピンもダメだけど。
髪の毛については清潔感を、爪やアクセサリーについても注意がある。
商品を傷つけるような長い爪や変な色の爪は当然だめだし、揺れすぎたり大きすぎるイヤリングピアスもダメ。
いろいろと楽しみたい人にはちょっと厳しいかもしれないけど、私には何の問題もなかった。
制服があって更衣室で着替えるので通勤する服はそれなりのもので良かった。
毎日スーツはつらい。ヒールのない楽な靴で電車に乗れると随分違う。
今、部屋に行ったらタスクが帰ってきてるか分かるかも・・・・。
そう思って2階に上がろうかと思ってたら、お母さんが話をし始めた。
「お隣も今日は賑やかよ。しおりはしばらく会ってないでしょう?すっごくいい男ぶりになってお嫁さんを連れて来てるのよ。子供子供って思っててもちょっと離れてる間に子供は成長するのね。はぁ~。秋には結婚式を挙げるって言ってたからいろいろと忙しいみたいだし。しおりはまだまだお嫁には行かないでね。せめてあと3年くらいはお母さんとお父さんのしおりでいてね、なんて。しおりの好きな人の話も聞きたいから、すぐに教えてね。お父さんには内緒にするから。」
「まだまだだよ、私は。」
2階を見上げていた私は、そのまま荷物を持ってもう一度2階へ行った。
「ちょっと取ってくるもの思い出したから。」
何とか言い残して、二階へ上がる。
カーテンが閉まってて電気をつけなきゃこっちは見えないと思う。
向こうの部屋にも人影はないし。
お互いの部屋が薄いカーテンで閉ざされた世界のようで。
私の部屋は匂いも変わってないくらいなのに。
向こうには今にも私の知らない人が入ってくるかもしれない。
その二人が思いっきり笑顔で、仲良く手をつないでたりして。
ねえ、そんなに早く結婚ってするものなの?
ずっと、大学生のころから付き合ってたんだよね。
私はちゃんとさよならできてないって思ってたけど、タスクはちゃんとできてたのね。それとも、そんな必要もなかったの?
一人暮らしも、もしかして一緒に暮らしてるとか?
誰かと2人でキッチンに立つタスクの姿を想像した。
懐かしい顔が少し大人になって、その私の知らない大人びた笑顔は、やっぱり知らない隣の誰かに向けられていて。
・・・・・もう決定的過ぎて涙も出ない。
幼馴染はいつまでもそうだけど、隣の子もそうだと思ってたけど。
昔、隣に住んでた子。
私が実家を出てこの部屋に戻らない限り、もう過去形で語られる私。
座り込みバッグから封筒を出した。
ピリピリと封を切って手紙を出す。
読み返さずにそのまま小さく破いてごみ箱に捨てた。
封筒を見つめて、自分で書いたタスクの名前に『さよなら』を言って小さくした。
名刺は・・・・今の私だから。予備にお母さんに渡しておこう。
しばらくそのまま部屋にいた。
このままだとまた悲しくなる。
向こうのカーテンが揺れて知らない誰かの姿が見えたら、きっと泣き出してしまう。そう思って、またこの部屋から逃げ出した。
バッグを階段の下に置いてハンカチと携帯を持って。
「ちょっと散歩に行ってくる。すぐに帰るから。」
そう言って玄関から外へ。
神様はそれでも許してはくれなかった。
玄関先でタスクが小さく声をあげるのが聞こえた。
「しおり・・・。」
顔を上げると懐かしい顔が少し大人になって、そこにあった。
びっくりした顔だった。
その隣にはかわいい感じの人が。
「タ・・・・播野くん・・・。」
今まで一度も呼んだことのない名前。
『タスク』以外で呼んだことないけどでも、彼女の前だから、すぐ思い直して初めての名前で呼んだ。
タスクの呼ぶしおりって声は懐かしさがいっぱい。
変わってない、・・・・でも変わったんだね。
「久しぶり、元気そうね。」
意味もなくポストに手を入れて、底に入っていたチラシを取ってもう一度タスクを見た。郵便受けを見に来ただけなの・・・そう言うように。
「じゃあ、元気でね。バイバイ。」
やっと言えたのかもしれない。ちゃんと言えた、自分から。
くるりと向きを変えて玄関に入った。
背中をつけてこらえきれない涙を落とさないように上を向く。
手にしたチラシはピザの広告。
どこにでもある1枚のチラシ。
ぐしゃっとなったそれを広げるけど、どうせゴミになるから。
力いっぱい丸めて音を立てて廊下に投げつけた。
耳をすませて隣の音を聞く。聞こえないけど。
そっと玄関のドアを開けてのぞくと誰もいなかった。
ゆっくり歩いて、でも途中から走るようにして家から離れた。
必死になって下を向いて、いつの間にか懐かしい階段の前に。
大きな鳥居は昔の記憶からは大分色あせていた。
もっと大きかった気がするけど。
ゆっくり階段を上がり2つ目の鳥居をくぐる。
社務所も閉まっていた。相変わらず誰もいなくて静か。
石段に座って鳥居越しに遠くを見る。
懐かしい。小さい頃何度も遊んだ場所。
次々と思い出される思い出が、まるでCMを見てるように続いていく。
セリフも、幼い声で聞こえてくる。
大切な思い出。
一緒に思い出されるのは本当に幼い頃のタスク。
私の横にいつもいてくれた。
友達何人かで遊んで、バイバイしてもタスクとは最後まで手をつないで帰った。
玄関でもバイバイなんて言わずに『後でね』って。
部屋に戻ったり、夕飯の後だったり、いつも窓を開けてまた話をするから。
お母さんの言った通り・・・タスクは勝手に大人になっていた。
私が知らない間にすっかり大人になって、大切なものを勝手に見つけて。
タスク・・・・・。
しばらくうつむいて石段に涙が落ちるのをそのままにしていた。
途中犬の散歩の人が通ったみたい。
でも声をかけられることはなく。
夕陽がきれいに見える頃スクッと立ち上がって、心に区切りをつけるような気持ちで背伸びして、ため息をついて家に帰ることにした。
「今度は私がひらりさんに話を聞いてもらおう。」
声に出して言って石段を下りて家に帰った。
夜、部屋の鍵を開ける時に隣を見ると、ひらりさんの部屋からはいい匂いがしてた。
コンコンとノックすると元気な声が聞こえた。
「ひらりさん、しおりです。」
すぐにドアが開いた。
「お帰り。今日は早いね。」
すっかり化粧を落としてるひらりさん。
「今日は休みだったので初めてのお給料でプレゼントを買って、実家に帰ってきたんです。」
「やっぱりいい子ね。しおりちゃん。喜ばれたでしょう?」
「はい、それはもう。ひらりさんの事も話しました。きれいなお姉さんと仲良くなったって。」
「あら、ありがとう。」
「お母さんがきれいな人だったって。覚えてましたよ。ひらりさんの事。」
「もう、お母さんもいい人ね。しおりちゃん、夕飯食べてきたの?」
「いえ・・・・。ひらりさん時間ありますか?」
「もちろん。日曜日なのに昼からたっぷり時間を持て余してました。」
「少し愚痴を聞いてもらってもいいですか?」
「もちろん、お風呂入って着替えてきたら?ご飯作ってるから一緒に食べよう。お酒もあるし。」
笑顔で歓迎してくれた。
ちょっと元気ないのが分かった?
「じゃあ、お風呂入ってきます。後で。」
そう言ってドアを閉めて自分の部屋に戻った。
自分の部屋。安心する場所。
懐かしい思い出がない場所。
お母さんから渡されたタッパーをテーブルに出して、着替えを持ってお風呂場へ。
シャワーの下で声を出して泣いた。
お湯と一緒に涙が流れるから、思いっきり顔面からシャワーを浴びた。
キュッと音がするくらいにシャワーを止めて、体と髪を洗い乾かして部屋着になる。
タッパーを持ってタオルを持って隣の部屋へ。
差し出したタッパーを喜んでくれたひらりさん。
一緒にひらりさんのお手製ご飯と並べて食べ始めた。
ある程度食べながらお腹を満たしつつ、お酒も飲む。
なんだか自分は結構飲めるらしい。
あらためて気がついた。
手料理が食べつくされると満足した。
タッパーはそのまま部屋に持ち帰れるようにして、空いたものをかたずけていくひらりさんの後ろ姿を見る。
本当にきれいだなあ、素敵だなあ、かっこいいなあ。
優しくて料理も美味しく作れて。
早く誰かいい人に出会えますように。そう思った。
洗い物を終えたらしく、クルリと振り返ったひらりさんが戻ってくる。
「なんだか満足そうではあるけど。愚痴る?お姉さんが聞こうか?」
少し窺うような笑顔で言われる。
私は考える。小さな失恋とも言えないもの。
自分の中ではとても大切だと思ってたのに。
でも、あっさり手放せるものだったみたい。
だって、タスクはさっさとそうしたから。
思い出したらダメなのに。
まだ、諦めきれない気持ちが私に残っていて。秋には結婚・・・・。
それなのに何を期待するの?
「しおりちゃん、大丈夫?」
ひらりさんに名前を呼ばれて視線を合わせた。
・・・・・また泣いてたみたい。
目のまえのひらりさんはぼんやりとにじんでいて。
「ひらりさん、私は・・・・大切なものをなくしてしまいました。」
それから一人語り。
幼馴染の大切な存在、高校最後の夏から避けてしまって、ずっと顔もまともに見れずにいたこと。
今日ポストに手紙をいれようと思ったこと。
名刺を入れて連絡が来るか待とうかと思ったこと。
でも彼女がいて秋には結婚すること。
ちゃんとさよならも言えてなかったけど、それは私だけだったこと。
もう遅かったこと。
持ってきたタオルで顔を押さえて泣いた。
ひらりさんの声が優しく隣で聞こえた。頭を撫でてくれる。
昔タスクに慰められた時もこうしてもらった。お母さんと喧嘩した時。
タスク・・・・。思い出が多すぎるよ。
結局泣き止んでも私は元気なる宣言ができないまま。
お礼を言って、すっきりしたと嘘をついて隣の自分の部屋に戻った。
タッパーを洗い、何も考えずに歯磨きだけして、寝た。
よく眠れたんだと思う。
夢の中まで思い出は追っかけては来なかった。
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